第3章 春のキャンプ(投手編)。紅白戦第2試合
紅白第1戦の翌日、朝刊に覆面太郎の名と写真が載ると、その名は、一気に知れ渡り、「明日の第2戦に覆面投手を先発登板させる予定」との監督談話を読んだファンが、大挙、押し寄せて、球場は超満員になった。
覆面投手がブルペンで、ウォーミングアップを始めると、その、人間技とは思えない快速球に、観客席からは、人の動きの音なのか? はたまた、心臓の高鳴りの音なのか? 不可思議な、うねりの音が(ザザ―ッ、ザザ―ッ)と、沸きあがった。
スピードボールだけでも凄いが、加えて、天性のものか、それとも、武道で身につけたものなのか、その、投球フォームが、打者サイドからは、非常にタイミングが取りにくい。
監督が、投手コーチ神河に聞いた
「前から感じていたのだが、何か、バッターからすると、非常にタイミングの取りにくい投球フォームだな」
「ええ、仰る通りです」
「神河コーチが教えたのか?」
「いえ、この間の取り方というのは、いくら教えても出来るものではないんです」
「天性のものか?」
「はい、そう思います、あるいは剣術で身につけたものか? どちらかだと思われます」
「具体的には、どこがどうなんだ?」
「覆面投手は右投げなので、上げた左足を、打者方向に着地しますね、着地した瞬間に、すぐに上半身を、くるっと回転させて、打者に投げてしまう投手のボールは、いくらスピードがあっても打ちやすいんです」
「ふーん」
「この、間の取り方は、天性のものなので、教えても、出来ないんです」
そのとき、
「プレイボール」と、審判がコールした。
覆面太郎の第1球が唸りをあげて、ド真ん中に入った、
(ストラーイク)審判が気持ち良さそうにさけんだ、
覆面の制球の良さ、全身のバランスの良さは、人間というより神がかり的だ、先祖代々、武道の名人、武道の達人の家柄というのも充分納得がいく。
おそらく、いますぐに、100球投げて、100球とも絶対にストライクを入れろと言われたら、鼻歌を歌いながら、200や300、軽くやってのけてしまうだろう。
相手打者は、3人とも、スピードに圧倒されるか、あるいは、タイミングを狂わされるか、吉兵衛の投球に翻弄されて、バットに、1球も、かすらなかった。
スリーアウト!
「神河コーチ、さっきの続きを聞かせてくれ」
「はい、打ちづらいタイプの投手は左足が着地してから、上半身はそのままの横向きの形を維持し、軸足である右足に乗っている重心を徐々に徐々に少しずつ左足に移動していく、それを音で表すと、(ズサ――――ッ)という感じですね」
「ふん、ふん」
「上半身は弓の弦をギリギリ迄引き絞ったような状態を保ったままで、下半身先行で上半身は微動だにもしない、やがて右足から左足に重心が移り左膝が曲がり、腰が充分に割れたところで、
溜めに溜めていた上半身を、いっきに回転さす、同時に指の根元から指先まで転がされたボールは、強烈なスピンを与えられて、一気にバッターに襲いかかります、それまで、覆面投手の頭と体の影に隠れていて、バッターからは、まったく見えなかったボールが、いきなり飛び出してくる感じで、完全にタイミングが狂います。これも、やはり、覆面の天性のものだと思われます」
「説明が上手いな、よく分かるよ」
「まだ、あるんです」
「まだあるの?」
「彼の場合、相手バッターの心の動きまで、見透かしちゃうみたいです」
「まさか?」
「速球を投げにいって、相手バッターが速球を狙っているのを第六勘でキャッチした瞬間、100分の1秒くらいの時間で、チェンジアップに切り替えられるんです。
それは、自分の頭で考えるのではなく、体が勝手に反応してしまうものだと思われます。
腕の振りは速球のまま、握りも直球のまま、ボールに回転を、まったくかけずに、砲丸投げの様な要領で、指の平、手の平で押し込んで投げるのです。ボールは、フォークかナックルのように無回転でホームベースを目指し、打者の寸前で落ちます。相手打者は100%速い直球と思いこんでいるのでタイミングが狂います、これを出来るのは、彼以外いないでしょう」
「天才中の天才か……うーん」
「はい」
「100年に一人、出るか出ないかの逸材に出会えたということだな」
「私は果報者です」
覆面太郎は試合前に、監督から、「セットアップと牽制球の実戦経験が必要なので、わざと四球を与えて走者を出すように」と、言われていた、2回、先頭打者の4番バッターに四球を与えた、わざとランナーを塁上におき、セットアップと牽制球の実戦経験を試みた。
普段の牽制球の練習ではのみこみが早く、いちど教わると、まるで、ベテラン投手のように、こなし、他の投手の上をいった。監督は、覆面選手が、果たして実戦でも同じように出来るのか試してみたかったのだ。 しかし、それは監督の取り越し苦労だった、覆面は普段の練習のときよりも更に見事にやってのけた。
スポーツとか、芸術、音楽等というものは、いかに生まれついてのセンスが大切か吉兵衛を見てると良くわかる。学校の勉強とか受験などで、素質がなくても、努力して報われたという話を、よく聞くことがあるが、スポーツとか芸術、音楽等の世界においては、生まれついての素質とかセンスがなければ、どんなに努力しても絶対に大成しないのではないかな?と思う、逆に言えば、生まれついての素質とかセンスが有れば、それほど努力しなくとも、一流になれるということだ。
紅白第2戦も吉兵衛は与えられた課題を難なくこなしてしまった。
今日も、お約束の単独インタビューが行われた。
「吉兵衛さん、何故、道場破りをやろうと思いついたのですか?」
「それはな、儂の2つ歳上の長兄が29才で連れ合いを貰う事になり、拙者は実家を出る事になった、兄から財産分けの意味で纏まった金銭を頂いた、良い機会なのでこの際思い切ってお城勤めをやめ、かねてから念願だった剣の武者修行で旅に出て、道場破りをやろうと思いついたのでござる」
「でも、看板は重くていっぺんに何枚も持って歩けないでしょう」
「そう思うだろう、だがな儂はこう見えても、女に持てたからな、愛媛県の美島村という所を通りかかった際に、畦道を歩いていた可愛い娘に声を掛けて、そのオリノという名の19才の娘の家の物置に看板を置いて貰ったんだ。
そして、娘の親に頼み込んで、なにがしかの銭を払って馬を借り、それからは道場破りをやっては、その破った道場の近くに宿を取り看板を部屋に置き、宿の近くの道場を2、3軒荒らしてだな、看板の大きさにもよるが、だいたい3枚位になると馬に積み、美島村の娘の家を目指し、その土地土地の名物を手土産として持参し、娘の家の物置に看板を置かせていただくように、毎回丁重に頼み込んだんだ。それが済むと、娘の家を出て、その夜の寝床を捜し、翌朝、また馬に、またがり、道場破りに出発するという生活の繰り返しだった。
娘の家は大地主で大金持ちでな、そうこうしている内にいつの頃からか娘が儂に惚れてしまったんだよ、それまでは看板だけ物置に預かってもらい、それから、他の宿を捜して寝起きしていたんだが、いつの間にか娘の家の離れに寝泊まりするようになり、娘の両親にも気に入られ、正式ではないが入り婿のような感じで入り、いちじは儂の姓も住吉から妻の姓の鈴樹に、かえていたんだ」
「いやー、ロマンチックな、お話ですね―、まるで、おとぎばなしの世界のような、素敵なお話です。私は、只々、感激するばかりです。素晴らしいお話をありがとうございました」
「武士のたしなみであるところの、馬も、弓も、書も絵も、蹴まりも、そして和歌も詠む。我が住吉家は先祖代々、武芸百般、名人、達人の家柄でな」
「そうですか、由緒ある御家柄なのですね、あっ、明日も紅白戦がありますね、すみません今日はこれで終わらせていただきます。ゆっくりお休みください。明日またお願いします、ありがとうございました」
「うん。それでは明日またな」
「お休みなさい」