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第2話 生贄

 夢を見ていた。

 海の向こうの大陸の端にいたころ、まだ実の父フランツ・モリアが生きていたころの夢だ。


 母はジリアンが幼いころに亡くなってしまったけれど、父は母の分も娘を愛そうと努力してくれていた。

 しかし男手一つで家を切り盛りしたり、子供を育てるのは難しい。

 そこで父はジリアンが六歳の時に、夫を亡くした女性と再婚した。互いに子連れでちょうどいいだろうと考えたようだ。


「ジリアン。新しいお母様が来るぞ。おまえにはお姉さんが二人もできるんだ」

 父からそう聞いて、はじめは緊張しながらも喜んでいた。でも幸せだったのは、父がそばにいた半年間だけだった。


 父は妻を亡くしてから縮小していた仕事を、再婚を機に元に戻そうとしたらしい。事業を広げるためにたびたび東の国へ足を延ばし、病に倒れ、そのまま亡くなった。


 ジリアンの本名は、ジリアン・ロジェトワール・モリアという。

 ロジェトワールは黒バラの精の名前だ。

 伝説では、ゆるく波打つ黒髪に星屑をまぶしたような光をまとう精霊は、かつて人と恋に落ちた。そして愛する人と共に人として子を産み育て、幸せな生涯を終えたという。


 国民のほとんどが濃淡はあれど黄金色の髪が一般的な中で、黒い髪を持つものは年々減っていった。しかも星屑をまぶしたような輝きの黒髪を持つ娘は、百年に一度生まれるかどうかというくらい少ない。

 本来大事にされるべき黒髪の娘は、幸運をもたらすものと考えられてきたが、同時に不運の象徴でもあった。

 輝く黒髪は、人にはわからない甘い香りがするという。それは悪鬼を酔わせ、人に不運をもたらすとも言われていたのだ。


 ジリアンの故国では狼男をはじめとした魔物は少なかった。魔物とは人の中でも、何かをきっかけに変異するのが特徴の者たちの総称だ。


 悪鬼と魔物は別だ。

 でもかの国では悪鬼と魔物は同じように考えられることが多く、忌み嫌われていた。使用人として身分もないまま働かされるのも、ほとんどが魔族だ。


 父の死後、ジリアンも使用人として扱われた。

 使用人を最低限まで減らした家の中で髪を頭巾で隠し、ありとあらゆる仕事をさせられた。

 当時庭師だったヴォルフは、そんなジリアンに甘い果実を分けてくれたり、寒い夜に暖炉にくべる薪をこっそり足してくれたりしたものだ。


 継母はジリアンをいないものとして扱い、姉たちには暴言や、時に暴力も受けた。それでも耐えたのは、父の思い出の残る家とヴォルフがいたおかげだ。


 でもジリアンが十歳の時、眠っていた山の魔物が目を覚ました。

 三つの頭を持つ蛇は飢えていて、山から下りては田畑を荒らし、家畜を襲った。人を襲うのも時間の問題だった。


「悪鬼を怒らせたものがいる」


 誰がそう言いだしたのか。

 何百年も平和だった町を三ツ頭の大蛇が襲うのは、力を持つ悪鬼を何者かが怒らせたせいだと町の人々は考えたらしい。

 それぞれ何か思うところがあったようだが、決定打になる何かはわからない。


 力を持つ悪鬼の代表のひとつは吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれていた。

 不老不死の吸血鬼(ヴァンパイア)は生き血を吸うことで、力あるものを配下として従わせる力を持っている。一番好むのが美しい乙女の血。

 その生き血をすすり、最後に心臓を食らうことで、より大きな力が得られる。

 そうまことしやかに囁かれていた。


 何度も話し合いが行われ、生贄として選ばれたのがジリアンだった。

 乙女と呼ぶには若すぎるが、バラの精の再来とも言える黒髪を、町のだれかが覚えていたのだ。


 継母がかばってくれるわけもなく、ジリアンは訳も分からぬまま山に連れていかれた。そこで目隠しをされ、大樹に縛り付けられる。


 泣いても頼んでも、ジリアンの声など誰も聞こえないみたいだった。

 怖かった。恐ろしくてたまらなかった。

「おまえは花嫁になるんだ」

 そう言われ、花嫁衣裳風の粗末な服を着せられた。

 大人の服だからぶかぶかで、肩からずり落ちた襟ぐりは胸だって半分も覆わない。抵抗すればするほどはだけるのを見ても、だれも助けようとはしない。むしろ不穏な空気が濃厚になるだけだった。


「このまま大人になっても、その髪で人を惑わせ男を破滅させるんだ。なら今みんなの役に立った方がいいだろう?」


 にやにやと笑いながら口々に言われる言葉を、当時のジリアンはよく理解できなかった。ただ怖かった。人のほうが悪鬼に見えた。


 周りから人の気配が消える。泣き疲れたころ、空気の感じから夜になったことが分かった。その時だ。誰かがそっと忍び寄る気配に、ジリアンは「ひっ」と息を飲み身を縮めた。しかし、「ジリアン」と呼んでくれる声はヴォルフのもので、安堵でまた涙があふれだす。


 目隠しと縄を解いてくれたヴォルフは、「ごめんな」と言って、ジリアンの髪をバッサリ切った。そして山で捕まえてきた獣の山に、その髪をまき散らす。

 だが逃げ出す前に三ツ頭の大蛇の大蛇が忍び寄り、二人は岩陰に隠れた。

 息をひそめていると、大蛇はジリアンの髪に酔ったようにゆらゆらと揺れ、楽しそうに獣の山を丸呑みしていった。そして音のない声を上げた後、満足そうに消えてしまう。


「おまえさんの髪で満足したらしい」


 すべてはずっと後になって、ヴォルフが教えてくれたことや、他の町で噂になっていたことだ。ジリアンは蛇に食べられたと思われているだろう。


 それでも、本当にジリアンの髪には悪鬼を酔わす何かがある。そしてそれは、国によっては権力や力につながると考える種族がいることも分かった。


 だからジリアンは頭をそり上げ、五年間男の子として振舞った。

 でもそろそろ男のふりが限界だろうというところで、魔族の多いこの町にたどり着いたのだ。


 ジリアンはヴォルフを「パパ」と呼び、親子として生きてきた。

 祖父と孫にしか見えなくても、狼男と人でも、ここでは不自然ではない。

 違う魔族同士が子供をもうけると、親どちらかの特性を受け継ぐことも多いが、逆に全く何も持たないことも多い。そういう風に生まれた人は基本勤勉で、いい働き手として歓迎される。


 最初大きなコーヒーショップの店員として働き始め、やがて二人で小さな店を持つことができた。幸せな日々だった。

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