第7話:命名
「……あなたが……僕のお父さん……?」
子供の問いかけにニエルは同意した。
彼が説明したのではなく、思考が漏れ、その事に気付かれてしまったのである。
(……すまない……こんな辛い思いをさせて……。)
ニエルは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。戦争の時、大人しく退いておけば良かったのでは、負けた瞬間に自害すれば良かったのでは、など。後悔は挙げていけばキリがない。
それは所詮結果論だとしても、やはり考えてしまうのだ。
「……ううん、大丈夫……。」
子供はそう応えた。
ニエルは、我が子の事であっても、その言葉は信じれなかった。
(何故だ……。私が負けていなければ、君の母親は死んでいなかった! 私が負けていなければ、君はもっと平和に暮らしていたんだぞ!?)
その事が悔やんでも悔やんでも悔やみ切れぬニエルにとっては、子供の言葉は意外でしか無かった。
「……平和だった頃を知らないから……この暮らしが悪い物かどうかは分かんないや……。でも、毎日美味しい物を食べれて、暖かい場所で眠れて、それにお父さんにまで会えたんだから、僕は幸せ……。」
(……そうか……。)
我が子の事ながら、ニエルはその圧倒的な懐の広さに、少し感涙してしまった。
暖かい毛布の上で無くても、美味しいスープで無くても、この子は満足していた。
自分一人で、立派に幸福な人生を送れていたのだ。
その事を知った時、ニエルは新たに決意した。この幸せだけは絶対に奪わせはしない。必ず守り通すと。
(よし……分かった。)
ニエルはコクリと頷いた。そして、自分に出来る事は何か考えてみた。
自分は堅物で、あまり器用な方ではない。好きな人への贈り物に、2時間悩んだ挙げ句、腹に残されてしまった事もあった。
しかし、幼い頃から続けていた物はある。
ニエルが子供に残せるとしたら、それしか無いだろうと確信していた。
(稽古をしよう。自分の身を守れる程に、私が君を強くしてみせる。)
グッ、と拳を握り、ニエルは宣言した。
自分が磨いてきた技術。そして、その身体能力を、必ずこの子に受け継ぐ事にしようと決意した。
「う……うん……。」
子供は、少し顔を赤くさせながら、モジモジとしていた。
(……ん? どうしたんだ?)
少なくとも、稽古に挑むという時の態度ではない。叱るつもりはないが、心配にはなってしまう。
「うーんと……その、名前が無いから……。」
(名前……?)
ニエルはどういう事だ、と暫し考えた。
そしてハッと思い出した。この子にはまだ名前を着けていないという事を。
どうしたものか、と考え込んだ。彼は今まで、戦いに明け暮れていて、テファルとも名前の相談をしていなかった。
勿論、ニエルも今まで遠征中にサバタやコイスケなどの名前を思いついて居たのだが、全て妻から却下されている。
彼は流石に妻から反対されるような名付けはしたくないと考えた。
(む……そういえば……。)
幼い頃にテファルに渡したプレゼント。
ニエルは不意に、あの石の名前がエルホープだと言う事を思い出した。更に、あれの石言葉には幸福、希望などの意味がある。
正に、うってつけでは無いかと考え付いたのだ。
(君の名前は、エルホープだ……。)
「……エルホープ……。」
(だ……駄目か……?)
ニエルはついつい心配そうな声を出してしまったが、子供はブンブンと首を横に振った。
「エルホープかぁ……。良い名前をありがとうっ!」
嬉しそうに目をキラキラさせている子供を見て、ニエルはホッと一息ついた。
どうやら、妻にも拒否されない、良い名前が思いついたようだと、安堵した。
(では、ビシビシ行くぞエルホープ。俺の訓練は少し厳しいからな。)
「うんっ!」
エルホープが大きく頷くのを見て、ニエルは早速訓練を開始した。




