第5話:魂の導き
ニエルの意志は気付いた時にはどこか暖かい場所に来ていた。景色は綺麗な亜麻色になっていて、まるで春のポカポカとした温もりが彼の体を包んでいた。
いわば、そこは布団の中とも言える程に、不思議な世界だった。
しかし、ニエルは自分がそんな世界に居る事すら気付かなかった。彼の心は、とっくに壊れてしまっていた。
『ニエル……。ニエルよ、起きなさい。』
景色の中から不思議な声が響いた。
人間らしさも無く、しかし機械でもない。まるで水の様に透き通った声だった。
その時、ようやくニエルの心の破片が反応した。何かの存在が近くに居る事に気付いたのだ。
『あぁ……良かった! 起きたのですね。』
その声の主はホッ、と息を吐いた。
『ニエル……よく聞いてください。貴方は今死後の世界に居るのです。』
「死後の……世界……。」
無機質な目をした状態で、ニエルはようやく口を開いた。しかし、表情はまるで動かず、謎の声が言った事をただ反復しただけであった。
『ニエル……。実際には貴方はまだ死んだという訳ではありません。しかし、貴方の心が壊れた時、魂と肉体との関連性が薄まったのです。その隙を狙い、こちらで魂を取らせて頂きました。貴方は今、魂だけの状態になっていて、死んでいるという訳ではありません。』
「……。」
そんな話を聞いても、ニエルは相変わらずうわの空。聞いているのか聞いていないのかも分からぬような、無機質な表情のままだった。
『ニエル……。普通ならば、あなたをこのまま成仏させるのが一番良いかと思います。しかし、これ以上悲しみを連鎖させる訳には行きません。実は、あなたの子供が、近い将来死んでしまうのです。』
「……なに……?」
ニエルはようやく表情が動いた。
少しだけ目が開かれ、呆然と少し開けた口で、謎の声がする方角を向いた。
『あなたの子供は、他の者達が必至に逃し、何とか生き延びる事が出来ているのです。しかし、その子もまた、近い将来、死んでしまう事は間違いありません。』
ニエルはバッと起き上がった。
心の破片を繋ぎ合わせ、何とか体を動かす意志を保った。
「教えてくれ……。息子は……俺の子をどうやって助ければいい!」
『その子に憑依するのです。魂として憑依し、彼の援助をする。道はそれしかありません。』
「憑依……ッ!」
どうしても、憑依という言葉に悪いイメージがあった。しかし、道はそれしかないとなれば、やるしかない。ニエルは何としても、自分の子だけは死なせるわけには行かないのだから。
『決意は固まったようですね。では、あなたの魂を彼の所に導きましょう。』
その時、ニエルは何やら不思議な力に引っ張られる様な感覚がした。
「ま……待ってください……。あなたはもしやッ!」
『……幼い頃より、無償の祈りを捧げて頂き、感謝致します。今こそ、その恩に報いる事が出来たようで……良かった。』
ニエルはその言葉を聞いて理解した。
間違いなく、自分に言い聞かせているこの声は、幼い頃より祈ってきた地母神だと。
「……ありがとうございます、地母神様。」
ニエルは最後に祈りを捧げ、自分の子の元まで、導かれた。




