第4話大事な食事
ニエルは生かされていた。
兵器として、いつまでも有用な兵器として生かされていた。
毎日食べ物と言って良いかも分からぬような飯を食わされ、強制的な鍛錬という形で体を強化される。
そんな日々を送っていた。
しかし、ある日の夜。突然ニエルの傍に女の子が寄ってきた。
ニエルの事を覗き込み、うーんうーん、と頭を悩ませている。
「じゅ、獣人さん……。これ……。」
彼女はニエルにパンを差し出した。芳醇な麦の香りがするパン。少なくともいつも食べている物よりも遥かに上質な食べ物が、彼の前に差し出された。
そこでようやく、ニエルに意志が戻ってきた。そうして、目の前の女の子を認識する事は出来たが、パンを食べる事は、出来なかった。
「あ……そっか、動けないんだっけ……。ごめん……私が外す事は出来ないけど、せめて食べさせるくらいは……。」
彼女は獣人の口を開かせ、パンを一口食べさせた。
その時、ニエルの舌は、久しぶりの美味しい物を、味わった。
ふわふわとしていて、焼き加減も良い。何やら麦の香りだけではなく、バターも塗られているようで、中々まろやかな味わいをしていた。
(人間の中にも、良い娘は居るのか……。)
ニエルはその優しさに、感銘を受けていた。
ここに来てから地獄の様な日々しか送っていない。それに抵抗する事も出来ない。
そんな中、この少女は正しく救いだった。ホレる事こそ無いが、体の制御が効くならば、友達になっていたかもしれない。そう思える程に。
そんな時、急にその場に光が差し込んだ。暗いその部屋の中に、あまりにも眩しい光が。
「何をしているんだい? エミリー。」
そう言い放ったのは、あの男だった。
掛けてある帽子の星が2つ程増えている。どうやら階級が上がった、指揮官殿の様だ。
「お、お父さん……。」
悪い事をしているのが見つかった子供の様に、先程の少女はぶるぶると震え出した。
しかし、それに反して、指揮官は少女を優しく撫でた。
「いいかい、エミリー。優しさという感情は非常に素晴らしいものだ。しかしね、この世にはもっと大事にするべき物がある。」
「もっと大事にするべき物……?」
少女の呟きに対し、指揮官はコクリと頷いた。
「そう、それは……。合理的であるという事だ。人間という者は、いずれも合理的であるべきなんだよ。それに対し、君の行動はどうだった? 獣人に貴重な食料を与えるなんて、それは少々合理的ではないだろう。人間の繁栄という一点を見つめるのであれば、獣人に良い食べ物を与えたって、なんの得にもならない。違うかい?」
少女は「で、でも……」と言って、まだ納得していない様子を見せた。
それに対し、指揮官は未だ、ニッコリと笑っていた。
「……エミリー。1つお勉強をしようか……。」
指揮官はニエルから一定の距離を取り、何かのスイッチを取り出した。
「今、2つの問題が浮き上がっているんだ。それの最適解を、君に答えてもらう。簡単なクイズだから、安心するんだよ。」
ニッコリと笑い、指揮官は少女を撫でた。
彼女は、それに対し、コクリと頷いた。
「さてと、まず1つ目の問題。この獣人の処置についてだ。この男は兵器としては使えるが、必要なガソリンが多過ぎる。何せ、人の10倍はご飯を食べるからね。幾ら残飯というゴミのような物を渡しても、このままではいずれ尽きてしまう。これが、1つ目の問題だ。」
少女が頷いたのを見て、指揮官は言葉を続ける。
「そして2つ目の問題。他の獣人の処置についてだ。死んでしまった獣人の毛皮は、布団や服として扱う事が出来るのだが……。彼等の肉だけはどうする事も出来ない。食うにしても硬すぎるし、あまり美味くもない。更に加工もしづらいとなっては、人間の食料として使うのはきつい。さぁ、エミリーはこんな問題に直面した時、どうする?」
ニエルの意志がピクリと起きた。流石に、無視出来ない発言だったからだ。
(……待て……あの男は何を言っている……?)
ニエルには、この2つの問題の最適解について分かってしまった。
しかし、彼としては、それは絶対に認めたくないものであった。
「……獣人さんに……そのお肉を食べさせる……?」
少女は真剣に考え抜いた末に、指揮官にそう告げた。
彼は、その言葉に対し、笑みを浮かべ、大きく口を歪ませた。
「正解だよエミリー。ククク……私は君の様に頭が良い娘を持てて嬉しいよ。」
指揮官は、スイッチを押した。
すると、天井から肉が降ってきた。
ニエルの前に、赤い肉が。
(待て……待て……ッッッ!)
ニエルも必至に抵抗した。しかし、その抵抗が実る事もなく、脳は体に指令を送った。
【食べろ】と。
その指令に従い、ニエルの体はその肉を貪った。元は獣人で、元は仲間であったはずのその肉を。
「分かるかいエミリィィッッ! これこそが合理的なんだよ! 戦争に置いても人間という資源を減らす事も無く、獣人に獣人を殺させる。そして、その獣人には自分が殺した者の肉を与えてやればいい。そして我々は、獣人の毛皮等の素材と居場所を貰っていく。これが合理的というものなんだよ!」
ニエルが肉を貪っているのを、愉快そうに眺めながら、指揮官は自分の娘にお勉強を施していた。
「う……うん……。」
そして……遂に、少女も指揮官の思想に頷いてしまった。
「あぁ、良かった。エミリー。私は君が聡明で嬉しいよ! ありがとうエミリー、君の様な娘を持てて私は幸せだ! フハハハハハハハッ!」
その部屋中に指揮官の笑い声が響いた時、ニエルは肉の中に異物が混じっている事に気付いた。
(……緑の……石……?)
忘れる訳もないその代物。幼い頃にテファルに渡し、彼女が飲み込んでしまったその石が……。その肉の中に混じっていた。
それはつまり、自分が今食べている肉が、妻の肉だと言う事を示していた。
(ウァァァァァァァッッッッッ!)
この日、ニエルの魂は死んだ。
肉体は兵器として生かされ続けられるだろう。しかし、彼の心は、既に死んでしまった。




