第16話:エミリー①
崖のように聳え立つ黒色の壁の前に、2人は立っていた。
『エルホープ。この砦を抜ければ王都に着くようだ。その場所に、奴は居る』
エルホープは言葉を発さず、一度頷いて剣を構える。
壁を貫き、無理矢理中へと押し入った。砦の床を走りながら、彼等は違和感を感じていた。
『また、壁か』
廊下を5メートル進めば壁。その壁を壊してもほんの目と鼻の先に壁がある。
自動で壁が設置される仕組みのようだ。
あるのはそれだけで、攻撃してくる人間も、操作されている獣人も居ない。
不自然なほどに、進行妨害だけを行っていた。
その妨害も、エルホープの前ではほぼ無力、壁はほんの2秒ほどで粉砕し、先へ先へと猛追していく。
まっすぐ進んでいった結果、一人の人影が見えた。エルホープ達を待ち構えるように、出口の前で佇んでいる。
『……エルホープ』
ニエルが憑依し、その人物の目の前に立つ。
そして、確信した。
『あの時の娘か』
顔と雰囲気は大人びて、髪も腰まで伸びているが、その姿は紛れもなく、エミリーと呼ばれていたあの女性であった。
ニエルが捕らえられていた頃に、唯一温情を掛けてもらった子供である。
「貴方は、あの時の獣人? いえ、そんなはずは」
目を細め、困惑したような声を漏らす。
『なんでもいい。そこを退け、退かねば殺す』
ニエルは剣を構え、女性を睨んだ。
「ここを通すわけには行きません。砦の大将として、貴方を迎え撃つまでです」
エミリーの首に着いている輪っかが光り、白いスーツが彼女の身を包む。
手には、青く光る剣を持った。
ガガガガ
音を立て、出口が厚い壁で閉ざされる。
それと同時に、天井に灯りが付いた。
『それは、私達の、獣人の剣か。そんな物を持った所で、一人で対処出来る訳がない。……他の者はどうした?』
「逃しました。王都へと」
暫し沈黙した後、ニエルはため息を吐いた。
『処刑されに行かせるとは、酷なことを』
「心配はいりません。お父様は戦力を無駄に減らす御方では無いですから」
「それに」と呟き、ニッコリと笑った。
「大将と砦が潰れたとなれば、彼等の逃走は生還に変わります」
ニエルはわずかに目を細めた。
『死ぬつもりか?』
「えぇ。一人が死ぬことで、大勢が生き残る。それこそ、合理性という物です」
『随分と、情の混じった合理性だ』
小刻みに震える彼女の手を見ながら、ニエルは剣を握る手を強めた。
「……さぁ、戦いましょう」
エミリーの目から雫が1つ落ち、彼女の震えが止まった。
剣の切っ先をニエルに向け、持つ手を腰に据える。
シュッ
風を切る音を置き去りながら、切っ先を腹へと突き放つ。
ニエルは後ろに下がり、その突きを躱した。
エミリーが剣を引いた瞬間に接近し、首に向かって横薙ぎを放つ。
彼女は見切ったような動きで後ろに移動し、数ミリ単位で回避される。
『想像以上に早い。そのスーツか?』
「いいえ、首輪です。これの送る電気信号が、人間の持つ潜在能力を引き出しているのです」
『……無茶な真似を』
エミリーの首に向かって突きに行く。
それが回避されたタイミングで、後ろに跳んで距離を取った。
相手は一瞬でその間を詰めて、突きを放ってくる。
彼は盾のように剣を構え、攻撃を受けた。
瞬間、戦車と戦車が激突したような爆音が響く。
「うぅッ!」
直後、エミリーの手からポロッと剣が落ち、彼女の膝が地面に着いた。
『能力が潜在するには、理由がある。全力を出したまともな衝突に、腕が耐えられなかったんだ』
「そう、ですね」
剣を抱え込むように持ちながら、エミリーはユラリと立ち上がる。
『まだ向かってくるのか』
「この策には、私の死が必要なんです」
剣の切っ先をニエルに向け、体全体で、彼の胸に向けて突きを放った。
『……分かった』
横に移動して突きを躱し、エミリーの横を通り過ぎた。
『さらばだ』
血糊の付いていない剣を鞘に仕舞い、エミリーの方へと向き直す。
ズ…
彼女の頭が首からズレていき、地面に落ちた。
細めた目で彼女の死骸を見つめた後、出口の壁の方へと向き直した。
その時、突如ニエルの視界が赤く染まった。
ビービービー
けたたましい警報音が鳴り、周囲で爆発が起きる。
「お父さん! ここは僕に任せて!」
エルホープが憑依しているニエルを突き放し、自分の体を動かした。
『待てエルホープ! これはただの自爆ではない!』
絶えず起こっている爆発はエルホープ達に当たることは無く、砦の柱だけを破壊していく。
『私達を、生き埋めにしようとしているんだ!』
「くぅッ!」
脱出するべく、出口を塞ぐ黒い壁に剣を突き刺す。
しかしその厚さ故か、刀身がまるごと壁の中に埋まった。
「しまっ……!」
エルホープが戸惑う間に、天井が崩れ大量の瓦礫が彼等を埋め尽くした。




