第14話:博士 Ⅱ
『……慣れないものだな』
ボソリ
ニエルが1つ呟いた。
エルホープの手で握った剣を振り、獣人の首を落とした時のことである。
「お父さん……」
エルホープは口をつぐんだ状態で、何とも言いがたい表情になっていた。
『心配するな。覚悟の上だ』
父はあくまで冷静なまま、子を諭した。
毅然とした足取りで廊下を進んでいき、奥にあった白い扉を開いた。
その時、冷静な表情が大きく歪んだ。
目は鋭く細め、牙は歯を砕かんばかりに噛み締めている。
扉の先には、あの博士が居たのだ。
白衣を着用した、白髪の男。
ニエルを操った兵器を作成した男である。
「ようこそいらっしゃいましたねぇ。……まさかまさか、獣人の生き残りが居たとは思いませんでしたよ」
博士は「クククッ」と笑いながら、肩を揺らしている。
「ずいぶんと、余裕そうだね。……僕らがなにをしに来たか知らないの?」
「いえいえ、知っていますとも。私の実験台になってくれるのでしょう?」
博士は両腕を開いた。
その瞬間、床に3つの穴が開き、その中から獣人が飛び出してきた。
その獣人たちは鼻息が荒く、全身が赤い。
首には、あの首輪が着いている。右は赤、左は緑、真ん中は青といったように、首輪の色分けがされている。
「これぞ人間と獣人のハイブリッド! 人間のトレーニング技術とドーピング剤、それを獣人の成長性とかけ合わせたものがこちらです! さぁ、実験の成果を見せてください!」
青の首輪を着けた獣人が、真っ先にエルホープの方に飛び掛かっていった。
ニエルが彼の体に乗り移り奴が振り下ろしてきた剣に応戦する。
ギィィン
耳に残るような金属音を立て、剣と剣とが激突する。
やがて、ニエルが剣を斜めにして、相手の剣を下に受け流した。
剣の力場が地面に直撃し、この部屋の床全体に罅が入った。
『……なるほど』
腕に痺れるような感覚が奔っている。
先ほどの一撃には、エルホープの腕ですら悲鳴を挙げるほどのパワーがあった。
すると、今度は緑と赤の獣人が左右から走ってきていた。
そして、双方の薙ぎ払いが、正面と背後から同時に迫ってくる。
ニエルは咄嗟に上空へ跳び、それを躱した。
先ほど一人で突貫してきた青の獣人の頭を踏んで、2度目のジャンプをすることで、その3人から一先ず離れた。
「……僕がやるよ」
エルホープが呟き、手に力を入れた。
ニエルは了承するように、憑依を止めた。
『奴らのパワーは強い。油断するなよ』
エルホープは一度うなずく。
そして、足元に散らばっていた床の破片を剣先で飛ばし、青の獣人に当てた。
相手は激憤したように猛突進してきた。
掲げたその剣が、エルホープの頭へと振り下ろされる。
その時、彼は半歩後ろに下がった。
相手の剣が鼻先を掠め、地面に落ちた。
その瞬間、足を一歩前に踏み出し、首輪に向かって突きを放った。
ソレは獣人には当たらず、首輪だけを木っ端微塵に粉砕した。
「よし……!」
エルホープの嬉しそうな声が漏れた。
首輪が壊れた獣人は地面にうずくまり、動かなくなった。
相手の支配からは、逃れたと見て間違いない。
その瞬間、ニエルがエルホープの体に憑依した。
直後、剣先で床の破片を飛ばした。
先には博士が持つ謎のスイッチがあり、それが瞬時に粉砕された。
「な……っ!?」
博士もたまらず目を見開き、驚愕の声を出した。
『奴の手口は分かっている。……獣人の中に爆弾を用意することくらいはやるだろうと思っていた』
「父さん……!」
ニエルが、エルホープの憑依を止めた。
『エルホープ、安心して戦っていい。奴がどんな策を使おうと、私は絶対に見逃さない』
「分かった!」
エルホープは嬉しそうに頷き、残る2人の獣人を睨んだ。
奴等は先ほどと同じように、こちらの左右へと移動し、同時に薙ぎ払いを撃ってきている。
しかし、先ほどとは違い、今度は首を狙う高い位置での薙ぎ払いだった。
エルホープはしゃがんでそれを躱す。
同時に剣の峰を赤の首輪に当て、粉砕した。
「あと一人……!」
残る獣人が破れかぶれといった様子で、エルホープの顔面に突きを放ってきた。
彼は顔を横に逸して躱した。
同時に後ろに跳び、獣人から距離を取って態勢を元に戻した。
相手がこちらに走ってきている。剣を両手で握ったまま、腰の横に携えている。
今から突きをするぞと言わんばかりの姿勢である。
エルホープも同じく走り出し、相手が反応するよりも早く、緑の首輪に突きを当てた。
3人目の首輪も、粉砕した。
『……貴様もこれで終わりだ』
ニエルはエルホープの体に憑依し、博士に近寄っていく。
「今から、私は死ぬわけですか……」
切っ先が向けられた状態で、博士は高笑いをした。
「フヒヒヒヒヒ! 良いでしょう! 私が最後の実験台です! 一度あの世というものを知ってみたかった!」
『……』
「恐れると思いましたか!? 命乞いすると思いましたか!? そんなわけがないでしょう! 研究者たる者、知識を探求しなければ! 死すらも探求する心持ちで居なければぁッ! フヒヒヒヒ!」
『残念だったな』
ニエルはただ一言そう呟き、博士の首を斬り落とした。
次の瞬間、奴の体から魂が抜け出した。
『おやおや、気付きませんでしたよ! あなたのような存在が居るとは! ふふふっ、これもまた1つの知ですねぇッ!』
魂は嬉しそうに天からの光を眺め、その元へと向かっていく。
『あぁ……研究が! 知識の探求が私を待っているぅ……ッ!』
博士の魂が薄れ、天に登っていくかと思われた時、無数の手が奴の魂を掴んだ。
『フヒ……?』
奴の魂の一部がその手に毟り取られていく。
それと同時に、奴が苦しげに顔を歪めた。
『が……! な、なんだこいつらは……!?』
『死霊達だ。お前によって殺された何万にも及ぶほどの者達。そのすべてが、今お前に牙を向いている』
『ふ、ふざけるな! そんな者認めるものか! 私の死が! 貴重な死が! 死霊共の憂さ晴らしに使われるなど、そんなことがあっていいはずがないッ!』
そう叫んでいるうちにも、博士の魂はむしり取られ、弱々しい者となっていく。
『助けてくれ! こいつらを離してくれぇッ! この後地獄に堕ちたっていい! ただ、ただ……こんなくだらない最後だけは嫌だぁッ!』
『くだらない?』
ニエルは「フッ」と笑い飛ばした。
『本望だろう? お前は今、因果応報をその身で知ったんだ』
ニエルは背を向け、エルホープと操られていた獣人達を連れその部屋から出ていった。
『待て……! 待ってくれぇぇッ!』
奴の魂の叫びは、しばらく部屋の中に木霊していた。




