第13話:博士 Ⅰ
エルホープは地図を見ながら、ゆっくりと歩いている。ふだんならばジェット機よりも早い速度で動ける彼だが、今ばかりは足元の蟻に追い越される速度で歩いている。
『エルホープ、私が読むから大丈夫だぞ。そんな無理しなくても』
「待ってお父さん」
ニエルの静止を聞かず、エルホープは地図を睨みつけている。あまりの形相に、ちかくの野生動物が軒並みふるえていた。
「もうすこしで、もうすこしで着くから! ちょっとだけ待って!」
『あ、あぁ分かった』
ニエルは魂の状態で何度もコクコクとうなずく。
エルホープが間違った道を進むと、頭がうなだれる。正しい道を進むと、ガッツポーズを取って、なんどもうなずいている。
3時間後。ようやく2人は目的地にたどり着いた。
「お父さん……ごめんなさい……」
エルホープはドサッ、と両膝が地面に着いた。頭は下がり、両手もまた砂に乗った。
いま、彼らの目の前にあるのは寂れた家である。あきらか1人暮らし専用の一軒家で、ところどころにボロがある。
軍隊の施設ではないどころか、もはや廃屋となっている可能性もあるような場所だった。
『大丈夫だ。エルホープ』
周囲をグルッ、と見渡した。あたりにはこの家以外にはなにもない。1面緑の草原だ。
野生動物すらもいないがらんどうとした景色を見て、ニエルは確信した。
『よくあることだ。寂れた家を隠れ蓑にして、地下に施設を作っているのだろう』
エルホープの体に憑依した。剣の柄に手を乗せた。居合一閃。家に向かって剣をなぎ払った。
手の中で剣が回転し、ふたたび鞘へと戻ったとき、家が倒壊した。
『……やはりな』
ニエルは瓦礫を足で押しのける。床に銀色の蓋のような物を発見し、憑依を止めた。
「……これが」
エルホープは顔を近づけた。蓋に付いている取っ手を握りしめ、思いっきり引く。
金属が壊れる音とともに蓋が開いた。
そこはトンネルのようになっている。壁は銀色で、下へと降りるためのはしごが付いていた。
「よし、降りようか! お父さん!」
エルホープは梯子に手を掛けた。
『待て。エルホープ』
「え? どうしたの?」
エルホープは首を傾げた。父の語気が、いつもよりはるかに強いものであったからだ。
『まわりに野生動物がいない。隠れ蓑を建てている。そんなことをする奴に、1人覚えがある』
「……だれ?」
『博士だ。ここは、白衣の男の本拠地である可能性がたかい』
ニエルは目を細め、歯を噛み締めた。
「博士って、首輪を作った人?」
ニエルが「あぁ」と1つうなずいた。
『気をつけろエルホープ。もしそうなのであれば、なにを仕掛けてくるか分からない。どんな光景を見ることになるかもな……』
ニエルには見えていた。このトンネルの先にあるおぞましいほどの怨霊が。
犬や猫などの怨霊がこの先には住み着いている。モルモットとして、死が救いとなるようなモノを味合わされた者たちの成れの果てだった。
「うん、分かったよ。お父さん」
エルホープの顔にあまさが消えた。飼い主のそばにいる犬のような顔をしていた彼は、今やライオンと対峙する虎のような目をしている。
梯子に手と足を掛け、コツコツと音を鳴らしながら、下へと降りていった。
次第に彼の鼻がピクピクと揺れ、眉が寄っていく。
「匂いが……」
エルホープは手の甲を鼻に押し当てた。下に降りていくたびに、死臭の匂いが増していくのだ。焦げた匂いや、一週間置いておいた魚のような腐臭があたりにはただよっている。
『……着いたな』
梯子を降りた先は、白い部屋だった。あたりには口から白い液体が吐き出している動物が、ぐったりと倒れていた。
処理もされていない死骸が、あたりに散乱している。
「……」
エルホープは顔をうつむかせ、手を握りしめながら、歩いていく。次第に強く床を踏み込むようになり、その足音は徐々に大きくなっていった。
『エルホープ……』
ニエルが彼をなぐさめようとした。しかし、それよりも先に2人の前に立ちはだかった者が目に映り、彼は思わず絶句した。
「と、父さん……っ!」
ソレは2本足で立っていた。皮膚は燃やされたようにただれ、目は白くなっている。
ゾンビのような姿で、一見何者なのかまるで分からない。
しかし右手に握っている剣が。体に生えている犬のような耳と尻尾が、獣人であることを物語っていた。
『戦わせてくれエルホープ。せめて、私の手で楽にしてやりたい』
エルホープが、おもわず肩を跳ねさせた。それほどにニエルは低い声を出していた。
「う、うん……分かった」
エルホープはコクリとうなずいた。
『……眠ってくれ』
剣を構える暇すらあたえず、首に居合い切りを放った。
獣人の首はズル、とずれていき、地面に落ちる。
その頭から、子供の魂が抜けていった。
『じゃぁな』
ニエルは憑依を止め、その魂をわずかになでた。手が2、3度往復したのち、魂は消え、成仏していった。
「父さん……」
エルホープがか細い声を出した。
『大丈夫だエルホープ。元より、覚悟はしていた』
ニエルは目を閉じ、わずかに黙祷をした。
『……行こう。他の獣人たちも、救ってやらなければならない』
ニエルは目を開いた。睨むような眼差しで、部屋の先を見つめている。
「うん、分かった!」
エルホープはコクリとうなずき、走り出した。




