第七十話 螺旋の果て
――王都べオルドから西方 棄てられた塔内部――
王都の西門から出てしばらく進むと、その塔は見えてきた。
丘の上に立てられた塔は、外壁があちこち崩れているが、構造自体は安定している。一階の扉には鍵が掛けられていたが、生成した鍵で開けることができた。
内部には夕日が差し込んでいる。円形の塔の内周に階段が作られている――おそらく螺旋上になっており、ここを上がっていく以外にはない。
「――はぁぁっ!」
――『吸血鬼の眷属』が『闇討ち』を発動――
光が遮られた場所にできた闇から、何者かが襲ってくる――闇に隠れた状態から攻撃することで、威力を上げるというものらしいが。
「ふっ……!」
「なっ……」
繰り出された貫手を避け、その腕を捕らえて投げる。
「はぅぁっ……!」
「少々痛いだろうが……済まないが、そこで寝ててもらうぞ……!」
「――小癪なっ!」
次々に現れる刺客たち――黒い服に身を包んだ彼女たちの肌は青白く、瞳は赤く染まっている。
眷属にされたことで身体能力が上がっている。俺を魔法職と見て格闘を挑んできているのだろうが、特殊な技や魔法でも使われない限りは、俺からすれば止まって見える。
「――開くぞ……っ!」
「「あぁっ……!!」」
『ロックアイ』で錠前を視認し、攻撃を回避しながら鍵穴に赤の鍵を差し入れる――ナナセからもらったムーンプラムのポーションを飲んでおくことで、魔力の枯渇を免れる。
「進ませてなるものか……っ!」
――『吸血鬼の眷属』が『ダークスピリット』を発動――
残った一人が俺に向けて、闇の魔法を放ってくる。しかしラクシャが使った『ダークパルス』ほど威力があるものではなく、障害物を盾にしたあと、相手に選択を迫る。
「っ……!!」
障害物の左と右、どちらから俺が出てくるか――読み違えた眷属は、俺が懐に入る隙を作った。
「くぅっ……お、おのれっ……」
腿の部分に出現した赤い錠前を開ける――眷属は糸が切れたように倒れ込む。
螺旋上の階段を上がり始める。一階層上がるごとに、待ち構えている眷属が襲ってくる――ナナセの作ったポーションの効果は想像以上だったが、立て続けに魔力を使っているうちに全身が熱を持ってくる。
(まだ……まだ尽きるなよ、俺の力。ファリナはこの先にいる……!)
塔の中にいる眷属は幸いにも、想定していたより多くはなかった。
だが、もう少しで塔の最上階に着くというところで、他の眷属とは違う装いをした女性が立ちはだかる。
俺はその服をよく知っている――後宮に仕える侍女のものだ。
「初めてお目にかかります。私はマレーネ……偉大なる夜の女王に従う者です」
「……その女王は、ファリナって言う名前なんだろ?」
ピクッ、とマレーネが反応する――俺の態度を見て何か察したのだろう。
「あなたなのですか……? ファリナ様を惑わせているのは。それに私の同胞たちにも、随分ひどいことをしてくれたようですね」
「ミルラさんが言ってたのはあんたか……外出先から戻らない侍女がいると心配してたよ」
「侍従長が……そうですか。私が後宮に残って、アマーリア妃とともに王国を内側から掌握するという案もあったのですが。あなたが、全て台無しにしてくれた」
「俺はあんたのことも元に戻すよ。それができるからここに来たんだ」
「――余計なことをっ!」
マレーネが石床を蹴り、こちらに肉薄する――彼女は剣の心得があるようで、鋭い突きを繰り出してくる。、
「紙一重で避けては、怪我をしますよ……っ!」
――『マレーネ』が『瞬速三連』を発動――
高速で繰り出される突きは、同時に三回突かれたように錯覚させる――そんな技だが、俺は一発ずつを見切ることができる。
「っ……かわした……私の突きを……!」
「メイドにしておくには惜しいくらいの剣才だな……吸血鬼があんたを眷属にしたのも、分かる気がする」
「うるさいっ……私は今の自分に満足している……魔族の力を分け与えられて、今まで生きてきた中で最も自由だと感じているのです……っ!」
連続で繰り出される突きにはどれにも必殺の気合いが込められている――このレベル帯で、眷属となることで身体能力が強化されていることも考えれば、その技は確かに優れている。
それでも俺は負けられない。大振りの振り下ろしの後にコインを飛ばし、マレーネの剣を取り落とさせる。
「――やぁぁぁっ!」
剣を失っても戦意を失わず、マレーネは俺に組みつこうとする――繰り出そうとしたのは、噛みつき。
俺の血を吸いさえすれば、勝つことができると踏んだのだろう。だがそれは、俺の動きを止めることができた場合の話だ。
――『ロックアイI』によって『マレーネ』のロックを発見――
――『ロックアイⅡ』によって『マレーネ』の第二ロックを発見――
組み付いたはずの俺の姿が消える。マレーネが振り向く前に、その胸の前に出現していた赤い錠前が、光を放ちながら砕け散った。
「あぁぁっ……ぅ……」
倒れかかるマレーネを受け止め、その場に横たえる。
(……なんだ……物がぶれて見える。それに……辺りが暗い……)
日が沈んだのだと理解するまでにも時間がかかる。残っていたムーンプラムのポーションを喉に流し込む――魔力の回復は鈍り、代わりに頭が割れるように痛む。
止まっているわけにはいかない。最後の螺旋階段を上がり――辿り着いた、最上階。
天窓から差し込んでいる、月の光。その中に立っている、ホワイトゴールドの髪の女性。
「……ファリナ。ファリナ・ラウリールなのか?」
長い髪がその顔を隠している。俺が知っている彼女とは何かが決定的に異なっている。
「……私を倒しに来たの?」
俺の声は、賢者に転職する前とは変わってしまっている。だとしても、気付かないものなのか――それならば。
「俺はマイトだ。マイト・スレイド……姿は変わってるが、ファリナ、お前の仲間だった……」
――急激に部屋の温度が下がったような、そんな錯覚に囚われる。
銀色の髪が揺れて、その向こうの瞳が見える。赤く宝石のように輝く瞳には生気がなかった――しかし。
徐々に煌々とした光が宿る。前にも何度か、この感覚は味わったことがある。
格上の魔獣を相手にしたときと同じ。こちらを捕食対象として見る者の、魂を竦ませるような目。
「私が知ってるマイトとは違う……でも、確かめる方法はある」
透き通った、囁くような声。それは、途中から『離れた場所』ではなく『すぐ後ろ』から聞こえた。
「(何が……どうやって俺の後ろに……っ)」
「魔法でも、技でもない。ただ動いただけ」
「っ……!」
耳に冷たい感触が触れる。舐められた――そんなことをするはずがない、だが今の彼女は魔族に操られているか、乗っ取られている。
「同じ匂い……でも、薄くなってる。『盗賊』のマイトは、もっと大人……」
「ぐっ……ぁ、あぁぁぁっ……!!」
――『ファリナ』が『吸血』を発動――
首筋にかすかな痛みが生じ、次の瞬間、持っていかれる――身体の中にある熱と、そして理性そのものを。
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※この場をお借りして告知のほう失礼させていただきます。
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イラストは引き続き「ファルまろ」先生に担当していただいておりまして、
リスティ・ナナセ・プラチナの三人が目印となっております。
宜しければ書店様でチェックをいただけましたら幸いです!
今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。




