第六十五話 王妃と王女
コゼットさんに事態を報告すると、彼女は慌ててジャクリーンさんとミルラさんの二人を呼び寄せ、侍女たちをそれぞれの館で寝かせる準備をしてくれた。
皆を運んだのは主に俺とプラチナだ。王妃を運ぶことを申し出たのはリスティだった――そのために冒険者として鍛えてきたのだからと。
そして今、俺たちは王妃の寝室の外にいる。
「……リリス、ここでは正式な名で呼ぶべきか?」
「そうね……お母様は怪訝に思うかもしれないけど、そのままでいいわ」
「ノイエリース様……でしたよね。私、あれからちょっとだけ調べちゃったんですけど。ミドルネームの『ティア』は、ご幼名だったんですね」
「調べたら分かっちゃうの……? 全然広まったりしてないと思ってたんだけど」
照れるリスティだが、ナナセは苦笑いしている――そして懐に入れていた紙を取り出して見せてくる。
「『魔導美妃アマーリア様の血を引く王女、その美しさから隣国の王子より求婚を受ける』……な、何? これって、王国新報?」
王国新報とは王都の各所に設けられた掲示板に貼り出される情報紙のことだ。三年前の日付が書かれている。
「お昼のうちは吸血鬼探しはお休みだったので、王都の図書館に行ってみたんです。そうしたら、リスティさんのことを書いた新聞や本が見つかりまして……」
「ああっ……そ、そうなのね……話に聞いたことはあったんだけど、本当にそんなものが出てるなんて」
歓楽都市でも話には聞こえてきたが、王族は王都の民衆から高い支持を受けている。リスティもまた、その動向が注目されていたということだろう。
ブランドもリスティを娶りたいと思っていたようだが、他にも求婚者がいたとは――確かに綺麗な顔立ちで、『料理』もできて『品格』もあり、男女分け隔てない接し方といい――と考えたところで気づく。
「……何? お母様は魔導美妃って呼ばれているけど、私は普通だって思ってるでしょ。その通りだけど」
「いや、全くそんなことは考えてない。むしろ得心がいったというか……」
「わ、私はお母様と比べたら全然王族らしくないし、魔法が得意なわけでもないし……お母様の水の魔法、すごかったでしょ。操られていなくても強い人なんだから」
それでも、魔族に対して何かできることがあるわけではなかった。レベルの制限さえなければ、アマーリア妃も魔族に対抗できたかもしれないが。
「あんなにまっとうな魔法を使えるってのは、憧れるものがあるな。俺も賢者らしく、ああいう魔法も使ってみたいが……」
「マイトの魔法は唯一無二、素晴らしいものではないか。コインを飛ばす魔法などは特に強力だしな、何より格好いい」
「うっ……褒めて欲しいとかじゃなくてだな……」
ただ力で飛ばしているだけとバレたら、イロモノ賢者という印象が勝ってしまう。ファイアボール、アクアスプラッシュ――何でもいいので一つは普通の魔法を使いたい。
「皆様、アマーリア様が目を覚まされました」
コゼットさんに呼ばれる――リスティは緊張した面持ちだが、率先して王妃の寝室に入っていく。
「……来たか。ノイエリース……なのだな?」
「はい。申し訳ありません……王都を出るとき、これを持ち出していました」
リスティとプラチナが『隠者の指輪』を外す――俺とナナセにとっては変わらないが、おそらくアマーリア王妃とコゼットさんからの見え方は変わっている。
「た、大変な失礼を……っ、王女殿下であらせられることに、今まで気づかず……っ」
「良い。『隠者の指輪』を使われては無理もないことなのだ。この二人が王都の門を出られたのも、魔道具を使ったのならば得心が行く」
「隠者の……お、王家の秘宝でございますね……」
「どのような罰も受けるつもりです。しかしアマーリア殿下、ノイエリース様の……」
「……分かっておる。だからこそ、手をこまねいていた自分が不甲斐ない……私は魔族に操られ、この国を自ら滅ぼすところだった」
「お母様……」
ベッドを囲うベールを自ら開けて、アマーリア王妃が姿を見せる。そして王妃は、リスティに向けて手を伸ばして見せた。
「……近くに。ノイエリース、私は不甲斐ない母だった。そして王妃としても」
「そんなことは決してありません。私だって、マイティ……いいえ、マイトがいなかったら、ここまで戻ってくることはできていません」
「そう……彼がここまで導いてくれたのです。『賢者』のマイトがパーティに加わってから、私たちは変わることができました」
「彼……」
「……あっ……ぁぁ……そんな……今まで気づかないなんて、なんていう……」
アマーリア王妃よりも、コゼットさんの方が驚いている――彼女からの視線が上から下まで刺さるが、俺は彼女の前で、心を鬼にしてかつらを取った。
「騙すようなことをしてすみません。俺たちは四人でパーティです……彼女たちだけを行かせることは、したくないと思いました。俺もどんな罰でも受けます」
「い、いえっ……そんな、罰なんて。マイトさんは全然悪いことなんて……っ」
「ナナセの言う通りです、お母様。マイトは頼りない私達を心配してくれたんです」
「……ふっ」
――一瞬、何が起きたのか分からなかった。コゼットさんも目を瞬いている。
アマーリア王妃が笑っている。リスティを大人にしたような美貌を持つ彼女は、頬にかかる髪をかき上げた。
「ふふっ……そうか。随分と信頼されているな、マイト。見たところはまだ青い少年だが、その力は本物と、私も思い知らされている……実に興味深いな」
「っ……お母様、彼は冒険者なので、手元に置きたいとかそういうことは……っ」
「場合によってはそうしたいと思っただろうが……娘に考えを見抜かれるというのも悪い気分ではないな」
「あ、あのですね……っ」
「この方にはやはり敵わないな……リスティ、慌てると思うつぼだぞ」
「やはりそなたを見込んだのは正解だったな、プリムローズ。娘は良い友人を持った」
「っ……も、申し訳ありません、王妃殿下に対して不敬な言葉遣いをしてしまいました」
「それくらいのことは気にせぬ。むしろ、壁を作らずに話してもらえるとありがたい……私は勇気のある者を友と呼びたい。もちろんコゼットもな」
「そ、そのような……身に余るお言葉……あぁ……」
「あ、危ないですよ、急に失神とか……っ、王妃様、どうかご自重くださいっ」
倒れそうになったコゼットさんをナナセさんが咄嗟に支える――アマーリア王妃はそれを見て驚いていたが、コゼットさんの無事を確かめて微笑む。
「そうだな、自重せねばならぬ。操られているとはいえ、陛下以外の男性に裸身を見せてしまうなど……というのは冗談だが。マイトよ、そんなに申し訳なさそうにすることはないのだぞ」
「お母様は、王妃というか女王気質だって昔から言われていたから。東の宮の中なら裸で歩けるくらいには侍女の人たちを信頼してるとか……それって普通は例えの話だけど、お母様は本当にそうしちゃうから」
「言うなれば裸族というものだな。まあ、マイトのように女装で後宮に入り込める人物はそういないだろうが、今後は気をつけるとしよう。一糸まとわず少年と戦うということも、私の人生においては意義のある経験と思ってはいるがな」
そっちの方向に話が行くとは思っておらず、どう反応していいのか分からない――そんな俺を見てアマーリア王妃は相当楽しそうにしている。
(まあ……それでも、王妃はちゃんとリスティのことを案じていた。悪い人ではないし、今までの話を聞く限り、確かに『女王気質』というか……)
「……アマーリア王妃。あのような災難があった後、すぐにお尋ねするのも不躾ではございますが、質問させて頂いてもよろしいでしょうか」
「私がどのような経緯で魔族に操られたか……か。そなたが解放してくれたという認識で良いのなら、恩人には全て話さねばなるまい」
アマーリア王妃は後宮内に侵入した何者かに襲われ、血を吸われた。
自分はここで死ぬのかと思ったが、そのあと自室で目を覚ました。部屋の窓を閉め切らなければ魔力が失われるようになり、日の光を不快に感じるようになった。
気がつくと彼女は『魔眼』を使えるようになっていた。吸血鬼の眷属が、血を吸わずにしもべを増やす手段である――その方法で作ったしもべも日の光を恐れるようになる。
「不思議なことに、私を襲った魔族との繋がりは不意に途切れた。私を支配する権利は、他の者に引き継がれたのだ……わかるのは、『暗夜のサテラ』はすでに倒されているということ。それでもなお魔族の脅威は続いている」
「新しい魔族……サテラと仲間割れをしたっていうことですか?」
「分からぬ。新たな主は、私達を能動的に操ろうとはしなかった。私は吸血鬼の眷属として、本能に従って行動していただけだ。暗躍し、しもべを増やし、影から領土を増やしていく……実はすでに、国王陛下も私の言うがままになっていた」
「っ……ア、アマーリア様。それは万が一にも、外にお話を聞かれたら……」
「私の魔眼の力はもう失われているし、陛下を介して何かをしたということもない。危うく、レベル帯が変わらぬ東の隣国に攻め入るところだったが……そうなる前に、そなたらが来てくれたのだ」
危うく戦争が起こるところだった――領土を増やすというのが魔族の習性ならば、放っておけば国は荒れる。そうなってしまえば、元に戻らない被害も出てしまう。
「おそらく西の塔に、サテラに成り代わった新たな魔族がいる。討伐せねばならぬが、そなたらにも休息が必要だろう……それに、魔族と戦えなどと、マイトのような強者がいてもおいそれと頼めることではない」
「それでも何とかしないといけません。俺たちが……」
歓楽都市に戻り、冒険者を続けるためには、王国を脅かす魔族は倒さなければならない。
しかし、こうして王都にやってきて、リスティとアマーリア王妃の関係性を見て感じたことがある。
リスティは心から母や王都の人々を案じている。王女としてここに在る方が、彼女の本来の姿なのかもしれないと。
「フォーチュン西の砦を占拠した魔族についても、冒険者のパーティが討伐したという報告を受けているが。そのパーティに依頼するという形も現実的ではないと思っている」
「っ……後宮まで、その話が入ってきてたの?」
まさにそのパーティとは俺たちのことなので、三人とも慌てている――私たちがやりました、とはすぐには言い出しづらい。
「現実的ではない……というのは?」
「……『暗夜のサテラ』を倒した者の力は、比較にならぬ。何らかの理由で塔から動けずにいるようだが、そうでなければこの国など、一昼夜で平らにできただろう」
アムの身体を借りたラクシャは、サテラのレベルは45だと言っていた。
そのサテラと比較にならないほどの強さ――それを言葉通りに受け取るならば。
(サテラと10レベル差がある……あるいは、もっと。それは、もはや……)
俺が知っている領域。レベル90以上ということも――だがそんなことが、本当にありうるのか。
魔族が気まぐれを起こしただけで、一つの国は簡単に滅んでしまう。それほど理不尽で、レベル制限という絶対のルールを無視できる存在と分かっていても、容易にそれがありうると考えられない。
俺たちが魔族に勝てているのは、盗賊レベル99の身体能力が引き継がれ、高レベルの相手に対しても協力することで活路を見出しているから――だがレベル50以上にもなれば、パーティで相対すること自体を避けなくてはならない。俺が狙われる分にはいいが、盗賊の技なしで高レベルの魔族の動きを完全に引き付けるのは至難の業だ。
「……あまり思い詰めぬ方が良いな。マイトの力はよく分かったし、お主は英雄といえる器の持ち主だろう。しかしそれは、かの魔竜を倒すような者とは違う……私が知らぬだけで、魔竜とは全く規模の違う脅威かもしれないが、一度眷属として繋がったことで、分かるのだ。『あの方』……塔にいる魔族が動けば、この国は消える」
「お母様……それなら、驚かせてしまうと思うけど、言います」
「先ほどおっしゃった、フォーチュン西の砦を占拠した魔族を倒したのは、マイト……そして私たちなのです」
リスティとプラチナが言う――コゼットさんが『ひぇっ』と小さく声を出している。もはや驚きすぎて腰砕けの状態だ。
「そうか……相対して、そうかもしれないと思ってなお、魔族を倒すなどこの国の人間にはできないと思っていた。世界は思ったよりも、窮屈なものではないということか。それとも、お前たちのパーティが例外なのか」
「私たちは、マイトについていってるだけだから。この人は遠慮しているけど、出会ってからずっと凄いことしかしてないし……」
「っ……い、いや、遠慮してるとかじゃなく……」
「ふふっ……英雄といえる器の持ち主、と思うままに口にしたが。そんな人物を見つけてきたティアは、やはり私の自慢の娘だ」
「も、もう……お母様ったら、褒めても何も出ないですよ」
リスティこそ謙遜しているが、彼女は王都を救うという目的を果たした――それだけのことを成せば、おそらく王宮での立場も良くなるし、ゆくゆくは女王になれたりということもあるのかもしれない。
王位継承権の問題があるのでそう単純にはいかないが、アマーリア王妃を見ていると、成長したリスティは女王たる風格を持っているのだろうと思えてきてしまう。
「……これもまた、不敬極まりない発言かと思いますが。この国は、アマーリア王妃が支えられているのでは……」
「政治は後宮で行われている……という国もあるそうだが、ベオルナートはそこまででもない。私よりももう二人の王妃の方が権勢は強いし、陛下は暗君というわけではないのだ。平和主義の、剣を持たない君主がいてもいい。国の脅威を排せずして何が王か、と言われてることも承知はしているが……」
「アマーリア様、その辺りの内情は……」
「すまぬ……だが、この者たちには言っておきたかった。操られていた当人が言うのも滑稽だろうが、それでも言おう。そなたらに感謝する」
王妃が頭を下げる。本来ならあってはならないことだが、それを口にするのは無粋に感じた。
その時、鈴が鳴る音が聞こえてくる。東の宮を誰かが訪れたようだ――今後宮の中を動き回れるのは王妃二人と、それぞれの近侍二人くらいだろう。
足が震えているコゼットさんにプラチナが肩を貸して、来訪者を案内して戻ってくる。
そこにいたのはジャクリーンさんとミルラさん――だけではなく。すでに就寝していただろうに、完璧に身なりを整えてきた王妃二人だった。
※お読み頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想、いいねなどありがとうございます、大変励みになっております。
皆様のご支援が更新の原動力となっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!




