第六十一話 最後の潜伏者
朝――盗賊の拠点は外からの光を嫌う住人が多いのか、来た当初は朝になっても真っ暗だったが。今は最低限の窓は開けるようになっている。
俺は二段式のベッドの下で寝ている。ウルスラは上がいいというので譲った――のだが。
「ん……眩しい。主様、もう少し……」
結局こっちに潜り込んできてしまい、さらに二度寝を誘ってくる。寝る子は育つというが、ウルスラにもそれは適用されるのだろうか。
「もう誰か起きてきてるみたいだから、様子を見てくる。そのまま寝てていいぞ」
「……寂しいからもうちょっといてくれないかな?」
「遊びに来てるわけじゃないんだぞ……まったく」
本気で怒っているわけではないし、ウルスラも毛布を抱くような格好で、楽しそうに笑っている。夜中に毛布を持って行かれるので、この部屋割りもそろそろどうにかしたいところだ。
身なりを確認してからダイニングに行くと、台所からはすでに良い匂いがしていた。
「あ、起きてきた。どうしたのマイト、手伝いにでも来た? それならもうご飯できてるから運んでよ」
メイベル姉さんはすっかり俺たちの保護者というか、宿屋の女将さんか何かのようになってしまっている――盗賊ギルドの長が家事をしてくれているというのも凄い。
「ははーん、あたしの格好を見て昔を思い出してるとか? あんた、あたしの作るご飯が好物だったもんねえ」
「っ……好物というか、それまで食べてたより美味いものだったってだけだし……」
「それを好物って言うんだけどね。肉と野菜をスパイスで炒めて、お米にかけただけのやつ。フォーチュンライス、王都でも材料が揃って良かったわ」
フォーチュンライスはその名の通り、フォーチュン市民にとっての故郷の味というやつだ。使う材料を変えれば高級料理としても通用する。
メイベル姉さんの味付けに昔は慣らされていたが、今日は久しぶりに出してもらえるようだ――すでに『あの味』を思い出し、食欲が刺激されている。
「メイベルさんって、マイト君のことどれくらい昔から知ってるんですか?」
「まあ、これくらいの背丈だった頃からだね」
「そんな頃からですか? こんな綺麗なお姉さんがご飯作ってくれてたら、マイト君もそれは懐いちゃうよね」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。あたしはモニカも、うちの店でいいところまで行けると思ってるんだけど」
「えっ、本当ですか? とりあえず喜んでおきます。マイト君、私いいところまで行けるって!」
モニカは何というか、感情のままに行動するところがあるようだ。そして彼女の友達を助けられたし、王都内で起きている事件も止まっているので、もう俺たちと共同で動くのは一段落したと思うのだが――変わらずここに出入りしている。
「あー、何でいるんだって顔してる。マイト君たちが外に出てるとき、私はウルスラちゃんとお留守番してるんだから」
「まあ、それはかなり助かるが……ん?」
拠点には表と裏に入口があるが、裏口の方から小さくノックの音がした。メイベル姉さんも顔つきが変わり、裏口に行こうとして――エプロンを着けていることに気づき、手早く脱いで俺に預けていく。
「おはようございまーす……すみません、昨晩はやたらと気持ち良く眠れてしまって」
「朝食の準備を任せてしまってすまない……二人が準備をしたのか?」
「いや、メイベル姉さんとモニカがやってくれてた。ちょっと今、メイベル姉さんは……」
裏口から訪ねてきたのは、おそらく情報収集を行っている盗賊ギルド員だろう。
戻ってきたメイベル姉さんは難しい顔をしている。そしてリスティ、プラチナ、そしてナナセを見て、最後に俺を見やった。
「な、なんだ……間合いが近すぎるぞ……っ」
「うーん……まあ、今回の任務だけなら問題ないか」
「メイベルさん、何か分かったんですか?」
リスティが尋ねると、メイベル姉さんは人差し指を立てて言った。
「事件は王都だけで起きているわけじゃなかった。どうやら、後宮にも吸血鬼が入り込んでるみたいだね」
「「っ……!」」
プラチナとリスティの顔色が変わる。
リスティは王女――ベオルナート王家の姫だ。おそらくリスティの母親は、後宮で暮らしている。
「これはちょっと準備が必要だね……後宮の中に出入りできる人間は限られてる。完全な潜伏任務なら、専門のあたしとマイトだけで行くことになるけど……」
「メイベルさん、すみません。私も行かせてください」
「今回ばかりは、待っておくのは難しい。私とリスティはゆえあって後宮でも顔を知っている者がいるが、この指輪を使えば素性を隠すことができる」
「あ、あの……そういうことなら、是非私も置いていかないで欲しいというか、パーティの一員として同じ苦労を分かち合いたいというか……っ」
「ナナセ……」
ナナセは置いていかれないかと慌てているだけのようだが――リスティとプラチナは必死なナナセを見て、ふっと優しく笑った。
「ナナセは顔を知られていないので問題ないだろう。それに、私よりは変装の類も似合うだろうしな」
「変装……後宮の中に出入りをしても、おかしくないような装いってことですよね」
「まあ、それは例のごとくあたしが何とかするよ。中に入る手筈も整えられるから、早ければ昼過ぎには入れるはず……でもやっぱり、問題はマイトだね」
いくら身体が『盗賊』だった頃を覚えているといっても、技を完全に再現できるわけではない。『隠密』にしても、メイベル姉さんが技として使う場合とでは精度が変わってくるだろう――後宮に男が侵入した、と騒がれるわけにはいかない。
「今のところは、あたしのピアスでも持っておきな。これでいざという時に気配を消すことはできるからね」
「ありがとう。後宮で魔族を見つけた時、俺もその場にいる必要があるからな……」
「現地に行けば何か方法があるかもしれない。モニカ殿、ウルスラ殿、済まないがここで待っていてもらえるか」
「ウルちゃん、どうして目を輝かせてるの?」
「後宮といえば、奉公人の女性たちも麗しい装いをしているからね……ボクも見てみたかったな。なんて、緊張感がないことは言わないでおくよ」
「そういうことですか……安心してください、私がこの目で見てきてあげます!」
やる気を出すナナセ。ウルスラは自分の目で見たいのだろうが、それ以上は我が儘になると思ったのか、俺に目配せをしてくるだけだった。そんなことをされても、俺は置き物のようなもので、みんなの衣装替え――もとい変装自体に興味があるわけではない。断じてそれは言っておきたい。
◆◇◆
――ベオルナート後宮 五花門 門番詰め所――
王宮の北側にある後宮には、五花門と呼ばれる門からしか入ることができない。周囲は高い壁で囲まれていて、隠し通路を利用する以外には、正規の門を通るしかない。
この五花門の前に作られた詰め所までは、外部の人間も入ることができる。王都の盗賊ギルドには商人としての顔もあり、後宮に物品を納入するためという名目で、俺も同行することが許された。
そしてこの詰め所には盗賊ギルドの協力者がいる。ここまで王宮に入り込んでいるのもどうなのかとは思うが、王に害をなすためではないので、気にすることはしないでおく。
「それでは、本日より皆様には後宮内での奉仕をお願いすることになります」
持ち込む品の検査などのために五花門の詰め所に入れてくれたのは、妙齢の女性だった。後宮で働く奉公人――メイドたちをまとめる長の一人らしい。
そしてリスティ、プラチナ、ナナセの三人は、新人の奉公人として後宮に入ることとなった――こういった形で出入りする人間は少なくないそうだが、短期間の潜入になるので、潜入が終わった後のことはやはり盗賊ギルドに任せている。
「リリスさん、プララさん、ナンナさん……あなたがたがお仕事をする場所ではそうそうお目にかかることはないと思いますが、こちらに住まうのは貴い方々でございます。くれぐれも粗相のないようにお願いいたします」
「「「はい!」」」
三人はもじったような偽名を名乗っている。この段階で偽名を名乗る必要はないのだが――なぜならば。
「それにしても、なかなか板についてるね。本職の従者と変わらないよ」
「恐れ入ります。もう長くこの仕事をしてしまっていますので」
このメイド長こそが、盗賊ギルドの協力者なのである――『盗賊』という職業ではなくても、所属する先が盗賊ギルドということは珍しいことではない。
「それでは、御三方にはあちらの部屋で着替えていただきます」
「あの、メイド長さんと同じような服なんですよね?」
ウルスラの件で踊り子の服を着せられたナナセは、少々疑心暗鬼になっていた――リスティとプラチナは元から後宮のことを知っているのか、身構えてはいないようだが。
「はい、私のものとは少し違いますが。従者にも階級がありますので、新人の奉公人は一番下ということになりますね」
「分かりました、そういった服なら何とか……」
「じゃあ、あたしが着付けしてあげるよ。あんたはそこでしばらく待ってな」
後宮は男子禁制の女の園である。そうなると、やはり俺は別行動で潜入しなくてはならないのか――と考えていると。
「あ、あの……少々よろしいですか?」
着付けを手伝いに行ったはずのメイド長が、一人だけすぐに戻ってきた。
何か、申し訳なさそうな顔をしている――予期せぬ事態が起きたということか。
「俺はマイトと言います。何かありました?」
「いえ、その……リリスさんたちが、マイト様もこちらをお召しになるようにと……」
「……え?」
さすがに声が出た。そう言って侍女が申し訳なさそうに出してくるのは――彼女自身も身につけているような服だったからだ。
「い、いや……俺、普通に男なんですが……」
「は、はい、でもお声変わりもまだのようですし、こちらの服を着れば一見して男性と分かることはないかと……もし他の侍女に見つかったりした場合、騒ぎになってしまいますし」
「いやいや、俺は別行動で潜入させてもらうつもりなので、変装の必要は……」
「後宮には内部を見回っている人たちもいますし、もし彼女たちに男性が入ってきていると知られたら戦闘になってしまうでしょう? 同僚に怪我をさせたりするのは、できれば避けたいのです」
真摯な目で言ってくる侍女――俺より少し年上というくらいに見えるが、かなりしっかりしている。
かといって侍女の服を着るというのは――実を言うと『盗賊』は変装もできる職業だが、女性を装ったことは無かった。
「マイト様はお肌も綺麗でいらっしゃいますね……髭も生えていませんし、お粉をつけなくても大丈夫そうです。そんな殿方はなかなかいらっしゃらないと思いますよ」
「いやいやいや、褒められてもさすがに……っ」
「……どうしてもお気に召しませんか?」
これはもう半ば泣き落としだ――俺なら絶対に見つからないと押し切ることもできなくはないが、確かにいざというときにリスティたちの近くにいなければ、彼女たちを咄嗟に守ることは難しくなる。
髭が生えていないとか、声変わりしていないというだけで、女装ができるというわけでもない――葛藤に葛藤を重ね、俺が至った結論は。
「……本当に大丈夫ですか? やってみて駄目そうだったら、率直に言ってください」
「あぁっ、良かった……やはり男性の潜入を看過するとなると気が引けるのですが、郷に入っては郷に従えということで、私たちと同じ装いをしていただけるのならば、だいぶ気が楽になります」
それが本音か――まあ隠さずに言ってくれた方がまだ納得はできる。
「それでは……今のお召し物を脱いでいただいて……そうですね、こちらの小部屋を使いましょう」
この期に及んで抵抗するわけにも行かず、メイド長に連れられて部屋に入る。
ただ服を着替えるだけだと言い聞かせたが、やはり途中から自分が何をしているのかと背徳感に襲われ、上手く着られているか鏡で確認するようにと言われてもなかなか向き合えなかった。
◆◇◆
「皆様方、失礼いたします」
『はーい』
『あっ、ちょっと待ってください、まだ着付けが……』
『私が整えてやろう。ナナセは存外こういった服がよく似合うな……私はやはり無骨な職業だからか、このような格好は……』
『凄く似合ってるわよ、プラチナは嬉しくないかもしれないけど』
和気藹々としている三人――メイド長がドアを開けて、俺は意を決して中に入っていく。
「…………」
無反応、雄弁な沈黙。女装しろと言われて素直に従うとはどうなのか、と理不尽になじられることまで覚悟した――しかし。
「着ても大丈夫そうと思ってたけど、そんなに似合うなんて……マイト、何ていうかあなたには才能があるわ」
「な、何の才能だ……」
「マイトさんが恥ずかしがるのって凄く貴重ですよね……あぁっ、何か新しい扉を開いてしまいそうなんですが」
「う、うむ……こんな言い方をしていいのかと思うが……すごく可愛いな。髪が伸びているが、それはかつらか? 一目では全く分からないぞ」
「そうですよね、マイト様はどのような服装をされてもお似合いになると思います」
やたらと嬉しそうなメイド長――俺はといえば、全身の力が抜けるような気分だった。
「マイトは男の子の名前だから、違う名前で呼ばないといけないわね……あっ、マイトはそれで大丈夫?」
「もう好きにしてくれ、一刻も早く任務を終わらせたい」
「それでは……マイ……マイティ、としておくか」
「なんだか私の妹みたいね……ふふっ」
「この可愛さをどうにかして記録しておきたいんですが、このために記録晶を買う価値は十分にありますよね」
つまり脱出してからもう一度女装をしろということになるが、そんな気はない。期待するように見てくるナナセの視線を手で遮りつつ、俺は空気を変えるべく咳払いをした。




