第五十九話 新作ポーション
拠点に戻ったあと、俺はしばらくしてベッドの上で目を覚ました。
二段式のベッドしかないくらいの部屋が俺に割り当てられていて、ここで寝起きしている。プラチナには頭が上がらない――ここまで運んでもらって、本格的に休むならちゃんと着替えをすること、と書き置きが残してある。
筆跡にもその人らしさが出るものだが、プラチナの書き文字は整っていて綺麗だ。貴族だということを伏せていても気づく人は気づくだろう。
寝ることで少々は回復したが、それでも魔力の大半は失われている。限界まで魔法を使い、魔力を回復することを繰り返すと、レベルが上がらなくても魔力の上限が上がっているような気がする――回復の速度も合わせて早まっているが、まだ微々たる違いだ。
こうも続けて『第二ロック』を見つけ、それを開けることを繰り返したことがないが、修行としても効果があるような気はする。レベルが上がらないので、経験を積めているというのは今のところは俺の感想でしかないが。
「マイトさん、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
部屋を出ると、ナナセに声をかけられた。
俺が魔力を消耗しているということで、ナナセは薬の材料を探してくれていた。一人で行動させるのは危険ということでモニカやレミーと行動している――王都でも冒険者の知り合いができて嬉しいと言っていた。
拠点のダイニングルームにはテーブルと、何人かが座れる革張りの椅子がある。ここを普段利用する盗賊ギルド員は酒盛りをしたりするようだが、俺たちは今のところ酒は飲んでいない。
ナナセはふところから取り出した液体をグラスに注ぐと、テーブルの上を滑らせてきた。
「お兄さん、こちらのお客様……というか、私からの差し入れです」
「……ふっ」
「あぁっ、笑いましたね? まあこちらもそういうつもりだったんですけどね」
「いやすまない。普通に面白かったんだが、上手く笑えなかった」
「あー、マイトさんっていつもクールですからね。表情があまり変わらないっていうか」
無愛想とは昔からよく言われた――その俺をさらに上回るのが、氷の女であり、鋼鉄の女であるファリナだった。
「……どうした?」
ナナセは結局席を移って、俺の隣までやってくる。
「マイトさんってそうやって、時々優しい顔をするんですよね。ちょっと嬉しそうっていうか……」
「……そうか」
昔を思い出すことで生まれる感情は、後悔や無念ばかりでなくなってきている。それも、もう一度こうして冒険者をやることができているからなのかもしれない。
「え、えっと、なんだかしっとりした感じになっちゃいましたね……私がここに来たのはですね、これをお渡ししようと思いまして」
「……ポーション? 新作か?」
「はい、新しいレシピをさっき思いついちゃいまして。こちらは『泉のように、魔力が湧き起こる』と名付けました」
「ポーションの名前として適切じゃない気がするが……」
「魔力回復ポーションだと市販品と同じじゃないですか。この薬は私の特注品です! 市販品は連用すると魔力が回復しにくくなりますが、私の新作は違うんですよ。たぶんですが」
「多分……大丈夫なのか?」
グラスに入れられた液体は紫色で、ふつふつと泡が立っている――これは果たして飲んでいいものなのか。見た目で構えてしまうものがある。
「これも実験なんじゃないか、と思っている顔ですね……ちゃんと味見はしてますよ?」
「飲んでも害はないってことか」
「もちろんです。では、私が目の前で飲むことで安全だと証明しましょう」
「無理はしなくていいが……寝れば魔力も回復するしな」
「万が一にも朝に疲れを残さないためです。おっとっと、泡がすごいですね」
大丈夫なのか――と思いはするが、ナナセのポーションに効果があるのは実証済みなので、今回も想定した通りに効きそうではある。
「それでは……ちょっと大人の雰囲気でドキドキですけど。かんぱーい」
「乾杯……おおっ、一気なんてして大丈夫か」
「んっ……んっ……ぷはー。ちょっと苦みはありますけど、フルーツジュースに近い感じですよ」
ナナセに続いて俺も飲んでみる――確かにジュースと似ているが、遅れて喉が熱くなってくる。
「この感じは……」
「どうですか、魔力、湧いてきましたか……?」
目をキラキラさせて見つめてくるナナセ。このポーションが成功作なのかが気になるのだろう。
「……じわじわと……身体の奥からくるな……」
「本当ですか!? 良かったぁ、本当はもうちょっと時間をかけて煮詰めないといけなかったんですけど、それは時間がかかっちゃうので」
「煮詰めるって、それは……」
ちょっと苦みがあり、身体が熱くなる――俺はこの感覚を知っている。
「……何だか暑くありません? さっきまで肌寒いと思ってたんですけど……汗ばんできちゃいました」
「単刀直入に言うが……このポーション、酒が入ってないか?」
「ええっ……入ってないですよ? ムーンプラムの発酵したやつとかですよ、入っているのは……ひっく」
(ムーンプラムの……って、それは普通に酔っ払うのでは?)
ムーンプラム――満月を幾度となく浴びて成熟するその果実は、大きくなるとその重みで地面に落ちる。
その実に細い筒を刺すと、果汁が出てくる。それを子供が誤って飲んでしまうということもある――そうするとどうなるか。
「はぁ……それで、せっかくなのでマイトさんと、色々お話したいんですけど……」
明らかに様子が変わっている。ムーランの果実もなかなか危険だが、今回のムーンプラムもそれに匹敵するといえる。よりによってそんな果物ばかり買ってしまうのもどうなのか。
「率直に言いますけど、マイトさんってエルクさんのこと、どう思ってるんですか?」
「え、えーと……普通に昔なじみというか……」
「神に誓ってそんな感じですか? 幼なじみって淡い恋心を抱いたりしますよね、往々にして……ひっく」
同じ盗賊ギルドにいてどんな関係だったかというのを、詳しく話すこともできなくはないが――この状態のナナセに話すことでもない。
「どうなんですかぁ~、ごまかさないで言ってくらさいよ~」
「うわっ、か、絡むなっ……分かった、水でも飲んで落ち着いて……」
「私のどこが落ち着いてないって言うんれすかぁ~っ」
もはや距離感も何もなく、胸ぐらを掴まれて揺さぶられる――こんな時に限ってリスティたちが起きてきてくれることもなく、完全に孤立無援だ。
「……なんて、ちょっとだけ気にしてただけなのれ、いいれすよ? 私とマイトさんはまだ知り合ったばかりですし……私の方が、年下ですし」
「い、いや……年下だから、腹を割った話ができないとかじゃないぞ」
「あ~、それって慰めてくれてるんれすか? 優しい~、マイトさん優しいれす~」
ナナセは俺の近くに寄ってきて、頭を撫でてくる――無防備に近づいてこられると押し止めるわけにもいかない。
「……あまり寄ってくると暑いぞ」
「そうれすよね~、王都ってフォーチュンよりも暑いんですよね。いっぱい人がいるからだと思うんれすけど……」
「こういう時に、俺が氷の魔法なんかを使えたら便利なんだけどな」
「いえいえ、賢者さんが何でも屋さんじゃないってことは分かってますよ。マイトさんができないことを、私たちが担当する……それが理想のパーティじゃないれすか?」
舌足らずになっているが、とても良いことを言っている――と思う。冒険者を長くやっているという自負はあるが、それでも感銘を受けている自分がいた。
「はぁ~、このポーションめっちゃ美味しいれすね……見た目があれなのれ、最初は勇気が必要だったんですけど。は~い、マイトさんももっと飲んでくらさい。マイトさんのために作ったんですからね」
「もう十分だから、あとは仕舞っておいたらいい」
「まあまあ、そう遠慮せずに……あっ……」
ポーションの瓶を取り落としかけて、ナナセが慌てて身を乗り出す――その拍子に、俺の膝の上に乗った状態になる。
(っ……ま、待て、今膝の上に当たってるのは……)
「はぁ~、危ないところでした。まあこの薬瓶は、落としても割れないように加工してあるんですけどね」
「それはいいが……こんなふうにしてると、客観的に見てだな……うわっ」
思わず声が出た――気がつくと、寝間着姿のリスティとプラチナが寝室から出てきていた。
「あ~、おはようございます、リスティさんたち」
「……あっ、そういうことね。ナナセがまた困ったポーションを作っちゃったのね」
「いえいえ、魔力回復の新作ポーションですよ~。おふたりもいかがですか?」
「何か、甘い良い香りがするな……ではお言葉に甘えて、少しだけいただこうか」
「プラチナが飲むなら私も付き合おうかしら。マイトもそこにいてね」
「なぜ……い、いや、何でもない」
「だって……私たちの見てないところで楽しそうにしてるんだもの」
「えへへ~、すみませんリスティさん」
逃げられない――そして魔力回復の効果があるのは間違いないので、飲むなとも言えない。
「んっ……ええっ、何これ。すごく美味しい……」
「甘みがちょうどよく、喉越しがすっきりしている。そして身体の奥から来るこの熱は……」
リスティとプラチナまで、ナナセと同じ状態になるのか――この三人はポーションが同程度に効きやすいようで、飲んでいるうちからすでに目が蕩け始めていた。




