第五十八話 プラチナの事情
――王都べオルド 中央冒険者ギルド――
王都に着いてから三日が過ぎた頃。メイベル姉さんを介して盗賊ギルドが動き、王都内の情報が俺たちのもとに入ってきた。
エルク、そしてモニカの友人レミー。それに加えて、王都の中にはすでに三十余名もの『眷属』が隠れていた。
「そ、そんなもので……わたくしの、あの方への忠誠は……」
王都でも有数の財産を持つ富豪の令嬢。『眷属』に変えられた疑いのある彼女に会うため、俺は上級市民街にやってきた。
『眷属』はさらに他人の血を吸い、従僕を増やすことができる。従僕には他人を吸血鬼化する能力はないが、眷属が忠誠を誓う相手に服従することになるため、放っておくだけで吸血鬼の勢力は広がっていく。
この富豪の家も、使用人たちが従僕にされていた。眷属の吸血鬼化を解くことができればそれで従僕も解放されるので、単独での隠密行動で令嬢の部屋まで潜入した。
「あの方……あんたと同じように眷属にされた人間は、みんなそう言うが。いったい誰のことなんだ?」
「っ……」
この質問を向けて、明確な答えが返ってきたことはない。彼女たちも繰り返し言う通り、眷属は主人に対して絶対服従のようだ。
「……どのような責め苦を受けても、わたくしからあなたに言うことは何もありません」
「そうか……分かった」
彼女は覚悟は決めているとでも言うように目を閉じる――俺は今までやってきたように、彼女の『鍵』を開けるだけだ。
――『ロックアイI』によって『シルヴィア』のロックを発見――
――『ロックアイⅡ』によって『シルヴィア』の第二ロックを発見――
「……一体、何を……」
錠前が出現していても、見えているのはこちらからだけ。だが、俺が魔力で生成した鍵は見えている。
「そ、そんなものを使って……っ」
「鍵を使う用途は一つだけだ。心配するな、危害は加えない」
「……あぁぁぁっ……!」
茨が絡みついた錠前に、赤い鍵を差し入れる――そして軽くひねると、錠前は砕けて光の粒に変わった。
かくん、とシルヴィアという女性の身体から力が抜ける。今までの経験上、茨の絡みついたロックさえ開けてしまえば、後は目覚めれば吸血鬼化は解除されている。
(あとは盗賊ギルドのメンバーが見張ってくれる……と。敵の吸血鬼がシルヴィアを取り返しに来ることも考えられるが、現状そういう事態にはなってない)
シルヴィアを寝室のベッドに寝かせ、窓から家の外に出る。そこで全身から力が抜ける感覚に襲われるが、なんとか凌いで富豪の家から離れる――夜間とはいえ、上級市民街は守備隊が見回っているので、彼らの目につくと説明が面倒だ。
「っ……おっと。大丈夫か、マイト」
一区画ほど進んで屋敷の塀を回り込んだところで、俺はプラチナに受け止められた。
「こんなところまで来てたのか……拠点で待ってて良かったのに」
「私もいるわよ。ナナセは家にいて、魔力の回復をする準備をしてくれてるから」
「すまないな……私の技は続けて使いすぎてはいけないようだ。間を置けば、マイトをしっかり回復できると思うのだが」
この三日間、魔力の回復は主にプラチナの『乙女の献身』で行っていた。
プラチナはレベルの差もあるが、魔法職である俺より魔力が多く、何度も回復してもらえた――だが、それもさすがに限界が来たということだ。
「こっちこそごめんな、プラチナの技が凄いからって頼りすぎてて」
「気にすることはない。私のあの技は、マイトがいなければ使えなかったと思うからな」
ずっと支えてもらうわけにも行かないので、なんとか自分の足で立つ。魔力の枯渇が近づくと意識が危うくなる――今ベッドに飛び込んだら、普段眠りの浅い俺でも爆睡だろう。
「……し、しかし……もし、他にも私に隠された技があるとして。それをマイトに引き出してもらうとしたら、また……あのような……」
「えっ……そ、そうなの? プラチナ、また隠れた技が使えるようになりそうなの?」
プラチナが言い淀んでいるのは、やはり手の甲にキスをしたことか――改めて言われるとこちらも恥ずかしい。
リスティとナナセの場合はそういうことは必要なかったので、必須というわけではない。しかしリスティが言うように、二つ目の封印技を解放する時にはどうなるか――それは分からない。
「ま、まあ……それは、さすがに大丈夫だろう。前と違うことをする必要があるとか、そういうことはないと思いたいな」
「そうか……言われてみればそうだな、私たちの職業は神が与えたもの。その神が、男女の間にふしだらなことを強いるというのは考えられないな」
「な、何言ってるの、ふしだらとか……プラチナったら」
リスティは困惑しているが、プラチナは持論に自信があるようで、なぜか堂々と胸を張っていた。
この前向きさは、俺にはなかなか真似できないが――と、そんなことを考えるから昔のことを思い出す。
――男性ひとりでパーティにいると浮いてるなんて、それで抜けるとでも言うの?
――ファリナ、その言い方はマイト君に圧がかかっちゃってるような……。
――私の容姿は女性なのでしょうが、別の容姿のユニットに換装も可能です。
――エンジュはそんなことをしなくてもいいの。私はマイトの問題だと言っているのよ。
――ふふっ……マイト君、そういうことだから。遠慮をするほうが怖い怖いファリナさんが怒っちゃうわよ。
シェスカさんの冗談に、ファリナは珍しく頬を膨れさせていた。当時の俺は、なぜ彼女を怒らせたのかもよくわかっていなかった。
彼女たちといることで、周囲の誤解を受けてはならない。それは彼女たちに悪い――というのは、確かに俺の一方的な、行き過ぎた気遣いだった。
「マ、マイト。今のは冗談なのだから、そんなふうに黙ってしまうのは……」
「ああ、いや……まあ、神様ってのがどんな性格かは、正直ちょっと分かりかねてるけどな」
「……む? そ、それでは、神の考え次第では、やはり前よりも進んだ行為を……」
「プラチナ、マイトも疲れてるからおしゃべりはそれくらいでね。もう夜も遅いから」
「そうだったな。マイト、私が拠点まで運んでもいいだろうか? 体力は余っているのでな」
「いや、そこまでしなくても……うわっ……!」
普通にプラチナに持ち上げられる――魔力切れが近いこともあるが、簡単に隙を突かれた。
「……俺は荷物じゃないぞ」
「ふふっ……マイト、可愛い。私も前衛だから、そうやって運んだりできるわよ」
「今日は私に任せておけ……うむ、しっかりと掴まるのだぞ」
いつもの鎧は音が鳴るので、プラチナは鎧下だけしか着ていない――肩に掴まると意外に華奢だと分かって、あまり強くは掴めない。
「私もプラチナにそうしてもらったことがあったわよね、外で足を挫いちゃって」
「そんなこともあったな。懐かしい……あれは、別邸でのことだったか」
「……別邸って、王族の所有する屋敷ってことか?」
「ええ……プラチナ、もう話しても大丈夫?」
「うむ……そうだな。私は王女であるリスティに仕えている従者で、貴族の家の生まれだ」
そういった出自なら、『ロイヤルオーダー』という職業を生まれながらに持っているというのも頷ける。一般市民が王に仕えるような職業で生まれてくるというのは、極稀なケースだろう――職業は親の持つ職業がある程度継承されるからだ。
つまり俺の親も盗賊か、それに類する職業だったわけで。俺を捨てた親が何を考えていたかは知らないが、もし俺が『戦士』や『魔法使い』だったりしたら、違う選択をされていただろうか。
だが勿論、それが理由で『賢者』になりたかったわけじゃない。『盗賊』でやれるだけのことをやった後に、別の世界を見てみたかった――だから俺は、今も冒険者をやっている。
「プラチナの名前は本当は全然違ってて……あっ、それは言っちゃいけないのね」
「あ、ああ……頼むぞ、それは本当に。あの名前はあまりパラディンに似つかわしくはない」
「そのうち教えてくれ。できればでいいけどな」
「そういえばマイト、エルクさんに『クロウ』って呼ばれてたわよね……マイトってそんな名字だった?」
「確かマイトの名字はスレイドだったな。ということはクロウとはあだ名か……二つ名はいいぞ、なにしろ格好いい」
「何でちょっと興奮してるんだ……『白銀の閃光』って、格好いいから名乗ってるのか」
「うむ……私の憧れなのだ。白銀の鎧を身にまとい、守るべきものを守る聖騎士……職業は変えられないし、ロイヤルオーダーであることを恥じているわけでもない。だが、この職業では名乗るとすぐに素性がばれてしまう」
「ええ……私もよりによって『姫騎士』なんて。王族でも、一見して王族って分からないような職業の人はいるんだけどね」
リスティはそう言うが、彼女自身も分かってはいるだろう――『姫騎士』が持つ封印技が、どれほど特殊で強力なのか。
「まあ、俺も似たようなものか。いや、実際に賢者なんだけど、やってることは賢者っぽくないように見えるだろうし」
「聞いてみたところによると、いろんな魔法を使えるのが『賢者』っていう職業だから。マイトは私達が見ててもわからないようなことを色々してるから、十分に賢者だと思うわ」
これは捉え方によってはフォローされているのだろうか――賢者として認めてもらえるのは嬉しいが、まっとうな賢者とは違うとも思われているというか。
「他の人の技を目覚めさせるというのは、私はとても賢者らしいと思う。人に気づきを与えることができるのは素晴らしいことだ」
「気づき……そう言えなくもないのか。それでいいのか」
「そうね、私も自分が知らなかったことをマイトがいたら教えてもらえるっていうか。もっと教えて欲しいって思ってるしね」
「そ、そうか……」
『教える』という言葉に全く変な意味はないのだが、繰り返されると落ち着かなくなってくる。それを察したのか何なのか、プラチナは俺を背負ったままふっと笑った。
「本来なら、私たちは魔族に従わされた人を前に打つ手が無かったかもしれない。私とリスティが当初の目的……王都を魔族の脅威から救うことも、全く何の足がかりも見つけられなかったということも考えられる。それがマイトがいることで、私たちは今ここにいられている」
「本当にね……マイトは最初から、襲われた人を元に戻せるって目算はあったの?」
「いや、全く。行き当たりばったりと言われても仕方ないが、どのみちエルクを放っておくことはできなかったからな」
リスティの言うように『賢者』という職業は色々な魔法を使えるもので、その中に吸血鬼の呪いを解くものがあるというのは、無くはない話とは言える。俺以外の『賢者』に、同じことができるのかは分からない――というか、『ロックアイ』などを使える自体が特異なのだろうと思いはするが。
「また考え込んじゃってる。休むときは休む、それも冒険者の心得だと思うわ」
「確かにな。じゃあプラチナ、済まないが後は頼む……」
「……ふふっ。もう眠ってしまっているではないか。おやすみ、マイト」
プラチナが俺をしっかり背負い直してくれる。そんな姿を見て、隣を歩くリスティが楽しそうに笑う気配がした。
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