第五十一話 フォーチュン北の村にて
今回も移動には馬車を借り、俺が御者をすることになった。専門の技能はないが、何度か乗っているうちに見様見真似で覚えてしまった。
「今回は前より良い馬車にしたのね……揺れが優しいというか」
「馬車はお尻が痛いものだと思ってましたから、これは嬉しい驚きです」
「マイトは何でもできるのだな、御者までやってしまうとは」
後ろの客車での会話は普通に聞こえる。金銭的に余裕もあるので、安い馬車で疲労するのは避けるべきだと思ったが、どうやら好評のようだ。
「マイト、疲れたらいつでも休んでね」
「ああ、俺は平気だ。皆が休憩したいときは遠慮なく言ってくれ、どこかに停まるからな」
「準備は万端にしてきましたから、しばらくは大丈夫ですよ」
冒険者パーティが遭遇する問題として手洗いの対策があるが、基本的にはある程度進んだら休憩することにしておけば、そうそう問題は起こらない。
もう一つ大事なのは飲み水を切らさないようにすることである。きれいな水が無ければリスクを負ってその辺りの川の水などに手を出すしかなくなり、体調の悪化を避けられなくなる。
「マイトさん、レジーナさんのくれたお菓子すごく美味しいですよ」
「何もすることがないのでつい手が伸びてしまうな……マイトの分を残しておかなくては」
早々におやつの時間に入っているが、確かに馬車に乗っているだけでは退屈だろう。
シェスカさんは転移魔法が使えたので、魔竜討伐の際に転移は幾度となく利用した。一度行った場所に戻ることもできるし、あらかじめ存在する転移魔法陣を起動して別の場所に行ったりもした――その行く先で良いことがある場合も、魔物が待ち受けている場合もあったが。
「私たちも交代できるようにしないとね。一人で馬に乗ることはできるけど、馬車の御者はしたことがないし」
「そんなに難しくはないぞ。放っておいても道なりに進むように訓練されてるからな」
「馬は良い、つぶらな瞳で力持ちだからな。だが繊細なところもあるので、体調を気をつけて見ていなくてはならない」
「プラチナさんはお馬さんに詳しいんですね」
「プラチナの家では沢山馬を飼っているから、私と乗馬の練習をしたときも馬を貸してくれたのよ」
「あの子たちは元気にしているだろうか……叔母様がいるのだから全く問題はないだろうが」
聞けば聞くほど、リスティたちはプリンセスと公爵令嬢らしい日々を送っていたようだ。盗賊ギルドの稼業をやっていた俺が、そんな彼女たちとパーティを組んでいるとは――なんとも数奇な話である。
とは言っても、ファリナやシェスカさんも振る舞いからして品があり、出自が庶民とは違うと感じさせることがままあった。無作法者だった俺が多少テーブルマナーなどを身につけているのは、彼女たちが教えてくれたからだ。
――冒険者に作法は必要ないと思うけど、覚えておくに越したことはない。
――私はやんちゃなマイト君を見てるのも好きなのよね。でも旅をしていると、お作法が必要になることもありそうね。
実際、領主に会ったりする時などに作法が役に立った。パーティで必要になるからとダンスを教わったこともあったが――思い出すだけで恥ずかしくなるような記憶だ。
――私は他の人じゃなくて、マイトなら踊ってもいいと思ったのよ。
冒険の途中では思い出さなかったような出来事が、今になって急に顔を出す――記憶というものはままならない。
◆◇◆
「そこの馬車、そのまま村には入れないぞ。止まってくれ」
レジーナさんに聞いた北にある村に到着する。門番の青年に止められて荷物検査をする――リスティ、プラチナ、ナナセと続けて客車を降りると、青年は微動だにもせず三人を見ていた。
「ええと、荷物はこれで全部で……変なものは持ってないですよ」
「はっ……し、失礼しました。すみません、通っていただいて大丈夫です」
リスティが代表で話してくれたが、彼女たちの持っている王族・貴族であることを示す物品については見咎められずに済んだ。『隠者の指輪』の効果だろう。
あっさり通れるかと思ったが、もう一人門番をしていた女性――といっても俺と歳は変わらないくらいか――がこちらにやってきた。
「あんた、何勝手に決めてんのよ……引き止めてしまってごめんなさい、価値のある荷物とか、そういうものを運んでたりはしませんか?」
「身につけるもので貴重なものはあるが、積み荷は特にないよ。俺達はただの冒険者だから」
「価値のある荷物……それを尋ねるということは、そういったものを狙った野盗でも出没しているのか?」
プラチナが問いかけると、二人の表情が陰る。
「ええと、それが……王都から来るはずだった一行が、予定の期日にも来なくてですね」
「その一行って、王都のギルドからの伝令か?」
「そ、それは……えーとですね、ちょっと上の人に確認を……」
「私達はフォーチュンのギルドで依頼を受けて、その伝令の人たちを探しに来たんです」
リスティの言葉に、二人の顔が明るくなる――どうやらこの二人も、俺たちが受けた仕事に関わることを知っているようだ。
「フォーチュンから来られたんですね、これは失礼しました。私は冒険者のモニカと言います」
「私はリスティと言います。冒険者なのに、門番の仕事をしてるの?」
歳が近いこともあり、リスティはモニカに親しみをもって話しかける。モニカも良い印象を持ったようで、二人はどちらとなく握手を交わした。
「彼女は腕が立つので、普段は王都で冒険者をしていて、今は村に帰ってきたんです。僕は職業が『衛兵』なので、村を守る仕事をやってます」
「私は……まあ、何となく見ればわかるでしょ」
長い髪を束ねて二つのおさげにしていて、短い鉢金を着けている。防具は軽装で武器は持たず、グローブをつけている――おそらく『武闘家』だが、背中に背負っている長い袋のようなものは良くわからない。
(棒術使い……? うーむ、それにしては……)
「とりあえず立ち話もなんだから、話ができる場所に連れていくわね」
モニカは門番の青年に挨拶すると、俺たちを案内してくれる。馬車の預かり所で手続きをしてから、俺は先に行った四人を追いかけた。
◆◇◆
案内された酒場に入り、角のテーブルを囲んで座る。水代わりに軽いエールを飲む習慣がある土地なので、全員がそれを頼んだ。
「早速なんだけど……実は、伝令の人たちの無事はもう確認できてるのよ」
「えっ……そうなの?」
モニカが突然切り出してきて、拍子抜けしてしまう――事態は一刻を争うので、あまり悠長にしていられないと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
「この辺りでは見ない魔物が、伝令の人たちの馬車を襲ったんだけど……その時、通りがかった人が助けに入って、撃退してくれたっていう話で。でもその人は怪我をしちゃって、今この村で治療を受けてるの」
「ふむ……その魔物は逃げていったのか?」
「それが、良く分からないのよね。その人が持ってたこの石と何か関係あるのかも……」
モニカはポーチから何かを取り出し、テーブルの上に置く。それは、紫色の石の欠片だった。
「これって……」
「ああ……妖しい気のようなものを感じるな」
プラチナの言う通り、紫の石から感じるのは魔力だけではない――ゾラスやラクシャが落としたものと比べてもかなり小さいものだが、魔石の一部に見える。
「その魔物なんだが、どういう姿をしてたかわかるか?」
「私は直接見てないから、その人に聞いてみるしかないけど……私や村の人たちには何も話してくれなくて」
「これは……気になりますね。私たちのお仕事はもう必要なくなっちゃいましたけど」
「まあそうだが、伝令が無事なら何よりだ」
「その人たちにはどこに行けば会えるの?」
「今日までは宿に泊まるって話だったから、後で行ってみるといいわ……ところで、これは相談なんだけど」
急にモニカは申し訳無さそうな顔をして、指先をつんつんと突き合わせ始める――どうやら言いにくいことがあるようだ。
「その……実は私、最近仕事が上手く行ってなくて、持ち合わせが……」
「ああっ……そういうことだったのね、さっきからそわそわしてたのは。いいわ、私にもお金に困ってるときの気持ちはすごく分かるから」
「い、いいの……? 腕が立つとか言われてて、お金がないって変だと思わない?」
「私も『白銀の閃光』と呼ばれながらも、路銀が足りなくなったことはあるのでな。適材適所で仕事を見つけるのは難しいということだ」
どこまで堂々と言うことでもないと思うが、モニカはプラチナの言葉に感銘を受けたようで目を輝かせている。
「かっこいい……私もこんなふうに逞しい冒険者になれたら……」
「ふむ、ならば私に弟子入りするか。私の弟子になるということは、私たちを導いてくれるマイトの弟子になるということでもあるが……」
「ええっ……あなたってそんなに凄いの? ごめんなさい、このパーティの中だと目立たないから、サポート役なのかと思ってた」
援護は非常に重要だ、とパーティ編成について持論を説く気もないので静観する――そんなに遠慮のないことを言ってくるなら、俺にも聞きたいことくらいあるのだが。
「モニカさん、ずっと気になってたんですけど、その長い袋って何が入ってるんですか?」
「え、えっと……便利道具というか、そんな感じね。私の話は置いておいて、どうする? ギルドの伝令の人たちのところに行く? 大人数だと面会を断られるかもしれないけど」
「まだ安静にしてないといけないってことね。どうしましょうか」
「それなら俺が行ってこよう。伝令の人たちにはリスティたちが会ってきてくれ」
「了解しました。あ、もしよかったらこれを持って行ってください。特製回復ポーションです」
治療を受けている患者が外から持ち込んだ薬を使っていいのか分からないが、とりあえず受け取っておくことにする。
「本当はパーティの人たちに使ってもらうつもりだったんですけど、どんな形でもお役に立てたら本望です」
ナナセは親指を立てている――これで使われなかったら寂しい思いをさせそうだ。
◆◇◆
村の外れにある診療所に行くと、先にモニカが面会の許可を取るために中に入っていった。しばらく待っていると、治療師らしい初老の男性と一緒に出てくる。
「話は聞いたが、ギルドの依頼を受けて来た冒険者として、負傷した彼に話を聞きたいってことかい?」
「はい。何が起きたのか、事情を聞きたいんですが……」
「彼は冒険者ギルドに恩を売ったとか、そういうつもりは無いと言っている。彼の意志を尊重するなら、面会は……」
「――マイトッ!?」
診療所のドアが開き、包帯を巻かれた男が出てくる――その姿を見て、俺はすぐに気がついた。
ガゼル――王都に内偵に入り、負傷してしまった、盗賊ギルドにいた頃の俺の仲間。
彼はしばらく呆然としていたが、視線が集まっていることに気づくと、気まずそうに咳払いをする。
「……どうやら知り合いのようだね」
「そういうことなら、私はリスティたちの方を見てくるわね」
モニカが空気を読んでくれて席を外す。俺もガゼルとここで対面すると思っていなかったので、まず何を言っていいのか――聞きたいことだらけだが、言葉に迷う。
ガゼルは意を決したようにこちらにやってくる。そして俺だけに聞こえるくらいの声で言った。
「……久しぶりだな、クロウ」
盗賊ギルドでの隠し名。ガゼルはそれを使って俺を呼ぶ方が慣れていた――それはこちらも同じだ。
「先生、俺たちはちょっと出てきます」
「ああ、あまり遠くに行ってはいけないよ」
ガゼルは近くに人がいない場所まで移動する――診療所の裏にある丘の上。一本だけ立っている木の幹に背を預け、ガゼルは口に被った包帯をずらして話し始めた。
「まずお前に聞きたいのは、なんで若いままなんだってことだが。魔竜討伐、まさか本当にやっちまったのか? それとも呪いか何かで……」
「俺たちが魔竜を倒したって話は、この国まで伝わってないんだよな。討伐の証拠もないし、俺から信じてくれとは言えないが……」
「……いや、お前はやったんだろうな。そういう嘘をついても意味がないって言うような奴だ」
「そう聞くと、何か冷めた人間みたいだな……否定はしないが」
「何言ってんだ、全く逆だろ。俺たちは魔竜討伐に行くなんて考えすらしなかった。あの頃、一番女神のお触れを真剣に考えてたのがお前だ……そんなお前に負けないように、俺もエルクも……」
エルクの名前が出たところで、ガゼルは言葉を詰まらせる。
「王都で何があった? 怪我は大丈夫なのか」
「……ギルド長から聞いてるのか。エルクを置いて一人で逃げて来たことに言い訳はしない……俺は何もできなかった」
「エルクは王都に残ってるのか……今も無事でいるんだな?」
ガゼルは頷きを返す。そして悔恨を溢れさせ、絞り出すように言った。
「王都を脅かす魔族は、人間を操る能力を持っている。エルクはそれにやられて……俺に、血を吸ってしまう前に、逃げろと……」
ラクシャの言っていた通り――魔族サテラは、すでに王都に入り込んでいた。
サテラ自身か、それとも眷属によるものか。エルクは血を吸われ、従わされている――このままでは、魔族の命令で何をさせられるか分からない。
「俺がエルクを守ってやれてたら、こんなことには……っ」
「ガゼル、そいつは違う。敵と交戦してそうなってしまったなら、誰にも責められる理由はない」
「……それでも考えちまうさ、もっと上手くやれていたら……俺がお前くらい強ければって」
「負傷しても、他の人間を助けようとしたんだろ。ガゼル、お前は凄いやつだ」
「ぐっ……」
気休めを言っているつもりはないが、ガゼルは顔を逸らしてしまう。そしてしばらくして落ち着いたあと、ようやくこちらを見た。
「……俺から頼めたことじゃないが、それでも頼む。エルクを助けてやってくれ」
「分かった。いったんフォーチュンに戻るから、ガゼルも一緒に……」
「お前も連れがいるんじゃないのか。盗賊ギルドの俺が表立って一緒に行くのは避けないとな……それに、恥ずかしながらまだ傷がな」
ガゼルは少し青ざめている――王都で負傷したということだから、伝令を助ける時に傷でも開いたのか。
「治療師の人は勧めないかもしれないが、よかったらこいつを使ってくれ」
「これは……ポーションか? 普通の回復ポーションとは色が違うみたいだが……?」
「俺のパーティにいる薬師が作ったものだ。ちょっと変わってるが、作るものの効果は確かだと思ってる」
「へぇ……まあいい、この村じゃポーションは売ってないからな。少しでも早く治るなら、神にでも縋りたい気分だ」
ガゼルは言って、ポーション瓶を開けて口をつけた――ぐびり、と飲み干すと。
「……んぉぉっ……な、なんだこいつは……まずい……だが効いている感覚はある……!」
「まずいのか……味は改良の余地ありと伝えておこう」
「ははは……いや、しかし効果は本物だ。いい仲間を見つけたな、マイト」
「ちょくちょく本名で呼ぶな……まあ効いたなら良かったよ、テッド」
ガゼル――本名はテッドと言う――は顔をしかめてみせると、俺を残して診療所に戻っていく。
最後は空気が和らいでいたが、エルクのことを俺に頼むのは身を切るような思いだろう。できるだけ早くエルクを助けなければ――そして、盗賊ギルドの皆を安心させてやりたい。




