第五十話 新たな依頼
朝になってもアムはダークエルフの姿のままだったが、形態を維持するにも魔力が必要ということでスライムの姿に戻った。
リスティたちが朝の支度をしている間、俺はウルスラと話をしていた。アムはぽよんぽよんと跳ね回っている――ラクシャの魔石を使って変身したことによる影響は特にないようだ。
「ボクがいれば魔力の心配はないけど、信仰を受けている土地から離れると、蓄積している分で活動しないといけなくなるからね」
「なるほどな……それでもついてくるのか?」
「王都に拠点を作ったら、そこを安全にするために結界を張って、同時に魔力を得ることができるよ」
「陣地を作ると魔力が補給できるのか。何だかんだ言って凄い力を持ってるな……」
「まあね。今までは力を回復するために休養していたけど、これからはボクを頼ってもいいんだよ」
そう言って胸を張るウルスラ――そういえば、ウルスラのレベルを聞いていなかった。
「ウルスラは、今自分が何レベルなのかは分かるか?」
「元のレベルは高かったと思うんだけど、今は10くらいじゃないかな……外見の年齢とだいたい同じだと思うよ」
「それでもこのレベル帯では上限の強さだな……」
「昨日も話したけど、レベルの制限については突破する方法があるんだと思う。魔族だけが制限を無視しても平気でいるのは変だからね。まるで魔族だけお目溢しをされてるみたいじゃないか」
「っ……」
言われてみれば、確かにそうだ――ゾラスやラクシャも放っておけばこの国を荒らし回っていただろうし、俺がフォーチュンにいて彼らを迎撃したのは偶然に過ぎない。
「……主様がレベルとはかけ離れた強さなのも、何か理由があるんだよね。本当は昨日、そのことも聞きたかったんだけど」
「そうだな……コインを飛ばしたりするのは魔法じゃなくて、ただの技だしな」
「あっ、やっぱりそうなんだ……物凄い威力だよね。レベルが低くても身体を鍛えれば強くはなるけど、主様はそういう次元じゃないよね。レベルの方が間違ってるんじゃないかと思うくらい」
「それも言い得て妙だな。実は……」
パーティの仲間にも伝えようとしているが、何度も機会を逃している――そして今回も、ウルスラが俺の唇に指をかざしてくる。
「そのうちみんなにも話すつもりなんだよね? じゃあボクは急がないよ。主様が強いこと、今は『賢者』として珍しい魔法が使えること。それを知っているだけで十分だから」
「……得体が知れないやつだと思ったりしないか?」
「それを言ったら、記憶がないボクだって得体が知れないからね。似たもの同士で主従の契りを結ぶなんて、艶のある話だよね」
「艶……いや、ちょっとそれは分からないが」
ウルスラは楽しそうに微笑むと、腰掛けていたベッドから軽やかに降りて歩いていく。
「そろそろご飯の時間みたいだよ。主様も着替えておいでよ」
『ご飯』という言葉に反応し、アムが足にすり寄ってくる――ウルスラの方が魔力には余裕があると思うが、俺の魔力を気に入っていたりするのだろうか。
◆◇◆
食事を終えて休憩したあと、俺たちは歓楽都市フォーチュンに戻ってきた。
「おおっ、英雄の凱旋だ!」
「たった四人で魔族を倒しちゃったって本当なの?」
「あの後ろにいる魔法職の少年が凄いらしいぞ」
「あの人が入ってから急激に伸びたってことよね……『賢者』ってやっぱり凄いのね」
「あんな綺麗どころに囲まれてんだから、奴には何かがあるってことだぜ」
相変わらず噂をされている――外套のフードを被って顔を隠してはいるが、その上から視線が刺さってくる。
「私が認めるマイトさんのことを、みんなも認め始めてますね」
「私が育てた、と言いたくなるが、むしろ引っ張ってもらっているのは私たちだからな」
「ちょっと落ち着かないけど、そのうち慣れるのかしらね」
昨日はそこらじゅうの人が殺到する勢いだったので、それに比べれば皆が落ち着いていて良かった。一旦街を離れたのは正解だったようだ。
ギルドに入ると、受付嬢のレジーナさんが他の冒険者に対応していた。先に掲示板に行って貼られている依頼を眺める――すると。
「こんにちは、皆様方」
ブランドの従者のひとり、メイドのドロテアさんがやってくる――俺たちを見かけて来てくれたようだ。
「ドロテアさん、怪我はもう大丈夫ですか?」
リスティがまず身体を気遣う。ドロテアさんは畏まりつつも、僅かに微笑みを見せてくれた。
「お陰様ですっかり恢復いたしました。メルヴィン様は今、ブランド様についておられます」
「今後はどうされるんですか? 冒険者もちょっと危ないというか、ブランドさんはやんちゃなところがありますし」
「やんちゃ……それも言い得て妙か。いや、ドロテア殿の手前でそれを言うのは……」
ドロテアさんは小さく首を振る――怒ってはいないようだ。
「行動力に優れた方だとは思いますが……少し、気が急いておいでになったのやもしれません。昔、王都で王女のお姿を見た時から、ブランド様は憧れを抱いていらっしゃったのでしょう」
「王女……そ、その王女様とブランドに何の関係が……?」
リスティは嘘をつくのが下手すぎる――普通にバレかねないと思ったが、ドロテアさんは特に表情は変えなかった。
「魔族を討伐した方は、王女殿下と結婚することができる……もし女性が魔族を倒した場合は、望む地位と報奨を得られる。そういったお触れが出されていたのです。この街の冒険者の方々で勝てる相手ではありませんが、ブランド様は私とメルヴィン様がいれば勝機はあると考えておられた」
「ああ……そんなに落ち込まないでください、私たちだってマイトさんがいなかったらどうにもならなかったですし」
「……ということは……私たちも、その報酬を貰う条件は満たしているわけか」
「えっ……えぇっ……!?」
リスティがまずプラチナを見て驚き、次に俺を見てて声を出す――『王女殿下』とはつまりリスティのことなのだから、慌てるのも無理はない。
「あの、王都に行くっていうことは、その報酬のお話もするっていうこと……?」
「どうしたんですかリスティさん、顔が真っ赤ですよ」
「うむ、心配なほどに赤いな……心配せずとも、報酬を求めて魔族と戦ったのではないので、パーティでの合議でどうするかを決めるべきだろう」
「そ、そうよね……ごめんなさい、別に変なことを考えてるわけじゃないのよ」
変なこととは――と突っ込んでいると話が本筋に戻らないので、ここは触れずにおく。
「確かその話は、魔族の脅威を排除できたらってことだったよな。俺達が倒した魔族は、王都の近くを根城にしてるやつとは別の個体のはずだが」
「はい、そう考えられます。魔族たちが何体この国に入り込んでいるか、王国でも把握しきれてはいないようです……西の砦に王国からの派兵が到着するのは今日以降とのことですし」
「わー、やっぱりあんなに強いのが出てきちゃったら成すすべもないんですね……今さらぞくぞくしてきました」
「話に聞いたところによると、強力な魔族を『降臨者』と呼ばれる存在が倒してくれるということもあるらしい。ベオルナート王国の歴史においても、以前に魔族に蹂躙されたことはあるのだ。魔竜の眷属はこの大陸には攻めてはこなかったが」
魔竜の眷属が攻めてきたのは、海を挟んで西にある国だ――レベル制限はこの国より高く、俺も初めて入ったときは世界の広さを感じたものだった。
「……っ」
「どうしました? ドロテアさん」
ドロテアさんは口に手を当て、目を見開いている――そしてふるふると震えている。
「意識が朦朧としていたので、戦うところは断片的にしか見ていないのですが……もしや、マイト様こそが『降臨者』なのでは……?」
「えっ……い、いや、俺は……」
『転職』をしてレベル制限の低い地域に戻ってきた俺は、ある意味では高いレベル帯の地域から『降りてきた』と言えなくもないのか――しかしそんな呼ばれ方をするとは聞いていないし、違うのではないかと思う。
リスティたちも笑ってくれるのではないかと思ったが――彼女たちの様子を見て、どうやら駄目なようだと悟った。
「ああっ……も、もしかして本当にそうかも……!」
「マイトさんはこのフォーチュンを救うために舞い降りた人……辻褄があってしまいますよねっ、色々と……!」
「ほう……やはりこの『白銀の閃光』の目に狂いはなかったということか」
「だぁぁっ、三人揃って……とにかく俺は『降臨者』なんて大層なものじゃないぞ」
「ふふっ……マイト様も少年らしく慌てることがあるのですね。お可愛らしい」
ドロテアさんもなかなか油断ができない――彼女の言ったことでパーティが浮足立っているというのに。
「皆様は、これからどうされるのですか? 私どもはしばらくフォーチュンを拠点にしたいと思っておりますが」
「私たちは一度王都に行くつもりなんだけど、その前に街で事件がないか確認しておこうと思って」
「それでご相談なんですけど……」
話に入ってきたのは、ギルド受付のレジーナさんだった。昨日とはうって変わって神妙な様子だ。
「遅れ馳せまして、おはようございます。今日は昨日と比べて皆様落ち着かれまして、本当に良かったです」
「レジーナさんから何か言っていただけたんですか?」
「ギルド長から『この都市の英雄が住み辛くなるようなことは避けるべき』とお達しが出まして……あっ、住民の方はまだまだ盛り上がっていらっしゃいますよ」
彼らにも落ち着いてもらいたいのだが、まあ気にし過ぎも良くないだろうか。元盗賊の性分で、あまり注目されると落ち着かない。
「そのギルド長からご相談がありまして。王都のギルドから定期報告があるんですけど、その伝令の方がどうも事故に遭ってしまったみたいなんです」
「事故っていうことは、到着が遅れているっていうこと?」
「はい、本当は今日到着の予定だったのですが。少々事情がある方も同行されているとのことで、ギルド長としてはなんとしても無事を確かめたいと……」
「それは民を守るパラディンとして見過ごせないな。皆はどう思う?」
「できるだけ急がないといけないわね……それに王都から来た人たちなら、今の王都がどんな状況か聞くこともできるかもしれないし」
「じゃあ決まりですね。事故ってどのあたりで起きてるんでしょう?」
「最後に目撃されたのが、都市の北門から出た先にある村の付近です。皆さん、依頼を受けていただきありがとうございます……!」
ぺこりと頭を下げるレジーナさん――ギルド職員の服は相変わらず身体の線が出ており、そんな動きをすると視界に一部分の残像が残ってしまう。
「レジーナさん、上下の動きを激しくするとその……目立っちゃいますよ?」
「すみません、礼をするときの角度は規定で定められておりますので」
「マイトが明後日の方向を見ているが……ふふっ、ドロテア殿の言った通りかもしれないな」
「お可愛らしい、なんて私も言ってみたいですよー。年下って損ですよね」
好き放題言ってくれる――大きな仕事を終えたあとだからか、みんな解放感に満ちているということか。
しかしギルドの伝令がどんな状況にあるかは分からないが、何者かに襲われた可能性があるとなれば事は一刻を争う。ここは頭を切り替え、気を引き締めなければ。
「ところで皆様、パーティの正式名称はお決まりですか?」
「名前か……プラチナはそういうセンスがありそうだな」
「ふむ……『白銀の閃光』が属する団なのでな。『閃光の団』というのはどうだろうか」
「それはちょっと恥ずかしいわね……私たちにちなんだ名前にしないと」
「じゃあ……えーと。閃光だと眩しい感じがするので、もっと静かな感じが良いですね。静かなる実力者たち、みたいな」
「それはちょっと格好良いけど、マイトはそういうイメージがあるわね」
「本人の目の前で言われると恥ずかしいんだが……」
閃光というよりのは少し派手すぎるか。しかしナナセの言う『静かなる実力者たち』はパーティ名としてもなかなか名乗りにくい。
「閃光ではなく、静かな光……ということであれば、『月光』ではどうだろうか?」
「それはいいですね、月は神秘的なイメージもあって格好いいです」
「じゃあ『月光の団』にする? それならパーティ名らしさもあるし」
「ですです。でもムーンライトって名乗るの、最初は照れちゃいそうですね」
――パーティの名前なんて、決める必要ないのに。
――ギルドの手続きとして、便宜上必要なのよ。
――魔竜討伐の一行、という名称では駄目なのでしょうか。
ファリナたちと一緒に名付けに頭を悩ませたことを思い出す――結局俺たちのパーティは『聖印の銀剣』という名前になったのだが、それは俺たちがつけたものではない。
「月光の団……か。まだ名前負けしてるかな」
「ああっ、言ったわね。これからどんどん強くなっていくんだから」
「うむ、私も負けないからな。マイトにおんぶに抱っこになりはしないぞ」
「じゃあ、パーティを組んだ記念に。これ、私の故郷で友達と一緒にするんですけど……」
ナナセが手を差し出す。俺たちはその手の上に自分の手を重ねていく。
「『月光の団』、これからよろしくね」
リスティの言葉に、思わず四人で顔を見合わせ、照れ笑いをしてしまう。
もう一度パーティでの冒険が始まる。またファリナたちに会うことができるまでに、俺は再びいっぱしの冒険者にならなくてはいけない――この三人と一緒に。
「いいですね、パーティのこういった場面に立ち会うのは。私も冒険がしたくなります」
「いえ、その胸で冒険は……あっ、何でもないです」
ナナセが途中で言うのをやめたのは、レジーナさんに匹敵するメンバーがパーティに二人もいるからだろう――その点は冒険に全く支障がない、ということにしておきたい。




