⑤Sitな嫉妬はシットリと
「はぁい、お兄ちゃん♡ ああ~~ん♡♡♡♡」
隣の椅子に座る拓夢に対して、聖薇は甲斐甲斐しく料理を食べさせる。テーブルの上には牛肉とマリネのタリアータ、エビとポテトのマスタードサラダ、パプリカとホワイトアスパラの冷製スープ、高級野菜の盛り合わせに合鴨のソテーなど、新入部員である聖薇の入部を祝っての料理が置かれていたのだが。
「どう? お兄ちゃん、おいしい? うふふ♡♡」
「あーっ、それ! わたしが拓夢君に食べさせようと思ってたやつなのにいいいいいいいいいいッッ!!」
そう叫んだのは、学園の人気を四分割する超セレブ、〝四天使〟の一人にして、二年生の加々美桜だった。亜麻色のロングをセパレートにした天然美少女は、良家のお嬢様らしからぬ、物凄い声量を持っているのだ。四天使の中で最初に拓夢と打ち解けた人物であり、一番先に告白したのも彼女である。
ちなみに告白の返事だが、〝庶民特待生〟の立場である拓夢としては、誰とも付き合うことは出来ないのである。
だから、卒業するまで返事は待って欲しい……という話だったのだが、当の本人はすっかりフィアンセ気分である。
「ああ、はいはい。桜さんでしたっけ? 兄のお世話は私がするんで。桜さんはゆっくりくつろいでていいですよ。はい、お兄ちゃん? あ~~~~ん♡♡」
聖薇は一瞬だけ桜に視線を向けると、すぐに拓夢に向かって料理を差し出した。
「…………」
その光景を恨めしそうに見つめる桜の視線に気づいた拓夢は、
「あー……桜さん、大丈夫ですよ、僕のことなら。心配しないでください」
ニッコリと微笑みながら言った。なのに桜は、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、なによ! 人の気持ちも知らないで! 拓夢君のバカバカバカああああああああああああああああああああああああああぁぁぁッッ!!!!」
「ぐ、ぐお。み、耳が……」
拓夢が桜の大音声に鼓膜を痛めていると、
「――たしかに。この光景は少し、目に余りますわね」
そう言ったのは、四天使の一人にして、二年生の有栖川真莉亜だ。
アーチ状に切り揃えられた前髪と、ふわりとしたウェーブをなびかせる金髪の美少女だ。国内でも十指に数えられる大金持ちの令嬢にして、ハリウッド女優も顔負けの彼女だが、もちろん拓夢告白組の一人である。
「す、すみません。真莉亜さん。少し騒ぎ過ぎました」
「うふふ。拓夢さまは何も悪くありませんわ。わたくしは、聖薇さまに対して苦言を申し上げているのです。誰の許しを得て、将来のわたくしの伴侶である拓夢さまに、食事のお世話をなさっているのかと、ね」
優雅な微笑みを携えてはいるが、その背中からは青白く光る炎が燃え上がっていた。桜にしろ真莉亜にしろ、どうして自分にあ~んをさせることがそんなに大事なのか、拓夢にはサッパリ分からなかったが。
「そうですようっ! 拓夢先輩、デリカシーなさすぎです!」
ガタッと椅子から立ち上がりながら拓夢を指さしたのは、四天使の一人、一年生の姫乃咲くるみであった。青色のサラサラな髪を肩までのボブカットでまとめている。小柄ながら自己主張の強いグラマラスボディに、歳不相応な幼く愛らしい顔立ちが、絶妙にマッチしている。
「くるみちゃん、ジュース飲む? 紅茶もあるけど」
「あ、そうですか? じゃあ、ジュースでお願いするですう♪ ……って、またくるみのこと子供扱いしたあああああああああっ!」
両手を振り回しながら、くるみが不満を声にあげていると。
「くるみさん。はしたないですよ。食事の席なのですから、静かにしてください」
「は……はいです」
彼女にそう言われただけで、さっきまで騒がしかったくるみは、借りてきた猫のように大人しくなった。このことから分かるように、彼女は大変厳しく、そして恐れられている。
冷条院百合江。四天使の一人にして、三年生。この学園の生徒会長を務めている。毎朝決まった時刻に起きて、決まった時刻に登校し、決まった時刻に席につく。そんな性格の彼女は、学内でも五指に入るほどの優秀な成績を収めている。
その顔は血の通った人間とは思えないほど整っている。緑のサラサラな髪をなびかせ、強い意志を感じさせる鋭い瞳の前には、メガネをかけている。これは前に拓夢に「メガネをかけた方がよいか?」と尋ねた結果、その通りにイメチェンしたといういきさつがあるのだが。この件で分かる通り、ルールやマナーを何より重んじる彼女だが、可愛らしい一面も持っているのだ。
「……それにしても。拓夢さんは少し、妹さんに甘すぎるのではないでしょうか?」
完璧な動作でフォークとナイフを使い分けながら、百合江はそう言った。
「え……そうですか? 別に、普通だと思いますけど……」
「くるみは、生徒会長の意見に賛成です! 拓夢先輩、聖薇ちゃんに甘いです!」
便乗するように、牛フィレ肉をもぐもぐ食べながらくるみは百合江に続いて手を挙げた。
「そうだよおおおおおおおおおッッ! そして拓夢くん、未来のフィアンセであるわたしに冷たすぎっ!」
そう叫んだのは、言うまでもなく桜。
「……拓夢さま? 卒業するまでは、誰のことも選ばないのではなかったのでしょうか? それなのに、どうして聖薇さまにだけ優しくするのですか? これでは、不公平というものではないでしょうか?」
真莉亜からも批判の声が上がる。テーブルナイフを殺し屋のようにシュッと構える動作が、堂に入っててやたらと怖い。
「……す、すみませんでした」
もちろん、そう答えるしかない拓夢はひたすらペコペコ頭を下げる。
そんな拓夢に、聖薇は声をかけた。
「もー、ダメだよお兄ちゃん! 浮気しちゃあ!」
「え……浮気?」
言われてきょとんと拓夢は首を傾げた。学園に通う全てのお嬢様にとっての「庶民特待生」であるため、「恋愛禁止」のルールは厳命されているし、破った覚えもないのだが。
「浮気だよ。聖薇以外の女の子と話したり、触ったり、目を合わせたり。あと、一緒の空気を吸うのも浮気だね」
「理不尽すぎない!? ていうか僕、聖薇と付き合ってないし!」
「ひ……ひどい。前の家にいた時、聖薇を抱いてくれたこと(ハグ的な意味で)忘れたの?」
と、聖薇が潤んだ目で見上げてくる。すごく誤解を招きそうな色っぽい顔で。
拓夢の嫌な予感は当たっていたらしく、桜が険しい顔で大声を上げた。
「ちょっとおおおおおおおおおおおおおお! 拓夢くん、ひどいよ! わたしのことは、全然抱いてくれないくせにいいいいいいいいいいいッッ!!」
「ち、ちがうんです桜さん! 誤解ですよ、誤解!」
拓夢が全力で誤解を解こうとした時だった。
「……拓夢さん? まさかと思いますが、義理とはいえ中学生の妹を手にかけたとは仰いませんよね?」
「た、拓夢先輩、不潔ですう!」
「そうですわ! もし仮にそうだとしても、わたくしも抱いて頂かないと不公平ですわ!!!」
百合江、くるみ、真莉亜と。
三人とも加わって大騒ぎになった時。
一人の女性が口を開けた。
「静まりなさあああああああああああああああっああああああい!!」
その声の主は、ノエルだった。
静かに周りの給仕を務め、同好会メンバーの雑談にも加わらず大人しくしていたノエルが、声を荒げ全員を怒鳴りつけたのだった。
「いい加減にしてください。聖薇さんが言っていた『抱く』というのは、あくまで『家族として』という意味でしょう。女性アレルギーの拓夢様が女性を犯すなんて、間違ってもすると思いますか? ちょっと考えれば分かるはずです」
冷静に周囲を見回しながら、ノエルは淡々と言い含める。
拓夢と二人きりでいる時のデレデレぶりとは、想像もつかないような大人っぽさだ。
「――ときに聖薇さん。私との約束は、忘れていないでしょうね?」
「……う、は、はい」
聖薇は縮こまりながら返事をした。
ノエルのいう約束……それは、聖薇が校外部員になるための条件、問題を起こさない、もし起こしたら退部、そしてその監督はノエルが務めるというものだった。
「……す、すみませんでした」
お騒がせしたお詫び、とばかりに聖薇は、一同に向かって深く頭を下げた。
「聖薇さん。元気を出してください。私は別に、怒っているわけではありません。ただ事実を確認したかっただけですから」
「そーそー! 聖薇ちゃんも、『あ~ん』ばっかりしてないで食べなよッ!」
「くるみも、聖薇ちゃんと仲良くしたいですう!」
「そうですわ。皆さんと一緒に、聖薇さまを歓迎いたしますわ」
百合江、桜、くるみ、真莉亜と。
落ち込む聖薇を、優しく慰める四天使たち。
何だかんだで、四天使たちも心の優しい女の子ばかりなのだ。拓夢が絡まなければの話だが。
そんな拓夢を、ジト目でノエルは睨んだ。
「……まったく。こうなるから、聖薇さんを校外部員にするのは反対だったんです」
「う……すみません」
思わず反射的に拓夢は謝った。
すると、ノエルは拓夢の前まで歩み寄り、耳元に唇を近づけると――
「……後でご褒美にキス、してくださいね♡」
「え……?」
拓夢がそう聞き返した時には、もうノエルは数歩分の距離を取っており、いつものすまし顔に戻っていた。
……ノエルの素顔を知らなければ、今の甘い囁きなど、きっと夢だと思うに違いないくらいに。
「拓夢くん、どうしたのー?」
「拓夢先輩、ボーッとしてると、お料理全部食べちゃうですよー♪」
「くるみさん、あなたはもう少し恥じらいというものを覚えてくださいね?」
「拓夢さま……大丈夫でしょうか? そのように呆然としたお顔をされるのは、わたくしとっても辛いです」
桜、くるみ、真莉亜、百合江と。
四天使からの問いかけに対し拓夢は、
「あ……いや、別になんでもないです。さあ、皆さん。パーティの続きしましょうか!」
と、笑顔で答えた。
しかし後でノエルにご褒美のキスをしないといけなことを考えると、複雑な気分になる拓夢だった。




