㊼白銀の絆
「……あ。起きましたか? 拓夢様」
うっすら目を開けると、ノエルが心配そうに顔をのぞき込んでいた。
「ノエルさん……いたたっ! いたっ!」
意識が覚醒すると共に、背中と腰に激痛が走った。
段々と思い出してくる。木刀を持ったノエルに追われて。階段から滑り落ちたのだ。
「……安静にしていてください。もう追いかけたりしませんから」
痛みに悶絶する拓夢に、ノエルは優しく暖かな言葉をかけた。
「ここは……?」
「私の部屋ですよ。あの後倒れた拓夢様を、ここまで運んできたんです」
拓夢は部屋を見渡す。
先ほど衝撃を受けた、あの内装のままだった。
十二畳ほどの洋室。広々とした室内には、見事なまでに拓夢の写真で埋め尽くされていた。
寝ている時の写真、授業へ向かう時の写真、食事中の写真……全く気づいていない様子から、よほど小さいカメラで盗撮されたのだろう。まるで熱烈なアイドルオタクのような部屋に、拓夢は恥ずかしさすら覚えた。
「思い出した……。僕、ノエルさんに追いかけられて、階段から落ちたんだった」
「腰とお尻を特に強く打ってるみたいですけど、軽い捻挫と打撲くらいだと思います。骨折の心配はなさそうですが、明日になったら医療チームに見てもらいましょう」
「でも、頭は打ってないみたいですよ。よかった。これ以上おバカにならないで済みそうです」
拓夢の冗談に、ノエルは「ふふっ……」とうっすらと微笑みを浮かべた。いつもの冷淡な笑みではない、柔和な笑みだ。
その表情を見て、拓夢は言った。
「やっぱりノエルさんは、そうやって笑ってる方が可愛いですよ。あの時みたいに」
「拓夢様……」
ノエルは驚愕した様子で拓夢の顔をマジマジと見た。
「思い出して……くれたんですか?」
「はい……ごめんなさい。今まで忘れていて」
拓夢は寝返りを打ちながら、何とか上半身だけベッドから体を起こす。
「でも、やっと全部思い出せましたよ。いやだなあ、言ってくれればよかったのに。雰囲気とか全然違うから、思い出すのに時間……が……」
そうやって起き上がりながらノエルの顔を見た時、拓夢は驚きの声をあげた。
「な……!?」
白い頬を朱に染めて、整った目頭の間からポタポタと涙を垂らしている。
「え? ノエルさん?」
あらためて彼女の名を呼ぶが、ノエルは激しく嗚咽を漏らしながら泣き続けているので、返事もできない。
ここまでくれば、拓夢にももう分かっていた。
彼女との間に、言葉はいらない。
だから。
「時間はかかっちゃったけど……また会えて嬉しいよ。ノエル」
ノエルさん、といつも呼んでいた彼女のことを、呼び捨てにするのは初めてのことだった。すると、
「う、う、う……うわああああああああああああああああああああんっ!」
ノエルが叫び声を上げながら拓夢に抱きついてきた。
抱擁なんて優しいものではない。拓夢の背中や腰に手を回し、スタイルのいい体を、つがいの小鳥のように押し付け抱きしめてきた。
当然、むち打ちを打ってる拓夢は、女性アレルギーも相まって悶絶する。
「ぎゃああああああああっ! ノ、ノエル! 落ち着いて!」
「うわあああん! 拓夢様ぁ! だぐむざまあああああああ!!」
号泣するノエルに骨がきしむほど熱く抱きしめられ、拓夢の意識は再び闇の奥へと吸い込まれるのであった……




