㊹勝手にしやがれ
それから後も、しばらく聖薇は泣き止まなかった。
そんな聖薇を、拓夢は泡を吹きながら震える手で抱きしめ続けていた。
これまで我慢させてきた分、沢山甘えさせてやりたかった。
聖薇はもう子供ではない、立派な女性だ。
もはや虚飾の仮面は捨て、また前のように、仲のいい兄妹としてやっていける……拓夢は、そう確信していた。
「くぅ~、すぴ~」
時計の針が0時を差す頃。拓夢の腕の中で泣き続けていた聖薇が、静かに寝息を立て始めた。
「今日はとりあえず、ここに泊まらせましょうか。城岡家には、私から事情を説明しておくから。安心してちょうだい」
拓夢が聖薇をベッドの上に寝かせたところで、夢子はそう切り出した。
「そうですね……聖薇も、もう大丈夫みたいですし」
拓夢は嬉しそうに同意した。しかし、ノエルは不満そうな顔で、
「……本当に、そうですかね」
ボソッと呟くノエルに、拓夢は聞き返した。
「えっ、どういうことですか? ノエルさん」
「この方が本当に更生したかどうかなんて分かりませんよ……。嘘をついて、また悪事を企んでいるかもしれません。この一件だけで全てを信用するのは、あまりにも早計だと言っているんです」
「それはそうですけど……聖薇は、僕を連れ出すために学校を休んでまでここに来てくれました。それに、ノエルさんに殴られても決してあきらめませんでした。僕は、そんな聖薇を信じたい」
これ以上、兄妹で仲違いをして離れ離れになるのは嫌だ。そんな思いを込めて言った発言なのだが、ノエルは怒ったようにそっぽを向いた。
「ああそうですか! じゃあ勝手にしてください!」
「ノ、ノエルさん……?」
声を荒げ、一礼することもなくドシドシと足音を立てて、ドアを乱暴に閉めながらノエルは去っていった。後に残されたのは幸せそうに眠る聖薇に、唖然とする拓夢と、意味深に微笑む夢子だけであった。
「まったく。拓夢君ったら。てんでダメねえ」
「え……僕が悪いんですか?」
「当然」
夢子は、指をピッと立てながら厳しい表情をしてみせた。
拓夢には何が何だか分からなかったのだが……
「前から思ってたんだけど。拓夢君は、女心を分かってなさすぎよ?」
「う……すみません」
女性アレルギーのせいもあって、今まで女性と親密になったことが一度もない自分に、そんなことを言われても……と、拓夢は心の中で不満を口にした。すると、夢子は優しく微笑みかけてきて、
「拓夢君。ノエルに謝ってきなさい」
「え、今からですか」
おそらくもう休んでいるであろうノエルの所に謝罪しにいったら、ますます怒られると思ったのだが。
「拓夢君は、今回のことでノエルに沢山お世話になったでしょう?」
「それは……そうですけど」
「それだけじゃない。毎日の食事の世話や、朝の着替え。制服の洗濯。成績の下がった拓夢君のためにテキストを作成したり。ノエルは拓夢君のために、寝る間も惜しんで仕事をしているのよ?」
夢子の発言は、拓夢にとって驚愕だった。いつも飄々としていて、自分をバカにしてばかりのあのメイドが、そこまでしてくれていたなんて。
「ノエルさん……」
拓夢は、ばつが悪そうにつぶやいた。
「あの、教えてくれませんか、夢子さん。ノエルさんって、一体何者なんですか? それに僕、昔一度、ノエルさんとはどこかで出会っている気がするんです。違いますか?」
「拓夢君」
しかし夢子はイタズラそうに笑って首を振るだけだった。
「ダメよ、横着しちゃ♪ 聞きたいことは、自分で聞きなさい。ノエルならまだメイド室にいるはずだから。直接行って確認してきなさいな」
「あ、ちょ、夢子さん!?」
拓夢の問いかけには答えずに、夢子は部屋から出て行ってしまった。
「ふう……」
室内に取り残された拓夢は、ベッドに眠る聖薇の寝顔を眺めていたが、やがてふんぎりがついたのか、前を向いてドアノブを掴んだ。
(とにかく……ノエルさんに会わないと)
決意を固めながら、拓夢は部屋を後にするのであった。




