㊳関西弁のお嬢様と商談
――それでは、拓夢様には五分ほど休憩に入って頂きます。
ステージの端から、ノエルの澄んだ声がマイクを通して伝わってくる。
一抹の疲労を抱えつつ、拓夢は椅子の背に深くもたれかかった。
スペシャルトークショーは、もう一時間ほど続いている。
今日は後2クラス分の生徒達が残っていて、さらにはサイン会、撮影会などのイベントも考慮すると、かなりの忙しさだ。
ノエルや夢子は舞台袖で待機はしているが、何かがあったら出てくるといった程度で、それほど助けにはならなかった。
はっきり言うと拓夢は、ひどく疲れていたのだ。
夢子は軽い座談会と言っていたけれど……とてももそういう雰囲気じゃない。
肉食獣のように目をギラギラさせ、息荒く発情している女子生徒達……どう見ても目がヤバい人もいる。
女性アレルギーを持つ拓夢にとっては、猛獣が群れる檻の中に一人閉じ込められてるような、そんな気さえするのだ。
――それでは次の方、北王子つばささん。どうぞ。
「お、ウチの番やな」
ノエルにうながされ、次の生徒が拓夢の前に現れた。
大きな瞳をした、スレンダーな体格の子だった。顎までかかるショートヘアーを、ヘアバンドでまとめている。
「どもども。一年B組の北王子つばさいいます。名前とキャラ全然合ってないでしょ。父方の祖母が大阪なんですよ。それはともかく……えらい儲け話があるんですけど、一枚噛みませんか?」
まくし立てるように関西弁を話しながらつばさは、ブースの中に入り、椅子に座った。
小柄な体格ながら、瞳には精力的な光がみなぎっているような気がした。
「あの……儲け話って?」
思わず拓夢はつばさに尋ねた。
「ウチの親、政界にも顔が利きますねん。事業も幅広くやってるし……ま、由緒ある家系っちゅうやつですわ」
つばさの話によると、彼女の親の主な事業は製紙会社で、日本のみならず欧米にまで活動の範囲を広げていて、総資産何兆と超える、世界的なホールディングスの社長なのだという。
新聞や雑誌、カレンダーなどを生産する製紙会社だけあって、いかに世間に向けてインパクトのある情報を発信できるのかが課題なのだという。
「ほんなら、もうボロ儲けですやん! 先輩の求心力とウチらのマーケティング合わせたら、この国牛耳れますやんか! ねね、今時とんと見かけない、美味しい話でしょ?」
「い、いや! 無理です無理です!」
とんでもない提案を聞いた拓夢は両手を振って必死に叫んだ。
とりあえず分かったことは、つばさは他の子とは違って自分に心酔しているのではなく、利用しようとしているのだということだ。
そこで、ノエルが壇上に上がってきた。
「北王子さん。営利を目的とした商談は禁止していると、最初にご説明しましたよね?」
「ア、アカン!」
つばさの叫び声がステージに響く。ノエルに連れ去られる間も、つばさは「考えといてなあ!」と拓夢に向かって叫ぶのであった。
メイドやSP、撮影係など、様々なスタッフが入り乱れては、つばさを会場から隔離しようとしている。扱いが大げさなのは、彼女が大手製企業の令嬢であるせいだろう。
――大変失礼いたしました。少々のアクシデントはありましたが、問題なくトークショーの方は続けてまりたいと思います。それでは次の方、姫野小路美咲さん、どうぞ。
ざわつく会場を何とか静めたノエルは、司会を進行した。
そしてその人物――姫乃咲美咲が壇上に上がってきた時、拓夢は口から心臓が飛び出そうなほど驚いてしまった。
「せ……聖薇さん……?」
絶対そこにいるはずのない人物の名を、拓夢は呟くのであった。




