㉝くるみミラクルショッピング
「ふーっ、やっとあの荷物から解放されたですー!」
大理石の床を歩くくるみは、両手を広げながら叫んだ。
その後ろを、両手に紙袋を大量に下げた拓夢がついていく。
「って、なんなのこの大荷物は!?」
「今日セールやってたですぅ! だから、いっぱい買い込んじゃいました♪」
袋の中身は大方は服だった。あと、バッグとかベルトかピアスとか。
「それは分かったけど。くるみちゃんも少しは持ってよ……」
「えぇ~。拓夢先輩、女の子に荷物を持たせるつもりですかぁ?」
くるみはぼやきながら、ショッピングフロアを輝いた目で物色している。
「あーっ! あの服カワイイ! ねね、ちょっと寄っていきましょう!」
「……うげ。まだ買うつもりなの?」
どうやら気に入った洋服が見つかったらしく、くるみはアパレルコーナーに入っていく。
「でも、荷物持ちなら僕じゃなくても付き人にやってもらえばいいんじゃない? 僕力ないし」
「くるみお嬢様化計画を実行するって言ったじゃないですか。それに、同年代の男子の意見が聞きたかったんですう」
「それこそ無意味だよ。僕にはファッションセンスとか、欠片も……」
ぶつぶつ不満をぼやきながらも、拓夢はハンガーディスプレイにかかった服を選ぶくるみの姿を見つめていた。
「わーっ! こっちの服も捨てがたいですねえ。ねね、どっちがいいと思いますぅ?」
そう言ってはしゃぐくるみの姿を見ていると、小さい頃の妹を思い出すのだ。
拓夢がまだ幼稚園児だった頃、両親が事故で亡くなって、それから城岡家に養子として引き取られた。その城岡にいた一人娘が、聖薇だった。
聖薇も昔は、こうやってワガママを言ってよく拓夢を困らせていた。
拓夢はそのワガママを聞いてあげたし、聖薇もまた心から拓夢に懐いていた。
しかし聖薇は、小学校高学年に上がる頃には、拓夢に対して冷たい態度を取るようになった。
だから、くるみの子供っぽさには、懐かしさを覚えた。
もう、聖薇とは2度と会えない。向こうも会いたくないと思ってるはずだ。
(そう、僕はダメなお兄ちゃんだから……。聖薇さんとは、もう会わない方がいいんだ)
――拓夢がそう考えていた、その時。
「拓夢先輩! 拓夢先輩!」
ふと大声にハッと我に返ると、くるみがプンスカ怒りながら、拓夢の顔を睨みつけていた。
「え、な、なに……?」
「なにじゃないですよう! どっちの服が似合うかって、さっきから聞いてるじゃないですかぁ!」
「ああ、服の話? 気に入った方を買えばいいじゃない」
「だーかーらー! 自分じゃ選べないから、拓夢先輩の意見を聞きたいんじゃないですかぁ!」
くるみはリスのようにぷくーっと頬を膨らませて怒った。
「分かった分かった。どっちが似合うか決めればいいんだよね?」
拓夢が苦笑しながら言うと、くるみはパアッと表情を明るくした。
「ほんとですか? じゃあじゃあ、くるみ今から試着してきますから、ちゃんと判定してくださいね!」
「……え?」
予想していなかったくるみの言葉に、拓夢は言葉を詰まらせた。
「だって、実際に着てみないと、似合ってるかどうかなんて分からないじゃないですか。サイズが合うかどうかも分からないですし。だから拓夢先輩も、一緒に試着室に行くです!」
「……ほんとに?」
拓夢は呆気に取られながら呟いた。
荷物持ちやレジ待ちだけでも相当疲弊しているというのに、この上判定人までやらされるというのか。
(そういえば聖薇さんも昔は優しい子だったけど、人使いは荒かったもんなあ)
ますますくるみに、聖薇の面影を感じる拓夢であった。
「先輩が快く引き受けてくれて、助かっちゃいましたぁ! あ、言っておきますけど、そこのお洋服、全部一通り試着するですから」
全部……? 拓夢は、くるみが指さした方向に視線を向けた。ハンガーラックやストアテーブル、陳列用什器に至るまで、最低でも50着は超えている。
呆然とする拓夢に、くるみは腰を前に突き出し、指をピッと立てながら警告した。
「言っておきますけど、あんまりくるみが可愛いからって、襲い掛かっちゃダメですからねえ?」
「しないよ! ていうか、僕からしたらくるみちゃんって、まだ全然子どもだからね!?」
「あああああああああっ! くるみのこと、子供っていったあああああああああっ!!」
拓夢の言葉に激昂したくるみが、声いっぱいに叫ぶ。
くるみは、子供扱いされることを異様に嫌っているのだ。だからこそ、お嬢様化計画を実行し大人のお嬢様になろうと計画している。
心配し駆け寄ってくる店員と、わんわん叫ぶくるみの姿を見ながら、しまったと拓夢は後悔するのであった。




