㉚生徒会役員共
「――私の跡を継いで、生徒会長になってほしいんです!」
百合江のその声は、高らかに生徒会室に響き渡った。
拓夢が面食らったのは、言うまでもないことだろう。生徒会の仕事を手伝うだけでも大分重荷なのに、生徒会長? ハッキリ言って、ありえない話だ。生徒会長どころか、クラス委員にさえ抜擢されたことがないのに。
「ぼ、僕が……生徒会長おっ?」
拓夢の声もまた、生徒会室に響き渡った。
聖ジュリアンヌ女学院は、超お嬢様学園だ。その女子校の生徒会長に自分がなる? ……あまりにも荒唐無稽な話だ。
狼狽する拓夢に、百合江は少し気まずそうな顔をしながら、
「あ、いえ……別に、今すぐ答えようとしなくていいんです。考えてほしいってだけですから」
「あ、そうですよね……」
ひとまず拓夢はホッとする。しかし、楽観は出来ない。百合江の表情は、真剣そのものだったからだ。
そんな時、「ちょっと待ってくれよ」と冷静な声が割って入った。静香である。
「百合江、最初から順を追って説明したらどうだい? 冷静なキミらしくもない。少しは落ち着きなよ」
「副会長の言うとおりですよぉ。会長さん、ちょっと興奮しすぎです!」
静香とミカ、二人に諭されて、流石の百合江もシュンとなって頭を下げる。
「そうですね……城岡さん、すみませんでした」
「あ、いえ。そんな……頭を上げてください」
うろたえながらそう言われると、百合江は綺麗なお辞儀を止め、拓夢に再び向き直った。
「まず、生徒会の任期には、前期と後期があり、4月~9月が前期で、今は前期に当たります。後期は10月~3月なので。9月……つまり、文化祭終了あたりから後期役員を決める選挙を開始します。ここまではよろしいですか?」
「は、はい」
選挙だの投票だのと、聞きなれないワードにおろおろしながらも、返事をする拓夢。
百合江は拓夢の心境を知ってか知らずか、涼しい顔で説明を続ける。
「投票とは言ってますが、大体は出来レースです。立候補者たる資格は、担任の印鑑と、信用に値する生徒五名からの署名。要は、人気者が勝ち残る仕組みなんです。前任の生徒会長を含む生徒会役員からのお墨付きをもらえれば、ほぼ百%当選します。事実、私もそうでしたから。そういう意味では、一般投票というよりは信任投票といった方が近いですね」
どうやら最後のは百合江なりのジョークだったらしい。生徒会メンバーがプッと吹き出す。
「城岡先輩なら大丈夫ですよ! 一年女子からの人気も物凄いですし!」
「百合江の時も凄かったよ。会長職には他に三人の立候補者がいたんだけどね。ほぼ百合江の圧勝さ」
「候補者演説も、一人だけレベルが違ってましたもんね!」
「演説だけじゃないさ。朝早く来て学校の掃除をしたり、昼休みには各クラスを回って学生たちに声をかけたり。そうした頑張りが、みんなに認められたんだよ」
ミカと静香は、声を弾ませながら会話を楽しんでいる。拓夢が知らない、彼女達だけが知ってる苦労、歴史だ。会話の中には割って入れないが、楽しそうに話す彼女達を見ているだけで、このメンバーがどれだけいい仲間だったのかが分かる。
そんな感じで皆の会話を眺めていると、不意に百合江が口を開いた。
「城岡さん。不思議に思ってるんじゃないですか? どうして、ご自分が選ばれたのかを」
拓夢はうなずいた。不思議どころか、皆目見当がつかないと言ってもいい。
百合江はフッと薄く微笑みながら、おもむろに話を切り出す。
「あなたが、凄く優しい人だからです」
「は、はい?」
拓夢は小さな声で驚いた。自分が優しいかどうかは別にして、生徒会長に求められるものは、リーダーシップや頭脳、カリスマ性だと思っていたからだ。
「ていうか……ハッキリ言いなよー。百合江は本当は、拓夢クンのことを……」
「――黙りなさい、静香」
「わ、わかったよ。そんな怖い顔で睨まないでくれよ……」
静香が引っ込むと、目を吊り上げ威圧していた百合江は、メガネをくいっと持ち上げた。
「今は生徒会の存続にかかわる大事な話をしているんです。あなたも副部長なら、少しは自覚を持った行動をしてくださいね」
「はぁ~い」と口をすぼめて返事をする静香を尻目に、百合江は拓夢に笑顔を向けた。
「すみませんね、城岡さん。いつもいつも騒がしくって」
「拓夢クンのこととなると、いつも騒がしいのはキミじゃないか……」
「し~ず~か~~~~?」
「わ、わかったって! もう喋らない! 何も喋らないよ!」
再び場を茶化そうとした静香は、百合江にジト目で睨まれ、両手を上げて降参した。
そして静香を黙らせた百合江は、改めて拓夢に向き直る。
「まあ、そういうことです。この癖のある生徒会をまとめるんですから、単に能力が高いだけではダメなんです。優しくて、誠実で、諦めの悪い――つまり、城岡拓夢さん。あなたです」
「いや、ええ? 僕なんですか?」
尚も拓夢は驚きの声を上げる。
しかし、ミカも静香も、二人とも納得したように拓夢を見ながら笑っていた。もちろん、百合江も。
「もちろん、あなたは頭も悪く、要領も悪いです。ですが、人を惹きつける天性の明るさがあります。あなたのためなら、優秀な生徒が慕ってくれるし、頑張ってくれます。仕事なんてものは、後から出来るようになればいいんですよ」
「でも、僕は……それなら、ミカさんや水月さんの方が適任じゃ……」
「いいんです。私から見て、誰よりもあなたこそが、生徒会長にふさわしいと思ったんです。私の直感を信じてください」
力強い言葉と、優しい視線。拓夢はいたたまれず、生徒会室を見渡した。
すると、
「拓夢先輩、頑張ってください! ミカ、応援してますから!!」
「百合江にハメられたね。『うん』って言わないと、後が怖いぞぉ~?」
ミカと静香は、「あはは」と笑いながら拓夢と百合江のやり取りを見ていた。百合江だけではない。生徒会のメンバー全員が、拓夢のことを認めているのだ。
「答えは、今すぐじゃなくていいです。当面の問題は、生徒総会ですから。ですが、生徒総会が終わったら、答えを聞かせてもらえますか?」
笑みをしまった百合江は、再び真剣な表情で拓夢に尋ねてくる。つられて拓夢も、こわばった表情で返事をする。
「……は、はいっ。考えておきますっ! 冷条院さん!」
「それと、もう一点」
百合江は補足をするように、指を一本ピッと立てた。
まだあるのかと内心くたびれながらも、拓夢は百合江の言葉を待った。
「私のことは、今後百合江でいいです。仮とはいえ、生徒会のメンバー同士なんですから」
「で、でも……生徒会長相手に、僕なんかが、恐れ多い」
元々引っ込み思案な拓夢は、義両親から虐待に合っていたこともあって、他人への気遣いがハンパではない。百合江は生徒会長以前に年上だし、お嬢様でもあるし、四天使の一人でもある。正直、普通に話せていることが奇跡のようなレベルなのだ。
それが、名前呼び? 顔面蒼白になる拓夢に、百合江は真面目な顔で言った。
「そんなことありません。それに、地位や学年は関係ありません。私個人が、あなたに名前で呼んでほしいと思ったんです。それとも、私のことはお嫌いですか?」
「い、いえ……でも……」
まだ及び腰の拓夢の両肩に、誰かがぽんと手を置く。
「まーまー♪ 一回距離詰めちゃえば、そこから先は早いですから♪」
「うん、ボクもそう思うな。それに、百合江はここのところ、拓夢クンに助けられてばかりじゃないか。名前呼びくらい、フツーのことだと思うよ?」
ミカと静香だ。そしてその中央から割って入って、百合江が言葉をかけてくる。
「お互い苗字呼びだったら、距離が出来てしまうんです。それがそのまま上下関係になってしまう。そんなことだと、人間関係の発展はありえません」
百合江は白く優雅な手を、拓夢に向かって差し出した。
「お願いできますか? 拓夢さん?」
「僕……その」
拓夢は答えに窮しながら俯いていた。しかし、ミカも静香も、暖かな視線を向けてくる。
だから、きっと大丈夫だ。
拓夢は顔を上げ、百合江の手を握りしめた。
「分かりました。これからも、よろしくお願いします……百合江さん」
拓夢がその言葉を口にした途端、生徒会室は拍手と喝采の音に包まれたのであった。




