㉘イメチェンしたのに、なんですかその態度
「城岡様ですわー! 城岡様がいらっしゃいましたわー!」
「キャー! 城岡先輩、こっち向いてー!」
「はあ……」
放課後。拓夢はため息をつきながら廊下を歩いていた。この世の苦労を一身に背負ったような暗い顔をして。
桜のアイディアでイメチェンして以来、拓夢人気はますます酷くなる一方だ。聞いたところによると、ファンクラブまで出来たらしい。何のファンなのか? 何をするクラブなのか? まったくもって謎だらけである。
「はあ……」
「城岡様がため息をつかれてますわー!」
「あぁ……物憂げな表情、何て素敵ですの……」
「城岡様の吐かれた吐息を、わたくし吸いたいですわ!!」
「う……キモい」
一年生も、二年生も、三年生も、みんなで集まって拓夢を取り囲んでいる。最近はいつもこうなのだ。授業中は流石に大人しくしているが、休み時間に入ると、こうして拓夢の元に寄ってくる。放課後になるともう、アイドルの追っかけのごとく集まってくるのだ。いまだに拓夢は自分にそんな価値があるのかと、不思議でならない。
「そう思いません? 僕なんかの為に集まってもらったって、何の意味もないと思いません?」
拓夢はそう隣を歩く女子に聞いてみたが、返事は散々だった。
「きゃああああああああああっ! し、城岡様から話しかけられてしましたわああっ! 今日は、わたくしにとっての記念日ですううううっ!」
実にファンクラブ会員っぽいリアクションだ。拓夢には経験のないことなのだが、もしファンが熱狂的な推しメンから話しかけられたら、こういうリアクションになるのだろう。まあ……女性アレルギーを持つ自分には縁のない話ではあるが。
それにしても、逐一自分の行く先々で付きまとわれて、いちいち大声できゃあきゃあ叫ばれるのは、正直面倒ではある。まあ、好意を持たれて悪い気はしない。それに女子生徒に人気があることは、庶民特待生としては喜ばしいことだと言えるだろう。
これで女性アレルギーさえなければなあ……と三回目のため息をつきたくなるのを抑えつつ。
拓夢はギャラリーに向かって爽やかに笑顔を作った。
「すみませんが、僕今から家に帰るところなんです。ですから、そこを通してもらえませんか?」
――キャアアアアアアアアアアアアアア!!
拓夢がそう言うなり、一際大きな叫び声が廊下中に響き渡った。
「嫌ですわー! 城岡様がお帰りになられるなんてえええええ!」
「それでしたら、わたくしと一緒に下校いたしましょう!」
「せめて、昇降口の前だけでも!」
「げっ!」
女子生徒たちが騒ぎ出したので、拓夢は慌てて逃げ出した。
あれだけの数のお嬢様から抱きつかれでもしたら、本当に死んでしまう!
拓夢としてはそれは嫌なので、とにかく廊下を全力で走る!
「お待ちになってー! 拓夢さまー!」
「くっ、やはり城岡様に説得は通用しませんわ! こうなったら我が家の権力と財力を駆使して、城岡様を監禁するしか……」
――怖い怖い! 拓夢は手足を振るスピードを最大限に早めた。
箱入り娘のお嬢様と拓夢では走るスピードに差があるので、拓夢は何とかギャラリーたちを振り払うことに成功した。
三年生が使う教室の階まで来たところだった。
一人の女子生徒と廊下ですれ違ったのは。
「城岡さん? ちょっと待ってください」
「はい……? どちら様ですか……?」
「どちら様……? 何を言ってるんですか貴方は……」
そこにいたのは、緑色のサラサラなロングヘア―をなびかせた、崇高な美少女。
彫りの深い顔立ちに、切れ長の鋭い瞳。つまり……。
「れ、冷条院さん!?」
「しーっ。廊下で大きな声を出さないように」
口元に指を当てながら怒る百合江だが、拓夢が気づかなかったのには、わけがある。
今日の彼女は、メガネをしているのだった。
「どうしたんですか、冷条院さん。そのメガネは?」
「記憶障害ですか? 貴方が昨日、私にはメガネが似合うと強く推してきたんじゃないですか」
「あ、ああ……いや、すみません! あまりにも似合いすぎてて、逆に気づかなかったというか!」
「それはどうでしょうね。メガネをかけただけで私と気づかないということは、普段から私に対する印象がその程度だったと思いますけど?」
「う……」
「……と。イジめるのはここまでにしておきます」
百合江はふうっと息を一つついて、
「それよりも。城岡さんに大事なお話があるんです。よろしければ、生徒会まで来て頂けませんか?」
「大事な、話?」
拓夢は百合江の話を聞き返した。
「何かあったんですか?」
すると百合江は、困ったようにメガネの奥の瞳を右往左往させながら、
「ええ……。大問題が起きました。なので至急、来ていただきたいのです。よろしいでしょうか?」
と、上目遣いに尋ねてきた。あの百合江がここまで頭を抱えるというのは、よっぽどのことなのだろう。まあ、何かあったら頼ってくださいと言ったのは自分だし、何より困っている百合江からの頼みを、無下にするわけにはいかない。
「分かりました。冷条院さん。僕に出来ることなら、何でも言ってください」
拓夢が微笑みながらそう言うと、百合江は顔を赤く染め上げた。
「そ、そうですか。まあ、別に城岡さんの手助けを期待していたわけではないのですけどね。話だけでも聞いてみてください。あ、勘違いしないでくださいね? 私は別に、城岡さんに断られなかったことに、ホッとしているわけではなくて、そもそも……」
「……あの。感謝してるならしてるで、素直に言ったらどうですか?」
「そ、そうですね、すみません」
拓夢がツッコミを入れると、百合江は申し訳なさそうに頭を下げるのであった。




