㉗チームTK
「協力してくださいっ! 『くるみお嬢様化計画』に!」
甘ったるいチョコレートの匂いをまき散らしながら、くるみは拓夢に向かってそう叫んだ。
一方で拓夢は、何だかよく分からないといった表情で、くるみを見つめていた。
「その顔は城岡先輩、いまいちピーンと来てない感じですね?」
くるみは拓夢の視線に感づき、ジト目をぶつけながらそう言った。
「い、いえ。ていうか姫乃咲さん。まだお嬢様になるの、諦めてなかったんですね」
「当り前です。くるみはそう簡単に諦める女の子じゃないです♪」
ちっちっちと、得意げに指を振るくるみに向かって、拓夢は疑問を投げかける。
「でも、何でボクなんですか? 本物のお嬢様になりたいんだったら、真莉亜さんにでも習えばいいじゃないですか」
「真莉亜お姉さまではダメなんです。ここは城岡先輩じゃないと」
「僕?」
不思議そうな表情をする拓夢に対し、くるみは両手をバッと広げて説明した。
「くるみにとって、真莉亜お姉さまはあくまで目標なんです! その真莉亜お姉さまに頼ったって、お姉さまの劣化コピーになるだけじゃないですかっ!」
天高く空を見上げながら、握りこぶしを作り、
「だから、城岡先輩なんですっ! 先輩は、あの真莉亜お姉さまから告白されたじゃないですかっ! 城岡先輩は、お嬢様ハンターと呼ぶにふさわしいです! だから、くるみのコーチは城岡先輩が適任なんですうっ!」
火事になりそうなほど瞳を燃え上がらせ、力説するくるみ。
それよりも、拓夢にとって引っかかる点があったが。
「えっと……もしかして。真莉亜さんって、僕に告白したこと、みんなに喋ってるんですか?」
拓夢が尋ねると、くるみは何を言ってるんだとばかりな視線を向ける。
「そうですよぅ! もう学園中、その噂で持ち切りです! 新聞部が緊急号外を発行してますし、セレブ界ではトップニュースに上がってるくらいなんです!」
……まあ、告白されたのは事実だが。
しかし、拓夢は危惧していた。これで真莉亜を慕う女性たちから、嫉妬の目を向けられることだろう。真莉亜には口止めしておくべきだったかと、頭を悩ませていると、
「……城岡先輩。お願いしますよぉ」
拓夢が考え込んでいると、くるみが目を潤ませながらお願いしてきた。
「ひ、姫乃咲さん?」
拓夢はビックリして思わず席を立ちあがりかけた。
くるみの手は震えていて、その瞳からは光る雫……つまり、
「くるみには、城岡先輩しか頼れる人がいないんです。こんなことをお願い出来る人が、くるみにはいないんです。だからどうか、くるみを助けてください」
くるみは、ポロポロと涙を流していた。
「……」
拓夢は苦笑した。
何も難しく考える必要はない。
引き受ける理由は、これだけで十分なのだから。
「えーっと、一応言っておきますけど、僕には女心とかよく分かりませんよ? ファッションのセンスとかもないですし、お嬢様のマナーにも詳しくないです。それでも……よければ」
「ほ、本当ですか!? 城岡先輩!!」
……と、くるみは先ほどまでの涙はどこへやら、急に顔をパアッと明るくすると、拓夢の顔を覗き込んで叫んだ。
「ああ……神様は、くるみを見捨てたりしなかったですね。というか、城岡先輩こそが神です! お礼に、イチゴをあげるです!」
と、くるみはパフェに乗っていたイチゴを一つだけフォークで刺すと、拓夢の皿の上にちょこんと乗せた。
「あはは……ありがとうございます」
しかし、泣かれるよりはずっといい。くるみには涙より、笑顔の方がよく似合うのだ。
「よーく味わって食べるですよお?」と胸を張るその姿は小憎らしいが、それすらも微笑ましく思える。
「あっ、そうだっ! そうと決まったら、こんな他人行儀な話し方はダメですぅ!」
くるみはハッと何かを思いついたような顔で叫んだ。
まあ、話し方に関しては四天使全員おかしいが。その中でも、くるみはまだ一年生なのだ。もう慣れたこととはいえ、先輩である拓夢が敬語を使うのは、確かにおかしい。
「ということで、これからはくるみのこと、『くるみちゃん』って呼んでいいです。言っておきますけど、男の子にこんな呼び方するの、先輩が初めてですからねぇ? ありがたく思うですよお!?」
ナイスアイディアだ、とばかりにくるみはドヤ顔で提案した。
先ほどくるみの笑顔は素敵だと言ったばかりだが、この笑顔には流石の拓夢も少しだけイラッときたのだった。
「その代わり、くるみも先輩のこと、『拓夢先輩』って呼ぶです! これから長い付き合いになるですから、お互いに遠慮はなしですっ!」
「は、はは……。よろしく頼むね、くるみちゃん」
「はいです! 拓夢先輩♡♡♡♡」
……とはいうものの、やっぱり機嫌が良い時のくるみは可愛いので、それでよしとする。
それに何だかんだで、庶民同好会のメンバーと仲良くなれるのは嬉しい。拓夢はくるみとこれからの予定を話し合いながら、昼食を終えるのであった。




