㉖くるみお嬢様化計画
――お昼休み。食堂にでも行こうかと、拓夢が廊下を歩いていた時だった。
「うう……女の子の視線が……痛い、辛い……っ」
「城岡さまっ! よろしければ私と、カフェでお食事でもいかがですか!?」
「ずるいですわ……それでしたら、わたくしと!」
「いいえっ、わたくしですわ! 城岡様、ぜひわたくしを選んでくださいませえええええええっ!」
甲高い女子生徒の声が廊下中に響き渡る。まるでアイドルかなにかだ。
桜のアイディアでイメチェンをして以来、どうもこんな調子なのだ。例えるならば、お花畑で女神と妖精に囲まれてるような状況なのだが、女性アレルギーの拓夢からすれば、針の筵に座って火あぶりにされてるようなものだ。
(気の休まる場所に行きたい……っ!)
拓夢が心の底から叫んだ、そのときだった。
「――城岡先輩、こっちですぅ!」
「……え!?」
何者かが拓夢の袖を引っ張り、女生徒の群れから引き離したのだった。
そして、舞台は廊下から中庭に移る。
「ふうっ、走ったあとのオレンジジュースは美味しいですぅ♪」
と、果汁百%のキンキンに冷えたジュースを嬉しそうに飲んでいるのは、庶民同好会のメンバーにして、四天使の一人である、姫乃咲くるみであった。青色のナチュラルボブカットに、大きくキラキラと輝く大きな瞳が特徴的な、元気いっぱいの女の子だ。
そんなくるみにも悩みがある。それは、お嬢様ばかりの聖ジュリにおいて、自分だけが子供っぽく、周囲に上手く馴染めていないということだ。
「えっと……姫乃咲さん。そろそろ、どうして僕をここに連れてきたのか。理由を教えてもらえませんか?」
カフェオレを飲みながら拓夢は尋ねた。食堂へ行こうと廊下を歩いてた所を、くるみに連れ去られ、中庭にあるテラス席まで来たのだ。状況は全く分からない。
「それに……ん?」
サンドイッチを食べるくるみに、拓夢は目を向けた。
「姫乃咲さん、口元に卵サラダがついてますよ?」
「ふえっ!?」
くるみは、慌てて口元を指でぬぐった。
その様子を見て、拓夢が笑う。
「そんなに慌てて食べると、喉に詰まらせますよ。はい、紙ナプキン。今度は指が少し汚れちゃいましたから」
「う、うう……っ」
くるみは、拓夢が差し出した紙ナプキンを、顔を真っ赤にしながら受け取ると、
「く、くるみを子供扱いしないでくださいっ!」
ぷんぷんと、頬を膨らませながら怒った。口元や指先を汚しながら言うことじゃないよなあと、拓夢は内心で思いながら。
不器用に手先を拭くくるみを見て微笑んでいた。
子供っぽいくるみを笑ったのではない。何事にも全力で、そして感情を常にオープンにしているくるみが、何だか微笑ましかったのだ。
「……!」
しかし、その気持ちはくるみには伝わらなかったようで、
「あう~っ、ま、またくるみのこと、やんちゃな娘を見守るお父さんみたいな目で見てるですぅ!」
くるみは眉を逆ハの字にして、拓夢の視線を非難した。怒られているのだが、ちっとも怖くはない。女性アレルギーさえなければ、「よしよし」と頭を撫でてやりたいくらいだ。
「ひ、姫乃咲さん、落ち着いてくださ……」
「あううううぅ、ジュースこぼしちゃいましたああああああああぁぁっ!」
空になって倒れたグラスを見て、くるみが叫び声を上げる。
「きゃあああ~! スカートにかかっちゃたですうううう~っ」
濡れたスカートを見下ろしながら、いよいよくるみはテーブルの上でわちゃわちゃし始めるのを見て。
さすがに見かねたのか、メイドがやってきて、
「姫乃咲様、大丈夫ですか? この程度なら、濡れタオルですぐに拭けば、シミにはなりにくいですよ」
「うう。ありがとうです……」
メイドはくるみの制服を拭き終えると、テーブルを綺麗に掃除し去っていった。
すると、くるみはポツリと、
「城岡先輩。くるみって、やっぱり子供っぽいですよね?」
「……え?」
「いいんです。くるみだって、分かってますから」
そう言うと、くるみはデザートに頼んでおいたチョコレートパフェのクリームを、一口すくって口の中に入れた。
フルーツの周りにショコラやカカオチョコレートやアイスが乗った、彩り華やかなパフェなのだが、くるみの顔は暗かった。
「前にも言ったですよね……。くるみは、本当はお嬢様じゃないって」
「はい」
拓夢が頷くと、くるみは苦い顔をしてスプーンを置いた。
「城岡先輩は、言ったです。くるみは、今のくるみのままがいいって。でも、この学園ではお嬢様であることが普通なんです。だから、くるみはやっぱり」
「姫乃咲さん……?」
「城岡先輩……」
拓夢は驚いた。くるみの顔が、すぐ目前にまで迫っていたからだ。
その小さな身体は中学生といっても差し支えないが、出るところは出たグラマーな体、艶やかでぷっくらとした唇、そして若干潤んだ瞳は、不思議なほど色っぽく感じた。
「あ、あの……姫乃咲さ……」
「だからお願いですっ! 城岡先輩も協力してくださいっ! 『くるみお嬢様化計画』に!」
「……へ?」
拓夢の眼前で、くるみは両手を握り合わせながらお願いしてきた。
先ほど感じた色気など全て吹っ飛ぶくらいお子様な提案に、しばし拓夢は首を傾げるのであった。




