㉔桜VS真莉亜!
一時間目の授業が終わって中休み。拓夢は資料室に、授業で使った歴史の教材をしまいに廊下を歩いているのだった。
なぜ生徒である拓夢がそんなことをしているのかというと、小テストで赤点を取った罰なのだ。
「それにしても重いなあ……。地理の授業なんかなかったのに、世界地図まで入ってるよ」
拓夢がトボトボと歩きながら愚痴を漏らしていた、その時……。
「あああああぁぁぁぁあああああ~~っ! 拓夢くんだぁぁあああああああああああああああぁぁぁッッ!!」
突然大声で名前を叫ばれ、拓夢はドキッとして後ろを振り向いた。
見ると桜が、大好きなお菓子を前にした子供のように、ニッコニコ顔で立っていた。
何がそんなに嬉しいんだろうか……と思うほど、無邪気で楽しそうな笑顔である。その理由は拓夢自身にあるのだが、鈍感な拓夢は気づかなかった。
桜は、拓夢の前に一歩進んで、
「どうしたの? そんな重そうな荷物を一人で運んで。もしかして、イジメに合ってる?」
桜が心配そうに拓夢の顔を覗き込む。
「ち、ちがいますよ。社会の先生に頼まれたんです。ほら、男子学生って、僕だけでしょ?」
そーなんだ、と桜は拓夢の言葉に相槌を打った。
そして、
「じゃあ、わたしも手伝うよッ!」
といって、拓夢の荷物を半分受け取った。桜からすれば、愛しい拓夢のお手伝いが出来ることは、何よりの幸福なのだろう。拓夢からしてみれば、罰を受けたのは自業自得なので、桜を巻き込むことには申し訳なさしか感じないが。
「すみません桜さん。持ってもらっちゃって」
「ぜーんぜん、大丈夫だよおおおおおおおおおおぉぉぉおおおお~~ッ」
桜は満面の笑顔で答えた。
あれから何回か断った後、寂しそうな顔をして、最終的には泣きそうになった桜に根負けして、拓夢は手伝いをお願いした。桜はいつだって自分を助けてくれる。自分に好意を持つより前、つまり初対面の時でも。つまり桜という人間は、困っている人を放っておけない、優しい女の子なのだ。それなのに、自分はその手伝いを拒んで……。
そんなことを考えながら二人で階段を降り、一階へ向かっている時だった。
「あ、真莉亜ちゃんだっ!!」
先頭を歩く桜が、階段を上がろうとしている真莉亜を見つけ、声をかける。
「あら……? 桜さん。それに、拓夢さま……」
真莉亜は拓夢を見た途端に、白い頬をポッと赤く染めた。綺麗だ……。拓夢は思わず、その表情に見とれてしまった。以前から美しかったが、告白されてからは本当にまぶしいくらい綺麗になった。本当にこんな人が自分に告白してくれたのだろうか。もしかしたら、あれは夢だったのではないだろうか……。
そうやって拓夢が自問自答していると、
「お二人とも、どうしましたの? そのお荷物は」
真莉亜は、拓夢と桜が持つ教材に目をやりながら尋ねた。少しだけ上がった眉尻に、二人の関係性に対する嫉妬がうかがえる。
「歴史の先生に頼まれたんだって! 拓夢くん一人だと大変そうだから、未来のフィアンセであるわたしが手伝ってあげてるのッ!」
「そうでしたか……では、わたくしもお手伝いいたしましょうか?」
真莉亜は優雅な微笑みを携えながら答えるが、上がっていた眉尻がさらに二ミリほど上がった。お淑やかなふるまいを崩さない真莉亜にしては、異常な事態だ。
それだけ、桜の発言が真莉亜の心に火をつけたということなのだろう。
「ううん。二人だけで間に合ってるから、大丈夫だよッ!」
「そうですね。それに真莉亜さんは、昨日激しく頭を打ったんですし。無理しない方がいいですよ?」
「いいえ、わたくしなら大丈夫ですわ。それに、わたくしも拓夢さまのお手伝いをしたいですもの♡♡」
真莉亜は、語尾にハートマークがつくほど甘く、そして可愛らしく言った。そんな真莉愛を、桜はきょとんと見ていた。真莉亜にしては、珍しいほど強引な申し出だったからだ。
とにもかくにも、三人はそれぞれに荷物を抱えて、社会科資料室へと向かうのであった。




