㉒拓夢、真莉亜への告白の返事
「わたくし……貴方のことが好きなんですっ!!」
真莉亜の愛の告白に、拓夢は「……へっ?」と情けない言葉を漏らした。
続いて溢れてくる感情は、絶え間ない感謝の気持ちだった。
こんな僕と友達になってくれてありがとう。嫌いにならないでくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。
「真莉亜さん……」
拓夢は思わず、真莉亜の名を呟いた。たったそれだけのことなのに、真莉亜はまるで感電したかのように、ビクリと肩を震わせた。その表情には、色々な感情が入り混じっていた。
安堵、喜び、嬉しさ、不安。
そして……。
「……拓夢、さま……っ」
真莉亜もまた拓夢の名を呼んだ。止めどない涙を両手の指で覆いながら。わずかに指の間から見える青い宝石のような瞳。これほど美しい瞳を、拓夢は今まで見たことがなかった。
「僕……」
言葉を途切れさせた拓夢は、辛そうに目を伏せた。心臓は高鳴り、息が荒くなるのを感じる。真莉亜はそんな様子を一心不乱に見つめていると、ふいに拓夢は口を開いた。
「真莉亜さん」
拓夢は、もう一度真莉亜の名を呼んだ。
今度は、途切れない。真っすぐ彼女の顔を見つめながら、声をかける。
「少し長くなりますけど、聞いてくれますか?」
「一日中でも聞きますわ。拓夢さま」
その言葉に拓夢は苦笑し、一つ息をつきながら、
「正直に言います。僕、人を好きになるって気持ちが、よく分からないんです。今まで、人に愛されたことなんかなかったから。もちろん真莉亜さんは、僕にはもったいないくらい素敵な人だって思っています。でも、僕は庶民特待生なんです。生徒との恋愛は禁止されています。僕は……まだこの学園にいたいんです。皆さんと、離れ離れになりたくない。だから……っ」
拓夢はハーッ、ハーッと息を吐き出した。言いたいことはいくらでもある。真莉亜の気持ちに答えたい気持ちも。それら全てを、今吐き出すのだ。
そんな様子を、真莉亜は寂しそうな顔で微笑みながら見ていた。
零れ落ちる涙を、懸命にこらえながら。愛する人の紡ぐ次の言葉を、優しく待っていた。
だからこそ拓夢は、嘘偽りなく告げた。
「……ごめんなさい……ぃっ!」
拓夢は深々と頭を下げた。その頬を、涙が伝う。
「真莉亜さんの気持ちには……応えられません……、どうか、許してください……っ!!」
自分の内側にある声を全て振り絞るようにして、拓夢は何度も「ごめんなさい」と謝った。真莉亜には伝わっていた。拓夢が、どれほど自分のことを想ってくれていたのか。そして、どれほど辛い気持ちでいるのか。
「拓夢さま……いいんですのよ」
真莉亜はニッコリと笑って、拓夢の頬に両手を差し伸べた。
その指にすくわれ、拓夢は顔を上げた。
「ごめんなさい……。僕、真莉亜さんのこと嫌いなわけじゃ……! でも、でも……」
「分かっておりますわ、拓夢さま。それよりも、正直な気持ちを伝えてくださり、ありがとうございます。流石は、わたくしの愛した殿方ですわ」
「こっちこそ……! こんな僕を好きだって言ってくれて、本当にありがとう……!」
「わたくし……今日のことは絶対忘れませんわ。生まれて初めて殿方に告白をし、そして失恋した日のことを」
「……あ。ええと……っ」
拓夢がバツの悪そうに言葉を詰まらせると、真莉亜はくすっと微笑んで、
「ですが、これだけは約束していただけますか? ……もしも、もしも将来、貴方がこの学園を卒業する時。わたくしのことを好きでいてくれたのなら、その時は……。わたくしの想いに、答えて下さると。わたくし……いつまでも待っておりますから」
拓夢を見つめながら真莉亜は、途切れることなく言葉を紡いだ。
「もちろん……! その時は、ちゃんと返事をしますから!」
拓夢が答えると、彼女はフッと微笑み、二度目の告白をした。
「拓夢さま、愛しておりますわ。未来永劫、ずっと……。わたくしの心は、あなただけのものです。それだけは、忘れないでいてくださいまし」
大きな目に、再び涙を溜めながら、真莉亜は言った。
「そして、覚悟していてくださいね。わたくしの心を奪ったその意味を。貴方は、有栖川家の未来をしょって立つかもしれないのですから」
「あ……そういえば……」
すっかり感動ムードに包まれていた拓夢は、びっくりして真莉亜を見る。
「そ、そうだ! すっかり忘れてた! 有栖川といえば、大財閥じゃないですか!」
がびーん! と拓夢は驚愕した。そんな大金持ちのお嬢様に、自分は好かれてしまっていたのだ……。
「ふふっ、覚えていてくださいまし。わたくし、欲しいものはどうしても手に入れないと気が済まない性格ですのよ。その代わりに……」
そう言うと真莉亜は胸元のポケットから、一枚の写真を撮り出した。
「えっ……そ、それ、婚約者さんの写真じゃ……」
「元、ですわ。わたくし、もう貴方以外の男性は愛せません。ですから、この方とのお付き合いも、今日限りですわ」
微笑みながら真莉亜は、写真を二つに破り捨てた。
そして拓夢を見てニッコリと笑う。
どうやら拓夢が思っていたよりも、ずっと強い女性のようだった。
「拓夢さま……いずれ、わたくしの家に来てくださいませんか? お父さまとお母さまにも、拓夢さまのことを紹介しとうございますわ。新しい婚約者として」
「ええ、それはいいですけど……って、今何て言いました!? 新しい婚約者!?」
「うふふっ♪ 約束ですわよ♡」
頭をぐしゃぐしゃとかき分けながら叫ぶ拓夢を、イタズラっぽく笑う真莉亜。こうして、拓夢と真莉亜との対決は、終わりを告げたのだった。
しかし、また新たな戦いが勃発してしまった。その戦いは、今までのどんな戦いよりも大変なものだと、拓夢は身を持って知るのだった。




