㉑想い、ついにぶつけて
次に真莉亜が目を覚ました時、最初に目に映ったのは、保健室の天井であった。
「真莉亜さん……大丈夫ですか?」
「拓夢さま……」
そう言うと、真莉亜はベッドの上から、視線だけを拓夢に向けた。保険医に寄ると、軽い頭部打撲らしい。小さめのたんこぶが出来てはいるが、1~2週間で腫れも引くレベルだそうだ。
「頭痛くないですか? 先生に行って、何か冷やすものでも持ってきましょうか?」
「……いいえ。わたくしは、平気ですわ」
「そうですか」
だったら、飲み物でも用意した方がいいかな?
それとも、軽く何か食べるものでも……。
考え込んでる間に、真莉亜は布団から顔を出してくる。
平気だとは言うが、顔がボーッとしている。
「すみません……ケガさせちゃって」
拓夢は頭を下げた。自分があんな勝負を受けなければ、真莉亜がケガをすることもなかったのだ。そう考えると、どうしても申し訳ない気持ちになってくる。
しかし、真莉亜はきょとんとしながら、
「どうして、拓夢さまが謝るんですの?」
「だって、危険な勝負を受けてしまった以上、僕にも責任があります。幸い、大したケガじゃありませんでしたけど……もしかしたら、重傷につながっていたかもしれない。そう考えると……」
「心配してくださるのは嬉しいのですけれども、わたくしから持ち掛けた勝負ですのよ? いわば自業自得ですわ」
「でも……」
「それに」
真莉亜は、拓夢の言葉を遮って言った。
アーチェリー対決で敗北して以来、無性に拓夢のことが気になっていたこと。
婚約者との結婚が、急に嫌になったこと。
婚約破棄をすると家に迷惑をかけると、一人悩んでいたこと。
「ですから、謝るのはわたくしの方です。わたくしの都合で、拓夢さまに大分無理をさせてしまいました」
ベッドから起き上がると真莉亜は、申し訳なさそうに頭を下げた。
そして、顔を上げると、
「拓夢さま。約束を、覚えていらっしゃいますか?」
「はい。僕が勝ったら、真莉亜さんと婚約するって約束ですよね」
「……わ、わたくし。約束は守りますわ。有栖川の子女として、一度果たした約束をたがえることなど、死んでもしません」
頬を赤らめながら主張する真莉亜。しかし拓夢は、真莉亜の責任感に同情していた。
「いえ、そんなこと気にしなくていいですよ。真莉亜さんも、つい興奮して言ってしまったようですし。僕もこんなことで、真莉亜さんを自分のものにしようだなんて、思っていません」
笑って励まそうとする拓夢だったが、反対に真莉亜は顔をしかめた。
「こんな……こと?」
「でも、婚約自体は破棄した方がいいですよ。真莉亜さんに、あんな人はふさわしくないですし。何でしたら、真莉亜さんに良い人が見つかるように、僕も精一杯サポートしますよ」
「わたくしの結婚を……サポート……」
「そうです。真莉亜さんは僕の大事な『お友だち』ですからね。僕に出来ることなら、何でもお手伝いしますよ」
「……で、くださいっ」
真莉亜は小さく呟きを漏らしながら、ぎゅっと布団を握りしめた。
「はい? 何か言いました?」
「――どうして、分かってくださらないのですか!!」
真莉亜は顔を上げて叫んだ。瞳を赤くし、整った顔をゆがめながら。
「わたくし、本当は貴方のことを諦めるつもりでいたんです! 勝負に勝てば、吹っ切ることが出来るだろうと! 想いを断ち切ることが出来るだろうと! でも、出来なかった……! わたくしには、出来なかったんです……っ!」
「真莉亜……さん?」
手を伸ばしかけて、拓夢は気づいた。
彼女が握りしめていた布団が、震えていたことを。そしてシーツの上に、ポタポタと水滴が落ちていたことを。
拓夢が息を呑んでいると、真莉亜は赤い顔を向け、
「……わたくし、貴方のことが好きなんです!!」
大粒の涙を流しながら、そう叫ぶのだった。




