⑭真莉亜の決意!
そして放課後。聖ジュリアンヌ女学院が誇るターフに、拓夢と桜は集まっていた。
馬場と呼ばれる芝コースには、馬柵、厩舎、そして辺りには木々が生い茂っていて、乗馬クラブというよりは、一つの大きな牧場といった方が正しいくらいだ。
「これは一体どういうことですか……?」
芝生を踏みしめる桜に、拓夢は話しかけた。
「んー? なにがぁ?」
桜はそう尋ね返しながら、屈みながらフカフカの草を触って、その触感を楽しんでいた。
「いや……。正直に言うと、何でこんな所に呼び出されたのか。サッパリ分からないんですけど」
「大丈夫だよ。拓夢くんの為になることだから♪」
桜は何だか楽しそうな口ぶりで、ちぎった草をフーッと飛ばして遊んでいる。反対に拓夢は、非常に不安な気持ちに駆られていた。
しかしこれ以上桜に尋ねても、返ってくるものは何もないだろう。
桜の言うとおり、話は真莉亜とつけるしかないのだ。
「でも、せめて何をするのかだけでも、教えてくれませんか?」
「いや~~ッ」
「いや、『いや~~ッ』じゃなくて。少しくらい、いいじゃないですか」
「だってぇ……もう真莉亜ちゃん、来ちゃったもん!」
「え、本当ですか!?」
拓夢は、桜が見ている方向に視線を向けた。
「うん。真莉亜ちゃんを見てれば、何をするのか分かるよ♪」
桜は「来た来た」とばかりに、頬を緩ませながら言った。
桜の言う通り、拓夢は一見で全てを理解した。
いつもの通り、取り巻きを数十人ほど引き連れてきた真莉亜は、決意に満ち溢れた表情をしていたのだから。
そして――
「お待たせいたしましたわ。拓夢さま」
拓夢の視線の先には、厩舎から出てくる真莉亜の姿があった。
豊満なバストを濃紺のジャケットに包み、ほっそりとした胴体に白のキュロットスカートを被せ、キュッと引き締まった足に黒革のロングブーツをはき、脇にはヘルメットを抱えている。
例によって、真莉亜を崇拝するクラスの取り巻き達を引き連れているが、どうやら様子がおかしい。周りの取り巻き達も、本人も、あまりに真剣な顔をしているからだ。
いったい何が彼女をあそこまで追い詰めているのか……。
自分がその原因だとしたら申し訳ないと、複雑な心境になる拓夢であった。
「拓夢くん、手でも振ってあげたら?」
「いやでも、すごく真剣な顔してるし……」
聞いたところでは、真莉亜の家は古くから続く大地主の家系で、何人もの政治家や大物議員を輩出し、近隣一体に多大なる貢献を働いたことから、郷土史には必ずといっていいほど登場する名門なのだという。その跡取りが真莉亜なのだ。
そんな人物が思いつめた表情をして歩いてくるのだ。こちらも緊張しようというものだが……。
しかし、自分と真莉亜は同じサークルに通う、友達なのだ。拓夢は意を決した。
「……分かりました。僕、真莉亜さんと話してきます」
「はーい! がんばって~~ッ、ガツーンといっちゃって~~~~ッ!!」
桜が無責任にはやし立てる。
他人事だと思って……と思いつつ、拓夢は真っすぐ一直線に、真莉亜のもとへ歩いて行った。
「あの、真莉亜さ……「拓夢さまっ!!」」
真莉亜が、拓夢の言葉を遮った。
「は、はい」
拓夢が返事をすると、再び真莉亜は口を開いた。
「桜さんから、お話はお聞きしましたわ! わたくしと仲良くしたいと……つまり、懇意な関係になりたいと!」
「いや、はい?」
拓夢が聞き返すが、かまわず真莉亜は続けた。
「そして、わたくしと勝負をしたいと。種目はわたくしに任せる……その代わり、わたくしが負けた暁には、拓夢さまと親密になるよう努力する。そういう約束でしたわね!!」
真莉亜は大きな声でまくし立てた。もちろん拓夢には、何を言っているのかよく分からない。
「ちょ、ちょっと真莉亜さん! 何を言ってるんですか! ……って」
ふと思い出す。昨日桜に、真莉亜との仲を取り持つよう頼んだことを。
拓夢は、チラッと桜の方を見た。
桜は拓夢と目が合うと、両手を顔の前でグッと握り、「頑張って!」的なポーズを取った。
「ええ、何それ!?」
意味不明な行動を取る桜はさておき、真莉亜は一人で話を進めてしまう。
「もちろん、勝負自体はお受けいたします。有栖川家の娘として、挑まれた勝負にはお受けしなければなりません。そして、」
そこで真莉亜は、目を伏せて一端言葉を打ち切った。一体何を言おうとしているのか。拓夢と桜が、固唾を飲んで見送っていた、その時。
――真莉亜は、口を開いた。
「わたくし、決めましたわ! そんなにわたくしが欲しければ、わたくしに勝ってください! そうすれば、わたくしは貴方と婚約いたしますわ!!」
「「…………!!」」
拓夢と桜は、無言で顔を見合わせた。驚きのあまり、言葉も出なかったのだ。
ところが、二人の驚愕はこれだけでは終わらなかったのである。




