⑬真莉亜、拓夢との決着に向けて
お上品な教室の真ん中で、真莉亜はポツンと椅子に座っていた。
拓夢は一日一回各教室を転々とするが、今日は真莉亜のクラスにはこなかった。正直、真莉亜はホッとしていた。今は、拓夢の顔を見るのが辛いから……。
「でも、だからといって、ずっとこのままにはしておけませんわ……」
誰にも聞こえないように呟く。今のままでいてほしい。今のままではいけない。相反する想いだ。有栖川の家に生まれ、今日まで優しく育ててくれた母。厳しくも暖かく、いつも見守ってくれた父。
――わたくし、結婚いたしますわ! だって、お父さまとお母さまが決めた方ですもの!
迷いなく答え、そして貫くと決めた決意が、こうまでグラグラと揺らいでしまっている自分に恐怖すら覚える。
だから、こう呟くのだ。わたくしは、有栖川真莉亜なのだと。自分のワガママのために家に迷惑をかけることなど、到底許されない。
けれど……自分に築けるのだろうか。愛してもいない婚約者と、幸せな家庭を。愛しい我が子を。
父と母にはそれが出来た。許嫁だった両親は、何の障害もなく幸せに結婚し、自分を生んだ。
それと同じことが、自分には出来るのだろうか……。
「わたくしは……」
その美貌には似合わないため息を一つつく。
何不自由ない豪華な環境の中ここまで育ててくれた両親のことを考えたら、ワガママなど言えるわけがない……。もちろん、両親は自分のことを心底大事に思ってくれている。だからこそ、その両親に迷惑はかけられない。そのジレンマの繰り返しだ。
「……はあ」
「どうしたの、真莉亜ちゃん?」
真莉亜が顔を上げると、目の前には桜が立っていた。真莉亜は驚いた。学年は同じとはいえ、桜とは教室が違うのだ。その桜が、自分の教室にいる。
「ご、ご機嫌うるわしゅう存じますわ。桜さん。それで、どうしたといいますのは?」
「来てみたら、ため息ばっかりついてるからだよぉ。なんだか元気ないみたいだけど、どうかしたの?」
「……それは」
流石に、今考えていることは口に出来ない。
いくら桜が自分と同じ四天使で、庶民同好会の一人だとしても。桜は愛しいあの人を狙うライバルなのだ。真莉亜は無理に笑顔を作ると、首を横に振った。
「……なんでもありませんわ」
「そっかッ。わたしの勘違いだったみたいだね!」
曇っていた顔を、パアッと明るくさせる桜。それが真莉亜を気遣ってのことなのか、それとも本当に納得してくれたのか。天然の彼女のことだから分かりづらいが。
「……それで? わたくしに一体、何の用事ですの?」
話を変えたくて尋ねる。桜は大きな目をパチクリと見開いて、
「あっ、忘れてたああああああぁぁぁぁああああ~ッッ!」
桜らしい、大きな声でビックリしたリアクションを取ると、
「放課後、悪いんだけど付き合ってくれない?」
「わたくしと……?」
「うんッ! 拓夢くんが、真莉亜ちゃんに大事なお話があるんだってッ!」
「拓夢さまが……」
「うん……あのね……?」
と、桜は拓夢からの『話』とやらを、真莉亜に耳打ちした。
「なるほど……そういう、ことでしたか」
桜の話を聞いた真莉亜は、桜に負けないくらい内心で大きく驚いていた。しかし、そんな動揺を悟られないように、両手を顎の下に置きながら、冷静に言った。
「いいですわ。お付き合いいたしましょう……」
「えっ、いいの?」
「ええ。こちらとしても、拓夢さまには大事なお話がありますから」
覚悟を決めたように目を細め、真剣な表情で呟く。
「やったー! じゃあ、拓夢くんに話してくるねー?」
桜が目を輝かせながら尋ねてくる。
「え、ええ……よろしくお願いいたします」
真莉亜は何かをためらっているかのように、言葉を詰まらせながら答えた。
「~~ッ♪」
真莉亜の心境を知ってか知らずか桜は、嬉しそうに鼻歌を歌いながら教室を出るのであった。




