⑩ミッションインポッシブル
一方その頃。月雨ノエルの後を追っていた聖薇だったが。
お相手の車は超高級車。一方、こちらは古びたタクシー。
しかし、信号待ちがいくつも重なるなどの幸運もあって、何とか無事に追跡を終えることが出来た。
中年のタクシードライバーから「頑張れよ!」「応援してるからな!」と激励を受け、思わず聖薇も「大丈夫です! 必ず、お兄ちゃんを連れ戻してみせます!」と豪語したのだが。
そんな決意が脆くも崩れ去ってしまいそうなほど、その建物は大きかった――
「なに……これ?」
巨大な建造物を見上げながら、聖薇はポツリと呟いた。
タクシードライバーに大枚を握らせ追跡したタクシーは、どんどんお金持ちが住む高級エリアへと入り、たどり着いたのがここ、「聖ジュリアンヌ女学院」だった。
スマホで調べてみると、かなり有名なお嬢様学校で、卒業生からは議員や大手企業の跡取りを多数輩出しているらしい。
ようするに、超大金持ちのお嬢様方が通う、超エリート名門校がこの学校なのだ。
別に、ノエルがこの学園にいること自体に不思議はない。見るからにお嬢様ぽかったし、自分と大して歳は違わないように見えた。おそらく、ここの生徒なのだろう。
でも、お兄ちゃんがこんなお嬢様学校と、何の関係があるってのよ!
聖薇は、校門に向かって叫び出したい気分に駆られたが。
「どう考えても無理よね……」
高い外壁と堀、どこまでも続く面積の広さが、この学園のセキュリティーの高さを物語っている。
しかしどうだろう、忍び込むだけなら可能ではないのか?
答えは「No」だ。まず、門の周りには防犯カメラやインターホン、さらには赤外線探知システムまで配備されている。
それだけではない。校門の周囲には何人ものメイドが見張りをしつつ、インカムで連絡を取り合っている。忍び込む前に捕らえられるのがオチだろう。
決め手は、ICカードだ。先ほどから帰宅する学生を何人か見てわかった。みんな校門前の登校管理システムに、ICチップが埋め込まれた学生証をかざしている。つまり、正面突破も不可能だということだ。
二重三重に張り巡らされたセキュリティーをどうやってかいくぐるかを、聖薇が一生懸命考えていた時、
「ヤバ……近づきすぎた。もう少し、距離を取らないと」
電柱の陰から身を乗り出していたことに気がつく。自分が着てるのは普通のセーラー服だし、中学生はこの時間まだHRを終えていない……明らかに、今の自分は不審人物だ。
「――そこのあなた。一体何をされてらっしゃるのですか?」
体を引っ込める前に、警備をしていたメイドから話しかけられてしまった。
声をかけられビクリと肩を震わす前に、可愛らしい声で「おはようございますー♪」と挨拶をしてみる。
するとメイドの方も「はい、お早うございます」と頭を下げ挨拶を交わしてくれた。
……やり過ごせたか? そう聖薇が思ったのもつかの間だった。
そのメイドは目を細め、どんな嘘でも見破ってやろうと鋭い視線を聖薇に投げかけていたからだった。
しかし、聖薇とてここまで来てボロを出すわけにはいかなかった。
「お嬢さん。その制服は確か、零涼中学のものですよね? しかも、その中学校は、今はまだ下校時刻ではないはず。そんな方が、聖ジュリアンヌ女学院の前で、何をしてらしたのですか?」
「……えっとぉ~。あたしぃ、お友だちと放課後遊ぶ約束をしてて~。つい待ちきれなくなって、学校を抜け出してきたんですぅ~♪」
「……はい?」
明らかに疑いの眼差しを向けるメイドに「きゃはっ♪」と可愛らしく無害アピールをしていると、メイドはすぐさまエプロンのポケットから無線を取り出し、仲間に応援を要請しようと――
「ちょ、ちょっと待って! 何する気? あたし、何もしてないじゃん!」
警察を呼ばれでもしたらかなわないと、聖薇は慌てて叫ぶ。
自分のことがノエルに知られれば、おそらく彼女は拓夢に関する情報を隠蔽しようとするだろう。そうなっては、ここまで来た苦労が全て水の泡だ。
「申し訳ありませんが、規則ですので。今零涼中学に連絡して、あなたの登校記録および、ご両親に確認を取らせていただきます」
まずい。仕事モードに突入したメイドを前に、聖薇は冷や汗を垂らした。
学校に連絡を取られれば、今日聖薇が学校をサボッていたことは分かるだろう。となれば、この学園の友だちと遊ぶ約束自体がバレる。
こうなったら逃げるか? いや、他にも警備のメイドがいる中、逃げおおせるとは思えない。それに、防犯カメラに自分の顔が映っているのだ。ここで問題を起こしたら、映像を照合されて身元は簡単に割れてしまうだろう。一体、どうしたら――?
「あら? 沙織ちゃん。一体、何をしてらっしゃるのですか?」
聖薇とメイドが言い合っている所に、一人の女子生徒が現れた。制服からして、帰宅途中の聖ジュリの生徒だろう。金髪のツインテール。小柄な体格といい、自分と似ているな、と聖薇は思った。唯一違うところは、少女は大人しそうな顔をしている所と、度の高そうなメガネをしているところか。
「え? あ、あたし、沙織じゃ……」
「姫野小路様。この方とはお知り合いなのですか?」
「はい! わたくしのとっても大事なお友だちですわ!」
「……へ?」
一体何が起こっているのか、姫野小路と呼ばれた少女は、自分のことを「沙織ちゃん」などと呼び、親しげな微笑みを向けてきたではないか。
「本当ですか? 姫野小路様。ひょっとして、こちらの方を庇っておられるのでは……」
「いいえ、違いますわ! わたくし、今日は本当に沙織ちゃんと遊びにいく約束をしておりました! そうですわね!? 沙織ちゃん!」
「う……うん! そうよ! やだなー遅いって姫ちん~~!!」
聖薇は、ヤケクソ気味に話を合わせた。どうやらこの姫野小路という生徒は、自分とメイドのやり取りを全て聞いていたようだ。だったら、姫野小路の言う通りにしていればいい。
「かしこまりました。沙織さま。疑ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
メイドが深々と頭を下げてくるが、これ以上猿芝居を続けていてもボロが出てしまいそうなので、聖薇は急いで踵を返す。
「じゃ、じゃあ……姫ちん! 早くいこ! どこでもいいから、どっか行こ!」
「ええ! それでは、わたくしの行きつけのカフェテリアにでも、まいりましょうか?」
「い、いいわね! オホホ!」
仲良く腕を絡めてくる姫野小路と一緒になって、聖薇も精一杯お嬢様らしく振る舞いながら、その場を立ち去るのであった。




