⑧割れた茶碗はおいくら万円?
「きゃああああああああああああ!」
そんな耳をつんざくような悲鳴が起きた生徒会室には、割れたお盆と茶碗、そして、床一面が水浸しになるという、悲惨な状況になっていた。
「う、うう……」
事故を起こした張本人であるミカは、涙を流しながら床に這いつくばっていた。制服はびっしょりとお茶で濡れている。一番至近距離にいたのは彼女なので、当然と言えば当然だが。
「だ、大丈夫ですか!? 進藤さん!」
時が止まってしまったかのようにシーンと静まる室内で、ただ一人大声を発したのは、拓夢だった。まず拓夢は彼女を立たせると、持っていたハンカチで顔を拭いてあげた。もちろん、びしょ濡れのミカにとっては、焼け石に水程度の効果だが。
「熱かったですよね。ケガとかはしてないですか?」
「ひっく……はい……」
そう、拓夢が行ったのは、ミカの安否の確認だ。精神的にも肉体的にも、彼女は今傷ついているはずだ。ならばまず、その緊張を解すことが大事だと判断したのだ。
「すみません! 進藤さんを、洗面所まで連れて行ってもらえませんか? それと、替えの制服とかは!?」
拓夢が後ろを振り返って確認した。百合江と静香が動く。
「ミカさん。着替えを手伝います。一緒に行きましょう」
「ボクは、替えの制服を用意してくるよ。濡れた制服も洗濯しないとね」
素早く行動に移る二人を見て、拓夢はコクリと頷いた。
「では僕は、床を掃除しておきますね。割れた茶碗とかも、片付けなきゃいけないし」
すると、百合江はフルフルと首を振って、
「そ、それはダメですっ! 生徒会で起こしたミスなのに、お客である城岡さんにお掃除なんてさせるわけには……」
「でも、壊れた茶碗をこのままにしておくのは、危ないですよね? 床も滑るし」
「そ、それはそうですけど……」
「だったらやらせてください」
拓夢は安心してください、というように、ニッコリと笑って言った。その笑顔を見て、観念したように百合江は、
「分かりました……。それでは皆さん、それぞれ作業に入りましょう!」
と、号令をかけるのであった……。
「いやー、大変な騒ぎだったね」
綺麗サッパリ片付いた床を見下ろしながら、静香は快活にそう言った。
そんな静香に、拓夢は声をかける。
「進藤さん、大丈夫でしたか?」
「……幸い、ケガはなかったよ。火傷の心配もない。ただ、本人は相当落ち込んでたみたいだけどね」
静香は拓夢に受け答えしながら、意味深な笑みを百合江に向ける。
「それにしても。庶民特待生クンは、生徒会長サマの言ってた通りの人だったね♪」
「な、ん、の、話ですかっ!」
話を振られた百合江は、キッと怒りの表情で静香を睨みつけた。静香はそんな百合江の視線をかいさず、満面の笑みを向けた。
「言葉のとおりさ。百合江の言っていたとおり、城岡クンは素晴らしい男性だなって」
「言 っ て ま せ ん っ !!」
「でも、事実そう思うよ? そんなに城岡クンを毛嫌いしてるなら、ボクがもらっちゃおっかなー? これでも、結構マジなんだよ?」
「~~~~っ!!」
真っすぐな静香に、百合江は言葉につまる。拓夢としては困ってしまう。静香が自分と付き合いたいというのは、単なるからかいだとしても。百合江が自分との疑惑で迷惑しているのだとしたら、申し訳ない気持ちになる。
拓夢がそう考えていると、百合江は部屋を飛び出してしまった。
「私、知りませんっ!!」
語気荒く言い切ると、サラサラのロングストレートを波打たせて、百合江はくるりと前を向く。そして珍しく足音を響かせながら、生徒会室を飛び出てしまう。
百合江のこんな子供っぽい反応を見るのは、初めてのことだった。普段は高校生とは思えないほどの大人びているので、ちょっと新鮮だ。
「うーん。ちょっとやり過ぎたかな」
明るい声で肩をすくめる静香だったが、その顔には「まいったな」と書かれていた。おそらく、後で百合江から相当愚痴を言われるに違いない。
二人っきりになった拓夢は、先ほどから気になっていたことを、静香に尋ねてみることにした。
「……あの、弥生さん。一つ、聞いてもいいですか?」
「静香でいいよ。なんだい?」
「じゃあ、静香さん。進藤さんが割ってしまった茶碗ですけど……相当高そうでしたが、いくらくらいするんですか?」
「ああ、そのことか」
静香はなーんだ、といった風に頷いた。その様子から、案外そこまで高級品じゃないのかもしれない。拓夢がそう思っていると……。
「あれは著名な陶芸家に、無理を言って作ってもらった至高の天目でね。正直言うと、値段とかそういうものじゃないんだよ」
「な……」
「茶葉も、静岡産ふじやの最高級品を使っているからね。それを含めると、どれだけ安くても……おそらく一千万は下らないんじゃないかなぁ」
「いっ……いっせんまんえんんんんんんんんんんんんっ!?」
静香の言葉に、拓夢は今日一番の叫び声を上げた。そんなティーセットをポン、と買える生徒会の予算も凄いが、そんな高級品が割れてしまったというのに、アッサリと許せる百合江や静香の度量も凄い。感心すると同時に、底知れぬ生徒会の威信に、恐怖する拓夢であった。
 




