⑥初めての生徒会室
生徒会室に入るという経験は、拓夢にとって初めてのものだった。
綺麗に整頓された事務室といった感じの部屋で、無駄な物はあまりなかった。会議用の長机、パイプ椅子、ホワイトボードなど。意外なところではタンスにお菓子やら飲み物などが置かれていることか。それからちょっと驚いたことといえば、本棚にきちんと整理された書類やファイルの間に、漫画の本が数冊置いてあったことだ。生徒会とはいえ、そこまでお堅いわけではないらしい。
生徒が使う部屋だというのに、拓夢には理解不能な設備がいくつかある。
たとえばトイレやシャワールームだったり、簡単な給湯室までついていたりする。あとは金庫室というものがあるらしいが、それにいたってはカギがかけてあって、役員でも滅多に入れないらしい。
そんなことを初めて知った拓夢の目の前には、総勢四名の生徒会役員がいた。
「は、初めまして。城岡拓夢です」
女子を相手に緊張するのはいつものことだが、生徒会を相手にするのは独特の緊張感がある。
「そうか。君があの……庶民特待生か」
全員を代表するように、窓のあたりに立っている貫禄のある少女が口を開いた。黒髪のロングヘア―をポニーテールにした、利発で勝気そうな女子だ。
リボンの色から察するに、百合江と同じ三年生らしい。
「そ、そうです。といっても、そんなに大した人間じゃないですけど」
「それはどうかな? 百合江から数々の武勇伝を聞いているんだけどね?」
どんな武勇伝なんだか。拓夢は苦笑いした。どうやら、噂に尾びれ背ビレがついているらしい。
拓夢が苦笑していると、少女は笑って口を開いた。
「これは申し遅れたな。ボクは、生徒会副会長の、弥生静香だ。キミの噂は、百合江から色々と聞かされているよ」
ね? と静香は百合江にウインクをした。
視線をぶつけられた百合江は、真っ赤な顔をして俯いている。こんな百合江を見るのは初めてだ。
「それから、メンバーを紹介しよう。といっても、この四人だけなんだけどね……」
寂しそうに言う静香に、拓夢はハッとなる。
そうか、人手不足だから会長である百合江が、プリント運びなどという雑務をこなしていたのか。
納得する拓夢の前に、ツインテールの女の子が話しかけてきた。
「あたし、一年生で会計の進藤ミカっていいます♪ もともとは合唱部だったんですけど、会長さんに引き抜かれてここに来ました!」
「へぇ……そうなんですか」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる小さな妹という感じのミカだが、反比例して元気はいっぱいだ。元合唱部ということもあってか、やたらに声が響いた。
「ふええええ! やっぱり、生で見る庶民さんってカッコいいいいぃぃぃ~~♪ ねね、先輩って彼女さんとかいるんですか? あたし、立候補してもいいですか!?」
「え、こ、困ります! 僕……そういうのは……」
拓夢がうろたえると、ミカはくすくす笑って「冗談ですよ~♪ 」とおどけた。天真爛漫なイメージと違って、案外小悪魔系らしい。
「あたしと違って水月ちゃんは、純粋に生徒会に憧れて入部したんだよね~♪」
「ゴホ、ゴホ! ……ええ、そうね」
ミカに聞かれて答えるのは、マスクをした前髪の長い黒髪ロングヘア―の女子だったが、拓夢としては彼女より彼女がした咳の方が気になっていた。
見た目もスリムで色白く、どことなく病弱そうな子だ。
ミカがとにかく元気いっぱいな犬だとしたら、この子は人見知りな猫といったところか。
「私は、ミカと同じく一年会計の賀谷水月といいます。どうぞ、よろしくお願いします……ゴホ、ゴホ!」
「ああ、はい、こちらこそ……って、咳大丈夫ですか?」
「ゴホ! ゴホ! ……大丈夫です」
全く大丈夫じゃなさそうなしゃがれ声で、水月が答える。
「以上が、生徒会のメンバーだ。四人しかいなくて、ビックリしただろう? 実は、先月二年の書記の子が辞めてしまってね」
「そうだったんですか……」
笑いかける静香に、拓夢は神妙な顔で頷いた。
しかも、生徒会長である百合江は、同時に庶民同好会の部員でもあるし、書記がいない。二分の一が一年生。内一人は風邪気味。それが、今の生徒会の現状なのだ。
「冷条院さん。それなら、言ってくれればよかったのに」
「……関係ない人を巻き込むわけにはいきません」
「どうしてですかあ! 城岡先輩が協力してくれるなら、百人力じゃないですか!」
「ミカ、無理を言うな」
無闇に大声でミカが叫ぶのを、静香がまあまあ、と冷静に止める。
その間に、黙って様子を見ていた水月が口を開く。
「ゴホ……ミカは合唱部から移ってきたから、こだわりはないんだろうけど。私としましては、部外者に軽い気持ちで手伝われても、ちょっとなって気はします」
正論だ。拓夢は水月の責任感に感服した。
……学生の集まりだからと半分甘く見てはいたが、この子たちにとって、生徒会とは一種の「仕事」なのだ。
安心した拓夢は、百合江に向かって言った。
「分かりました。確かに、僕が手伝ってもかえって足手まといになりそうだし……。もし猫の手でも借りたくなったら、遠慮なく言ってください」
そう言って扉まで向かおうとするが、
「ちょっと待ちたまえ。キミは、百合江を手伝ってわざわざ書類を届けてくれたのだろう? そんな大事な客人を、おもてなしもせずに帰すことなど、ボク達生徒会には出来ないよ」
「そーですよー! あたしが、とっても美味しいお茶を入れてきますからねー♪」
「……それに、庶民のお話も……ゴホ、ゴホ! 聞かせてもらいたいですし……」
静香、ミカ、水月と。三人はコンビネーションばっちりに拓夢を引き留めてきた。
これは……もしかして?
拓夢が視線を向けると、その意味に気づいたのか、百合江は恥ずかしそうに頷いた。
どうやらミーハーな女の子たちは、拓夢と百合江の関係にご執心らしい。
拓夢は観念して頷いた。
「分かりました……ただ、この後庶民同好会もあるので、手短にお願いしますね」




