④からかい上手のノエルさん
聖ジュリアンヌ女学院理事長、神薙夢子から理事長室に来るように伝えられたのは、放課後になってのことだった。
もちろん拓夢は、すぐに夢子の元へと向かう。
五階建ての校舎の、一番上の一番奥の部屋。それが理事長室だ。
「いらっしゃい、拓夢君」
室内に入ると、夢子が持っていた書類を置いて手を振ってくれた。
赤色のソバージュロングヘア―は、いつ見ても手入れが行き届いていて、雑誌のモデルといっても遜色ないほどだった。
同時に、世界中の男を魅了するであろう端正な顔立ち、大抵の服では包み込めないほどの巨乳を宿した絶世の美女こそが、聖ジュリアンヌ女学院を統括する理事長、神薙夢子なのだ。
テーブルについて、適当にお菓子やら紅茶らを準備すると、夢子はさっそく口を開いた。
「どう? この学園には、もう慣れた?」
「正直に言うと、まだ少し不安があります」
「不安……どんな?」
「えっと……庶民同好会の方たちとは大分仲良くなれたんですけど、それ以外の方とは、あんまり……」
拓夢がそう言うと、夢子は「やっぱりね……」と呟き、背もたれに体を預けた。
「こんなことを言うのは失礼かもしれないけど……そのことは、私も気にかけていたのよ。その……拓夢君はあまり、社交的な性格ではないでしょう?」
夢子の質問に、拓夢は「はい」と頷いた。
それは生まれついての性格でもあるし、幼いころ義両親に虐待されたという経緯からでもある。
「だから、私考えたの……。今度、『庶民特待生☆スペシャルトークショー』を開催できないかって」
「スペシャル……なんです?」
拓夢がきょとんと聞き返すと、夢子は真面目に口を開いた。
「講堂を貸し切って、拓夢君をメインとした、簡単な座談会を開きたいの。全生徒対象でね。もちろん、拒否権もあるけど」
「ああ……」
拓夢は納得したように頷いた。夢子の意図が見えてきたからだ。
確かに今のままでは、拓夢は特定の生徒としか仲良くせず、その他の生徒とは距離を置いてしまうだろう。
「女子生徒一人一人に舞台に上がってもらって、拓夢君と五分ほどの時間お喋りをしてもらうわ。手っ取り早く打ち解けるには、自己紹介が一番だものね」
でしょ? と夢子は優しげな視線を送ってきた。包み込むような、慈しむような、聖母の笑顔だった。
「全生徒ともなると、一日では足りないわ。一週間ほどかけて、三学年でサイクルを回していきたいと思うの。参加人数にもよるけど」
まあ、拓夢君ぐらい可愛い子になれば、女子は全員こぞって参加すると思うけどね~♪ と夢子は、イタズラっぽい笑みを浮かべ、そして拓夢の顔をまじまじと見つめた。
「それで……どう? 拓夢君、承諾してくれる?」
拓夢は、すぐには答えず考えた。
本音を言うなら、ためらわれる。女性アレルギーがあるためだ。
しかしこのままでは、どうしてもサークル内だけの付き合いになってしまうし、そうなっては他の生徒たちから不満の声が上がるだろう。
結局、拓夢自らスキンシップを取るしか、解決の道はないのだ。
大丈夫。今の自分には自信がある。転入式早々に気絶した、あの時とはもう違うのだ。
そう決意すると、拓夢は口を開いた。
「分かりました……引き受けます」
「ハラショー!」
夢子は大声を上げて、椅子から立ち上がった。
その瞬間、スーツの谷間に埋もれた巨乳がブルンと震え、拓夢は目を丸くした。
「やあね。そんなに見ないでちょうだい。若い子に見られるのは、恥ずかしいわ」
「ご、ごめんなさいっ」
クスクス笑う夢子に、拓夢は必死に謝った。
「でも……出来れば控えてください。露出度の高い服とかは、特に……」
「私、もうおばさんよ? それなのに、女性アレルギーってそんなに反応するものなのかしら?」
あなたは普通のおばさんではありません……そう言いかけて、拓夢は口をつぐんだ。人は自分を卑下する生き物だとよく言うが、この神薙夢子という人物は、自分の魅力にとことん気づいていないのだ。
「でも、よかった。こんなところ、ノエルさんに見られたら何て言われるか……」
「私がなんですか?」
「うわあっ!?」
声がしたので振り返ってみると、扉の前で両手を下げて組んでいるノエルがいた。いったい、いつの間に来てたのやら。
不愛想な顔をして立っているこの女子こそが、拓夢の専属メイド、月雨ノエルである。
ポニーテールにしたサラサラな白銀のロングヘア―と、神のイタズラと見まがうほどに整った美貌を併せ持つが、この通りいつもしかめっ面をしている。
そんなノエルは、超至近距離で、全力に無表情な顔を拓夢に近づけて言った。
「なんですか。そのお化けでも見たようなリアクションは。普通に不愉快なんですけど」
「す、すみません……。ていうか、ノエルさんいつの間に来たんですか?」
「私は幼い頃からの訓練によって、気配を殺す術を数百種類身につけているのです。おかげで、こうして貴方の無様に驚く顔が見れました……ククク」
「ものすごい嫌な特技ですね……。ていうか、メイドならノックぐらいしてください」
「相応のサービスがほしいなら、チップでもいただきましょうか」
「ないですよ、そんなの」
「ないのですか? 海外のホテルの使用人には、チップを払う風習があるというのに」
「ここは日本です!」
「チッ」
「舌打ちしたよ! 今この人絶対舌打ちしたよ!」
拓夢は思わずツッコんだ。
ノエルも、ノリノリでやっている節がある。
「仲良くお喋りしてるところ悪いんだけれども」
コホン、と咳ばらいをしながら、夢子は割って入った。掛け合いをしていた拓夢とノエルは、ハッと夢子の方を向く。
「この間言っていた拓夢君の家、何とか完成のめどが立ったわよ」
「本当ですか?」
夢子が言っているのは、学生寮という触れ込みの、拓夢専用の豪邸のことだ。感染症による人手不足で、長らく完成が遅れていたらしい。
「ああ。拓夢様には勿体ないくらいの邸宅のことですか」
ノエルが失礼な口を挟んでくる。
「すごい出来よ。完成予想図を見たけど、ほんとに全生徒が住めるくらい」
「で、その豪邸にこの朴念仁が住むと」
夢子の説明すると、ノエルがジト目で拓夢を睨んできた。どんどんノエルの中で扱いが雑になっているのは、拓夢の気のせいではないだろう。
「勿体ないっていうか……実感が沸かないんです。自分でも、自分にそんな価値があるだなんて思わないし」
「拓夢君……」
夢子は、悲しげに目を細めた。
「それに、皆さんには色々とご迷惑をお掛けしていて……。こんな僕が立派なお屋敷に住むだなんて、ありえないですよね」
「あ、いえ……」
言い過ぎたと思ったのか、ノエルが気まずそうに口をつぐんだ。
やはり口は悪いが、ノエルはいい人だ。
普通に考えたら、ノエルのように有能なメイドに住む家を与える方が有意義だろう。
「拓夢君……気を落とさないで。自分の価値なんかに、こだわっちゃダメ。あなたはあなたなんだから」
「夢子さん……ありがとうございます」
拓夢は微笑んだ。不思議と、夢子に慰められると力が沸いてくる。
「拓夢様。先ほどは言い過ぎました……。真に申し訳ありません」
そう言って、ノエルが深々と頭を下げてくる。
「そんな……。ノエルさん、頭を上げてください」
「そうですか? じゃあ、遠慮なく」
「切り替えはや!?」
速攻で顔を上げたノエルを、突っ込む拓夢に、オホホと笑う夢子。なんだかんだで、聖ジュリのみんなは良い人たちばかりだ。いろいろと深く考えてしまったがトークショーとやらも、案外こうして楽しめるかもしれない。
そう思うと、少し気が楽になる拓夢であった。




