③桜の料理はメシマズです
それは焼き過ぎて、まるでイカ墨のようになったタコさんウィンナーだった。
カッチカチになった物体を箸で掴み、舌の上に放る。
すると、口の中いっぱいに苦みが広がって――
「やっ、やっぱり、おいしくないよね?」
「……あー、いえ」
桜の問いかけを、拓夢は少しだけ顔をしかめながら否定した。
お昼休み。拓夢と同学年にして、学園の四天使の一人である加々美桜と一緒に、屋上でお昼ご飯を食べているところだ。
加々美財閥の令嬢にして、誰もが微笑む愛くるしい顔立ちをした美少女である桜は、拓夢に夢中だった。もちろん庶民特待生である拓夢は、恋愛禁止である。そのため、桜は「お友だち」として、甲斐甲斐しく手作りの弁当を振る舞っているのだが。
「こ、これならどうかな。豚の、生姜焼き……」
「あ……はい。いただきます」
桜のオススメ通り、拓夢は豚の生姜焼きを箸で掴んだ。
ドロッとしたタレに浸かって、テカテカとしたそれはお世辞にも美味しそうには見えなかったが。
「見た目は悪いかもしれないけど、山形県産の平牧三元豚を使ってるの。味は悪くないはずだから、食べてみてッ!」
「は、はいっ」
拓夢は目をつむって、生姜焼きを口に含んだ。
そのまま、もしゃもしゃと咀嚼していく。
「ううっ……」
今度は、嫌がる声が自動的に出てしまった。
醤油の分量が濃すぎたのだろう。こういう時は最後にみりんで味を調整すればいいのだが、桜にその知識はなかったようだ。
「はっ」
瞬間、拓夢は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
朝の忙しい時間に、お弁当を作ってきてくれたというのに。
お嬢様である桜は、自分で料理を作ったことがないという。拓夢のために初めて包丁を握ってくれたのに、こんなまずそうな顔をしてしまうなんて。
拓夢は、自分の無神経さで胸がいっぱいになるのだった。
「……ダメだった? ……よね?」
何も言わなくても表情で察したのだろう。桜が悲しげに尋ねてきた。
「ち、ちょっとだけですよ。大丈夫です、続けていく内、必ず料理は上手くなりますから。何でしたら、今度僕がお教えしますよ?」
「それはいやああああぁぁぁ~~」
「そうですか? それなら、コックとかメイドさんとかに教えてもらえばいいんじゃないですか?」
「それもいやなの~~ッ!」
よくわからないが、きっと桜なりのこだわりがあるに違いない。
令嬢といっても女の子なのだ。
生姜焼きを飲み込むと、拓夢は弁当箱を見下ろした。
タコさんウインナーや豚の生姜焼き、鶏の唐揚げに肉巻きベーコンなど、実に肉々しいラインナップなのだが、これは桜が「庶民の男の子のお弁当って、とにかくお肉が入ってるんでしょ?」という思い込みからくるものだった。
しかも不味い上に量が多いという中々に厄介な弁当なのだ。
ご飯の上には明太子でハート、海苔で「拓夢くんLOVE」と書かれており、そこだけは妙に女子弁っぽかった。
しかしそれすらも、桜が塩と砂糖を間違えるという致命的ミスをした為、中々箸が進まない。
「拓夢くん。残していいからね? 何だったら、今から学食行こうか?」
「いいえ、大丈夫です! 全部、食べます!」
「ほ、ほんとに? でも、おいしくないでしょ?」
「大丈夫ですから!」
例えどんなにまずくても、自分の為に一生懸命女の子が作ってくれた料理は、残さず食べなければならない。
拓夢は意を決して弁当箱に飛び掛かった――
「きゃはッ! ほんとに全部食べてくれたああああぁぁぁあああぁぁ~ッ!」
空になった弁当箱を眺めながら、桜は嬉しそうにはしゃぐ。
「げっぷ」
パンパンに膨れたお腹をさすりながら、拓夢がうめく。
「食べ終わったら、次はお決まりのデザートだよねー♪」
しかし桜は、無情にも死の宣告を下した。
庶民の男子は、食後にスイーツなんて滅多に食べないですよ。
そんな拓夢の心の声も知らずに、桜はカバンから紙袋を取り出す。
「じゃーん♪ 専門店で買ったパティスリーのシュークリーム! この間食べておいしかったから、拓夢くんにも食べてほしくて取り寄せたんだああああああぁぁぁ~~ッッ!!」
紙袋からデコレーションボックスを持ち上げ、中の梱包を開け、シュークリームをつかむ桜。
「あの、拓夢くん」
「な、なんですか?」
なんとなく嫌な予感がして、どもりながら拓夢は尋ね返した。
「わたしのお弁当って、やっぱりおいしくなかったよね?」
「えー、えっと……。はい、ちょっとだけ」
「そっかー。そうだよね。じゃあ……お詫びに! はい、あーんしてあげるッ!」
「え!? ちょ……うぶっ!」
拓夢がよける暇もなく、口の中にシュークリームが押し込まれた。
サクッとしたバター生地の中に、トロトロのカスタードと生クリームが贅沢に詰め込まれている。あまりのクリームの多さに、口から少し飛び出てしまったくらいだ。
「拓夢くん……どう?」
桜が、おそるおそる尋ねてきた。
「あ、はい。美味しいです」
「よかったぁ……。お口直しになったみたいで!」
「違いますよ。僕は桜さんのお弁当にも、とっても満足しています」
「ふえ?」
桜は不思議そうに拓夢を見た。
「だから、そんなに気にしないでください。何だかんだで食べられましたし。料理なんて、お腹に入っちゃえばみんな一緒ですよ!」
「拓夢くん……」
桜は、ポッと赤くなった頬を緩めた。不器用ながら、精一杯料理してくれた愛情は伝わった。そして今も、不器用ながら拓夢の気持ちは桜に伝わったのだ。
「ね、拓夢くん……。ほっぺたに、生クリームついてるよ?」
「え? ああ、すいません。今とります……」
「いいからッ。そのまま動かないで……?」
桜が拓夢に詰め寄る。
大きく無邪気な瞳、小さく整った鼻、厚みのあるピンク色の唇……。
まるで天使とも思える表情を間近で見て、拓夢は胸を高鳴らせる。
桜は、指についたクリームをペロッと舐めると、
「えへへ♪ やっぱり甘いね♡」
――そう言って、悪戯っぽく笑うのであった。




