㉟真莉亜とくるみが、何やら怪しげな会話! 食事に誘ったけど断られました(泣)
「お腹空いたな……ご飯食べにいこ」
そう言って拓夢は、以前避けていた食堂へと足を運んでいた。人が集まる場所へ行けば、注目が集まることは目に見えているが。
それでも最初の頃に比べれば好奇より好意的な視線が多いので、ありがたいと言えばありがたい。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、見知った二つの人影があった。
一人は、青色ボブカットが可愛らしいちっちゃな女の子、姫乃咲くるみ。くるみに優雅な微笑みを向けるは、制服がはち切れんほど豊満なバストをした、ゴージャスブロンドヘアーの、有栖川真莉亜。
二人は廊下の端で、会話が聞こえないようにコソコソとお喋りをしていた。くるみが真莉亜を慕っていることは知っているので、別に驚くことはないのだが。
しかし、だ。何となく、話してる内容が気になる。
拓夢は柱の陰に隠れて、二人の会話を聞いてみることにした。
「準備は……万全ですか?」
真莉亜がくるみに向かって話しかける。
「ほとんどバッチリです! 飾り付けさえ終わらせたら、後は城岡先輩を呼び出すだけですね。真莉亜お姉さまも、バレないように気をつけるですよお?」
「ええ、分かっておりますわ。何としても、拓夢さまを喜ばせたいですもの」
自分の名前を呼ばれたので、拓夢は二人の前に出てみる。
「こんにちは。真莉亜さん、姫乃咲さん!」
「「!?」」
拓夢が話しかけると、真莉亜とくるみは驚きながら拓夢を見た。
目は泳いでいるし、顔はうっすらと汗をかいている。しかし拓夢としては普通に話しかけただけなのだ。何をそんなに驚くことがあろうか。
「わ、わあ! 城岡先輩! こんにちはですう!」
白々しい声を発したのは、くるみだった。
そして、きょとんとしたままの真莉亜に、そっと耳打ちをする。
「……真莉亜お姉さまもっ。ここは何とか話を合わせるです」
「え、ええ……。そうですわねー。こんな所でお会いするだなんて、奇遇ですわねー」
テンション高めに言う真莉亜も、どこか空々しい。
「あの……。お二人とも、何話してたんですか?」
二人の怪しいやり取りを無視して拓夢は尋ねた。
「べ、べつに……あ、そうだ! くるみ、授業で分からないことがあったから……それで真莉亜お姉さまに相談していたです! ねっ、真莉亜お姉さまっ!」
「そ、そうですわ。拓夢さまに関わることなんて、なにも話しておりませんから。ご安心くださいまし」
二人とも会話の歯切れが悪く、ますます怪しい。
「じゃあ真莉亜お姉さま、今度二次関数について教えてくださいねっ」
「もちろんいいですわ。二次関数の値の変化と、グラフについてご教示いたしますわね」
くるみと真莉亜は芝居がかった口調で、拓夢の方をチラチラ見ながら言う。
「えーっと……」
拓夢は尻込みしていた。桜といい、百合江といい、この二人といい。今日の四天使は様子がおかしく、みんなで隠し事をしている。
それを尋ねてもいいが、この様子では教えてくれないだろう。それに、もし自分をこの学園を追い出そうと画策しているとしたら? ……心配はどんどん大きくなり、不安が募っていた。
拓夢の心境とは裏腹に、くるみが明るい声を出した。
「それより城岡先輩! イメチェンしたんですね! とっても似合ってるですぅ♪」
くるみは拓夢の顔を見ながら言った。
「ほんと、ちょーイケメンじゃないですかぁ! くるみのクラスでも話題になってるですよぉ」
「あ、そ、そうですか……」
何と返せばいいのか、拓夢が照れていた時、
「確かにそうですわね。拓夢さまの端正なお顔には、思わず見とれてしまいますわ」
そう相槌を打ったのは、真莉亜だった。
「例えるなら、ティモシーかニック、スプラウスあたりによく似ておりますわね♪」
「あ、ああ……ハリウッドの」
真莉亜が似ていると列挙したのは、海外ハリウッドで活躍する若手スターたちだ。人気の映画やドラマに出演する、モテモテのセレブやヒーローたちに似ていると言われれば、嬉しい気もするが。
「あちらの方たちは、テレビで見るよりずっと体が大きいんですのよ。日本語も堪能な方が多いですし」
「えっ?」
突然ハリウッド雑学を披露する真莉亜に、驚く拓夢。
「真莉亜さん、ハリウッド俳優に詳しいんですね」
「ええ。実際に何度かお会いしたことがありますから」
「実際に……って、どこでですか!?」
「社交パーティや映画祭などでですわ。一緒に撮影した写真もありますけど、見ますか?」
「スケールが違いすぎる!」
セレブの交友関係の広さを改めて認識した拓夢はツッコミを入れた。
海外で活躍するスターと知り合いな時点で、真莉亜の上流階級ぶりは飛び抜けてる。
本人には自覚があまりないようだが……。
「それより、今から僕食堂に行くところなんですけど。真莉亜さんと姫乃咲さんも一緒に行きません?」
「えっ?」
「くるみと、ですか?」
真莉亜とくるみは、気まずそうに目を合わせた。
それだけで、拓夢は答えを察した。
二人は仲がよさそうだし、庶民の男子と一緒に食事をすることはためらわれるのだろう。
拓夢がこの学園に来て四日目。少しは四天使とも親しくなれたと思っていたが、実は何も進展していなかったということか。
「あ、あの……別に無理にとは言わないので……」
「でもわたくしたち、サプライ……」
「へ?」
「くるみ達、他に用事があるですよ! ごめんなさいです、城岡先輩!」
拓夢の言葉に何かを言いかけた真莉亜を遮り、くるみが答える。
用事があるなら仕方がないが……。
くるみはさらに口を開く。
「あと、もう一つ! ご飯は、あんまり食べないでください! 今日は、お腹を空かせておくです!」
「はい?」
「むしろ、米ひと粒だけでいいです! あるいはパンひとかけら!」
「死んじゃいますけど!?」
鬼畜なことを言うくるみに、思わずツッコんでしまう拓夢。
なんだろう、本当に自分はイジメられてるのだろうか。そう思いかけたその時、
「すみません。別に意地悪して言ってるわけじゃないです。ただ、あんまり食べ過ぎるとまた居眠りしちゃって、百合江先輩に怒られちゃいますから」
「あ、ああ……そういうことですか」
「そういうことですわ」
くるみの言葉に納得する拓夢に、声をかける真莉亜。
「わたくしも、拓夢さまとご一緒できないのは凄く辛いですわ……。それだけは、分かってくださいませ」
「くるみも! 次からも絶対誘ってくださいね! 絶対ですよう!」
「は、はい……」
ぐいぐい顔を近づけて言う二人に、思わず拓夢はたじろいでしまう。
「あ、こうしてる場合じゃないです。真莉亜お姉さま。早く仕上げをしないと、放課後に間に合わないです!」
「そうですわね……こうしていつまでも拓夢さまとお話していたいですけれど、時間がありませんわ」
くるみの言葉に、残念そうに頷く拓夢。拓夢としては何を言ってるのか分からなかったが、女子会っぽい内容なので追及するのはためらわれる。
「それじゃあ、城岡先輩! くるみ達は、これで!」
くるみがバタバタと両手を振って挨拶する。
「ごきげんよう、拓夢さま」
真莉亜も、スカートの端を持ち上げて優雅に立ち去る。
「なんなんだ……一体?」
一人残された拓夢は、ぼーっと呟くのであった。




