㉓葛藤するくるみ
時間は巻き戻り、十分前。
姫乃咲くるみは、教室の自分の席でため息をついていた。
理由は、目の前にいるクラスメートたちにある。
くるみは実は生粋のお嬢様ではなく、親は元々普通の会社員だった。それが出世を重ね、上場企業の社長になり、一代で財を成した。いわゆる「成金」というやつである。
だからといって、くるみが特にイジメに合っているというわけでもない。
しかし、語尾には常に「ですわ」をつけたり、身に着けてるものが全て高級ブランド品であったり、メイドが着替えやベッドメイクなどを手伝ってくれたりと。今まで通っていた中学には、ない文化ばかりだった。
聖ジュリアンヌ女学院は、くるみにとって驚きの連続であった。
私立の進学校だしお嬢様学校なので、学費も目が飛び出るほど高いが、それゆえ管理が行き届いており、不良生徒もいない。
普通の学校より、校則が少し厳しい程度だ。
父親は愛する一人娘を、高級車で片道15分のこの学校に通わせたいと、母親と相談して願書を出してしまった。
……実のところくるみ本人は、片道一時間かかっても普通の公立高校に通いたかったのだが。
ぼんやりとそんなことを考えていると、後ろの席から――
「姫乃咲様。少々よろしくて?」
ひとりの女子生徒から話しかけられた。
俗に「お嬢様結び」と呼ばれる、耳上の髪を後ろでに結んだハーフアップの髪型、指の先までしっかりとケアされたネイル、そして少し幼さの残る、汚れを知らない純粋無垢な顔と、どこからどう見てもお嬢様といった風情の女子だ。
彼女は、くるみの前の開いてる席に腰掛ける。
「ご機嫌うるわしゅうございますわ、姫乃咲様」
「ご、ご機嫌うるわしゅうです……霧島さん」
おずおずと挨拶をするくるみ。汗を流してるし、顔も赤い。
目の前にいる女子の名は霧島杏奈。くるみは、このクラスメートが苦手だった。
いや、彼女に限ったことではない。
くるみは、〝お嬢様〟そのものが苦手なのだった。
「姫乃咲様。よろしければ、ご一緒にランチでもいかがですか?」
「あ……あう……」
緊張して言葉が上手く出てこない。
何もしていないのに、自分が彼女よりはるかに劣っているかのような気持ちになる。
「ダメ……でしょうか? 昨日は体調が悪く、一昨日は別の方と食事なさるとお聞きし、今日こそはと思っていたのですが……」
「そ……それなら。くるみより他の子を誘った方が、きっと楽しいです……」
「いいえ! わたくしは、クラスの方皆様と親しくなりたいのです! それには、共に過ごしてまず親睦を深めることですわ! わたくし達、クラスメートではありませんか!」
両手を合わせ、感極まったように叫ぶ杏奈。これだ。このノリが、くるみとしてはとても苦手なのだ。
ノリの悪い女子を食事に誘うクラスメート。そんな構図が成り立ってしまってる時点で、くるみはよそ者というレッテルを貼られた気がして、ますます劣等感にさいなまれるのだ。
おそらく、杏奈はそんな風に思っていないのだろう。
それどころか、本気でくるみのことを心配してくれているのだ。
だからこそ、くるみの心は余計に傷つく。
「そうではありませんこと? わたくしだけではありませんわ。他の方たちだって、みんな姫乃咲様と仲良くしたがっておりますの! 姫乃咲様は凄く可愛らしいですし!」
「うう……あ、ありがとうです……」
可愛らしいと褒められて、くるみは顔を引きつらせながら礼を述べた。
「わたくし、まだ一年生なのに四天使と呼ばれる姫乃咲様を、とても尊敬しておりますの! わずかな時間でも構いませんから、ご一緒させていただけませんか?」
「……よ、四天使……」
その言葉は、くるみにとって地雷ワードだった。そもそも四天使の一人に選ばれたというのは、くるみにとってはプレッシャー以外の何物でもない。本物のお嬢様になりたい葛藤を持つくるみにとっては、『可愛らしい』という理由だけで選ばれた称号などに、何の価値もないのだ。
そういうところを、上手く説明していければいいのだが……悲しいことに、くるみは杏奈の剣幕にすっかり飲まれてしまっていた。
「姫乃咲様。さあ、わたくしと共に行きましょう?」
「あ……あうう……!」
話も聞かずに手を差し出す杏奈に対し、ついにくるみはキレた。
「う、うるさいです! くるみは行かないって言ってるじゃないですかっ。霧島さんはお嬢様なんだから、お嬢様同士で楽しくお食事してればいいですうううっ!」
「ひ、姫乃咲様……?」
くるみの叫び声に、杏奈はビクッとしながら目に涙を溜めた。周りの女子生徒は、「姫乃咲様、どうされたのでしょう」とか、「きっと体調が優れないのですわ。どなたか、保健室まで付き添って差し上げては?」などと喋っている。
「ひうう……っ!」
くるみは、勝手なことを言うクラスメート達に怒りを覚えていた。しかし、どう考えても激昂してしまった自分が悪い。
同じクラスメートなのに、なぜ自分はこうも周りと違うのだろう。自分も彼女達のように、お淑やかな会話で花を咲かせたいのに。
「ふええええんぇぇぇん!!」
クラスメートの視線にいたたまれず、くるみはその場を立ち去ったのであった。




