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庶民特待生となった僕は、名門学園に通う美少女達から愛されまくる!  作者: 寝坊助
第3章 うずまく陰謀! 拓夢出生の秘密!
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㊹普通の女の子に戻りたい

「ふーっ、ふーっ……!」


 肩を上下に揺らしながら、くるみは荒く息を吐いていた。呼吸が乱れている理由は、走っていたせいもあるが、それだけではない。


「大丈夫……?」


 拓夢は問いかけた。


 あの後。流石にいたたまれなくなって、拓夢とくるみは二人で走った。走って走って、たどり着いたのがこの屋上だった。

 時刻は夜の7時。手すりの内側から見上げる空には、細い月が出ていた。木々を揺らす風の音以外は何一つ聞こえない、静かな夜だった。


 やがて、落ち着いてきたのだろう。くるみは大きく一つ息を吐くと、フェンス際の棒を両手でつかむみ、身を乗り出しながら、虚空に向けて、


「バカ――――――――――――――――――――――――!!!!」

  

 あらん限りの大きな声で、叫んだ。幸い、グラウンドに人影はなかった。くるみの叫びを聞いてる者は、誰もいない。


「くるみちゃん?」


「よっと」


 つかんでいたフェンスを離すと、くるみはベンチの方まで歩くと、呆けたような表情で座った。

 怒ってるようにも見えるし、悲しんでるようにも見える。まあ、あれだけ盛大な事件を起こしたのだから、平常心でいろという方が無理なのだろう。拓夢としても、茶道部から理事長に苦情を入れられることを考えると、胃が痛む。


 しかし、本当に気になることは、別にあった。


「となり、座っていい?」


「どうぞー」


 即答するくるみの隣少しだけスペースを開けながら、拓夢はベンチに腰を下ろした。

 そのまま月を眺める。円形となった月はまるで、校舎全体を包むようで。まるで銀河の中に自分たちが取り込まれていくような錯覚に陥る。


「くるみ……やりすぎちゃいましたね」


「ん、まあ」


 そーだね、と拓夢は頬を指でかく。


「明日、茶道部に謝りに行こう。僕も一緒に行くから」


「むー……………………」


 ほっぺたを膨らませながらも、くるみは小さく頷いた。


「僕も当事者だからね……。それに、お嬢様化計画に加担した責任もあるし」


「それなんですけどぉ」


 そう言って、くるみは足をバタバタさせる。


「拓夢先輩はくるみのこと、どう思ってますか?」


「え?」


「好きなんですか? 嫌いなんですか? 何とも思ってませんか?」


「いきなりどうしたの?」


「ちなみにくるみは、拓夢先輩のことが異性として好きです」


「いきなりすぎぃ!!」


「――ってツッコミは、どうでもいいんです。そもそも最初は、拓夢先輩はくるみの協力者であって、利用しようとしてました。役目が済んだらそれで終わり。それだけの関係――のつもり、でした」


 珍しく真剣な表情で、少し震える声で、くるみは話した。

 拓夢には、それがくるみの覚悟のように感じられた。


「……でも、違ってきたんです。くるみは、お嬢様になるより何より、拓夢先輩と一緒にいたいって。そう思うようになったんです」

 

 拓夢はうろたえた。

 そうだった。元々くるみの願いは周囲に順応し、仲良くなること……だった。

 だからこそ、真莉亜に憧れていたのだ。学園の中でも一番お嬢様っぽいのは、真莉亜だから。

 ではなぜ、真莉亜に特訓を受けなかったのか?

 答えは、「真莉亜の劣化コピーになりたくないから」。


 くるみには、お嬢様というレッテルは必要なかったのではないか? 必要だったのは、腹の底から笑い合える、心地のいい理解者ではなかったのか?


 そして、それが自分だったと……。


「あ~あ。やっと言えました」


 くるみはそう言うと、ぴょん、とベンチから立ち上がった。スカートについたホコリをぽんぽんと払う。


「く、くるみちゃん。僕はっ」


「ごめんなさい。もう少しだけくるみの話、聞いてほしいです」


 話を遮り、拓夢には背を向けたまま、くるみは語りだす。


「百合江先輩って、生徒会長だし、すっごく勉強できるじゃないですか? 桜さんはみんなから慕われているし。真莉亜お姉さまは完璧超人だし。もちろん、クラスメートだって模範的な生徒ばっかりですよ? ピアノやダンス、乗馬にフェンシングと。休みの日は自宅でパーティを開きながらタップダンスを踊ってたりとかね」


 拓夢には、口を挟めなかった。くるみの言葉が、あまりに真剣すぎて。


「でもね。くるみ、分かっちゃったです。みんな、くるみとおんなじなんだって」


「同じ?」


「そう。ホントはみんな、無理をしてたです。生徒会の仕事も、人気があることも、恋愛のことも。みんな無理をしながら、平気そうな顔をしてたんです」


「…………」


「庶民だったら、『あー、疲れちゃったなー』とか、『ダルいなー』とか言えるじゃないですか。でも、お嬢様は周囲からレッテルを貼られた存在だから、そう言えない。みんな、そうやって高嶺の花を演じてるんです……」


「まあ、そうかもね」


 くるみの言いたいことが、少し理解できた。


 かくいう自分だってそうだ。


 城岡家にいた時は、奴隷のような境遇に耐えて尽くしていた。今は、庶民特待生という役割を演じている。どっちが本当の自分なのかは分からない。でも、今の生活をとても大事に思っている。それが一番大事なのだ。


 くるみは言った。


「なので、お嬢様になるのは諦めるです!」


「まあ、それがいいと思うよ」


 拓夢がそう言うと、くるみはほっぺたをプクーッとふくらませて、


「むー。そこは、『くるみちゃんなら後少しでなれたよ』とか『周りのお嬢様よりくるみちゃんの方が素敵だよ』とか『僕がお嫁にもらってあげる』とか言ってほしかったです」


「い、いや……そこまでの気遣いはちょっと……。ていうか、最後のなに?」


「あー、やっぱりこっちの方が、くるみらしいです」


 くるみは床の上をクルクル回りながら言った。


「ねー、拓夢先輩?」


「ん?」


 ちょうど拓夢の前で華麗なターンを決めると、くるみは、


「今すぐ返事をくれなくてもいいですよ。庶民特待生は『恋愛禁止』なんですよね? でも……ほんの少しでいいから。くるみのこと考えといてくれると嬉しいな」


 少し照れくさそうに、にっこりと笑った。

 その複雑な表情を見て、拓夢はドキリとした。

 そのままドクドクと、心臓は鐘を打ち続ける。


(なんだこれ? まさか僕、くるみちゃんにドキドキしてるのか? いや、そんなまさかな……)


 拓夢が自問自答をしていると、


「さぁーっ、もう帰りましょ! くるみ、ラーメン食べていきたいです!」


「え……?」


「拓夢先輩もいきましょ! そのあと、スーパーでお買い物するです♪」


「って、いきなり話が庶民的になってきたね……」


 うつむきながらも拓夢は、くすりと笑っていた。

 しかし、これでいいのかもしれない。十数年しか生きてないけど。それでも、自分が生きてきたキャラクターだから。急に変えることは出来ない。

 

 だから、これでいいのだ。


「どーしたんですかー? 早く行きましょーよー!」


 拓夢が顔を上げると、目の前まで来ていたくるみが催促する。


「早くこないと、置いてっちゃいますよー!」


 くるみが扉に向かって走る。


「ああ、はいはい」


 釣られて、拓夢も小走りで走り出そうとするが。


「――隙ありっ!!」


「わっ!」


 急にくるみは足を止め、そして振り向いた。思わず拓夢は足を止めるが、慣性の法則からか、上半身は身を乗り出したままで……


「むぐっ!?」


「ちゅ♡」


 と。唇と唇がぷるん、と触れ合う。

 熱い。屋上は寒いのに、どんどん体温が上がる。湿った唇の、柔らかく甘い感触が、胸の高鳴りをさらに増加させて。


「あぐ、あぐあぐ……」


 口を離すと、蕁麻疹と震えが体中を襲ってきた。

 腰を落とす拓夢を見て、くるみは「ごめんなさ――――い!」とペコペコ謝る。


 そんな様子は、どこからどう見ても普通の女の子だった。

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