㊷やさしいマナー講座
それぞれが席につくと、目の前に菓子鉢に入った菓子が運ばれて来た。
「キャー! おいしそ~♡ いただきま~す♪」
キャッキャッとくるみは、桜餅を手に取るとパクついた。
すると、
「姫乃咲さん。はしたないですわよ」
隣に座るつかさが、横目で見ながらたしなめた。
「ふ、ふえ! くるみ、何かダメでしたか!?」
目を丸くするくるみに、つかさは粛然と指摘をする。
「菓子は、亭主から「どうぞ」と勧められてから手を伸ばすのです。それが、令嬢としての礼儀なのですよ?」
『令嬢』という言葉に、くるみの肩はピクリとする。
「じゃ、じゃあくるみは、お嬢様っぽくなかったですか……?」
「はい。こういう時は、器を持ち、「ちょうだいいたします」と頭を下げるのも常識です。それと、一口で食べてしまわれるのも失礼なので、まず菓子を懐紙の上に移してから菓子楊枝を使い、一口大に切り分けて頂くのが、趣のある作法というものですわ」
つかさは気品のある様子を少しも崩さずに注意をした。くるみは拓夢に視線を向けるが、「くるみちゃんが悪いよ」というような顔をされたので、ガーンとなる。
するとそこに、
「まあまあ。よいではありませんか。大切なことは、和の心を楽しんでいただくことですわ。姫乃咲様も、城岡様も。大したおもてなしも出来ませんが、ごゆるりとおくつろぎください」
と、さつ希が隣の水屋から茶道具を運んできた。三年生で部長でもある彼女は、茶道の素人に対しての扱いが慣れているのだろう。先ほどから無作法を働くくるみにも、寛大な心で接している。
「しかし、さつ希お姉さま。こうした作法はしっかりと――」
「それぐらいになさって。せっかく庶民様もいらっしゃっているのですから。恐縮などさせてしまっては、それこそ茶道部の名折れというものですわ」
そう言うと、さつ希は柔和な笑みを浮かべ、つかさもまた「失礼いたしました」と頭を深々と下げ、くるみと拓夢に詫びた。その様子を見て拓夢は思った。やはり茶道はいいものだ、と。この清廉なる作法を身に着けた彼女達から和の心を学べば、確かにお嬢様への道はそう遠くないかもしれない。
「それでは。城岡様とつかささんも、召し上がって。道明寺粉で包んだ、桜餅ですのよ」
「どうぞ」と菓子が乗った盆を差し出されるので、慌てて拓夢は「頂戴いたします」と言って頭を下げた。そのまま桜餅を口にくわえる。
まず感じるのが、桜の葉のしょっぱさ。次に感じるのは、ふっくらモチモチとした歯触りが楽しい餅米の粒感だ。最後に淑やかな甘みが喉の奥を通り過ぎていく。まさしく名品級のおいしさだ。くるみが騒ぎ出すのも、分からないではなかった。
そんなこんなでしばらくの間。誰もが無言で菓子を食べていたが、ふいにさつ希が口を開いた。
「それでは。お茶を淹れさせていただきますわね」