㊵最後のお嬢様計画
そんなこんなで、放課後。
拓夢が廊下を歩いていた時だった。
「拓夢せんぱ~~~~い!」
「あ、くるみちゃん。どうしたの?」
前方からぴょこぴょこと、くるみが小走りで駆け寄ってきた。
「拓夢先輩、今お暇ですかぁ?」
「うん。自分の部屋に帰るところだけど」
「じゃあ、これからまた『くるみお嬢様化計画』に付き合ってほしいです!」
「え? 今から?」
拓夢は窓際から空を見た。完全な日没ではないが、真っ赤な夕日がうっすらと沈みかけている。
「えっと……それ、けっこう時間かかるやつ?」
「だいじょーぶですよう。昨日みたいなことにはなりませんから!」
くるみのいう「昨日みたいなこと」とは、体育館の中で跳び箱の練習をしたが全くうまくいかず、挙句の果てに揉みくちゃになって気絶するという醜態まで晒し、夢子からお説教まで食らったという話だ。
「だったらいいけど……。今度はどんなことするの?」
「ふっふっふ。それがですねぇ……」
くるみは勿体ぶった仕草で拓夢に背を向けながら廊下を歩いた。そのまま5,6歩進んだところでターンをすると、
「くるみは今まで、色んな修業をしてきました。お洋服のコーディネート、お料理、スポーツと。それら全てが完璧になった今でも、くるみには足りていないものが一つだけあるですっ!」
「えっ、完璧?」
「はいっ、もうほとんど完璧と言っても差し支えないですぅ♪ ところがですね? あと一個だけ、足りないものがあることに気づいたんです」
洋服のセンスは壊滅的だし、料理の腕も向上していない。その上跳び箱もロクに飛べていなかったのだが。くるみの中での「お嬢様」のハードルがどんどん低くなってやしないか。
「……先輩? 拓夢先輩! 聞いてますですかぁ?」
顔を覗き込むくるみにハッとなり「ゴメン」と答える拓夢。まあ、いいか。「これこそがお嬢様だ!」と言える基準は、拓夢にも分からないのだから。
「そこで今回は手法を変えて、茶道部に協力を仰いで、拓夢先輩と一緒に体験入部してみるつもりです! いいですかぁ?」
「茶道部に体験入部? ……まあ、いいんじゃないかな?」
そう言うと、胸の前で両手を「パン!」と合わせて、飛び跳ねるくるみ。
それにしても、くるみが茶道部とは。まあ、お淑やかといえば茶道だし、お嬢様には和風なイメージもある。わび・さびの心を知ることは、お嬢様の本質に一番近いのかもしれない。
「そんなわけだから、いきましょー! 拓夢先輩!」
しかしくるみは、差し出そうとした手を反射的に引っ込めると、「ゴメンなさい」と謝ってその手を口元に当てた。
「拓夢先輩。女性アレルギーでしたよね。すみません。くるみ、またやっちゃう所でした……」
おそらく、昨日の体育館でのブルマ半脱ぎ揉みくちゃ事件のことを、気にしているのだろう。それ以外でも、拓夢に懐いてるくるみはスキンシップが多く、定期的に拓夢を苦しめている。
「あ、ありがとう……。くるみちゃんにも、そういう気遣いが出来るようになったんだね。僕は嬉しいよ!」
「ほ、ほんとですか!? 拓夢先輩!」
「うん! それじゃ行こうか。最後のお嬢様計画に」
くるみと二人で仲良く並んで、茶道室まで続く廊下を歩く。体験入部ということであれば部員や顧問の先生もいるだろうし、くるみも暴走はしないだろうし、適切な作法もコーチしてもらえる。そう考えていた拓夢の目論見は、見るも無残に打ち砕かれるのだが。