㊱アイ・マイ・メイド
――おにーちゃん、起きて。
――うう、起きてくれない。
――お兄ちゃんの、バカ―!
――それじゃあ、仕方ないよね。
――あたしが、キスして起こしてあげる!!!!
「うわぁ!!」
「きゃっ!?」
拓夢は、まるで夢の続きでも見ているような心地でベッドから跳ね起きると、目の前にいる妹を凝視してしまった。
なぜなら聖薇は、メイド服を着ていたからだった。
クラシックな英国風のメイド服だ。漆黒のドレスに純白の大きなエプロンを付けて、純金のツインテールを垂らした頭の上には、ホワイトプリムのヘッド・キャップが装着されている。
少女の可憐さと大人びた美しさが醸し出す妖艶なハーモニーに、拓夢はさっきまで寝ていたことも忘れるほど目が冴え切ってしまう。
(え? ……これ、聖薇だよな?)
今は朝だし、聖薇はこの時間は実家の城岡家にいるはずだ。わざわざ自分を起こしに聖ジュリアンヌ女学院まで足を運んだとは考えにくい。
(だから、これは夢だ)
強引だが、そう思うことにした。物凄く輪郭がハッキリした美少女だし、何なら喋ったような気もするが、これは夢なのだ。
よって、
「おやすみ……………………」
拓夢が再び二度寝しようとベッドにもぐり込んだ、その時であった。
「お、お兄ちゃんのばか、ばか、ばかぁ――! なんで聖薇が起こしにきたのに眠っちゃうの!? すごーく、すご―――――く傷つくんだからぁ!!」
「うわっ、ご、ごめん!」
拓夢が布団を跳ねのけ飛び上がると、聖薇の辛そうな顔が目に入った。
本気で悲しんでいるらしい、白いエプロンの上に、涙をポタポタと垂らしている。
(ヤバい。また泣かせちゃった……)
そして気づく。実家にいた頃と違って、今は聖薇とは、校外部員という立場を利用して、たまにしか会うことが出来ないのだ。それを思えば、どんなに聖薇が自分に会うことを楽しみにしていたか。容易に想像がついたのに。
「ご、ごめんよ聖薇。怒ってる?」
拓夢は狼狽えながら尋ねる。
聖薇は覆っていた両手を離し、涙に濡れた顔を上げると、
「当り前じゃない! 起きてくれないし、聖薇の顔見たらすぐ寝ようとしちゃうし!」
拓夢にぎゅうっ、と抱きつきながら言う。
「うっ――! は、は、離れて……聖薇……っ」
「やだ! もう2度と離れてやるもんかっ!」
鼻孔をくすぐる、金髪ツインテールの甘い香り。そして、体に押し当てられる、得も言われぬ柔らかな肢体。当然ながら、女性アレルギーが反応してしまう。
(匂い……? まさかっ)
かつて、ノエルが言った言葉を思い出す。
『若い女性を虜にする魔の体臭、テンプテーション・スメルには、効果が出やすい人とそうでない人がいるようです。当然、より至近距離で長時間過ごすほど、影響は出やすくなります』
拓夢と聖薇は、長い間一つ屋根の下で生活してきた。当然、聖薇はテンプテーション・スメルの影響を強く受けているはずだ。それが、自分とは隔週でしか会えなくなってしまった。例えるなら、長期間の喉の渇きである。砂漠の遭難者が、オアシスを見つけた時にどうなるのか。無我夢中で突っ走り、喉を潤したいという欲求に支配されてしまうだろう。今の彼女は、それと同じ状態なのだ。
「聖薇ぁ! 頼む、離れてくれ!」
「いやぁ! お兄ちゃんがちゅーしてくれるまで、離れないも――――ん♡♡♡」
必死の説得もむなしく、ますます拓夢にしがみつく聖薇であった……。