㉜くんずほぐれつキャッキャウフフ☆
「はあっ、はあ……。も、もう一回だ! くるみちゃん!」
「はいです! 拓夢先輩っ!」
誰もいない体育館に、拓夢とくるみの叫び声が響き渡る。そして、だだだっとくるみは拓夢に向かって猛ダッシュする。
勢いを止めない、腰を引かない、目をそらさない。全て拓夢の指導した通りなのだが。
「ああっ!」
「ぐうっ!」
手を置く位置がズレて、飛び越えるはずだったくるみの足は、拓夢の腹へと思い切りめり込むのであった。
「ごほっげほっ! ……大丈夫。こんなの、何ともないから」
激しく咳き込みながら、拓夢が無理して笑顔を作る。
顔も、体も、痣だらけで汗まみれだった。上手く飛べずに衝突するくるみを受け止めてケガをし、なおかつ女性アレルギーまで発症している。
その痛々しい姿に、くるみは泣きそうな顔をして、
「もう止めましょうよお……。このままじゃ、拓夢先輩死んじゃいますよぉ……」
「何を言ってるんだ! 僕は死なない! 君が跳び箱を飛べるまでは!」
拓夢は額の汗をぬぐいながら、気迫のこもった表情でくるみを見つめた。
「拓夢先輩……! わかったです!」
拓夢の気迫に感化されたのか、くるみもまた凛々しい表情で叫んだ。その表情に比べ、飛ぶハードルは文字通り異様に低いが、どうにもくるみの足がもつれてしまうので仕方がない。
「くるみ、いっきま――――す!!」
タタタン、とリズミカルに、そして素早く拓夢の元まで駆け寄る。そこまでは良かったのだが、結局そのグラマラスな足は拓夢の腹部を貫いてしまった。
「ぐふっ!」
「拓夢先輩!!」
心配して背中をさするくるみに対し、
「ど、どうして一々ぶつかってくるの? もしかしてだけど、わざとやってないよね?」
痛さと女性アレルギーからか、若干拓夢は不満げな表情でぼやいた。
「ち、ちがいますよ! くるみは真面目にやってるですうっ!」
よほど腹にすえかねたのか、体育館中に響き渡るような大声でくるみは叫んだ。
「わ、分かったよ。じゃあ、そろそろ終わりに……」
「はい。次で最後にしましょうか」
「え、マジで?」
まだやるの? とは言わずに拓夢は心の中でため息をつく。しかし、どうしてそこまでして跳び箱を飛びたがるのか。それとお嬢様になることとどう繋がるのか。拓夢には未だ理解が及ばない。
「ていうか、もうよくない? お嬢様っぽくなるのは、もう諦めようよ」
「うぴゃ! な、なにを言うんですか!!」
くるみがオーバーに身を引いて驚く。
「だって……今までの訓練だって、全然効果がなかったじゃないか」
くるみがううっと息を飲む。
「君は最初、真莉亜さんみたいになりたいから僕に協力してほしいって申し出てきたよね?」
拓夢の言葉に、くるみは神妙な表情で押し黙る。
「君はひょっとして、ただ真莉亜さんに憧れてるだけじゃないかな? だから尊敬する真莉亜さんの真似をすることで、理想の自分に近づこうとした。違う?」
「ち、ちがいます! くるみ、そんなのじゃありません!」
くるみは声を大にして叫んだ。
「く、くるみは、拓夢先輩のようになりたいんです……!」
「僕のように? どういうこと?」
拓夢の問いかけに、くるみは涙目で「うううっ」とうなりながら、
「くるみ、初めて拓夢先輩を見た時思ったです。この人は、くるみとおんなじなんだって。急に今までと違う分不相応な環境に放り込まれて、困惑してるんだって。でもくるみは諦めてたに対し、先輩は女性アレルギーと庶民特待生っていう、くるみよりもっと過酷な状況にいながら、決して逃げようとはしなかったです。だからくるみは思ったんです。『この人と一緒にいれば、きっとくるみも変われる』って……」
くるみは太ももの上に両手を置きながら話した。まるで親に言いづらいことを話す子供のように、おそるおそると。
ならば、そんな子供を叱りつけることは出来ない。
拓夢はフッと表情を緩めて、
「……先に言ってくれればいいのに」
「ふえ?」
「ほら、立って! こうなったら、こっちも意地だよ! 君が飛べるようになるまで、何万回でも付き合うよ!」
「は、はぁ!? つ、付き合う!? なに? なんで急に告白してくるんですぁ!!」
バタバタッと両手を振り上げるくるみに対し、
「違うって! ほら、休み時間もそろそろ終わるから、次で決めるよ!」
拓夢がそう言って立ち上がり、また跳び箱の代わりに背中を丸めると、
「いい? 怖がることはないからね。僕の背中を蹴飛ばしてでも、飛び越えるんだ」
それは、全く持って言いすぎではなかった。
おそらくくるみは、拓夢の体を気遣いすぎている。全力で飛び越えようとする反面、これ以上ケガを負わせたらどうしようという罪悪感も共にあるのだ。これでは、どんな技術をもってしても上手には飛べない。
「じゃあ拓夢先輩、行くです!」
くるみは叫んだ。
「はあああああぁぁああああああっ!!」
猛々しい大声を上げながら突っ込むくるみだったが、
「きゃっ!?」
急に足がもつれ、バランスを崩してしまった。
「くるみちゃん、立って!」
「ダメです……。やっぱり、くるみには無理なんです。今日の所は、もう諦めますぅっ」
そのまま床にへたり込み、泣きじゃくるくるみに対し拓夢は、
「くるみちゃん、さっき決意したことをもう忘れたの!? 僕は、こんなことで諦めるような女の子は大っ嫌いだよ!!」
激励のつもりでそう言ったのだが、くるみはガバッと顔を上げて、
「ふえっ、なんでですかぁ!? くるみ、こんなに頑張ってるのにぃっ!!」
「だったら、僕の背中くらい飛び越えてごらんよ! 大丈夫、くるみちゃんならできる!!」
すると、くるみは顔を真っ赤にしながら、拓夢に向かって再び走り出す。
「くるみは――」
眼前に、拓夢の背中が近づく。
「くるみは……」
くるみの瞳がキッと鋭くなる。
「くるみは拓夢先輩のこと、越えてみせるですっ!」
拓夢の背中の上に軽くポン、と手をつき、頭と肩を同時に前方に向けて突き出す。そして、両足を大きく広げ――――
ガシャアアアアアアアアアアン!!
「ぐ、ぐえ! くるみちゃん、どいて! お、重い!」
「お、重いってなんですかぁっ! 訂正してくださいっ! ていうか拓夢先輩こそ、どいてくださいですぅっ!」
「ナ、ナイスバディってことでいいから、僕から離れてよぉっ!」
くるみと拓夢は、マットの上で体を絡め合いながらお互いに叫んでいた。くるみは特訓の疲れ、拓夢はケガと女性アレルギーから、上手く起き上がれないでいたのだ。パニックと体を抱き合わせる羞恥心も合わさっているのだろう。
「な、なにがナイスバディですかぁ!! 結局拓夢先輩は、胸さえ大きければ誰でもいいんですねぇ!!」
「な、なんでそうなるんだよ!!」
「じゃあ、胸が小さい子が好みなんですか!! 小学生くらい? キャー! 拓夢先輩、ロリコンだったんですねぇ!!!!」
――違うって!
そう否定しようと拓夢が伸ばしたその手は。
柔らかく、実に大きな乳房をにゅるんと揉みしだいていた。
「きゃあぁぁああああああああああ――――!」
泣き叫ぶようなくるみの声。一方の拓夢は、手に掴んだ黄金の果実の感触に酔いしれる間もなく、天国に旅立とうとしていた。
「た、たのむ。お願いだから、少し離れて……」
「ふ……ふふふ。言うにことかいて、くるみの体に欲情するどころか、離れてですって? 分かりましたっ! 鈍感な拓夢先輩に、くるみの体の魅力、た――――っぷり教えてあげるです!!」
「イヤぁぁぁあああああああああ!!」
逆に自らの胸を手のひらに押し付けるくるみに、拓夢は女の子のような悲鳴を上げる。
「なんで僕が襲われてんの!? 普通逆じゃない!?」
「まだ言うですか! くるみの肉体美に対して失礼ですよ! こーなったら、もっと激しく責めてやるです!」
トロン、とした目つきのくるみが言う。拓夢は直感した。おそらく彼女は、テンプテーション・スメルに当てられている。密室空間でこれだけ体を触れ合っているのだ。当然といえば当然だが。正気を失っているくるみは、体操服を脱ぎ捨てる。真っ白な肌と共に、薄紅色のシルクのブラジャーがあらわになる。汗でピンク色の突起が透けて見え……
「拓夢先輩! よーく見るです。そして、さわってください! た、拓夢先輩とだったら、くるみ、さ、最後までしてもいいですからぁ……」
「うわああああああぁぁあああ――――!」
ほぼ半裸に近いくるみに対し、女性アレルギーが最大にまで発症してしまった拓夢は、思わずくるみを突き飛ばしてしまった。
「きゃあっ!」
ごつん! と跳び箱の角に頭を強打し、マットの上に沈むくるみ。
対する拓夢は、
「うぅ――――ん……」
目をグルグルと回しながら床に倒れ込んだ。
どうやら、我慢の限界が許容量を超えてしまったらしい。
見回りのメイドが発見するまで、泡を吹く拓夢と下着姿のくるみは、ずっと体育館に寝転がったままだたという……。