㉛思い込んだら試練の道を
拓夢とくるみは、二人で体育館へと向かった。校舎と離れた第二体育館なので、誰もいない貸し切り状態だ。
それには理由がある。練習用の跳び箱なのだが、ロイター板を使用せず、補助用のマットを敷き、さらには段数が一段という、超初心者用のセットが用意されているのだ。
「えぇ――!? なんでですか? これじゃくるみ、まるで小学生みたいじゃないですか――――ー!!」
くるみは露骨に嫌そうな顔をしたが、
「いいんだよ、これで。まずは跳び箱の恐怖心を克服することから始めないと。ロイター板で止まる初心者は多いからね。段数だって、飛べたら増やしていけばいい」
「……むー! いいですよーだ! くるみの実力を見せてやるんだから!」
くるみはプンスカ怒りながら、どしどしと跳び箱に向けて歩を進めた。
「じゃ、自分のタイミングで飛んでいいよ」
「分かったです! 必ず先輩をぎゃふんと言わせてみせますからね!!」
意気揚々と跳び箱に向かって走り出すくるみだったが……
十分後……
「ぎゃふん……」
結局一回も飛び越えることが出来ず、マットの上で放心するくるみの姿があった。
「はい、休憩終了。これで、今の実力が分かったね。だから、もっと簡単な練習をしよう」
「ふえ? もっと簡単な? ……でも、それは……」
「ん? イヤなの?」
「い、イヤっていうか……。高校生にもなって小学生みたいなことしてるとこ見られたら、やっぱり恥ずかしいというか……」
もじもじしながら頬を赤らめるくるみに、拓夢は肩をいからせる。
「君ねえ、まだそんなことを言ってるの? 跳び箱を飛べないことは恥ずかしいことじゃないんだよ。でも有益な練習方法があるのに、それをしないことの方が恥ずかしいじゃないか!」
「は、はははい、分かりましたですコーチ!」
くるみはマットから立ち上がると、気をつけのポーズをしながら礼をした。
そこに鬼コーチ……もとい、拓夢は指示を出す。
「じゃあ、僕はここに前かがみになって立つから、くるみちゃんは僕の背中に手をつきながら飛び越えて」
そう、拓夢の言う「簡単な練習方法」とは、馬飛びのことである。無機質で固い箱に体をゆだねる恐怖。ケガをするのではという不安。それは、拓夢にもよく分かる。よって拓夢は下にマットをしき、自分の背中を練習台として使うように提案したのである。
「えぇ~。でも、そんな子供みたいな……」
なおも、くるみは頬を膨らませながら渋ったが、
「くるみちゃん!!」
と、ぶつぶつ不満をこぼすくるみに、拓夢は体育館に響き渡るような大声で怒鳴った。
「いいかい? よーく聞いて。くるみちゃんは決して、跳び箱を飛べないわけじゃないんだ。いや、それどころか、八段や九段くらいは楽に飛べるスペックは持っているんだよ」
くるみはマットの上で正座しながら、拓夢の話に耳を傾けていた。
「飛べるのに飛べない……? どーゆーことですかぁ?」
くるみがポカンとしているので、
「つまりは、恐怖心によるものだよ。足を地面から離すこと、体を宙に浮かせること。これに恐怖を感じる。恐怖を感じると、助走のスピードがなくなる。すると、腰が引けてロイター板を踏み切れない。だから飛ぶ時に手をつく位置がズレて、体重移動がスムーズに出来なくなるんだよ」
拓夢は簡潔に事態を説明した。
すると、くるみは、
「ふええ……。跳び箱って、そんなに奥が深かったんですねえ……」
と、目を丸くしていた。
「だから要は、跳び箱に慣れることが全てなんだよ。最初は低めで、ゆっくりやろう。僕にぶつかってもいいから、思い切り飛んで」
「うー、そんなこと言われても……。ていうか、女性アレルギーは大丈夫なんですかぁ?」
「まあ、軽く触れるくらいなら……」
若干額に冷や汗を垂らしながら、拓夢は答えた。
「本当に? 本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫だよ。だから、くるみちゃんは気にしないで練習して!」
力強く答える拓夢に、
「……わかりました。くるみ、頑張るです!」
くるみもまた、力強く頷くのであった。