⑪謎のヒモを引こうとする拓夢は、ノエルに大層怒られます
「それでは、お入りください。拓夢様」
ノエルに案内され、拓夢は室内に入った。
俗にいう『メイド部屋』に。
応接室をリフォームし、休憩したり泊まれるようにしたらしい。一応メイドは全員使えるようになってるらしいが、今では完全にノエル専用ルームだそうだ。
「う、わあ……」
拓夢は感嘆の声を漏らした。召使用の部屋、ということで質素な部屋を想像していたが、メイド用の部屋にしては、豪華なベッドルームだった。エアコンやシーリングライト、アンティークもののチェストやテーブルに、クローゼットやスタンドミラーもあるし、専用のシャワールームやトイレまでついている。
しかし拓夢が驚いたのは、そんなことではなかった。
「なんでこんなものが貼ってあるんですか?」
拓夢が声をかけると、部屋のドアを閉めながらノエルが答えた。
「まあ、ストレス発散といいますか」
ノエルは事も無げに答えた。
拓夢が驚いた点。それは、部屋に拓夢の写真が貼ってあったからだ。それも、ボードや壁に貼ってあるわけではない。部屋の中央に吊るされているサンドバッグにだった。それだけではない。その隣には竹刀があり、剣道用の打ち込み台が設置されていて、そこにも拓夢の写真が貼ってあった。部屋の隅にはダーツの的があり、拓夢の写真。ルームマットにも拓夢の写真と、部屋中のあちこちに拓夢の顔写真が貼ってあるのだ。
拓夢はポカンと口を開けながら質問した。
「ストレス解消って……どんな風に?」
「こんな風に……!」
言いながら、ノエルは打ち込み台に向かって「突きぃッ!」と練習用の竹刀で、地面と平行に激しい突きを入れた。
「……無能な主を持つと、メイドは色々苦労するものです。なので、気分転換にこのようなことをするのも一興かと」
そう言って、ノエルは剣先でくし刺しになった拓夢の写真を見せつけた。
「は、はあ……」
拓夢は絶句していた。自分はそれほどまでノエルを怒らせるようなことをしていたのだろうか。いっそ、本人に聞いてみようか?
……いや。拓夢は、寸前のところで思いとどまった。聞いたら藪蛇になりそうな気がしたからだ。
「……? 拓夢様、どうかされましたか? 拓夢様もやります?」
「や、やりませんよ。それより、これは何です?」
拓夢が指さしたのは、何の変哲もないカーテンだった。
しかしカーテンレールの横に、一本の長い紐が垂らされている。吊りヒモはフックにかけられ、壁のあたりで固定されている。引っ張ることで中のものが巻き戻され、くす玉のように仕掛けが発動する仕組みなのだろう。しかし、あのノエルが「入学おめでとう!」なんてサプライズをやるとは思えない。
拓夢の質問に、ノエルは冷淡な笑みを浮かべながら、
「……引いてみます? 命が惜しかったら、ですけど」
「ひ、引きません! ていうか、僕の命どれだけ軽いんですか!?」
「女性の部屋に入ってあれこれと物色するような童貞KYには、ふさわしい末路だと思いますがね」
そう言うとノエルは、そそくさと長ヒモをカーテンの内側へと隠した。そして、テーブルに着くと、
「ささ。時間が勿体ないので、さっさと報告会を始めましょうか」
「は、はい……」
何だかイラついてる様子のノエルに圧倒されながら拓夢は、同じようにテーブルにつくのであった。