㉖遊戯女王
「いや~~~~、大変だったね、拓夢くん! でも、みんな落ち着いてくれてよかったよっ!!」
拓夢のテンプテーション・スメルに当てられ、暴動を起こしかけたクラスメイト達は、桜の助けもあって、何とか収めることが出来た。
〝若き乙女たちを狂わせる、魔の体臭〟
嘘みたいに思っていた拓夢だが、こうして体験してみると、その恐ろしさを実感できる。
拓夢はハッキリ言って、前の学校では全然モテていなかった。
けれども、この学園では大モテだ。嬉しくはあるが、女性アレルギーもあるので、複雑な心境というのが正直なところだ。
(しかしまあ……よく僕みたいな陰キャに、これだけ夢中になれるもんだね)
声に出すと失礼なので、心の中で呟く拓夢。実際、暴動は収まったものの、それぞれの席に戻った女子生徒たちは、チラチラと拓夢の方に視線を向けながら、「ああ……素敵……」だの、「わたくしの隣にも来てくださらないかしら……」など、熱っぽい口調でささやき合っている。
しかし、そんな風に彼女達を狂わせてしまっているのは、他でもない自分なのだ。
(迷惑だ、何て言ったら罰が当たるよな)
心の中で、軽く自分を叱責しておく。
ついでに、早く次の授業が始まらないかな、なんて思いながら。
そうじゃないと、女子生徒の視線が痛い……。
女子からの熱烈な視線に、拓夢が落ち着かない気持ちでいると、
「わたしね、庶民の男の子と、こうして一緒に授業受けるの、夢だったんだぁ~~っ」
隣から、ふわふわと弾んだ声が聞こえる。
加々美桜。十六歳。11月6日生まれ、さそり座のO型。
まだ朝のHRを終えただけだというのに。
彼女の感激の嵐は止まらなかった。
「それも、だぁ~~~~い好きな拓夢くんの隣でなんて。きゃー♡♡♡♡」
先ほどの騒ぎを全く反省していないのか、桜は大はしゃぎだ。そのよく通る大きい声は、教室の隅にいても聞き取れるほどで、クラスメイトにまた悪影響を及ぼしかねない。
「……言っておきますけど、庶民だからって授業中に何もありませんよ? 別に普通です」
拓夢がコッソリと教えてあげると、
「うっそだぁ~~~~ッッ。庶民の男の子は授業中にも関わらずお弁当を食べたり、ゲームをしたり、タバコを吸ったりお酒を飲んだりしてるんでしょ? わたし、知ってるんだからねっ!!」
……それはドラマ。しかも、最近では見ない内容の話だ。
拓夢が苦笑していると、桜は嬉しそうに身を寄せて、
「……ねね、ちょっとお願いがあるんだけど」
秘密裏にコソコソと耳打ちをする。
「なんでしょうか? 教科書を忘れたとかですか?」
桜は拓夢の言葉に首を振ると、瞳を輝かせながら言った。
「ちがうよ。まあ、ひとつの教科書を一緒に見るっていうのも、憧れてたシチュエーションではあるんだけどね? それよりもわたしが頼みたいことは、『授業中にゲームをすること』なんだ~」
言いづらそうなのも最もな内容だった。しかし、お嬢様学園でそんなことをしたら、厳しい罰が待っているに違いない。
拓夢は眉を寄せながら、桜に耳打ちで答えを返した。
「ダメですよ桜さん。絶対バレますって。それに僕は庶民特待生ですよ。授業中に遊んでいるなんて知られたら、夢子さんから何を言われるか……」
「だいじょーぶ。ゲームと言っても、ちゃんと授業に関係のあるゲームだからッッ!!」
小声で大声……というと矛盾が生じるが、ささやき声にしてはボリュームのある声で桜は言った。どういうことかと、拓夢も聞き返す。
「授業に関係のある……? それって、どういうゲームですか?」
「次の授業って、歴史だよね。それも、厳しいことで有名な十神先生。確かに、このままじゃ遊べないね」
言いながら桜は、カバンから教科書やノートを机の上に並べて置いた。十神の授業は拓夢も何回か受けたことがある。厳しいというよりは熱心な教師で、少しでも集中していない生徒がいたら積極的に指名し、講座を聞かせる……そんな感じだった。
「十神先生が授業するなら、やっぱり無理じゃないですかね」
拓夢は諭すように話しかけた。
桜が自分に好意を持ってるのは知っているし、隣の席になって興奮しているのも分かる。しかし、神聖な学び舎にいるのだから、自分達だけ遊び半分で授業を受けるのは、やはりよくないことだ。
しかし桜は天真爛漫な笑顔を浮かべると、
「それが、無理じゃないんだな~~。いい? 拓夢くん? わたしたちは、真面目に授業を受けるの。そして、それが遊びにもつながるのッッ!!」
そう言って「えっへん」と胸を張る桜。「どういうことですか?」と拓夢が問いかけると、
「わたしの言うゲームっていうのはぁ……『しりとり』のことだよッッ!!!!」
桜は自信まんまんな表情で、そう叫ぶのであった。