⑲真莉亜の母
今度は歩幅を合わせてくれた麗奈の案内により、拓夢はようやく目的地にたどり着くことが出来た。四季折々の花に囲まれた大きな広場だ。大勢のゲストが座るバンケットテーブルは色とりどりの花々で飾られ、屋根にはたくさんのミニライトが灯されていた。
中央には小さな池といってもいい巨大な噴水があった。
その四方には長い木で出来たテーブル、そしてその上には桃色のベゴニア、イチジクの枝、そして蜂蜜の香りのキャンドルがテーブルランナーに置かれていた。
「あの方が……真莉亜さまの?」
「ええ……そうらしいですわね」
拓夢はとても緊張していた。会場には、豪華なタキシードを着た紳士や、煌びやかなドレスをまとったご婦人が大勢いたからだ。皆とてつもない美形揃いで、お金持ちとはまずDNAからして違うのかと不満を言いたくなるくらいだった。
そのゲストの中から、一人の女性が出てきた。その女性は、拓夢を家に招いた張本人だった。ゴージャスなドレスを優雅に着こなす見目麗しさは、集まったゲストの中でも飛びぬけている。
「真莉亜さん!」
「拓夢さま……いらしてくれたのですね♡」
遠目から見てもド派手に美しい真莉亜が、駆け寄ってくるとさらに美しく見えた。
胸元と足元が大きく開いた、真っ赤なドレスがやけに艶めかしい。首元には薔薇の形をした、ダイヤモンドのネックレスをつけている。腰元に添えられた白薔薇のコサージュといい、このドレスのテーマは「薔薇」のようだ。
「あ、あのっ、ま、真莉亜さん。そ、そのドレス、似合っていますね……」
必死で言葉を絞り出す。豪華な会場。煌びやかなゲストたち。沢山の美しい女性たちに囲まれて、拓夢は失神寸前だったのを、何とか耐えていた。
「まあっ、拓夢さまったら♡」
真莉亜が純白の頬を朱に染めて笑顔を見せた。
しかし、すぐに表情を引き締めると、後ろを振り向き、
「……お父さま。こちらのお方が、城岡拓夢さまですわ」
真莉亜の背後には、タキシードをバッチリ着こなす一人の紳士が立っていた。壮齢の落ち着いた雰囲気をしたジェントルマンだ。白髪交じりの七三に分けた髪をオールバックにした男性で、メガネの奥に光る眼光は鋭く、若い頃はさぞモテたに違いない。今でも十分すぎるほど恰好がよく、形のいい整った鼻の下にある口ヒゲは、似合っていて、ステッキを持っていてもおかしくないくらいダンディだった。
「……あ、ぼ、僕は……その……」
拓夢がつたない言葉で挨拶しようとした時だった。
「とりあえず、テーブルにつきなさい。せっかく来て頂いたのだ。お茶も出さずに話をするなど、礼に欠ける」
紳士は、冷静な口調で拓夢に話しかけた。そして、チラリと拓夢の後ろの麗奈に視線を向けると、
「……母さんもだ」
「……え? ええ?」
「はぁーい。あなた、遅くなってごめんなさいねー」
しかし、「母さん」と呼ばれた麗奈は、驚くこともなく、むしろ喜んで紳士の元へと駆け寄っていく。
麗奈は、そんな拓夢にパチンとウインクをしながら、
「ごめんなさいねー。騙すようなことして。でも、そう言った方が、拓夢さんも話しやすいと思ったのー」
騙す? 麗奈の言葉に、拓夢が目をパチパチさせていると、
「あたくし、もう40を過ぎているのよー。一鶴さんとは20代の時にお見合いで結婚したのー。つまり、あたくしは真莉亜の姉じゃなくてー、母なのー」
麗奈の説明が、拓夢にはすぐには受け入れられなかった。
40代って……だれが?
結婚して子供を産んでいる……麗奈さんが!?
「ええええええええええええええええええええええっ!?」
有栖川邸に、拓夢の叫び声が響き渡るのであった……。