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庶民特待生となった僕は、名門学園に通う美少女達から愛されまくる!  作者: 寝坊助
第3章 うずまく陰謀! 拓夢出生の秘密!
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⑱私は……庭師だ。

「困った……麗奈さんとはぐれたぞ」


 速攻で麗奈とはぐれた拓夢は、先ほどから中庭をうろちょろしていた。

 スタスタと勝手に歩く麗奈も悪いが、この巨大で入り組んだ庭も悪い。


「でも、素晴らしいな……」


 その一方で、中庭で迷えたことを拓夢は感謝していた。それほど、その光景は見事だったのだ。

 まさに都会のオアシスだった。熱帯植物や季節の花々、美しい噴水や彫刻があしらわれた、風光明媚(ふうこうめいび)な庭園。


 珍しい花や植物を眺めながら、拓夢は幸せな気持ちで遊歩道を歩く。

 透明な陽の光は川の水に反射され、淡い花たちを鮮やかに照らしていた。

 緑の芝生は、群青色の空の下、木々に囲まれながら庭中に敷き詰められていて。

 空気は澄んでいるし、花の良い香りはするし、家の中にいるだけでバカンス気分が味わえるような気がした。


「お、綺麗な花だな……なんて花だろ?」


 赤、紫、白、クリーム、青、オレンジ、ピンクと……。色とりどりのつぼみを咲かせたラッパのような形をした花に、拓夢は目をつけた。


「それはペチュニアと言ってな。南米原産のナス科ペチュニア属に属する花じゃよ」


 急に後ろから話しかけられ、拓夢はビックリしてふりむいた。

 立っていたのは、壮齢のお爺さんだった。

 作業着にロングブーツ、白髪交じりの頭に、日差しを避けるガーデニング帽子を被っている。

 好々爺(こうこうや)という表現がピッタリなくらいなお爺さんは、黒目が見えないほどニコニコだ。それでいて、どことなくエレガンスさを感じさせる。スーツでも切れば、立派なジェントルマンに変身しそうだ。


(誰だろう……庭師かな?)


 スコップとバケツを持った出で立ちから、拓夢はお爺さんをそう判断した。


(あ、でも……。僕のこと、どう説明しよう?)


 麗奈もいないし。もしかしたら、不審者に思われるかも、と。拓夢が悩んでいた、その時だった。


「ふぉっふぉっふぉ。この花も、良いつぼみを咲かせそうじゃの」


 低い笑い声の方を向くと、お爺さんは花壇の花を手入れしていた。

 よほどのベテランなのだろう。馴れた手つきで土を掘り、水をかけ、そして余分な花の茎を切り捨てている。


「あの。ここに咲いている花って、全部お爺さんが?」


 拓夢は思わず聞いた。

 お爺さんは、視線だけちらりと拓夢に向けると、


「ああ。この歳になると、新しいことにはあまり興味が沸かなくての。この屋敷に咲いている花は、みぃーんなわしが育てた子供達じゃよ」


「……すごいなぁ」


「君もやるかね?」


 お爺さんは笑い掛けながら、拓夢にスコップを差し出した。

 拓夢は思わず、スコップを受け取る。


「どうすればいいんですか?」


「よいかね、坊主。ガーデニングとは、子育てのようなものだ」


 お爺さんは言いながら手本を見せる。手慣れた手つきでスコップを持ち、土を掘っていくと、


「土とは、お花が住む家のようなものじゃ。ほら、この家のようにな」


 目だけを屋敷に動かす。


「そして、掘った土に腐葉土(ふようど)や消石灰を混ぜていく」


 拓夢が質問を返す前にお爺さんは、


「習うより慣れろじゃ。お前さんも、少し水をやってみい」


 今度は拓夢の上を掴むと、その手にじょうろを握らせた。

 拓夢は言われるがままじょうろを傾けたが、


「こら、そんなに水をやっちゃいかん。根が腐って枯れてしまうじゃろ。土を触って軽く濡れてるくらいがちょうどいいんじゃ」


「は、はいっ」


 拓夢は慌ててうなずくと、じょうろを離し、花壇の中の土に手を入れる。

 そして、中の花をそっと撫でてみた。


「なんだか……泣いてるみたいだ」


 もちろん、花は喋らない。感覚もない。しかし拓夢には、何故か花がそう言っているように感じたのだ。


「だから子育てと一緒なんじゃよ。一緒に成長し、一緒に悩む。苦楽を共にし、共に季節を過ごす。中々楽しいものじゃろ?」


「は……はい。そうですね」


「なら、気の済むまで見ていくといい。花は逃げたりはしない」


「子育てと……一緒か」


 拓夢は、寂しそうにつぶやいた。


「僕には、よく分かりません。本当の親が……いないから」


「まぁ、人生には良いことも悪いこともある。じゃが、坊主はまだまだ若い。過ぎたことよりも今じゃよ。楽しい時には、楽しい顔をしていなさい」


 そう笑うと、お爺さんは拓夢の頭を撫でた。


「……」


 拓夢は不思議なものを見るように、お爺さんの顔を眺めていた。

 確かに、今の拓夢は以前とは比べ物にならないくらい幸せだ。こうやってゆっくりと花を眺める余裕さえ、前の家ではなかったのだから。


「人生とは、思い通りにはならん。だからこそ面白いものじゃ。そうじゃろ?」


「……はい」


 拓夢は、うつむきながら答えた。

 お爺さんに、涙目を見られるのが恥ずかしくて。


「すみません。じゃあ、他の花にも水やりしますね……って」


 拓夢がお爺さんに話しかけようとした、その時だった。

 お爺さんはいなくなっていた。それどころか、バケツやスコップなどの作業用具まで消えている。

 まるで、始めからそんな人はいなかったかのように。


「……あれ? どうしたんだろ……」


 拓夢は首を傾げた。

 拓夢がうつむいていたのは数十秒ほど。そんなに長い時間じゃないはずなのだが……

 

「あー! 拓夢くんー、いらっしゃいましたのー!」


 間延びした声が、拓夢の後ろから聞こえてくる。


「あ――麗奈さんっ」


 拓夢は振り向く前に涙を指で軽くこすった。

 麗奈は、そんな拓夢の反応に気づくこともなく歩み寄ると、


「もーっ、探しましたのー。こんな所で、何をやっていましたのー?」


 あまり怖くはないが、どうやらプンプンと怒っているつもりのようだった。


「あ……庭師のお爺さんと、ちょっとだけお喋りしてたんですよ。ごめんなさい、のんびりしちゃってて」


「おじーさんの庭師……? そんな方、いらっしゃったかしら……?」


 しかし麗奈は、美しい指を形のいい顎の下に乗せて悩んでいる。


「後でお礼を言いたいな。何て名前の人なんですか? 見たところベテランさんみたいでしたけど」


「分からないですのー。このお屋敷、こーんなに広いから。使用人も、数えきれないくらいいますのー」


 眉毛を逆ハの字にしながら、困った笑顔を浮かべる麗奈に、


「……そうですか」


 と、拓夢は残念そうにつぶやくのだった。

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[気になる点] >「おじーさんの庭師……? そんな方、いらっしゃったかしら……?」 .......幽霊?((((;゜Д゜))))
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