⑨バラバラ殺人事件
それは、バラバラ遺体を連想させる黒くて不気味な塊だった。
台の上に並べられたそれを見下ろしながら、拓夢は顔をしかめた。
「うぐ……!? なんだこの臭いっ」
思わず口元を抑えた。猛烈な臭気に、吐き気を催したのである。
焼け焦げた顔の目玉からは、ドロッと黒い液体が流れ出ている。そして、切り離された四肢や胴体からは、腐った魚を焼いたような、すえた匂いが漂っていた。
「うぷ……!」
その凄まじい異臭に、拓夢は立っていることすらも困難となり、後ろのテーブルへと持たれかかった。向かい側にいる人物は、その様子を真っ黒な瞳で覗き込む。
その人物に対し、拓夢は叫んだ。
「ごめん! くるみちゃん、もう勘弁してよ!」
そう、その人物の名は、姫乃咲くるみであった。
姫乃咲くるみ。
青色のボブカットを黄色いカチューシャでまとめた、ポップでキュートな女の子だ。明朗快活で純粋とくればアイドル並みに可愛らしい。時折爆発する妄想と勘違いさえなければ。
そんなくるみは、拓夢の瞳を真っすぐに見つめながら言った。
「え~。食べてくださいよぉ~。拓夢せんぱ~い」
目の前にあるバラバラ死体とは正反対の、のんびりして可愛らしい口調だった。
「せっかく、くるみが包丁で手足を一本一本切り離して~、上手に焼いたのにぃ~。食べてくれないと、くるみ悲しいです~」
包丁で切り離す? 焼く?
そんな物騒なことを、のんきに言い放つくるみ。
「そんな風に好き嫌い言うなら、くるみがあーんしてあげましょうか?」
「い、いやいや。そういう問題じゃないってっ!」
「あー、もう。何なんですか。この人だって、拓夢先輩には美味しく食べてもらいたいと思ってるはずですう」
「だから、そういうのグロいんだって!」
拓夢は顔を真っ赤にしながら、頬を膨らませるくるみと言い合っていた。
はあ……っと、拓夢は大げさにため息をつく。吐き出した分の息を吸おうとすると、またあのくさい匂いが鼻に入ってきたが。
一体、何があったのだろうか。
話は、三十分ほど前にさかのぼる。