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ノアシェランの不思議な窓  作者: ゆずりお
8/9

ベルトラントが可愛過ぎる件について小一時間熱く語りたい。

え?前回の前書きと内容が違った?

昼ドラ要素がどこにあった?

フフフ…ネタバレ防止のフェイクですよ。

すみません。

前書きも窓仕様なのは私がド素人だからです。


先人を切る完全武装したアトスタニアと20人以上の衛騎士の後に、デュオニュソスが続き。

その頭の上を黒円がフヨフヨと飛んでいる。

黒円の中にはレオナードとリリスティア、そしてウィンスとエマルジョンとノアシェランが入っており。

黒円とデュオニュソスの周りをウィンスの部下で有る宮廷魔導師が囲んで、更にその後ろを残りの近衛騎士と国王付きの侍従や侍女達が従いながら、50人近い国王一行が後宮の東棟を目指して廊下を突き進んでいた。


『何事で有るか!そこを止まれ!

此処は正妃殿下の居室なるぞ!』


「ええぃ煩い!

ここはペルセウス王国だ。

皇国語で喚くな。

国王陛下のお通りで有る。

即刻道を開けよ!」


この国で一番高貴な女性が住むその場所は、大小合わせて10個の部屋が有るが。

その一番大外に当たる白木の扉前でのやり取りに、アトスタニアが小言を言いながら片手を上げて合図をすると、部下達が力押しで制圧して行く。


「道を開けよ!

国王陛下のお通りで有るぞ!」


『迎え打て!』


「なるべく殺すな!

捕縛せよ!」


中に入れまいとする皇国の護衛騎士と武力の小競り合いが起こったが。

表向きは話し合いの体を装っている為に、ペルセウスの近衛兵の後ろから隙を見て宮廷魔導師が捕縛魔法を放ち、それをアトスタニアの部下達が拘束して行く。


『何事で有るか!

此処を王太子殿下の居られる正妃の居室と分かっていての狼藉か!』


『国王陛下のお渡りで有る!

剣を収めて即刻迎え入れよ!』


『なんと野蛮な!

正規の手順も踏まぬとは作法も心得ぬ蛮族か!』


『非礼は重々承知している!

だが正妃の身柄を保護し、陛下が直々にお連れしたのだ。

これは緊急時の対応と心得よ。』


皇国側の殆どの護衛や侍女達は、王太子を守るべく1つの部屋に集まって身を寄せ合っていた為、皇国側の護衛の後ろから責任者なのだろう。

恐らくメリーズと思われる侍女長が声高にペルセウス王国側の行いを批判し。

それに対してデュオニュソスがアトスタニア達の後ろから、威風堂々とした態度で応える。


『何を世迷い言を!

何処に妃殿下や陛下のお姿が有る!』


『私の頭上を漂っている黒円の姿に見覚えは無いか?!

これは神々より遣われしノアシェラン殿下の異能で有る。

妃殿下と陛下の玉体はこの中におられるのだ。』


『何を馬鹿な事を!

我々を謀ろうとしてもそう易々と信じられるものか!』


これはペルセウス王国の誰もがそうだよねー。と、心の中で同意をする。

けれどもこの中に居れば安全なので、この緊張下の元でそう簡単に姿を見せるのは危険だった。

向こうも此方も騎士達は全て、剣を剥き身でちらつかせているのだから。


(その方等の言い分は承知した。

今から我が姿を現そう。)


(陛下!危険が過ぎます。)


(良い!

そもそも我は話し合いの場を儲ける為に出向いたのだ。

無用な警戒は不要と思え。

彼等は和平の為にこの国に訪れた我が妃の従者達で有るからな。)


祖母からの熱心な教育の成果で、デュオニュソスは皇国語をペルセウス語と同等に扱えるが。

レオナードはヒヤリングこそデュオニュソスからの特訓のお陰でギリギリついて行ける程度な為に、念話を使った方が細かい表現が伝えやすい。

その為にデュオニュソスもそれに合わせて全員に情報を伝える為に念話で会話の対応する。


(しかし今は皇国の者も興奮しておりますので、事故が起こればお互いに取っての不幸となります。)


(それでは皇国側の者に問おう。

我が姿を現したなら、すぐ武装を解いて迎え入れるか?)


(先に其方が解かれるが宜しかろう!

それに妃殿下のお姿が見えぬ間は、我らは容易く信用などせぬ!)


それに対してメリーズかと思われる年嵩の行った厚化粧の侍女が、ペルセウス王国側が到底受け入れられない条件を提示して拒む。


リリスティアはこの居室に訪れる前から怯えてレオナードに縋りついている。

この様子では表に出すのはとても難しい。

我が子を取り戻す為と言っても、強要すればノアシェランが怒るだろう。


(うーん、間怠っこしいですねぇ。

先にお兄様を此方に呼んだ方が、お互いが危なく無くて良いんじゃないですか?)


少しの間レオナードが逡巡する姿を見たノアシェランが、先手を取ってそう提案する。


(ノアシェラン!また勝手はするなよ。)


(分かっていますよ。

だからこうしてお父様に相談をしてるじゃ無いですか。)


拗ねた風に告げられる幼い思念に、ペルセウス側は緊張の中でニヤリと微笑を浮かべ。

逆に皇国側は緊張が走った。


(そうだな。やって良いぞ、ノアシェラン。)


(はーい。お兄様、こっちにカモン!)


異世界語が分からない者達にも、ノアシェランがとても軽やかに張り切っている雰囲気が伝わる掛け声ならぬ、掛け思念だったのだが。


(あれれ?来ませんねー。

お父様、どうやら此処にはお兄様が居ないみたいですよ。)


一番奥の方で、子供らしき塊を布で包んで抱いている皇国側の侍女やその周りの者達が、ギクリと身体を強ばらながら怯えた視線を黒円に向けて来た。


(そう言う事か…。

ノアシェラン!

デュオニュソスとアトスタニアを中に戻せ!

他の者はこの場に居る者達全員を捕縛せよ!)


「「「は!」」」


ペルセウスの近衛兵達が一斉に了解の声を挙げた瞬間、アトスタニアとデュオニュソスの姿が黒円の中に消え去ると、皇国側の護衛達が決死の思いで攻撃に移る。


(ノアシェラン!)


(分かっています。

お兄様が居る所に飛んで下さい!)


次の瞬間には剣と魔法が入り乱れている部屋から、中庭らしき緑に囲まれている場所へと窓は景色を変えた。


そして見下ろした先には黒いローブを被っている化粧の厚い女性が、幼い子供を布で包んで抱き締めている姿と、それを2人の護衛が守っている姿が現れる。


(メリーズ…)


その黒ローブを着ている女性の姿を見たリリスティアが、ガタガタと震えながら思念を漏らし、レオナードの身体に寄り一層顔を寄せた。


(おのれ!この出来損ないの裏切り者が!!)


とても姫に対する台詞とも思えないが。

その上で子供を抱きながら片手を振って飛ばして来た炎玉に、レオナード達の表情が寄り険しく荒む。


(なっ…効かぬだと!)


けれども炎玉が黒円をアッサリすり抜ける光景に、メリーズが衝撃を受けた瞬間。


(お兄様カモン!)


すかさずノアシェランが子供を奪った。


(な?!)


しっかりと腕に抱いていた存在が、突然姿を消した事にメリーズは呆然と自分の腕を見つめる。


(きゃぁぁぁん!可愛いぃぃ!!)


そして黒円の中にはフヨフヨと漂いながら、驚いて目を見開いている。

サラサラとしたストレートの髪が肩まで伸びている金髪の美幼児に、ノアシェランの興奮した思念が弾けた。


(あぁ…ベルトラント。

君がそうなのか…)


目と口をポカンと開けている美幼児を、優しく片手を伸ばしているレオナードの所に飛んで行く様にノアシェランは喜びを込めて願う。


実はレオナードが自分の息子の姿を見たのはこれが初めてだった。

子供が産まれた事は知っていたし。

彼の名前をつけたのも、リブロが上げた候補の中で選んだのもレオナードだ。

でも会う事は叶わなかった。

理由は色々とあった筈だが、一番はレオナード自身がそれを望んで無かったからだ。


でも今の彼の目にはウッスラと涙が滲んでいる。

それは驚いている女の子の様に愛らしい幼児が、瞳の色こそ自分の緑と彼の灰色と違えども。

毎日鏡で見るレオナードの顔と、実に良く似ていたからだ。

我が子とはこれほどまで似るものかと、遺伝子の神秘に胸が震える。

レオナードの中に無かったベルトラントへの父性が、仄かに芽生えた瞬間だった。


リリスティアが死神としか思え無かった様に、この時この目で実際に生きて動く息子の姿を目するまでは、この愛らしい幼児の事すら死神が構えている鎌か政治の駒としか感じて無かったからで有る。


ベルトラントはレオナードの優しい笑顔を呆然と見た後で、その傍らに寄り添っている女性の姿に気付く。


(母上だ!)


その時にはレオナードにしがみついて、顔すら挙げてないリリスティアに向かって、喜ぶ子供の思念が弾ける。


けれどもリリスティアは、その喜ぶ我が子の思念にすら、ビクリと身体を揺らして身体を縮こめる。


(母上だ!母上だ!母上が居る!)


ひたすら母親だけを見て無邪気に喜んでいる息子と、それが聞こえている筈なのに怯える事しか出来ない妻の姿に、レオナードの心が針で突かれたかの様に酷く痛んだ。


(クッ…殿下!その女は敵です!

近寄ってはなりません!!!)


(黙れ!痴れ者めが!!!)


その時メリーズから飛んで来た悪意にまみれた思念に、レオナードはその圧力を上回る勢いでそれを圧倒する。


喜んでいたベルトルトがそれにビクリ!と怯えて顔をクシャリと歪めるのを見て、ノアシェランは堪らずに男の子の所に飛んで行く。


(始めましてお兄様。

私はノアシェランと言います。

貴方の新しい妹ですよ。)


(……いもうと?)


(そうですよ、お兄様。

貴方は私のお兄様になったんです。

ですから一緒に行きましょう。

私達のお父様とお母様の元に。)


この時ノアシェランはメリーズの悪意が届かない場所へと、窓を飛ばしていた。


(ノアシェラン、何故窓を動かした。

あの者達を捕らえねば…)


(そんな事はどうでも良いです。

今はこっちの方が肝心でしょ。

気になるなら後で探してあげますから、しばらく大人しくしてて下さい。

全く空気の読めない人ですねっ。)


弾丸思念でノアシェランに叱られたデュオニュソスは、ムッと唇を引き結んだものの。

それには反論せずに黙り込んだ。


(さぁお兄様。

これで邪魔は入りませんよ。

大好きなお母様とお父様の所に一緒に行きましょう。)


(おとうさま?)


(そうです。お父様ですよ。

お兄様は父君のことを知らないのですか?)


その時怯えていたベルトラントの瞳が、ギラリと剣呑な色を浮かべて鋭くなったのだが、それでもそれはそれで可愛くてノアシェランの顔が思いっ切り緩む。


(お父様とは父上のことか?!

アイツは悪い奴なんだ。

母上や皆を虐めて泣かせるんだぞ!

だからお母様が病気になったんだって、メリーズが言ってた!)


どうやら知能がとても発達しているお子様らしく、プリプリと怒りながらシッカリとした思念を飛ばしている。


(ウフフ。それはヒドいお父様ですね?

それならちゃんと直接文句を言いに行きましょう。)


(うん!)


実はかなり至近距離でやり取りしている為に、さっきから全部聞こえているレオナードは、思わずそれに苦笑を浮かべて寂しい気持ちを飲み込んだ。


(さぁお兄様。

この人がお兄様の父上ですよ。

文句を言う前にちゃんとご挨拶が出来ますか?)


(え、えと…ち、父上?)


けれどもノアシェランには勢い良く文句をまくし立てていた彼が、レオナードと直接触れ合える場所まで来ると、急にモジモジと勢いを無くす。


(あぁ、そうだよベルトラント。

私が君の父上だよ。)


その愛らしい姿がとても胸に迫ったレオナードは、右腕でリリスティアを支えながらも、息子に向かって手を伸ばした。


(あぁ…ベルトラント。

ずっと側に居られなくて悪かったね。

私はいつも君の事を思っては、皆と話をしていたんだよ。)


(ち、父上…ふぇ…)


幼い身体を片手で抱き締めながらレオナードが頭の近くでそう呟けば。

途端にクシャリと顔を歪めたベルトルトが、レオナードの首に抱きついて大泣きをし始める。


(ベルトラント、リリスティア。

どうやら私はずっと間違えていた様だ。

本当にノアシェランの言う通りだったよ。

今までずっと苦しませてすまなかった…。

未熟な私を許して欲しい。)


(レオナードさま…)


ベルトラントと一緒になって強く強く彼に抱き締められたリリスティアが、ようやく顔を挙げて涙を零す。


(レオナード様は悪く有りません。

悪かったのは私の方です。

あぁ、ベル。

私の赤ちゃん…。

今まで本当にごめんなさい。)


おずおずとリリスティアがベルトラントの頬に手を伸ばす姿に、ノアシェランは堪らなくなって3人の姿を遠くに移す。

そしてビタン!とデュオニュソスの胸元に飛びついて、蝉の様に張り付く。


(…何をやっている。)


(だから空気の読めない人ですね。

こういう時はギュッと抱き締めて下さいよ。)


(さっきから聞いているが、空気とは読む物では無くて吸う物だぞ?)


(マジか?!この朴念仁が!)


とても嫌そうな顔で見下ろして来るこの男は、“ひょっとして泣いているのか?直ぐに泣くんだから”と、ティシューを笑いながら渡してくれたあの人とは違ってまるで気が利かない。


夫と彼を重ねても仕方が無いかと諦めかけた頃になって、ようやくぎこちなく包容される。

だからノアシェランは遠慮無く、デュオニュソスの胸元をティシュー代わりに涙と鼻水で濡らしてやった。


どれだけ涙を零しただろうか。

私の赤ちゃんと呼びながら、娘を抱いていた頃の事をノアシェランが思い出していると。


(ノアシェラン。)


レオナードからの言葉少ない合図に、3人をこの場に引き寄せる。


(姫様、どうぞお使い下さい。)


そして切ない胸の痛みを堪えてデュオニュソスから顔を離すと、エマルジョンが優しく呼んでハンカチを手渡してくれた。


(貴様は本当に何なのだ?!

これは酷いだろう。)


(それはデュオニュソス様が言われた事しか為さらないからですよ。)


鼻水と涙でグッショリと湿った胸元を嫌そうに摘まんだデュオニュソスに、エマルジョンがコロコロと笑いながら視線でリリスティアを示す。


(むぅ…)


(その点は陛下の方が上だったな。

けどこれぐらいは俺でも気付くぞ?

まぁ今は渡せないが。)


すると彼女の手にはレオナードが渡したと思われる、彼の紋章付きのハンカチがシッカリと握り締められているのを見て、デュオニュソスは顔をしかめ。

アトスタニアが金属に包まれた胸元を親指で示しながら、拗ねるデュオニュソスを朗らかに笑い飛ばした。


(さて陛下。

この後はメリーズの捕縛ですか?)


(捕まえた所でこの中に入れるのは業腹だな。

だが捨てては置けぬ。

この手数で間に合うか?)


ウィンスとレオナードが悩んでいる様子に、顔を拭いたノアシェランがそれならと提案する。


(さっきの魚の魔物と同じように、遠くに入れておきましょう。

それから皆さんの居る元の部屋に戻れば良いですよね?)


(危険だがそれが一番安全なのか?)


(念の為に警戒はしておいて下さい。

咄嗟でも出来た事なので、落ち着いてやれば失敗は無いと思うのですが。

本当にいやなんですよ。

不愉快なものをこの中に持ち込むのは。

でも私もですけど、お母様もとても不快でしょうから、お父様がシッカリ守っていてあげて下さいね。)


自分は再びデュオニュソスに張り付くと、窓に願ってメリーズ達の所に飛び。

その身柄を黒円の中に吸い込むや否や、豆粒ぐらいまで遠くへと追いやって置く。


(この化け物め!

見えない壁が?!魔法が通じないわ!)

『くそ!閉じ込められたぞ!』

『どうすれば良いんだ!』

(殿下!殿下!その化け物から直ぐに離れて下さいませ!)


意味の分からない皇国語はともかく。

念話での声は無視出来ない。

呼び掛けられたベルトラントが戸惑うより先に、正妃の居室に場所を移し。

制圧されている者達の前に、3人をすかさず放り出す。


そしてタイミングを見計らっていたウィンスが、窓の外に飛ばされて体勢を崩している彼等を素早く魔法を飛ばし、光る輪で拘束した。


『まさかメリーズ様?!』


『クッ…、この卑怯者が!

そこの化け物!

売女ばいたに何を吹き込まれたかは知らぬが、殿下を早く解放為さい!!』


(ウィンス。

あの女の言葉は聞くに耐えぬ。

何とかしろ。)


(御意。と、言いたい所ですが少々手荒になりますよ?

意識を奪って良いのなら楽なのですが。)


(父上!メリーズ達にひどい事はしないで!)


(だがアレの言葉にはリリスティアやノアシェランを侮辱する悪意が込められている。

ベルトラント。

手荒な事はなるべくしたくは無いが、私は妻と娘を守りたいのだ。)


(メリーズ!大人しくして!

悪い言葉は使ったらダメだよ!)


(しかし殿下!

その者達は殿下の御身を傷つけます!

騙されないで下さい!)


(ボクは騙されてなんか無いよ。

お母様もちゃんと優しくなったし、妹も優しくしてくれてる。

だから心配しないでメリーズ。)


(それは殿下を騙す向こうの手段です!

その者達を信用してはなりません!

私の言う事を聞きなさい殿下!!)


(あうっ…)


(((ベルトラント?!)))


(早く其処から出て来るのです!)


頭を両手で挟んで苦しみ始めたベルトラントの姿に、レオナード達の顔が青ざめる。


(こんな幼い子供にまで…。

お父様!私に許可を下さい!)


(しかし!)


(私を信じてお父様!

私は今度こそ自分の家族を絶対に守ってみせます!)


(クッ…頼む、ノアシェラン!)


(はい!頼まれました!

良いですよね?デュオニュソス様!)


ノアシェランがデュオニュソスからの返事を聞く前に、小さな身体から壮大な魔力を引き出した。


(ノアシェラン!)


そしてリリスティアの時と同じようにベルトラントの頭に着けられていた飾りに、彼女の魔力がまとわりついて行く。


キン!と甲高い音が響いて細い金環が砕けた瞬間、それらと共にレオナード達全員が部屋の中に姿を現す。


(こ、これは…ベル!ベルは無事か?!)


(ノアシェラン!)

(姫様!)


突然重くなった身体に驚きながらも、レオナードは妻と息子を抱えながら上手くバランスを取り。自分の腕に抱えていた息子を気遣って無事な姿を確認したが。

エマルジョンとデュオニュソスは、近くの床に倒れているノアシェランに慌てて身を寄せる。

アトスタニアとウィンスも部屋に出された事で、素早い動きでレオナードの前後に立って臨戦態勢に入った。


(ノアシェラン!)

(姫様、姫様!しっかり為さって下さいませ!)


「黒円が消えかけている!

姫は魔力を使い過ぎたんです!

早く、早く薬を飲ませなければ!」


青白い顔をしてグッタリとしているノアシェランの姿に、ウィンスが即座に状況を把握して危機を知らせた。


(死ね!化け物め!)


だがそれよりも先にチャンスとばかりに、メリーズが目を血走らせながら自身の魔力を練って攻撃を放つ。


(クッ…)


(デュオニュソス!)


ウィンスが周囲に結界を張るのと同時に、レオナードが叫ぶと爆発が起こった。

ウィンスが張れた結界の範囲はレオナード達を守るもので、少し離れている場所にいたデュオニュソス達までは距離が足りない。


炎の玉が弾けて爆炎が上がった場所を、全員が厳しい表情を浮かべて睨み付ける。


けれども炎が床と天井を焦がした後は、その場所には薄くなった黒円だけがポツリと1つ浮かんでいた。


(何故だ?!)

(その者の意識を落とせ!)

(は!)



失敗に呆然としているメリーズに、アトスタニアが素早く寄って殴りつける。


(ノアシェラン!ノアシェラン!

しっかりしろ、ノアシェラン!!!)

(姫様が…姫様が息をしておられません!!!)


(た…大変だ…何故黒円が…)


まるで危機が去ったと言わんばかりに、黒円が消滅すると3人が焼け焦げた床に姿を現す。

それに驚いているウィンスの目の前で、周囲の床にノアシェランが集めた衣類やナイフにコップなどの日常品がボトボトと撒き散らかされた。


その中でただ名前を連呼するしか出来ないデュオニュソスと、悲鳴を挙げるエマルジョンの姿に。


(魔力が尽きているのに力を無理やり使ったからだ!

このままだと姫が死にます!!)


ウィンスが張り裂けんばかりの想いで思念を叩き付ける。


『薬を出して!』


その時、今の今まで怯えて震えていた筈のリリスティアが、稟とした声を張り上げた。


(え、あ。薬…、はい!これです!

魔力を回復させるポーションです!)


『貸しなさい!』


(え、あ…)


リリスティアはウィンスが出した薬に飛びついて奪い取ると、小瓶を握り締めてノアシェランの元に駆け寄った。


(な…何をするつもりだ!)


『助けるのです!

良いから彼女を離しなさい!

その子は私の娘です!』


動揺に震えてノアシェランの身体を抱え込んだデュオニュソスに、リリスティアが稟として言い放つと。

彼が見ている前で小瓶を煽って口に含む。


そして未だに戸惑って動けないデュオニュソスを、エマルジョンが突き放すかの様にノアシェランを奪い取った。


(王妃殿下!)


そしてグッタリとして顔色が白いノアシェランの顔を向けさせると、リリスティアがその小さな唇に自分のそれを合わせる。


その姿を息を呑んで、周りの者達がジッと眺めていた。

レオナードも突然訪れたノアシェランの危機に、言葉を無くしてベルトラントの身体をギュッと抱き締めている。


『ダメ。思ったより飲んでくれない!

床に彼女を置くのよ!

胸を刺激します!』


(え…?)


『こうするの!』


皇国語の知識が乏しいエマルジョンが戸惑っていると、薬を飲ませ終えたリリスティアが、髪を振り乱しながらノアシェランの身体を床に寝かせ。その上に跨がって、小さな胸を両手で押し始める。


(い…一体何をして…)


(蘇生をさせているんだ!)


『分かるのなら手伝い為さい!』


エマルジョンが震えながら戸惑っていると、理解したデュオニュソスが思念で説明する。

そしてリリスティアから飛んで来た厳しい指示に、デュオニュソスが弾かれたかの様に寝かされたノアシェランの顔の横にうずくまった。


『呼吸を!2つよ!』


それはノアシェランの世界にも有る人工呼吸と言う技で有ったが、液体を直前に飲ませるのは嘔吐を誘発して窒息させる危険な行為だ。


けれども元々の魔力が消失して起こった症状の為に、それは決して外せない手段。

飲み干せずとも粘膜から浸透する薬が、魔力を回復させる効果を発揮するので、点滴など無いこの世界ならではな医療技術で有る。


これは魔力の少ない者が多い皇国で少なからず起こる。

魔力の不足で起こる不幸な事故に対して、その者を救命する国特有の知識だった。


デュオニュソスも過去に祖母から習っていた為に知識はあったが、実際に行動した経験が無い。


『口が合わないのなら鼻ごと含んで!』


その為にリリスティアからの指示を頼りに、小さな口に苦労しながら必死に呼吸を送り込んだ。


『離れて!胸を押すわ!

ノアシェラン!私の娘よ!

ナーガラインに乗ってはダメ!

今すぐ此処に戻りなさい!!!』


リリスティアは大粒の汗を浮かべて、意識の無いノアシェランに必死に声を掛ける。


「きゅは!」


(((ノアシェラン!)))


何度繰り返しただろうか。

実際は1分ぐらいの事だったが、小さな声を漏らしてノアシェランが息を吹き返す。

するとワアァァ!と周囲から大きな歓声が上がった。


『あぁ…戻って来たのね!

偉いわよ!

私の娘…ノアシェラン。

薬を、薬をもっと飲ませなければ。

誰か薬を!』


(魔力の回復薬を早く妃に渡せ!)


デュオニュソスが後ろにへたり込んで震えている前で、涙ながらにリリスティアが小さな身体を腕に抱き上げると必死に声を張り上げた。

レオナードからの指示を聞いた宮廷魔導師達が、泡を食ってワタワタと自分用のポーションを取り出して行く。


(((どうぞ!)))


『ありがとう!』


数多く突き出されたそれから一つ取ったリリスティアは、先程よりは多目にポーションを含んで、ノアシェランと唇を合わせた。


(ちゃんと飲んだわ。

いい子ね…私の娘。)


(あぁ…あぁ…姫様…)


(侍医を!早く侍医を呼べ!!!)


エマルジョンはその2人の姿に思わず泣き崩れ。

レオナードが鋭く指示を飛ばす。

ベルトラントは必死になっているレオナードにしがみつきながらも。

涙を流してノアシェランを抱き締めながら喜んでいる、リリスティアの姿をジッと黙って見つめていた。


(ん?何だ…この黒いヒラヒラしたもんは…)


その時になって、いつの間にか飛んで来て自分の肩に引っかかっていた布に気付いたアトスタニアが、それをつまみ上げて良く見る為に広げようとした。


(くわ!私のパンツ!!!)


その瞬間、ノアシェランがカッ!と目を見開く。

それと同時に再び出現した黒円が慌てた様に、アトスタニアの手から下着をシュポンと収納する。


(((ノアシェラン!!!)))

(((姫様!!!)))


(おおお…頭が、頭がめっちゃ痛い。

それに何だか気持ち悪いぃ…何なのこれ。)


喜んでいる面々の目の前で、リリスティアの腕の中に居るノアシェランが、小さな頭を抱えて呻いた。


(魔力を使いすぎた症状ですよ。

本当に危ない状態でした。

でもまだ足りない様ですね。

普通なら充分な量なのですが…)


(ふおぉぉ…クラクラする。)


(ほら、まだ有りますわよ。

もっと飲んで下さいまし、姫様。)


(い、いただきます…)


スタミナドリンクみたいに、ノアシェランには大きな瓶を両手に持ってゴクゴクと飲み干す。

リリスティアはそれを甲斐甲斐しく支えて世話をしている。

その姿を見たベルトラントは思いっ切り唇をへの字に曲げた。


「侍医をお連れしました!

通しなさい!」


「道を空けよ!」


その時にバタバタと慌ただしい足音を響かせながら、リブロが侍医を先導して駆け寄って来る。


(もう大丈夫かとは思いますが、診察は必要かと思います。

早く部屋を移しましょう、陛下。)


(うむ。ノアシェランを連れて安全な場所へ移る!

この者達は武器を取り上げて無力化した後に幽閉せよ!)


(わ、私が運ぶ!)


『頼みます。』


ウィンスからの声掛けでレオナードが指示を出すと、近衛兵達が慌ただしく動き始め。

その中で汗を吹き出しているデュオニュソスが、リリスティアからまだ顔色の悪いノアシェランを受け取った。


(妃殿下!)

(リリスティア!)


無事にノアシェランを手渡した後で、フラリと揺れたリリスティアをすかさずエマルジョンが支え、レオナードが顔を青ざめさせてベルトラントごと近寄って行く。


(大丈夫か、リリスティア!)


「すみません。

ちょっとあんしんしたら、ちからがぬけました。」


皆に分かる様にと、青白い顔で気遣いを見せる彼女に、レオナードはキッと表情を鋭くさせると。


(エマルジョン、ベルを頼む。

私がリリスティアを抱えて行く。

彼女は魔力が低いんだ。

恐らく薬で過剰摂取を起こしている。)


(はい、承りました。

さぁベルトラント様。

お母様にお父様を返して差し上げて下さいませ。)


(母上!母上は大丈夫なの?!

また病気になってしまったのか?!)


差し伸べられたエマルジョンの手に素直に移りながらも、ベルトラントは不安に瞳を揺らして尋ねる。


(大丈夫ですよ、ベルトラント様。

お母様はお父様にお任せ致しましょう。)


(リリスティア、使える魔法が有るなら使った方が良い。)


(そうですか。

それならコレがまた使えますね。

あの子のあの場所に居た時に、いつの間にか使える様になっていたのです。)


(そうか。

今はそれで過剰な魔力を消費させよ。

全く無茶をしたな。

こうなる事は分かっていたのでは無いか?)


(あの子は闇の中に居た私とベルトラントを救ってくれました。

今度は私がと思ったら身体が動いたのです。

頭では何も考えられなくて、だから本当に戻って来てくれて良かった…)


(リリスティア!

此処ならば夫婦の居室が一番近い!

急いで整えよ!)


それきり意識を失った彼女に、レオナードは厳しい表情で指示を出すと彼女とノアシェランをを急いで運ぶ。

慌ただしい足取りで向かった先は夫婦用の居室エリアだ。


広い寝室に侍女や侍従達が総出で先に走り、締め切られていたドアと窓を開け放つ。

そして長い間使われていなかったベッドを急いで整えると、間を置かずしてレオナード達がなだれ込んで来た。


夫婦の為の広いベッドに、ノアシェランとリリスティアを並べて寝かせる。

侍医も額に汗を浮かべながら、先に症状が重いと思われるリリスティアの診察に取り掛かった。


(私は気分が悪いだけなので大丈夫です。

お母様を先に診てあげて下さい。)


それに待ったをかけようとしたデュオニュソスの雰囲気を察して、ノアシェランが微笑を浮かべてそう伝える。


(しかし…)


(それよりもお兄様は大丈夫ですか?

お父様はお兄様をちゃんと見てあげて下さい。

環境が突然変わって不安がっていると思うのです。)


(あぁ…分かったよ、ノアシェラン。

デュオニュソスも行こう。

此処に居ると診察の邪魔になる。

今はノアシェランを休ませなければ。)


(っっ…)


後ろ髪を引かれる思いで隣室に移ると、ベルトラントの不安に満ちた瞳がレオナード達を迎える。


『父上、母上は!?』


(あぁ、今は侍医に任せて来たよ。

おいでベル。父と共に居よう。

母上の回復を神にお祈りするんだ。)


『せっかく元気になったのに!

神様は意地悪だから大嫌いだ!』


(違うよ。

神様が意地悪をしたんじゃ無い。

君の母上は妹を助ける為に頑張ったんだよ。)


『妹…アイツのせいなの?!

だったら妹なんか要らない!

ボクの母上を返してよ!

ボクの母上なのに!』


ウワーン!と大泣きを始めたベルトラントに、レオナードも困りながら抱き上げて背中を撫でてやる。


(ベル。今はまだ分からないかも知れない。

でもね、君の母上はとても勇敢だったよ。

君はそれを嘆くよりも、彼女のした事を誇らなけばならないんだ。

私はリリスティアを誇りに思う。

彼女はとても素晴らしい女性だね。)


『うううー!母上は死んでしまうの?!

嫌だ!そんなのは絶対に嫌だ!!』


(私も嫌だ。

だから神様に祈るんだよ。

勇敢にノアシェランを救ったリリスティアを、どうか元気にして下さいって。)


『神様はいじわるをしない?

本当に母上を助けてくれるの?!』


(あぁ、きっと助けてくれる。

だからノアシェランを私達に贈って下さったんだからね。)


『ノア…シェラン…?』


(そうだよ、ノアシェランだ。

君の妹のことだよ。

彼女はね?

君の母上を助けに来てくれたんだよ。

そして君を救おうとして死にかけてしまった。

だからリリスティアが頑張ってそれを助けたんだ。)


『いもうと…ボクの妹はノアシェラン?』


(うん。

君はノアシェランの兄上になったんだ。

だからこれからは君も彼女を守れる男になるんだよ。

母上に負けない様に私と共に頑張ろうね。)


『父上…』


まだ恋しい母親の事を思って涙目のベルトラントであったが、静かに優しく話し掛けて来るレオナードに、次第に落ち着きを取り戻す。


今まで癇癪を起こすと必ず頭を締め付けられながら、厳しく叱られていた。

でも今はそうならない事に、子供ながらに気付いたのだ。

そしてその原因を壊したのが誰かも、聡いベルトラントは理解していた。


『ボクの妹、ノアシェラン…。

ボクの父上…』


(うん。レオナードだよ。

ベルトラント。)


話にいつも聞かされていた父親の姿とはまるで違った、優しくて美しい父親の姿にベルトラントは次第に胸を熱くさせていた。


その親子の姿を見るとも無しにボンヤリと眺めていたデュオニュソスは、己の無力さを噛み締めている所だ。


自分の中に確かにあった知識なのに、リリスティアが行動を起こすまで、まるで頭に浮かんで来なかった事を酷く後悔している。

彼女よりもまだ魔力も体力も有る自分が先に動いていれば、リリスティアの危機は未然に防げたのだから。

それを思うと一塩だった。


普段からとても有能で、役に立てる人材だと自分に自信を持っていたデュオニュソス。

だから守ると大口を叩いて何も出来ず。

それを救った人物が、普段から敵だとずっと警戒していた相手だった事が非常にショックだったのだ。


(皆さん、お茶に致しましょう。

どうぞ此方にいらして下さい。

ほら、デュオニュソス様もどうぞ。)


そんな場合でも気分でも無いと思いつつも、デュオニュソスはエマルジョンの生ぬるい視線を感じて、ついフンと鼻を鳴らすと平常心を取り繕う。


そしてウィンスとアトスタニアの姿が無い事で、ようやく自分が呆けていた事を自覚しながらティーカップを傾けた。


(2人は?)


(アトスタニアには皇国の者を、ウィンスには効力の高い魔力回復薬を作る様に指示を出している。)


(そうか。それでは私は雑務をこなして来よう。)


(頼む。しばらく私はベルトラントの側に居させてくれ。)


(分かった。此方の事は任せてくれ。)


(済まないな。オマエもノアシェランの容体が気になるだろう?)


(気にした所で何も変わらぬ。)


これは少し強がりも入っているが、意識の無いリリスティアの状態を思えば、まだノアシェランは山場を越えているだけマシな気分だった。


それでも容量が大きいせいで通常の回復薬では焼け石に水。

再び何らかの理由で魔力を消耗すれば、あの状態に直ぐに戻ってしまうだろうと予想はつく。


レオナードがリリスティアとノアシェランを同じ場所に運んだのも、何時も以上に警備に力を入れる為だ。


しばらくは恐ろしくてノアシェランに黒円を使わせられない。

あれは少なからず彼女の魔力と生命力に直結していた。

使えばノアシェランの容態が悪化する危険性を感じさせる能力だ。

実際に弱っている状態で使ったが為に、ノアシェランは危うく死にかけたのだ。

魔力が充分に回復するまで、あれに頼るのは難しいとレオナードがそう判断したのだろう。


何時も以上にキレている判断力に、呆けていた自覚の有るデュオニュソスはそれを悔しがった。

レオナードがした事は、本来ならデュオニュソスがしている仕事だからだ。


未だに震えが止まらない掌を握り締めると、デュオニュソスはカップを置いて部屋を出て行く。


ノアシェランを失ったと、デュオニュソスはそう確信したショックで全ての機能が落ち込んでいたのだ。

実際にはまだ打つ手が有ったにも関わらず、あの青白い死人の様な顔色と力の無さに、理性が完全に吹き飛んでパニックを起こしていた。


これほどの大失態は人生で初めて経験した為に、未だに身体の震えが止まらない。

だが彼女を失うことが世界の滅亡を呼び込む危険性を、あの時だけはそんな事情は忘れていたなと。

ふと浮かんだ疑問とその不思議な気持ちには、直感的に目を背けて蓋をする。


それより先に今はする事が山ほど有ると、仕事の方に思考を切り替えた。


近場と言う事で急いで必要な場所だけを整えられたエリアだったが、リリスティアが嫁いだ時は父親が健在だった為にこの場所が使えず。

その後も今の居室エリアの方がレオナードの寝室と距離が離れているので、そのまま利用する事になった経緯が有る。


この度レオナードはそれを見直す事にしたので、後宮の関係者が水面下で着々と整備を進めて行く。


当面の間はリリスティアと2人の子供達を一カ所に纏めて生活させて、其処に執務を終えたレオナードが戻る形となった。

ただしこれはあくまでも臨時の措置。

本格的に落ち着いて来れば、養女のノアシェランだけは改めて場所を離す必要が有る。


見た目通りの年齢で無い事と、血の繋がりがレオナードと無い事の配慮だ。

とは言え一カ所に纏めるとしても、使われる部屋は8部屋に登る。

夫婦の寝室に隣接している子供部屋に、診察を終えたノアシェランは移される事となった。


リリスティアも山を越えて状態が安定したのだが、彼女の侍女達は全て幽閉されている。

それはベルトラントも同様な為に、新旧合わせたレオナード付きの侍女達が、その全ての面倒を見る必要が有った。


皇国の者をレオナードには近付かせられないが、それ以上に今までの事からペルセウス王国側の者も、迂闊にリリスティアとベルトラントに近付けさせられないからだ。

その為にリリスティアの居る夫婦の寝室と、ベルトラントの居る子供部屋と、ノアシェランの子供部屋のドアは全て解放され。

その結果として、ベルトラントはこの3部屋をウロチョロと動いて自由に探索していた。


最初は母親の寝顔をジッと見つめていたが、そこはやはり3歳児。

変化が無いことに飽きて来ると、今度はノアシェランの部屋に行く。

けれども今の彼女は具合が悪く。

同じように寝ているだけなので、寝顔を見飽きたら自分用に急遽誂えた玩具の有る部屋へと走って行った。


そして元々母親と離されて養育されていた事から、1人遊びが出来る様になっていたのだが。

やはり見知った顔が居ない心細さから、またリリスティアの部屋に向かう。

何とも忙しないベルトラントの行動を、レオナードは持って来させた書類を片手に、頬を緩めながらも観察していた。

彼も寝室に隣接している応接室の開け放たれているドアが見える場所で、仕事をしていたのだ。


『父上、父上、母上が寝てます。』


(うん、そうだね。)


『ノアシェランも寝てます。まだお昼なのに。』


(うん。今は2人共寝かせてあげよう。

疲れているんだ。)


『ボクは寝ません。

もっと遊びたいです。』


(そうだね。何時もは何をして遊んでるんだい?)


『いつもは勉強しろって言われます。

でもボクは遊びたいんです。』


(アハハ!それはそうだよね。

エマルジョン。私がこの年の頃は何をして遊んでいたかな?)


(そうですね。陛下は活発でしたから、それはもう様々でしたけれど…)


遂には暇を持て余したベルトラントは、仕事をしているレオナードの所に突撃して、ワクワクと瞳を光らせていた。


何時もの顔が近くに無いのは不安だったが、新しい顔への興味と好奇心。

そして今まで無かった自由の開放感が、彼を興奮させていたのだ。


(護衛騎士を馬代わりにして遊んだり、紙の剣を作って護衛騎士と剣術の真似事をしたり。

本を読む、紙に絵を書く。積み木遊び。

中庭に行って虫を捕まえて来たり、土遊びで泥にまみれる、とまぁ…それはそれは大変でしたよ。)


段々と遊びの候補を上げて行く内に、当時の苦労を思い出したエマルジョンが遠い目をし始める。

ついでに行われた数々の悪行も、同時に記憶が蘇って来たからだ。

言えばベルトラントが真似をしかねないので、心の中だけで秘めておく。


イタズラが余りに酷すぎて、ついて行けない乳母が続出し。

とうとう当時は若かったエマルジョンが抜擢された経緯が有った。


ベルトラントはこの年頃にして見れば、とても厳しく躾られていたのだろう。

大声で叫ぶ事も、寝ている2人を無理に起こす事もせず、物分かりが良くて静かに過ごしている。


レオナードの時と余りに違っているので、当時を知る侍女達は安堵するより先に不憫さを感じていた。

たが当時と違って若さが足りない。

そのうち同じようになると思えば、迂闊に活発な遊びを教えるのもどうかとも思い。

エマルジョンはかなり葛藤している。


(それじゃあ父上と少し庭を探検してみようか。)


(今は護衛の数が足りません。

陛下が率先して危険な遊びに出掛けないで下さいませ。)


(う…)


すかさず元悪童の化身がろくでもない事を言い始めた為に、エマルジョンは当時に戻った心境でピシャリと釘を刺す。


(少しぐらい良いじゃないか。)


(せめてアトスタニア様かウィンス様。

もしくはデュオニュソス様が戻られるまでは、室内遊びに留めて置いて下さい。)


(アトスならともかく、ウィンスなら絶対について来ないぞ。

デュオに至っては書類を増やして来そうだな…)


(では楽しい室内遊びをお願い致します。)


鉄仮面と化したエマルジョンにレオナードはヤレヤレと肩を竦めると、手元から無地の用紙を手に取り。

クルクルとベルトラントの前で丸めて見せる。

そして筒状にした後で、ギュッと捻って棒を作った。


(よし!剣が出来た。)


それをポンポンと机にぶつけてから、ジッと見ているベルトラントの頭を軽くポンと叩く。


『痛い?!』


(そう?あんまり痛くないだろう?)


『…痛くない?』


両手で頭を押さえたベルトラントが一瞬怯えた目でレオナードを見上げたが、自分の手の平を棒でポンポンと叩く彼と優しい口調に、そのまま上半身ごと小首を傾げる。


(ベルも同じように武器を作ろうか。)


『作る!』


そして新しい紙を差し出されて、レオナードがそれをクルクルと丸める姿に顔を輝かせた。


それからドタバタとチャンバラが始まり、ベルトラントが興奮してキャー!と楽しそうな笑い声を挙げ始めたのだが。


(少し此処でされるのは煩いです。

部屋を移動して下さいませ。)


リリスティアとノアシェランを慮ったエマルジョはンは、直ぐに隣りの部屋へと追いやるとドアをバタンと閉める。


(よし!遊ぶぞ!)


『きゃー!』


閉めても煩い部屋にハァ…と、エマルジョンがため息を零して遠い目をした。


後一時間で謁見の業務が始まるとなって、デュオニュソスは執務室を後にすると、後宮に向かって廊下を歩いていた。

流石にこれは今はレオナードしか出来ない業務になる。

他に代理が出来る王族が居れば良いのだが、祖父も父親も他界して兄弟が居ないレオナードに、謁見の代理が出来る人材は居なかったのだ。


『きゃー!』

(あははは!)


けれども後宮に入って直ぐの事だ。

楽しそうにハシャいでいる子供の声と、同じくハシャぎ捲っている聞き覚えの有る思念に、デュオニュソスは眉をひそめた。


そして案の定。

夫婦の居室と言われる。

前国王の居室に足を踏み入れ。

続き部屋のドアを開けると、紙屑が床一面に転がっている部屋で、揃ってストレートの前髪が顔にペトリと張り付いている似た者親子が、全身を汗だくにしながらその部屋で遊んでいたのだ。


「何をやっているんだ…」


(あぁ、デュオニュソス!

スゴいぞ!ベルは天才なんだ!)


「はぁ?」


(見ててくれよ。

さぁ、ベル。さっきのをもう一度やってみよう!)


『うん!父上!』


一体何をするのかと思いきや。

ベルトラントの両手をレオナードが繋ぐと、ベルトラントがトン!と軽く跳ねた後でレオナードが広げた両足にスルリと両足から入って行く。


(そぉれ!)


けれども繋がっている両腕のせいで、上半身を前屈みにしたレオナードの両手が股の間で止まると、今度は掛け声と共にブオン!と風を切ってベルトラントがレオナードの股下から飛び出して来た。


そしてレオナードの頭上でピタリと倒立した後、片足づつ下げたベルトラントがレオナードの両肩に見事に着地した。


この間、デュオニュソスは大口を開いてポカンと見ている。


それからレオナードの両肩を蹴って飛んだベルトラントが、綺麗に半回転をしてそのまま地面に着地する。


(ハイ!)

『ハイ!』


そしてラストには繋いでいた両手を離したレオナードが両手を左右に開き。

同じくその前で両手を開いたベルトラントが、片膝を立てて座ってポーズを決める。


(おまえ等!一体何処の雑技団だ!!)


ニパ!と笑顔を咲かせて得意気にしている似た者親子に、思わずデュオニュソスの渾身の突っ込みが飛ぶ。


(ハハハ!どうだい、ベルは凄いだろう!

身体能力が半端無く高いんだよ。

身体強化魔法も使わないで、軽くこれだけの事をやってのけるんだ。)


(イヤイヤ、危ないと思わないのか?!

肩が抜けたらどうするんだ?!)


(それがスッゴく身体が柔らかくてさ。

もっと凄い技も出来るんだよ。)


(やらせなくて良い!

心臓に悪いだろう!

エマルジョンが見たら卒倒するぞ!)


(よし!見せて来よう!)


(ちょっっ…)


言うや否や。

レオナードはベルトラントと手を繋いで、トタトタと隣りの部屋に駆け出して行く。


(それ!)


「「「ヒイイィィ!」」」


「……ハァ。」


慌てて隣りの部屋に行くと、3メートル以上有る天井近くまで飛ばされたベルトラントが華麗にクルクルと身体を捻って回転している姿に、エマルジョンを含めた侍女達が蒼白になっているのを見て、デュオニュソスは額を押さえる。


レオナードがこういう悪ふざけが好きな奴だと、デュオニュソスも知ってた。

知ってはいたのだが。

まさか3歳の息子を玩具にするとまでは思って無かった。

どうやらずっと長い間デスクワーク続きだったので、ストレスを抱えていたらしい。

でもそれを息子で解消するのは止めて欲しかった。


「あちゃー、スゲーな。」


「アトスタニアか。」


「これはひょっとしたら、今まで会わせずに放置していたのは、正解だったのかも知れませんね。」


「ウィンス…」


まだ首が据わって無い赤子にコレをやらかすレオナードの姿を想像して、デュオニュソスも流石にソレは無いな、と。

出来れば後2年ぐらいは逢わせない方が良かったのでは?と、思い始めて来たデュオニュソスだった。


「もういい加減になさいませ!

殿下がお怪我をしたらどうするのですか!」


「した所で治せば良いだろう?

むしろこの長所を伸ばす方向で訓練してやらねばな。」


「将来の国王に軽業を仕込んでどーするのです?!」


「格好良いでは無いか。」


「そんな問題では有りません!」


案の定。

エマルジョンが青筋を立てて、ガミガミ叱っている姿を眺めながら、デュオニュソス達はリブロが入れたお茶を傾けている。


『父上!もうお終いですか?!

ボクはもっと飛びたいです!』


(そうか!それでこそ我が息子!

でも父は仕事に行かねばならん。

コレからはデュオニュソスに仕込んで貰う様に。)


(嫌、やらんからな?!)


と、良い笑顔をしたレオナードは浄化魔法で汗を飛ばすと、アトスタニアを連れて颯爽と部屋を出て行く。

そして残された汗だくの息子が、キラキラとした視線をデュオニュソスに向けて来る。


「クッ…」


「ハァ…デュオニュソス様。

勿論分かって居られますよね?」


「私とレオナードを同じ扱いにするな!」


「だと宜しいのですが。」


「それでは私は姫君に薬を渡して来ますね。」


期待に満ちあふれている邪気の無い小悪魔の視線にたじろぐデュオニュソスに、エマルジョンは鉄仮面状態で威圧的に釘を刺す。

それを横目にウィンスは足取りも軽く、ノアシェランの部屋に向かって行った。


最初にレオナードと戯れていた、紙クズ塗れの部屋に戻ったディオニュソスは、どうしたものかと頭を悩ませる。

この年頃の幼児と遊びの経験がほとんど無かったからだ。


『まずはこの部屋を片付けるぞ。』


『えー?!』


何しろ勉強三昧で幼少期を過ごしたデュオニュソスは、典型的な優等生タイプだった。

だが彼は優秀な男でも有る。

顔と身体の全部を使って不満そうに地団駄を踏むベルトラントに、ニヤリと笑みを浮かべると。


『まずは落ちている紙を全て、この場所に集めるんだ。』


『はーい…』


厳しく躾られているベルトラントはも、ガッカリしながらデュオニュソスに習って落ちている剣の成れの果てを広い集めて行く。

紙の為に耐久性が乏しく、激しく遊んでいる内に壊れたので、レオナードがボールに再利用した代物だった。

決して安物では無いのだが、この辺りの金銭感覚が王族らしい。


元々この部屋は子供が舞踊などの技術を学ぶ時に使う、家具が少ない部屋だったので。

紙のボールはあっという間に一カ所へと集められる。


『次はこれを、あそこに置いた箱の中に投げて入れよう。』


つまり優等生のデュオニュソスは、つまらない後片付けを遊びに変えてやろうと一石二鳥の作を講じたのだ。


『そんなの簡単だよ。』


けれどもベルトラントは拾った紙ボールをポイポイと箱に投げ入れて行く。

一つも零れる事も無く、ちゃんと箱に連続で3つ投げて入れる彼にデュオニュソスは驚いた。


『上手いな。

紙だから重さが無いだろう。

良く外さずに入れられるな。』


デュオニュソスがやってみると真っ直ぐに飛ばず、箱の端に当たって外に弾かれて行く。


『アハハ!下手くそだぁ!』


『ムッ。今のは試しに投げただけで、本気では無かったんだ。』


次に投げた紙ゴミが箱に入ると『な?』と、ドヤ顔を見せる。


『ボクはもっと上手に出来るよ!

ホラ!』


ベルトラントが2つ同時に投げ入れて、デュオニュソスにドヤ顔を見せた時。


『さて、此処で問題だ。

最初に3つ。そして私が1つ。それから今2つ入れたが、全部であの箱に何個入っている?』


『え?!』


『どうした。簡単な計算だぞ?

皇国の者に教えて貰わなかったのか?』


『えーと、えーとぉ…6!」


両手の指を折り曲げながら数を数えていたベルトラントが、ドヤ顔で答える姿にデュオニュソスは笑みを浮かべて頷く。


『良く勉強をしているな。』


『しないとメリーズが、こーんな顔して怒るんだよ。』


両手の人差し指で目尻を上に押し上げるベルトラントが変顔なのに愛らしく。

デュオニュソスは口元に拳を当てて、プッと吹き出す。


『父君のエマルジョンと同じだな。

エマルジョンの時はさっき見ただろう?』


『あのおばさんの事?

さっき父上にこーんな顔で怒ってた。』


『ぶふっ!』


今度は両手の平を頬の両端に当てて、引っ張るベルトラントにたまらず、顔を背けて噴き出す。


『スゴいな。殿下は物真似の天才だ。

レオナードや皆にも見せたいぞ、今のは。』


ヤバい、コイツ面白いぞ、と。

ツボに入ったデュオニュソスが、レオナードがハマった理由を察してニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。


その時だ。


(うぎゃあぁぁぁーーーーー!!!)


けたたましい思念が頭に響き。

思わずデュオニュソスとベルトラントは耳を塞ぐ。

声では無いので全く無意味なのだが、それぐらい凄まじい悲鳴に、思わず2人で顔を見合わせた。


(まっっっずぅい!

何コレ何コレ何なのコレーーーー?!

何であんなに甘くて美味しかったブルーベリーが、こんなにマズくなるんですか?!)


『ノアシェラン…なのか?』


馴染みの有る思念で有ったが、グッタリとしていた彼女を見たのが最後であった為に、ポツリと呟いたデュオニュソスは。

彼女の怒涛のマシンガン思念に段々と顔が緩んで行く。


(え?煮詰めただけ?

イヤイヤ、それだけでこんな苦くなるのは可笑しく無いですか?)


(ヤッパリ!混ぜてるじゃ無いですか!

それならどうして味見をしてくれてないんですか?!)


(はぁ?!飲んだら倒れる?!

それなら味見が出来ないのに、そんな変な物を混ぜないで下さいよ!

これならブルーベリーをそのまんま飲んだ方が百倍マシです!!!)


(もうない?!じゃあ取ってきます!)


「ハッ…ハハハハ!」


恐らく会話の相手はウィンスだろう。

そしてまた勝手に飛び出して行ったで有ろう、変わらない彼女の元気さに思わず笑い声が零れた。


戻ったらきっとまた不思議で危険な物を、沢山持ち込んで来るに違いない。

それが分かっているのに、ウィンスが開発?した回復薬で、魔力と元気を取り戻した彼女がとても嬉しかった。




登場人物

レオナード・フォン・ペルセウス

ペルセウス王国の国王


ディオニュソス・ダルフォント 国王の侍従 ダルフォント男爵 ダルフォント公爵家直系の嫡男。


アトスタニア・レガフォート

近衛騎士団長 レガフォート子爵


ウィンス・ベッケンヘルン

宮廷魔導師長官 ベッケンヘルン伯爵


ノアシェラン・ペルセウス

主人公


リリスティア・ベルモット・ペルセウス

ペルセウス王国の正妃 ルクテンブルフ皇国第43女


ベルトラント・レスターナ・ペルセウス

ペルセウス王国の皇太子 ペルセウス第一王子


リブロ・スゥェード 国王付き執事長 

スゥェード準男爵


エマルジョン・バーゲンヘイム ハーゲンヘイム伯爵夫人。

レオナードの元乳母。 国王付き侍女長


エクスタード・ボルカノン

ペルセウス王国の宰相


マーヴェラス・ダルフォント

ダルフォント公爵夫人 デュオニュソスの祖母


カタリナ・ダルフォント

ダルフォント伯爵夫人 デュオニュソスの母親


メルトスダル・ダルフォント デュオニュソスの弟


コリンナ・ダルフォント デュオニュソスの妹


ダンバル・デュッセルドルフ

デュッセルドルフ男爵

教育の父の称号を持つ魔導師兼錬金術師


ニコラス・シャトルブルグ

シャトルブルグ侯爵家次男

ペルセウス学園の学園長


サルバドス・ダルフォント

ダルフォント伯爵 デュオニュソスの実父


グランレスタート・ダルフォント

ダルフォント公爵 サルバドスの父 デュオニュソスの祖父

元ペルセウス王子 


ルルベウス・ナーゲルン 

ナーゲルン男爵

ノアシェランの養父


マイヤーズ・アプリコット

アプリコット伯爵

ノアシェランの養父の1人


ランバルダ・ガクトバイエルン

ガクトバイエルン侯爵

ノアシェランの養父の1人


メリーズ・アダンテ

リリスティの侍女長

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