親子の在り方
悲劇!ダンバル公はウィンスの上位互換。
喜劇!ノアシェランがチョロインすぎる。
唖然!レオナード、娘に叱られるの巻き。
以上の内容でお伝え致します。
これはズルい。
ノアシェランは心の中で大きなため息をこぼす。
窓の中の方が遥かに安心出来る環境だった。
何故だか理由は分からない。
でもあの場所は真っ暗なのにちゃんと明るくて、無重力に近い状態だからふわふわとして居心地が良いのだ。
気温だって丁度良い。
布団をかぶらずに寝ても全然寒くない。
ただ音が無い。
人の体温が無い。
だから少し寂しい。
それだけだ。
でもこれは窓が悪いんじゃ無い。
これは交際を始め、夫婦になってからずっと体温を分かち合って来た夫の弊害だろう。
肌が触れてなければ何となく落ち着かなくて、娘の参観日に腕を組んで行って、娘達から恥ずかしいから止めて!と。マジ怒りでお叱りを受けたぐらい、外出する時はずっと身体の何処かを繋げていた弊害。
だから夫が悪いのだ。
出逢う前はそんなものが無くても平気だった私を、そんな風に依存しなければならない程。
情けなく変えたのは紛れも無くあの人だから。
黒い髪が真っ直ぐで、天然パーマでクルクルとしていたあの人と違う。
少しだけ茶目が明るいあの人と違って、宝石の様な青い瞳が違う。
私のサイズが縮んでいるせいかも知れないけど、あの人の腕の中はこんなに広くも筋肉質でも無かった。
童顔で彫りが深くて美形な方だったけれど、あれはあくまでも日本人基準で、ハリウッドスターばりに整った顔をしているこの人とは全然違う。
まるで別人でしか無いのに、どうしてこんなに似ているんだろう。
彼もそうだった。
出逢った時は私のことを敵として見ていた、と。
付き合って間もない頃に、そんな風にして笑っていた。
この人はどうなんだろう。
私は敵だと思われていると思った。
そんな目をしていたし、言葉もとても攻撃的。
扱い方も雑で固いソファーに投げ捨てられたばかりだ。
なのにどうしてこんな時だけ、宝物の様に抱き締めてくれるんだろう。
ズルい。
これはズルいと思う。
複雑な気分になって視線を真上に挙げると、外国人でしか無い掘りの深く整った顔が。
鋭い青い瞳が。
ノアシェランに熱意の籠もった視線を向けている人々を、敵を見る様にして睨み付けていた。
これはアレだ。
普段はヒドい事しかしてない人が、偶に良いことをすると見直してしまうヤツだ。
だから違う。
この人はあの人とは違う。
似ているけど、全然似てない。
ただちょっと今、心細くて優しくしてくれる人に甘えたい気持ちになっているだけ。
ノアシェランは憂鬱な気持ちになって、身を隠す様にゴワゴワと固い彼の服に顔を押しつける。
ダンバル公のお陰で、ノアシェランの怖い気持ちは周囲に伝わっていたけれど。
憂鬱になっている本当の理由は外に漏れる事を防いでくれていた。
本当に良かった。
そうでなければ我に返ったデュオニュソスに、投げ捨てられていただろうから。
(これはマズいな。)
(気持ちは分かりますけどねー。)
(だからコイツを此処に呼ぶのは反対だったんだ!)
(だったらそう言えよー。
後からゴネた所で意味ねーだろ。)
レオナードのグループ回線で、ウィンスは苦笑を浮かべて同意し。
デュオニュソスが愚痴を零せば、それをアトスタニアがすかさず突っ込む。
ノアシェランと予め触れ合っていた者ですら、熱病に侵されている様な視線で小さな彼女を熱心に見つめ続けている。
レオナード達が辛うじて取り繕えているのは、ノアシェランを守らなければと使命感に駆られているだけで。
それでもダンバル公が明らかにした数々の謎解きに寄って、大講堂に訪れる前よりも。
その想いが更に深く強いものへと変わっていたのだ。
デュオニュソスですらそうなのだから、レオナードは尚更その想いが強くなっている。
高揚した気持ちを抑えて表面上は取り繕っている宰相にレオナードが視線を向けると。
「これより国王陛下、退場!」
カンカンカンと、何時もより強く多目に木槌を叩いて退場を促す。
それに従ってレオナードが専用通路に歩き始めると、レオナードが直ぐ後に続き。
ウィンスとアトスタニアがそれに習った。
そして当然の様な顔をしてダンベルがそれに続き、空の魔導車椅子を学園長が押しながらゾロゾロと弟子を連れて歩き始める。
ノアシェランの養父となった者達も、押さえきれない興奮を抱えながら、僅か数時間前に下した自分の判断を誉め契りながら歩いていた。
頭の中では前代未聞のこの大事件に、幸福よりも危機の方が大きいことは理解している。
けれどもそれを理解した所で。
もっと言えば王家の次に大切にしている自分達の家が滅んだ所で、それを後悔しない程度の強い使命感が気分を高揚させていたのだ。
王家がその存在を掛けて守ると決めた、今は遠く離れてしまった神々からの贈り物。
黒円の中に彼女が居た時に感じた思念は、幼女と言うよりももっと年上に感じていた。
それでも45歳と聞かされていた情報よりも若く思ったが、目の前にその姿を表した時。
その幼い姿を見た時の衝撃たるや。
女児はマセている子が多く。
例え幼い成りをしていても、大人勝りなお喋りをするとは知っている。
でもノアシェランの容姿は、それ以前の問題だったのだ。
ようやく歩き始めて少し経った頃。
と、言う程の幼さを感じて。
その内面とのギャップが神々の威光をまざまざと感じさせていた。
黒円が現れた時に、それぞれがその中身の姿を想像していたに違いない。
どれだけ若くとも10代の女性の知性と気遣いを感じさせたノアシェランに、こんな幼女の姿は全く想像出来なかったのだ。
情報としては知っていた。
実際に情報通りの幼さだった。
けれども想像と違った。
実際に自分の目で見てその奇跡を目の当たりにした事で、王家に対する忠義でしか無かった想いが、ノアシェランを通して神を感じ。
彼女そのものに対する想いに変化して行ったのだ。
それはデュオニュソスが考えていた期間、彼女を誰の目にも触れさせずに教育した後では、得られなかった衝撃だろう。
その点だけでもダンバルは正しかった。
人は自分の目で見たものしか信じない。
どれだけ希少価値を熱意を持って説いたとしても、自分が本気でそう思わなければ信じることが出来ないと。
長く多くの弟子を育てて来たダンバル公は身を持って知っていたのだ。
その為に自分の命を懸けて、まだ人の手垢のついていないまっさらなままの彼女を、公の場に引きずり出したので有る。
勿論それは彼がまだノアシェランの姿を見ていなかった事で起こった弊害でも有った。
レオナード達が当初考えていた通り。
思念だけでも充分な効果が得られていただろう。
つまり効果が有り過ぎてしまった。
人々は本気でノアシェランの姿を通して神の存在を肌で感じてしまった。
これが良い方に向かえば、国を挙げて全力でノアシェランの保護を受け入れるのだろう。
逆を言えば彼女の威信が大きくなり過ぎた事で起こる弊害の数々。
人は嫉妬する生き物で有る。
かつてエルフの妙薬を手に入れんがため。
多くのエルフが人の国に捉えられて虐殺された事があった。
そしてようやく手に入れた妙薬で、その時の王が死んだ事で欲を戒める教訓として伝承と言う形で話が残っていた。
つまりノアシェランを手に入れんがため、人々の中で争いが起こる危険性を予感させる、大講堂での熱狂だった。
この場合、真っ先に危険なのはデュオニュソスだろう。
元々皇国とのやり取りで、反感を持っている貴族家も多い。
それが生きる奇跡を手に入れる立場となったのだ。
嫉妬が悪意に変わるのは、そう難しいことでは無いだろう。
まあその辺は今更の話なので、例えそうなった所で対処すれば良いだけだ、と。
デュオニュソスなら歯牙にもかけないのだが。
その辺は無意味に逞しいお坊ちゃんだった。
閑話休題。
制止を振り切って押し寄せて来そうな危険を感じて待避して来た一同が、何となく事前会議を行った何時もの会議室へと戻って来た。
そこそこ人数が多かったので、他に部屋を用意するよりも早いと思ったのがその理由だ。
全員が極度の興奮状態だったので、会話もせずに無言で会議室を目指していた。
先導している護衛の近衛騎士すらレオナードが追い抜くので、騎士も必死で横をついて行っている。
行き先を指示してやれば良いだけなのに、そんな心の余裕すら無い。
一言でも漏らしたら最後。
意味不明な何かを叫んでしまいそうだった。
まぁ見覚えの有るルートなので、途中で察した護衛達は無言のまま先を急ぎ、会議室の扉を開けれたので面目は保った。
決められた定位置に有る。
豪華な椅子に腰を下ろしたレオナードは、重厚な一枚居たの長机に両肘をついて顔を覆う。
実は突っ伏したい勢いだったけれど。
ギリギリで理性を保った結果。
中途半端にだらけた姿勢になってしまった。
デュオニュソスも椅子に座ろうとして悩んだ。
とりあえず腰を落ち着けたい気分だったので、ノアシェランを膝の上に乗せて座ってみたのだが、彼女の頭の真後ろにテーブルが有るのが気になり。
侍従にクッションを持って来させると、自分の膝の上にクッションを置いて、その上にノアシェランを座り直させた。
実に甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだが、誰もそれについて指摘する余裕が無かった。
リブロは既に自分の部下に一声だけ掛けて使いを出してから、隣接している部屋に入って人数分のお茶を準備している。
他の物も、本場の会議なら主人の後ろに立っている侍従までもが、無言のまま椅子を調達して崩れ落ちる様に主人の後ろに座って放心していた。
流石に護衛騎士は其処までだらけられなかったので、アトスタニア以外の騎士は全員が配置について警護体制に入っている。
アトスタニアとウィンスは、侍従用の椅子を引っ張って来て、レオナードの隣りに腰を落ち着けていた。
リブロが入れたお茶を、呼ばれた侍女達が全員の前に運んで来た事で、皆が待ち望んでいたかの様に、揃ってそれを口にする。
飲みやすい様に少し温度の低いソレを一気に飲み干した所で。
「はああぁぁぁぁーーー…」
2人を除いた全員が、示し合わせたかの様に大きなため息を零す。
除かれていたのはデュオニュソスで、彼はティーカップを持っているノアシェランの手とカップを支えていたからだ。
因みに彼はまだお茶が飲めて無い。
くぴ、くぴ。と、半分くらい飲んだノアシェランが唇を離した所でティーカップを皿の上に戻し。
それからようやく自分の分に手を伸ばして一気に飲み干した。
「うーーーん…、コレからどうなると思う?」
そんな姿を眺めながら、机の上で頬杖をついて頬を不細工に歪めたレオナードが投げやりに問い掛ける。
「神殿から問い合わせが来るでしょうね。」
「商人ギルドも動くかと。」
「面会の手紙が大量に届くでしょうな。」
「一目姫様の姿を見ようと人が王都に押し寄せて来るでしょう。」
「城にも大勢やって来るでしょうね。」
「不敬な輩も増えますな。」
「北と東と南の密偵も当然それに乗ってやって来るでしょうから、警備の見直しが必要かと。」
「それはもう居るだろ。」
「後宮にですよ。」
「なーるほどねー」
大臣や養父となった貴族達が口々にリクエストに応えて予想を挙げると、ウィンスとアトスタニアが一番問題と思われる予想を挙げてやり取りする。
「今夜にも来ると思う?」
「来ると想定すべきだな。」
「姫様には黒円の中でお休み頂ければ問題は無いでしょう。」
レオナードの呟きにデュオニュソスがようやくカップから唇を離して応えると、何を焦っているのやらと言わんばかりにダンバルがアドバイスした。
「これは本当に安全なのか?」
ふよふよと自分の間の上に浮かんでいる黒円を、デュオニュソスが視線も向けずに人差し指を立てて示す。
「さて。
今の所は姫様を守る為に有ると、推測しておりますが…。
何時まで有るかまでは姫様の今後を見てみなければ分かりませんね。」
「消える可能性が有るのか?」
ダンバルの推論に、デュオニュソスが眉間に皺を寄せる。
「如何にも。
本来であれば生涯消えぬ物と考えるのが妥当でしょう。
ですが今回は産まれ持っているものとは違う様です。ですので、神々の思惑に寄るのでは無いかと。」
「そんなものどうやって調べるのさ。」
(姫様は神とお話は出来ますか?)
(いいえ。
姿も見たこと有りません。
神様はこの世界では存在しているのですか?)
呼び掛けられた事で身体を捩って皆の方に向き直ったノアシェランが、目の前に置かれたティーカップをデュオニュソスに手伝って貰って除けながら思念を飛ばす。
(している、と。
伝承でのみ伝えられております。)
(私の住んでいた世界と同じですね。
ほとんど迷信扱いでしたけれど。)
(この世では迷信と呼ぶには神々の残した痕跡が多いのですよ。
今の貴女が正にそうなのですな。)
(やっぱりそうなんですか。
自分でも信じられない気持ちです。
前の世界ではこんな能力は無かったもので、皆が普通に出来る訳では無いんですね。
でも私の世界には魔法も無かったので、皆さんの方が私からすれば神様みたいです。)
ギリギリ机の端から顔を出しているノアシェランの、素直に驚いている気持ちが周りに伝わって来る。
それに目を細めながら、男達は彼女の愛らしさを自然と愛でた。
何時もはむさ苦しい会議室での会議が、彼女がそこに存在しているだけで春の庭で行うお茶会に変わっている。
普通の令嬢ではこの効果は発揮されないだろう。
多少の潤いは有るのだろうが、ノアシェランが放っている魔力そのものが柔らかく。
長閑で清らかなのだ。
その愛くるしい顔と相まって、花の妖精が迷い込んで来た錯覚を全員に感じさせていた。
(ホホホ、それはとても光栄ですな。
ですが…我々は人です。
姫様の方がよほど神々と近しいでしょう。)
(私はただのオバサンですよ?
それは過剰評価です。)
恥ずかしいのか。
ピンク色に染まった頬や顰められた眉が可愛過ぎて、残念ながら見えないデュオニュソスを除いた全員が、孫を愛でる爺の様にだらしなく顔を緩めた。
デュオニュソスは彼女が下に落ちない様に、その腹に左手を回して支えていたのだが。
恥ずかしさにその腕をキュッとノアシェランが掴むもので、上から赤くなっている耳を見下ろして眉間に皺を寄せている。
慣れないムズムズとした感覚で、何となく居心地が悪いのだ。
これはノアシェランと触れ合っているせいで、ダイレクトに彼女の感覚を共感していると思いきや。
それが無いとは言えないが、デュオニュソス自身も彼女の柔らかい身体と愛らしい耳に、むず痒い気分になっている。
デュオニュソスは産まれて初めての萌えを体感しているのだが、その概念が無いので理解するまでには至って居らず。
落ち着かない気分が不快だったのだ。
(姫様はまこと、愛らしいですのぅ。)
(や、止めて下さい!
私は可愛くなんて無いですよ?
ほ、本当に違うんです!)
(うん、まぁ…それは取りあえず置いといて、ノアシェランは神が何を考えているのか分からないって事だよね?)
遊び始めたダンバルに、レオナードが呆れながら会話の軌道を修正する。
(はい。分かりません。)
(ふむ。
此処で私が引っかかっているのは、何故姫様に元の世界の記憶が残っているのか、と言う事ですの。)
(と、言うと?)
短くなった髭を撫でながら思考を纏めている風のダンバルに、レオナードが話を促す。
(人は皆、生まれ変わる時にまっさらの状態となって生まれ変わると言われております。
これは魂がナーガラインに乗って天に戻り。
その時に大いなる力に記憶を取り込まれるから、と。教会では創世神の一節で説かれておりますが。
それが嘘か誠か、私には判断が尽きませぬが、それなりの伝承は検分しております。
全てが誠と言える伝承は有りませぬが、全てが嘘と言う伝承も残っておらぬのですよ。
協会で説く聖書もまた、伝承と近い代物と考えると、あながち全てが誤りとも断ずるのは難しいかと。)
(つまり?)
(わざわざ神々が異界より人を招いた理由は分かりませぬが、記憶を奪わずこの地に下ろした事。
其処には過去に過ちを起こした人を、試す意図が含まれて居らぬかと、私はどうもそれが気になってしまうのです。)
(つまりノアシェランの能力は消える危険性が有る、と言う事だな。)
(断定は不可能です。
が、消えると想定して行動した方が、後に問題が少ないかと。)
ふむ…と、ダンバルの見解に一同も冷静さを取り戻して表情を引き締めた。
けれども、その中でニコニコしながらノアシェランを見つめ続けている男性がいる。
その視線に気付いたノアシェランは、思わず小首を傾げた。
(黒い髪の人だ。何となくでおにそす様に似てる?お兄さんかな?目の色は違うみたいだけど。
隣りに座っているのは、お父さん?
この人も色が違うけど、何となく似てる気がする。)
黒い長髪で薄いグレーに瞳をした、ちょっとデュオニュソスを軟派にしたような優しい顔付きをしている若い男性の隣りに、デュオニュソスと同じ青い瞳で金髪の中に白髪の混ざった年配の男性が、ノアシェランの思考に反応して微笑を浮かべた。
若くて軟派な方もキラキラしているけど、その隣りに居る渋めのイケオジに、ちょっと胸がドキドキしてしまう。
年代は50代ぐらいだろうか。
鍛えている人が多いせいか、姿勢が綺麗なのでオジサンなのかお兄さんなのか、とても分かりにくい。
下手をすると40代かも知れない。
と、思っていると。
(あー、そうだね。
何をするにしても先にそれが有ったね。)
これを切欠にして関係者とノアシェランの自己紹介が始まった。
(え?!お兄さんじゃ無くてお父さん?!
お父さんじゃ無くてお爺さん?!
え?え?
お父様以外にお父様が3人も増えるの?!
何でそんな事になっちゃうの??!)
目を大きく見開いて驚きっ放しのノアシェランの様子に、礼儀がなってないと怒る事も無く。
皆微笑ましいものを見る様な暖かい視線を注いで挨拶をしてくれた。
特にデュオニュソスを振り返って、彼の父と見比べて驚く姿が可笑しかったらしく。
彼の父親には始終クスクスと笑われっ放しだった。
デュオニュソスの機嫌は急降下してしまったが。
(何で私達が中年扱いで、父上はお兄さんなんだ。)
(すみません…。
いや、でも!
内面から滲み出てる若さが違いません?!)
(若く無くて悪かったなー。)
(うぅ…、老けてるって言うより、その。
私が住んでた所だと、アトスタニア様達の年代って、もっと子供子供してるんですよ。
だからシッカリしているから、逞しく見えたんです!)
(私はお爺さん扱いでしたが?)
(あうぅ…、それはもう忘れて下さいぃ。)
「「「ワハハハハ」」」
アトスタニアやウィンスのお陰で場の雰囲気はとても良かった。
ただ言い繕えば言い繕う程、墓穴を掘ってしまい。ノアシェランはもう顔が真っ赤になっている。
いっぱい名前を聞かされたので、もう誰が誰やら覚えきれない。
それでも私が王家に入る為にしてくれた事だと、養父が増えた理由も説明して貰った。
(ほんとに何とお詫びすれば良いのか。
ちょっと基本的なルールや言葉を教えて貰おうと思っただけなんです。
まさかこんなに沢山の人達に迷惑を掛ける事になるだなんて…)
両手で顔を覆ってペコペコと頭を下げているノアシェランの動きがコミカルで、どうにも全員の口元が緩んでしまう。
(変な踊りをするんじゃ無い。)
(躍ってません!謝ってるんです!)
それを後ろから突っ込まれ、ノアシェランは半身を振り返って涙目で睨み上げる。
これも侍女のアドバイスに従った訳では無い。
単なる偶然だ。
何ならちょっとイラッと来ている。
それでデュオニュソスの方はと言うと、唇を思いっ切りへの字に曲げて睨み下ろして来た。
目力の強さに負けたノアシェランは、ちょっとその顔が怖くてまた真正面を向く。
(お父様!でおにそす様が睨んで来ます!
めっちゃ怖い!)
(これは生まれつきだ!
睨んでなどおらぬ!)
ドッと皆から笑われて、デュオニュソスは更に機嫌を損ねると、フンと鼻を鳴らして横を向いた。
(あー、ホント君達って面白いね。
面白過ぎて日が暮れるよ。)
(もう日はとっくに暮れてますよ、陛下)
レオナードが涙の滲んだ目尻が指で拭っていると、ウィンスがすかさず真顔で突っ込む。
(さて、明日は忙しくなりそうだし。
今日はこれでお開きにしようか。
アトスタニアは今日中に副団長と警備体制の見直しを宜しく。
教会、ギルド関連以外の面会依頼の方は全部デュオニュソスに回して。
教会、ギルド関連の方は宰相を相談役として、ダルフォント公爵にお願いします。
他の貴族達の対応は…)
レオナードが解散前に、各自に指示を割り振っていると。
(私はこの後姫君に個人的なお話をさせて頂ければ有り難いです。
出来ればダンバル公と学園長にもご協力を願いたいのですが。)
ウィンスはもう待ち切れ無いらしく。
急いで準備した後宮付近の実験室に、ノアシェランを連れ込みたくて仕方が無いらしい。
(例の果物の件か?)
(それも有りますが、他にも色々と気になる事が少々有りまして。)
(何をするつもりだ?)
(あの黒円の中に姫君以外の人間が入れるのかどうか、ちょっと気になりませんか?)
ワクワクした様子でウィンスが話すと、ザワッと一同のテンションが挙がった。
「そう言う事なれば、私も是非ご一緒させて頂きたいですね。」
「私達も喜んでご協力させて頂きます。」
主にダンバルや学園長、及び弟子達が目の色を変えて食いついて来る。
(ノアシェランは実験動物じゃ無いんだぞ。
今日の所は得体の知れぬ食い物の検分だけにしておけ。)
そこに苦い顔でデュオニュソスが釘を刺す。
(((何故ですか?!)))
(貴方は気にならないのか?!
もしあの穴に彼女以外の人が入って一緒に移動出来れば…)
(そんな事は明日改めて試せば良いだろう。
コイツの身体は幼児なんだぞ?
また食事中に寝させるつもりか?
お前達みたいな寝ないで研究する様な研究バカと一緒にするんじゃ無い。)
(((クッッ!)))
(ハハハ、これはデュオニュソスの方に一理あるよね。
ノアシェランの力の解明はなるべく急いで欲しいけど、彼女に無理をさせない様に気をつけて欲しいな。
あ、出来れば私も見学希望。)
(私も見てみたいな。
息子の婚約者のことだからね。)
(私も孫の事ですからな。)
(((私達も…)))
(そんなに大勢来られても困ります。
見世物では無くて、あくまでも実験なので。
陛下にはちゃんと後で報告しますから、大人しく書類を捌いていて下さい。
公爵家のお二方は息子さんから話を聞けば宜しいでしょう。
他の方々は会議の時に聞いて下さい。)
(((むうぅぅ…)))
(私だけでは分からない事も多いので、ダンバル公や学園長様達のご協力は非常に助かります。
1つはトゲモモの実と判明したのですが、もう1つは世界で一番美味なる果実と願って探した物らしく…、調べてみたのですが王宮にある文献では記載が無かったもので困っていたんです。
しかもまだ私も見せて貰っていない物もお持ちなので、どれだけ危険が有るか分かりませんが宜しくお願い致します。)
(((おおお!)))
めちゃくちゃテンションが上がっている学者関係の人達と、それを羨ましそうに見ているノアシェランの縁戚関係者との温度差が激しいが、これは確実にウィンスが悪い。
(あの、皆さんが行くにはお部屋が小さいのなら、此処で出しましょうか?)
案の定勘違いしたノアシェランが空気を呼んで、そう申し出ると。
(ノアシェラン!
何も分かってないオマエが出しゃばろうとするな!
ウィンスもスィンスだぞ。
その様な余計な事を言うから、色々と誤解を産むのだ。
面倒がらずにちゃんと説明しろ!
皆がオマエと同じ知識を持ってるのでは無い事を、自覚しろと何時も言っているだろう!)
デュオニュソスから大きな雷がピシャリと落ちた。
(すみません。
えーと、甘味の強い物。
特に美味と認識する物は魔力の含有量が多く。
特殊な性質を持っている物が多いのです。
姫君の能力で有る。黒円の中で害は無い様なのですが、そこから外に出せばどんな危険が有るのか分かりません。
何しろ世界一美味なる物と言う条件で探された物なのですから。
その為に多少の事故がおきても対応出来る部屋を用意して有ります。
ダンバル公や学園長様は私よりも上位の魔導師で有られますので、大きな事故を起こさぬ為にも協力をして頂きたいのです。
…これで良いですか?)
仕方が無いと言わんばかりに、ムッとしたウィンスが投げやりに語ると。
(果実の危険性ぐらい知ってるよ。
自分の身ぐらい自分で守れるから大丈夫さ。)
サルバドスは軽い口調で見学をさせろと言外にほのめかす。
(父上。
宮廷魔導師長官で有る彼が知らない物に対して、それは軽率な判断としか言えません。
万が一貴方の身に何か起これば、それは貴方では無く。
宮廷魔導師の責任となるのです。
公爵家を継ぐ嫡男かのですから、もう少し視野を広く持って考えて頂きたい。)
それに対してデュオニュソスは額に青筋を浮かべてキツく指摘した。
(デュオは考え方が固いんだよ。
そのお偉い宮廷魔導長官だけで無く。
ダンバル公や学園長まで揃ってるんだよ?
滅多な事になる訳が無いじゃないか。
こんな貴重な催しを見逃す方がよっぽど損だよ。)
息子からの駄目出しにカチンと来たサルバドスはヤレヤレと肩をすくめて反論する。
それにデュオニュソスがブチ切れた。
(だから貴方は軽率だと言うんだ!
誰が揃っていた所で起きるのが事故と言うものなのだぞ!
何故その事を考えずに、そんな軽薄な発言が出来る!
万が一凶事となった場合、その誹りはノアシェランにまで及ぶ事を少しは配慮しろ!)
バン!と、机を叩くと猛然と怒鳴りつけるデュオニュソスに、今度はサルバドスもブチ切れた。
(そうやって自分の思う通りにならなければ、直ぐに感情的になって喚き散らす。
どうしてそんなにオマエは母上にソックリなんだ!)
(っっ…)
地雷を踏み抜かれたデュオニュソスが、更に言葉を紡ごうとした途端。
(あの!!
私、捨てます!!!)
膝の上に座っていたノアシェランが、慌てて思念を張り上げた。
(捨てるって…何を…)
まさかと思って顔を青ざめさせたウィンスの問に、ノアシェランは真剣な表情でコクリと頷く。
(美味しいものが食べれると思って言い出した物ですが、こんなに危険な物だとは思ってもみませんでした。
怪我人が出るような物を、もうわざわざ食べたいとは思いません。
ですから私が責任を持って海にでも捨てて来ます!)
「「「?!」」」
(ばっ…、ノアシェラン!
オマエもいい加減にしろ!
物を知らぬオマエが出しゃばるなと、何度言わせれば気が済む!
そんな真似をしてみろ。
下手をすれば航海している船が沈むか、海岸添いにある街が滅ぶぞ!)
(へ?)
(あの、姫様。
魔力が豊富な果実の中には魔物の力を上げる代物も有るのです。
海には沢山の魔物がいますから、彼はそれを気にして言っているのですよ。
姫様が持っている実に、その様な効果が有るかは調べて見なければ分かりませんが、万が一そうだった場合、例え大陸から離れた遠方の海に捨てたとしても。
それを食して力を増した魔物の影響から逃げようと、それより下の魔物が浅瀬に来る危険性を孕んでいるんです。
ですからちゃんと調べる必要が有るのです。
お願いですから短慮な真似はなさらぬ様にお願いします…)
(す、すみません。
本当に私、そんなつもりじゃ…)
苦笑を浮かべたウィンスが優しく伝えれば、ノアシェランは顔面を蒼白にさせてションボリとうなだれる。
(そうなつもりが有ろうと無かろうと関係ない。
オマエは自分がそれだけの事を成せる力を持っている事を、ちゃんと自覚して大人しく黙ってろ!)
(デュオ!姫様に対してそんな汚い物の言い方をするんじゃ無いよ。
この世界の事に慣れてないだけで、彼女は君よりも年上の女性なんだろ?
礼儀正しく節しないと、嫌われたらどうするんだい。
いつも女性には優しくしなさいって言ってるだろう!)
(っっ…。
私は必要な事を言っているまでです!
嫌われて結構!
そんな軽薄な感情を気にして世界が滅びるよりも断然マシです!)
(そうじゃ無くてさぁ…。
同じ事を伝えるにしても、ガミガミ頭ごなしに怒鳴るんじゃ無くて、もっと言い方が有るって注意してるんだよ。
本当に申し訳有りません、姫様。
不出来な息子で…)
視野が狭いと叱られた事を根に持っていたのだろう。
ここぞとばかりにデュオニュソスの欠点をついて、優しい笑顔を浮かべて話し掛けて来るサルバドスに、ノアシェランはフルフルと頭を横に振った。
(…いいえ。
事の深刻さを思えば、でおにそす様が怒るのも当然です。
優しくして欲しいと思う気持ちは有りますが、だからと言って厳しく注意される事を非難はしません。
間違っている事をちゃんと指摘して下さるのはとても有り難いです。
ですからその事で、私がこの方を嫌う事は有りませんから、どうかご心配なさらないで下さい。)
(そ、そうですか。
いやぁ…出来た方で息子は幸せ者ですね。)
どうやらサルバドスからすれば予想外の反応だったのだろう。
グッと唇を引き結んだかと思えば、引きつった笑顔で言葉を濁す。
(私はデュオニュソス様が指摘される様に、この世界の物事を何も知りません。
私が良かれと思った事が、皆さんにとっては大きな迷惑となる事も有るでしょう。
ですがそれは私の本意では有りません。)
明らかに幼い顔をした彼女から、幼さの消えた気配が漂うのを感じて、ハッと全員が息を呑んだ。
(お父様にお願いが有ります。)
(な、なんだい?)
(出逢ったばかりの私を守って下さる想いはとても有り難く思っています。
ですが私のことで争いが起こったり、危険が有る様でしたら、お父様がどれだけ優しくして下さっても私は此処を出て行きます。
私は皆さんが思って下さるほど、素晴らしい存在でも尊い人間でも有りません。
どこかで野垂れ死んだ所で、もう良いのです。
私にはもう守るべき家族は誰も居ないのですから…。)
ノアシェランの小さな身体からブワリと悲しみの気配が立ち上る。
(早まるな!
分かった!分かったから!
そんな風に自分を追い込むんじゃ無い!)
慌てたレオナードが立ち上がって叫んだが少し遅かった。
大きな瞳から大粒の涙を流した彼女は、大きく頭を横に振ると、絶望の中に飲み込まれて行く。
(私はあの時死ぬべき存在でした。
それが意地汚く生き残ってしまって…。
水なんて飲まなければ良かった。
本当に深く何も考えてなくて。
まさかこんなにも皆さんに迷惑を掛けてしまうだなんて…)
(だから早まるなと言っている!
落ち着け!ノアシェラン!!)
(いいえ!いいえ!
私が此処に来なければ、うぃんそす様が危険な事をする必要も無ければ、皆さんが争うことも無かった。
でおにそす様がお父様と言い争うことも…)
(良いからコッチを見ろ!)
焦ったデュオニソスが、前を向いて魔力を暴走させている彼女の身体を強引に抱いて自分の方に向かせると、顔を両手で掴んで至近距離で虚ろになっている黒い瞳と視線を合わせた。
(良いか、もうお前には家族が居る!)
(居ません。誰も…私の家族は…)
(いいや、居る!
レオナードがお前の父親で、私がお前の婚約者だ!)
(でも…)
(良いから聞け!
もうお前は1人じゃ無い!
ちゃんと家族が居るんだ!
それにウィンスはお前が来なくても、勝手に危険な物を城に持ち込んで毎日実験を繰り返している!
それとあんな口論など諍いとは言わん!
日常茶飯事だ!
お前が来ようが来るまいが関係無い!)
(でも…私が迷惑…)
(それが嫌なら此処でちゃんと学べ!
何処にいようが。
例え死んだ所でオマエが他に迷惑をかけない保証などない!
それなら此処で大人しく保護されていろ!
それが苦しいと思うなら安易に逃げずにちゃんと努力しろ!)
(う…うぅー…)
深い絶望に満ちた魔力の圧力が弱まり、1つ瞬きをしたノアシェランの瞳に光が戻ったのを見て、デュオニュソスはホッと息をつく。
小さな手が胸元にしがみついた事で、少し戸惑いながらも幼い身体を抱き締めてやった。
すると彼女が実声を挙げて幼子の様に泣きじゃくり始め、絶望の色に染まった魔力がパッと霧散する。
何時もの会議室の雰囲気へ戻った事に、冷や汗をびっしょりとかいていた全員がホッと息をつく。
「なるほど、正にお話の通りでしたな。
今代の国王が事を急いだ筈です。
この為の入籍と婚約者でも有ったのですか。
これはなるべく早急に深い信頼と絆を築かねば成りますまい。」
「うん、彼女はまだとても不安定なんだよ。
生への執着が乏しいみたいで、本当に些細な事で無くした者を思い出して悲観するんだ。
そうなると物凄く儚くてさ。
この世に繋ぎ止める重石が必要なんだよね。」
「ですから彼女に記憶が残されたのですな。
神々も酷な事をなさる…。
扱いを間違えれば能力が消えるよりも先に彼女自身が死へと向かってしまうとは…。」
ダンバルが重々しく独り言ちると、レオナードも切なそうに相槌を返す。
「晩年近くまで生きた存在で有れば、その価値観を変化させる事は容易では有りますまい。
それを幼子の姿にまで変えたのも、また質が良いのか悪のか判断に苦しむ所ですな。
せめて年頃の女性の代で留めていてくれれば話が早かったものを。
新たなる番を与える為に希望をと言うので有れば、それで良かった筈ですからな。」
「逆にそれでは救い様のない動乱が起こると、神々は判断なされたのやも知れぬぞ?
まぁ…神々の思惑はさておき。
国王が迂闊にも隷属化をなさらなかったご英断を、心から感服し支持致し上げます。」
学園長も様々な事情を考慮して呻けば、ダンバルは彼の浅慮を窘めた後でレオナードの選択を褒め称えた。
危険性の高い相手を魔術で縛る事の方が、暴走を思えば此方には都合は良い。
けれども今回の場合に限って言えば、相手がそれに対して反発すれば、そうした事で命を落とす率が非常に高かった。
ただノアシェランが死ぬに止まらず。
この事に神の試練が含まれているとすれば、一体どれだけの災害に見舞われたか、判断が付かない。
彼女は様々なものを持ち込んでいると言っていたのだから。
「流石にそれは、ね。
彼女が善良な存在だったし、まだ思考が人に近くて話が通じている。
それに此方の魔術が通用しない存在が怖くて、下手に手が出せなかったと言うのが本音だよ。」
肩をすくめてみせたレオナードは、おどけながら謙遜する。
「あー、驚いた。
ヒステリーにもこんなに切なくなるものが、この世に有るんだね。
それにしても上手く行ってる様で父は安心したよ。これも1つの奇跡だろうけど…。」
何処か外れている様で。
しかし的を得ているサルバドスのボヤきに、その場に居る全員が苦笑を浮かべた。
女性の扱いに長けているとは決して言えないデュオニュソスだが、ノアシェランは彼にしがみついて泣けるほど懐いている。
取り繕って機嫌を伺っているよりも、本音をぶつけて真摯に対応した事が良い結果を生んだのだと、全員が彼の性質を思い納得したのだ。
「全く。女性と縁遠く言葉の扱い方1つ満足に扱えぬ未熟者と思っておりましたが…。
思念での会話で有ることが功を奏したのでしょうな。」
祖父のグランレスタートも、心底面白そうにクスクスと笑って現状を観察している。
普段は有能さが災いして、直接的で傲慢な物言いが人の反感を買うデュオニュソスであったが、今回に限って言えば適任だったらしい。
家の事情だけで選んだと思っていた者達は、レオナードの思慮深さに感心する始末だったが。
これに限って言えば結果論だった。
(あの…取り乱してすみません…でした。)
外国語で何かを語られていると、ようやく周囲の様子に気付く余裕が生まれたノアシェランは、とても恥ずかしそうにしながら振り返り。
眉毛を八の字に下げた愛くるしくも情けない顔を皆へと向ける。
目元や鼻が真っ赤で痛々しく。
警戒すべき存在だと改めて認識しても、笑いを誘う光景だった。
ダンバルが結界を張り直した事で、彼女の思念に呑み込まれる事は無かったが、先程は背筋が凍る思いをさせられる程まで伝わって来たのだ。
その力の強さを思えば可愛いだけの生き物で無いことは容易に察しがつく。
神々の伝説とは、教訓的な意味を持つものが多いのは、大抵物語の中で語られている人間が悲劇に見まわれているからだ。
危険だから話が残っている。
そんな事は誰に言われるまでも無く、全員が承知している話だった。
けれども頭で理解しているのと、自分の肌でその危険性を体感するのとはまた別の話だ。
(それで、先ほどの話だけれど。
果物の調査は宮廷魔導師達とダンバル公、そして学園長及びその関係者が行うとして…。
デュオニュソス。
君も参加しないのかな?)
懲りずに先ほどの話題を掘り起こして来た、サルバドス。
けれども軽さが取れて珍しく語り口調に真剣さが少し滲み出ていた。
(…いいえ。
ノアシェランを玩具にされても困りますので、付き添う予定ですが。)
(君は宮廷魔導師じゃ無いのに?)
(私は…彼女の婚約者ですから。)
“私は”の時点で、サルバドスが何を言いたいのか察しがついたデュオニュソスは、ギュッと眉間に皺を寄せる。
(そうだね。
そして私はその婚約者の父親だ。
そしてこの場に居る者達は殆どが彼女の父親達だ。
だから私達も君と同じ様に、当然参加する権利が有ると思うんだけど、どうかな?)
言葉を荒げれば、折角落ち着いたノアシェランがまた取り乱す。
その思いからデュオニュソスはグッと奥歯を噛み締めた。
そしてその僅かな隙をサルバドスは逃さず掴み取る。
(デュオニソス。
子育ては1人でするもんじゃ無い。って、言葉を知っているかな?
私のせいで母上に取り上げられてしまった君には、とても申し訳無く思っている。
でもね。
世の中には君が思っている以上に、沢山の価値観が有るんだよ。
そしてリブロはそれを良く分かっていて、彼等を姫の義父や教師に選んだのだと私は思ってる。
だから敢えて言わせて貰おう。
陛下から聞いていた話は紛れも無く本当だった。
でも私の認識とは、かなりズレがあったんだ。
これは私の想像力や知識が足りなかったせいも有るだろうけれど、姫様が他国の生まれで根本的な価値観が違っているせいも有るんだと思うんだ。
それを補って修正するには、姫様の事を私達は良く知らなければならないって事さ。
確かに軽率に危険な事に首を突っ込んで、下の者に迷惑を掛けない配慮は大切な事だよ。
でもね?
私達は父親なんだ。
娘のことで危険だからと言われても、それに尻込みして人伝で話を聞いてる様じゃ駄目なんだ。
そして家柄や派閥だけで無く。
ここに選ばれている者は実際に子供を持った親の経験が有る人が集められている。
我が子を知る事に多少の危険があった所で、尻込みする者は独りも居ないんだよ。
デュオニュソス。
婚約者で有る君よりも、義父である彼等の方が、よほど親身になって寄り添わないといけないのさ。
そして姫様も、君だけを頼りにするのでは無く。色んな人々の手を取れる様にしてあげなければならない。
そしてそれは君も同じなんだ。
だから婚約者で無ければ出来ない事が有る様に、父親でしか出来ない事が有るって事を、ちゃんと知って置いて欲しい。
そして重ねて言わせて貰う。
私達も姫様が持ち込んだ物の検分に参加を希望する。
娘や息子が行く所に、親が行けない理由は無いからね。)
最後はウィンスに向かって宣言する。
親の顔で説かれた事で、無碍にもし難い願いに、ウィンスは思わずダンバル公に視線を向けた。
(真理ですな。
姫様を支えるべき役目の者が姫様を知らず。
差し伸べられる手を、姫様が気付けない環境のままでは問題が有ります。)
(ですがそれは別の機会で良くは有りませんか?)
(いいえ。
これは父親としての姿勢の問題です。
安全だと分かっている時にだけ良い顔をしている様では、とても信頼関係など築けません。)
(あの…ですから私は皆さんを危険に晒すのは…)
ウィンスが困っている姿を察して怖ず怖ずとノアシェランが口を開こうとすると。
(姫様。
紅茶の熱さを知らない子供が、そのまま飲もうとすれば姫様はどうしますか?)
(え?それは勿論止めます。
火傷してしまいますから…)
(如何にも。
今回のそれは、そう言う類の危険なのです。
扱いを知っている者が居れば、それは何も危険では無いのですよ。
そしてダンバル公も学園長も、とても優秀な知識人です。
彼等が知らない物は無いとは申しませんが、知っている可能性は高いのです。
そして我々も自身が傷付けは、自分以上に姫様が傷付いてしまう事も承知しております。
決して無理は致しませんので、不安がらずとも大丈夫ですよ。)
すかさず笑顔のサルバドスに諭されてしまう。
困って後ろのデュオニュソスを見上げると、難しい表情で考え込んでいた彼が、その事に気付いた。
(どうにも屁理屈を捏ねて好奇心を満たしたがっている様に感じるが。
言っている事は間違いでは無い。
陛下の参加に関しては見合わせて欲しいが、この流れだと間違い無く首を突っ込んで来るな。)
(そうそう。私がノアシェランの本当の父親だから、当然だよね。)
ニコニコと嬉しそうに笑っているレオナードに、デュオニュソスとウィンスは諦めの溜め息を零す。
(…本当に大丈夫なんですか?)
(うん。
私達貴族は戦争が起これば戦場に立つ立場だよ?
それに比べたら、これぐらいで尻込みしてたら民衆に呆れられてしまうよ。)
(いいえ。
いつも城に缶詰めにされてるものですから、皆さん良い話のネタや暇つぶしが出来ると喜んでいるだけです。
王族やこれだけ高位の貴族になると、戦場と言っても後ろの方で指揮しているだけですから、特に威張って言う事では有りません。)
ハッハッハと声を挙げて笑っているレオナードの横で、ウィンスがノアシェランにコッソリを装って本音の所をぶっちゃけた。
(全く。
サルバドスもこう言う時だけ良く口が回る。
普段から真面目に勤めを果たしておけば、デュオと揉めず。
姫に要らぬ不安を抱かせずに済んだものを…)
(父上。せっかくいい感じに纏まって来ているので、そう言う無粋な事は言わぬが花ですよ。)
(えーと…、真面目なお母さんに厳しく育てられたせいで、反発してグレた不真面目なお父さんを見て育ったでおにゅそす様は、お父様を反面教師にしてお婆様に厳しく育てられた感じですか?)
(おぉ、ご明察ですね。姫様。
ですが私はちゃんと手を抜く時と力を入れる時を弁えているだけです。)
(父上!
ノアシェランに軽薄な真似は止めて頂きたい!恥ずかしいです!)
グランレスタートの愚痴めいた突っ込みに、ノアシェランはこれまでの流れから家庭環境を察し、それに対してサルバドスは人差し指を振りながら、ノアシェランにウィンクをした。
それを見たデュオニュソスが貯まらず怒鳴りつけたのだが。
大きな声に驚いて後ろを振り返ったノアシェランが、首まで真っ赤になっている彼を見て思わず吹き出してしまった。
(何が可笑しい!)
(ご、ごめんなさい!
可愛いくてついって言ったら余計に怒られちゃうよね。)
怒られた所でその迫力は半減しているせいで、思わず漏れたノアシェランの本音に、場までがドッと沸き返った。
(良かったな、デュオ。
可愛いって思ってくれる婚約者が出来て。)
(随分と慕われておりますな。)
(これには泣くご令嬢も多いでしょう。)
(公共の場でイチャイチャするのは止めて欲しいですね。
それより話が纏まったのなら、早く検分に行きませんか?)
盛大に冷やかされたデュオニュソスがプルプルと震えながら怒りを溜め込んでいる間に、ウィンスが時間の無駄だと言わんばかりに呆れながら会話を切って移動を促す。
(そうだね。早くしないとまたノアシェランが寝てしまう。
それじゃあ、そろそろ移動しようか。)
立ち上がったレオナードが何故だかノアシェランの方に向かって来る。
(ほら、ノアシェラン。
こっちにおいで、今度は父と親睦を深めよう。)
後ろの怒れるデュオニュソスが怖かったので、つい差し向けられた手に反応して、手を伸ばしてしまったが。
無言でデュオニュソスに腹部をグッと掴まれて。
けれども直ぐに抜けた彼の力に、気を取られている間にレオナードがノアシェランを抱え上げていた。
中性的な魅力の有る、レオナードの整った顔が嬉しそうな笑顔でキラキラとしている。
それを至近距離で見てしまったノアシェランは、一瞬頭がクラッとした後で猛烈に恥ずかしくなった。
怖くて逃れたいと思っていたのに、急にレオナードの腕の中に居心地の悪さを感じて、デュオニュソスの方へ縋る様な視線を向けてしまう。
(お、お待ち下さい。
彼女を運ぶのなら私が…)
言葉使いをサルバドスに指摘された悔しさも有り、咄嗟にデュオニュソスがそれを丁寧な言葉で引き止め様としたのだが。
(だから今度は私が運ぶよ。
デュオはさっきまで一緒に居たんだから構わないでしょう。
まだノアシェランは嫁に出した訳でも無いし、父親として親睦を深めたいしね。)
反論の難しい言い訳を使われ、思わず踏みとどまってしまった。
(それでしたら陛下が運ばずとも私が…)
(いえ、私が運ばせて頂きますぞ。)
(そんな、皆様にその様な真似はさせられません。どうぞ私めにその役目をお与え下さい。)
すると義父達がこぞってワラワラとレオナードの元に集まって来る。
あっという間にノアシェランとデュオニュソスの間が人の壁で隔てられてしまい。
お互いの姿が見えなくなってしまった。
急にそれが心細くなったのと、義父達の熱意の籠もった瞳が怖くなり。
ノアシェランは身を震わせてレオナードにしがみつく。
(コラコラ、ノアシェランがビックリしてるから少し落ち着こうよ。)
(ハハハ。姫様は大人気ですね。
私も立候補させて頂いても?)
(サルバドス殿は婚約者の父で有ろうが。)
(ここは、義父で有る我々の役目ですぞ?!)
(そうです。遠慮して頂きたい。)
(良いじゃないですか。
未来の娘なんですから。
嫁ぐのを待ってたら抱っこなんて出来ないサイズになってしまうでしょう。
だから今のウチに親睦を深めさせて下さいよ。)
つまり全員が理由を付けて、可愛いノアシェランに触れたいだけだったりする。
小さくて可愛い子供が居たら、撫でたくなる感覚で有る。
実の我が子でも此処まで情熱的な欲求は無かったが、彼等からすればノアシェランは孫レベルの幼さだった。
育ってしまった娘の冷淡な反応を知っているだけ、今のウチにと言う思いも有るので、皆それぞれが必死で有る。
若ければデュオニュソスと婚約者争いのスキャンダルが起きると困ると思ったリブロの配慮が、まさかこんな風に欠点となるとは誰も想像だにして居らず。
そして全員がその年頃の幼児に対する認識になってしまっており、ノアシェランの実年齢への配慮がスッポリと抜け落ちている。
見かけは幼児だが、中身は成人女性の思考を持つ彼女に、初めて会ったばかりのオジサン達が迫って来ている状態なのだ。
頭では父親だと分かっていても、無邪気に抱っこを喜ぶ感覚が無い。
しかも全員が全員共、自分と同年代か年下のイケてる男性達で有る。
精神的な抵抗感が半端無かった。
ダンバルの働きに寄って、庶民に出世の道が切り開かれた事から、貴族に生まれた嫡男達は全員がスパルタ教育を受けて来ている。
その為中年の年代となっても身体を鍛えている者も多く。
更にもっと言えば、飢え易い環境下でも収入の多い者達なので、栄養がしっかりと取れている分ガタイも良かった。
サルバドスはサボっている方だから、体系的にもレオナードと代わり映えの無いシュッとした
細身のタイプだが。
それ以外の養父達はアトスタニア張りにマッスル体型で有る。
トップアスリートクラスの筋肉の持ち主が、抱っこをさせろと迫って来ている状態だった。
(うーん…。しょうがないなぁ。
それなら順番にしようか。
でも最初は私が抱いて行くからね。)
(((おお!)))
全員の顔が喜びに輝いた瞬間。
ノアシェランは考えるよりも先に黒円の中に戻っており。
(姫様?!)
(うわーん!えまるぢょ様あぁぁ!)
会議室に向かって廊下を歩いていた真っ最中の、エマルジョンに向かって飛び出していた。
ノアシェランが突然姿を消した事で、会議室は盛大なパニックに見まわれた。
けれどもエマルジョン達が元々其方の方に向かっていたのが幸いにして、直ぐにノアシェランの居所が知れた事で、落ち着いたのだが。
と、言うよりも。
居所を知るなり全員が会議室を飛び出して、ノアシェランを腕に抱きながら、冷ややかな鉄仮面と化しているエマルジョンと廊下で対面する羽目になる。
(全く嘆かわしい。
姫様のお姿が例え幼くとも、中身は成人した女性なのを皆様お分かりでしたでしょう。
それを揃いも揃って何ですか。
その腕に抱かせろと迫って来られたとか…)
(いや、その。違うんだ!
父親として娘と親睦を深めようと…。
決して疚しい気持ちなどないぞ!
それに移動するのにどうせノアシェランを運ぶ必要があったのだ。
その役目を父親がしても、別に可笑しくは無いだろう?!)
慌てたレオナードがそう早口でまくし立てると、義父の面々もそうだと言わんばかりにコクコクと頷く。
けれどもそれに対して、エマルジョンの瞳の鋭さが増した。
(それが揃いも揃った良いお年の殿方達の言い分ですか。
宜しいでしょう。
では逆に問います。
その場に奥方様が目の前に居られたとして、同じように姫様に詰め寄る事がお出来になりましたでしょうか。)
(((………)))
全員が口を引き結んだ姿に、エマルジョンは大きな溜め息をこれ見よがしに吐き出す。
我が子が産まれた時。
嬉しかったし、大喜びで抱き上げた記憶なら全員が持っている。
けれども血の通って無い義理の娘に対して、自分の妻の前で同じ事が出来るかと言えば、その後の不和を思うと非常に厳しい。
継子を持った経験など無くても、妻の神経を逆撫でしない様に配慮して、なるべく近寄らない様にするだろうと、直ぐに想像したのだ。
継子に愛が無い訳では無い。
引き取ったからにはちゃんと自分の娘として育てるだけの決意も覚悟も有る。
けれども、それとコレとは違うのだ。
相手が若くて愛らしい。
しかも血が繋がってない。
それだけで妻の嫉妬を招くには充分な理由だった。
(どうやらご自分達の非常識さをご自覚頂けました様で何よりです。)
視線を逸らした男達に、エマルジョンのみならず、後ろにズラリと並んでいる侍女達の視線も揃って冷ややかさを増す。
怒鳴られた訳では無いのだが。
肝が心底冷え込んで行く。
この話が此処だけに止まらない事を、全員が知っているからだ。
つまりこの失態は尾鰭と背鰭をつけた上で侍女達から社交界へと渡り。
各々の妻たちに伝わると理解した全員が、断頭台に登れと告げられたかの様にガックリとうなだれたのだった。
(全く嘆かわしいお話です。
確かに姫様の愛らしさは、私共も非常に理解しております。
ですが揃いも揃って立場も地位も有る、責任を持った立場の方々がなんと無様な振る舞いをなさるのですか。
しかも姫様には侍女がついて居なかったのですよ?
どうしてその様な状況で、基本的な配慮ですら為さって下さらないのです。
本当に姫様の事を思うので有れば、節度を保った距離を置くのは当然の処置では有りませんか。
状況として侍女がついて来れなかったのですから、尚更でしょう。)
(あ、あの、エマルジョン。
ここは廊下なんだからもうその辺にして…)
(陛下。)
(うわ、は、はい!)
(私は此処が公共の場で有る事を正しく把握しております。
その上で申し上げているのです。
私たちの姫様が端女の様な扱いを不当に強いられた問題を断固問いただし。
尚且つ姫様の身の潔白を証明しなければなりません。)
(そ、そんな大袈裟な…)
(陛下!)
(は、はい!)
(父親で有る貴方が何て言い草ですか!
姫様の名誉は義父である貴方様が率先して守るべき最低限の義務でしょう!)
(はいぃ!)
子供の頃のトラウマを刺激されたレオナードは、最早鉄仮面を通り越して般若のオーラを纏っているエマルジョンに身を縮み上がらせた。
(デュオニュソス様もデュオニュソス様です。)
(う…)
(貴方様は姫様の婚約者なのですよ。
どうしてこの様な場でその身を挺して姫様をお守り出来なかったのですか!)
(そ、それは…、父親と親睦を深めると言われ。
そう言うものかと…)
(黙らっしゃい!
其れでは逆に問います。
貴方が魔法で幼子の姿になり。
義母になるからと始めて出逢った女性達に囲まれて、その身体を触れられたら何と思います。)
(え?それって男の立場ならラッキーなんじゃ無いのかな?)
(サルバドス様には聞いておりません。
無駄口を叩く暇が有るのなら、奥方様への言い訳を考えていれば宜しいのでは?
貴方様なら喜ぶと、この話もきちんとお伝えさせて頂きますよ。)
(うわ!すみません!ごめんなさい!
喜びませんから言わないで下さい!!!)
(分かれば宜しいのです。
では、お下がり下さい。)
(はい!すみませんでした!)
因みにサルバドスもレオナードの父親関連でエマルジョンと深い交流を持っていた。
同年代なだけ容赦が無い。
やぶ蛇だったと顔を青ざめさせて、即刻退散するべく父の後ろに下がる。
その息子の姿に、ダランレスタートも大きな溜め息を零す。
(デュオニュソス様。お答え下さいませ。)
(非常に不愉快だ。
想像するだに吐き気がする。
どうやら私の想像力と配慮が足らなかった様です。
ノアシェラン姫君には心から謝罪致します。)
(分かって下されば宜しいのです。
次からは何を言われようとも、貴方様以外の殿方を姫様に決して近付けさせないで下さいませ。
これは婚約者として、言われ無くとも守るべき最低限の責務で御座います。
例え父親と言われようとも。
血の繋がってない赤の他人なのです。
姫様に触れて良い殿方は、貴方様以外には緊急時の護衛のみ。
この事を肝に銘じて置いて下さいませ。)
(分かった。
エマルジョン。礼を言う。)
(それではもう一度確認を致します。
この度の件で姫様に触れた殿方は、デュオニュソス様以外ではレオナード陛下。
このお二方のみで御座いますね?)
(あぁ…そうだ。)
(うん。私が彼女を抱いていた所で、突然消えてしまったからね。)
(姫様が貞操を重んじる社会の生まれで本当によろしゅう御座いました。
以後、この様な事故が起こらない様に、皆々様も重々とご注意を願います。)
((((…はい。(うむ。))))
苦渋に満ちた男達が、渋い顔でコクリと頷く。
それで一段落がついたと、そう言った空気の読めないウィンスが興奮気味に呟く。
(其れにしても、陛下が身体を掴んで無かったとは言え、まさかあの状態から穴の中へと逃げられるとは!
これは素晴らしい発見ですよ!
姫君の意志を無視して拘束するのは難しいと言う事です!)
(ウ、ウィンス…)
(ウィンス様。
姫様の能力を誉められるのは宜しいのですが、それは今すべき事では有りませんよ。)
(どうしてですか?!
これは重大な事実ですよ!
姫君を不当に捕縛出来ないと言う実証では有りませんか!ですよね?!)
(そうですな。
確かにこれは有益な情報です。
不慮の事故では有りましたが、無益では有りませんでしたな。)
この興奮が何故伝わらない?と、言わんばかりに声を挙げるウィンスにダンバルが応えると、知識人関係者以外の全員が大きなため息を吐き出す。
(姫様の貞操が掛かった問題を、魔術の実験と混同しないで下さいませ。
そもそも貴方がたも近くに居たのでしょう。
何故今回の事を陛下が動く前に止められ無かったのですか!
学術も大変結構ですが、世間の常識を学ぶ事も重要な事ですよ!
基本的な礼儀作法の講座をもう一度受け直されては如何ですか?
その様な無様な有り様で、私達の姫様の教育担当などなさらないで下さいませ!)
(((う…申し訳ない…)))
ぐうの音も出せないエマルジョンの正論に、知識人一同が顔を青ざめさせる。
ウィンスも流石にヤバいと感じたのだが、後の祭りだった。
(それでは私達は下がらせて頂きます!)
(ちょ…待って下さい!
これから姫君が持ち込まれた果実の検分が…)
ノアシェランを抱いて後宮に戻ろうとする、怒れる侍女にウィンスは泡を食って言葉を紡ぐ。
(ですからそれは基本的な礼儀作法の講義を受けてからでお願い致します。
姫様を宮にお連れした後で、私がジックリと指導させて頂きますが。)
けれどもエマルジョンは鉄壁だった。
ヒゥ!と、その怒気に思わず飲み込まれかけた、レオナードと同じトラウマを持つウィンスだったが。
トラウマよりも勝る情熱が、次の言葉を絞り出す。
(ですがこれは緊急性が高いのです。
お怒りは最もなので反論は致しません。
ですが姫君の身の安全に関わる事ですので…)
(……其れは姫様が食した果実に関する問題ですね?)
この時エマルジョン達の怒りよりも、ノアシェランの身の安全が上回った瞬間だった。
元々その話は昼食前に出ていた事で、ウィンスの言葉足らずな説明でも、彼女達の琴線に触れたのだ。
(宜しいでしょう。
姫様がお口になされた果実が何なのか、私も非常に気になる所です。
その検分が終わりましたら、私が皆様に基本的な儀礼講座をさせて頂きましょう。)
(そ、それがセットなのですか?!)
(当然でしょう。
二度とこの様な事態を招かれては困ります。)
(そ、そのお怒りは充分承知しております!
もう二度と間違いは犯しません!
ですから時間が無いのでその辺の事は勘弁して頂きたく…)
(ウィンス様。
時間と言うものは無ければ作るものですよ。
私も大変忙しいのですが、大事な姫様の為ですもの。
シッカリと時間を取らせて頂きます。
宜しいですね。)
(は…はぃ…)
周りからもう時間の無駄だから諦めろ!と、いった雰囲気と視線を流石に感じたウィンスが、苦渋に満ちた声を絞り出してガックリとうなだれた。
(あー、実に惜しい。残念です。
ですが私は実はこの後で外せない予定が有りま…)
(サルバドス様。
其れでは貴方様だけ特別に違う日に予定を取って、お母様をお呼びしてから講座の方を…)
(すみません!これから参加させて頂きます!
いやぁ、嬉しいです。
侍女長直々の講座ですか。
実にタメになるお話でしょうね。
アハハハ…)
(他にご予定があったのでは?)
(そんなもの!どうにでもします!)
(宜しいです。
では、皆様参りましょうか。
デュオニュソス様。)
(う、うむ!)
瞳に涙を滲ませて遠い目をしている父を横目に、デュオニュソスは急いでノアシェランを受け取りに走る。
基本的に廊下を走るのもマナー違反だが。
エマルジョンを待たせる勇気が無かったのか、ノアシェランを取り戻せる事が嬉しいのか。
微妙な所だった。
「そもそもの発端はお前の発言だ。
努々(ゆめゆめ)逃げられると思うなよ。」
「…はい。」
周囲から殺気の籠もった視線を浴びながら、深くうなだれている息子の肩を掴んで父親が歩き出す。
それに習って全員が肩を落としながら、ズラズラと行列を作って動き始めた。
エマルジョンの申し出が罰として与えられる形となるのは一目瞭然。
けれどもこれは、怒れる彼女からの救済措置でも有った。
さぞかし良い笑い話として、周りに広がるのだろう。
その屈辱がエマルジョンからの罰で有り。
自分の妻達の怒りと嫉妬を和らげてくれる、救済となるのを全員が悟った上での行動。
例え何処かの社交場で今回の事が話題に上がったとしても、酷い目にあったと笑い話に出来る。
これが若くて可愛い義娘とのスキャンダルのままで終わると、社交場に顔を出す事も出来なくなるのだ。
これは貴族家の当主として、非常にマズい展開だった。
今回の件で、妬みを持った貴族家から攻撃の餌になってしまう。
それをエマルジョンが公共の場で裁き。
ノアシェランのスキャンダルを否定した上で、過剰な罰を与える事で笑い話に持って行ける。
それが分かった上で姑息にも1人で逃げようとした諸悪の原因を、皆が許せる訳が無い。
彼は元々自分の妻と大きなスキャンダルを起こしていたし。
また産まれ持った性格と相まって、今回の件もまたかと呆れられる程度で済むから、罰は必要無いと思ったのだろう。
けれどもそれをすると、今度はこの内輪での関係に亀裂が入ってしまうのだ。
何しろ事の発端はサルバドスの発言から始まっている。
他の者が恥を忍んで罰を受け入れるのに、それを逃げ出した者を許せる筈が無い。
グランレスタートが首根っこを抑えつけてその暴挙を阻止する前に、有能なエマルジョンがその行動を見事に封じたのだが。
それでも産まれた反感に対して、父は怒りを込めて駄目押ししたと言う経緯だった。
(えーと、それでは検分を始めたいと思います…)
未知なる物にワクワクしながら行う楽しい検分だった筈が、エマルジョンの冷気を浴びているせいでぎこちない雰囲気へと変わってしまう。
(皆様、私達が結界を張っておりますが、充分にご注意をお願い致します。
それでは姫様。
あの机の上に、先ずはトゲモモから出してみて下さい。)
(ウィンス様。
姫様の食した果実の検分だった筈では?)
(え、えと。トゲモモの危険性は把握しています。ですから比較的危険性の低いものから検証させて下さい。
皆さんもそれで心と身体の準備が整うでしょうし…)
(…まぁ、良いでしょう。)
エマルジョンの冷た過ぎる声に身を震わせながらも、ウィンスは負けじと作戦を練っていた。
ノアシェランがバナナの形をしたピンク色の果実をテーブルを上に出せば、金色に輝く結界が発動してその周囲を長方形の形で覆って輝く。
「「「おおっ…」」」
その瞬間は流石に微妙な空気が吹き飛び。
未知なる現象に全員の目が光り輝いた。
王宮に勤めている魔導師が、その身を防御魔法をかけた厚手の布で覆った重装備で、静かに慎重な姿勢で結界に近付き。
結界の中で沈黙を守っている果実を確認すると、テーブルを覆っていた金色の輝きがフッと消失する。
「「「 ?! 」」」
そして魔導師が手袋で覆われた手で果実に触れると、バン!と、トゲモモが爆発した。
全員がそれぞれ身構えた所で、その前に有る光る結界の壁に果肉と思われる赤色の物体と、小さな針を見つけてホッと緊張の力を解く。
(どうやら結界の強度に今は問題が無かった様です。)
(あの!人が…)
至近距離で爆発を受けた魔導師が真っ赤に染まっている姿を見て、ノアシェランはデュオニュソスにしがみつきながら悲鳴を挙げた。
(大丈夫です。
装備で止まっています。
あれは果肉と果汁の色で、出血では有りません。)
(ほ、ホントに?)
ゴーグルをつけた宮廷魔導師が、元気アピールなのか、コッチに向かってヒラヒラと片手を振ってくれた事で、ノアシェランはホーッと安堵の吐息を零す。
(あくまでもこの後に続く物の対処を皆さんに経験して頂きたかったのです。
トゲモモに関して言えば私に知識が有りましたので、対処法も理解しておりました。
ですがこれから先は未知の領域です。
あの速度と同等以上の速さで爆発を起こす危険性が有りますので、見学を辞退無される方がおられましたら、今のウチにこの部屋からの退場をお願い致します。
あ、姫様。
トゲモモは引き取りますので、ドンドン机の上に置いて行って下さい。)
ウィンスの忠告に対して、部屋を退室する者は1人も居なかった。
むしろ逆に表情を高揚させて、やる気満々で居座っている。
それは侍女ですら同じだ。
デュオニュソスが抱いているノアシェランの前に、ズラズラと並び始めている始末だ。
つまり自分の身を盾にしてノアシェランを守る意思表示で有る。
(いや、その意思は尊敬するが。
ノアシェランは黒円の中に戻らせる方が良いだろう。
攻撃が通用しないのなら、その方が安全なんだろう?)
(私だけが安全では困ります!)
(いや、お前がその中に入れば侍女達が部屋の外に出られるだろう。)
(あー、なるほど。)
デュオニュソスの提案に納得したノアシェランだったが、それを固い表情で侍女達が拒んだ。
(先ほどの事も有りますので、例えこの身に何が起きようと、姫様のお側を離れるつもりは有りません。)
(えまるぢょ様…)
侍女達の想いを代表して発言したエマルジョンに、ノアシェランは完全に涙目だった。
(でしたら侍女の皆さんも私と一緒に窓の中に入りますか?)
(((その様な事がお出来になられるのですか?!)))
そして彼女達の身を案じたノアシェランの提案に、真っ先に反応したのは目を異様にギラつかせたウィンスを含む知識人関連だった。
(え…と、私以外の生き物をこの窓の中に呼んだ事は有りませんが、侍女さん達なら出来ると思います…)
(((是非とも試して見て下さい!!!)))
その勢いが怖くて思わずデュオニュソスにしがみつく力を込めたノアシェランだったが、彼を見上げて頷かれた事で少し勇気を取り戻す。
(では私が先に戻ります。)
慣れ親しんだ暗くて居心地の良い黒い空間に戻ると、ノアシェランはホッと安堵の吐息を零す。
そして窓から外を眺めていると、緊張の中に高揚感を留めている人々の姿が視界に入った。
特に目が異様にギラギラとしているウィンス達が怖くて、直ぐにエマルジョンへと視線の向きを変える。
(えと、初めは1人づつ試させて下さいね?)
(はい。それでは私が先に参りましょう。)
「侍女長?!」
(大丈夫ですよ。
姫様が為さる事です。
皆さん落ち着いて待っていて下さいませ。)
どうやら侍女達の中では、地位の高い彼女より先に自分が試そうと考えていたらしく。
それに対する反発の声が挙がったが、エマルジョンはそれを許さなかった。
(えと…それではえまるぢょ様…)
(姫様。侍女に様は不要です。
エマルジョンが呼びにくい様でしたら、マールとお呼び下さいませ。)
(えと、マール様?)
(マールと呼び捨てでお願い致します。)
彼女が自分よりも年下だった事も有り。
それでも母親の様な頼もしさを感じていたので、その願いにノアシェランは戸惑った。
(分かりました。ではマール。
呼びますね。)
(はい。)
次の瞬間。
彼女はノアシェランと同じ空間に立った。
どこまでも真っ暗で果ての無い空間に、少しだけ戸惑った彼女だったが。
(エマルジョン、どうだ!)
緊迫感に満ちたレオナードの声でハッと我に返ると、深呼吸をして胸の動悸を鎮める。
(不思議な空間です。
真っ暗で床も天井も壁も有りません。)
「「「 !!!! 」」」
(そうなんです。
でも立てるのが不思議ですよね?)
(えぇ、その通りです。
でも立っているのか、寝転がっているのか。
何とも不可思議な感覚ですわ。)
(そうなんです!
此処は外よりも重力が弱いみたいで、空気のクッションの中に浮かんでいるみたいでしょ?)
ノアシェランは嬉しくてクルクルとエマルジョンの周りを回りながら、はしゃいでこの空間の事を説明した。
自分以外の人が同じ場所に来れた事がとても嬉しかったのだ。
自分は人だと思っていた。
けれどもこの力のせいで人外扱いされた事が、とても苦痛だったからだ。
(ウフフ、姫様。そんなに動かれて大丈夫なのですか?)
(スカートも捲れませんし、目も回りませんからきっと大丈夫です。)
ノアシェランの喜びに満ちた感情とハイテンションにつられて、エマルジョンの緊張が段々と解けていく。
因みに窓の外では知識人だけでは無く。
全ての者達が物凄い興奮状態になっていた。
(ノアシェラン!
私も!私も呼んでくれ!!)
次に中に入りたいと、興奮して思念を張り上げたのはレオナードだった。
(……お父様を呼ぶのですか?)
(そうだ!
私も中に入ってみたいぞ!!!)
けれども彼のテンションの高さに反比例して、ノアシェランのテンションが落ちて行く。
(ウーン…、此処にお父様を呼ぶのはちょっと…)
(何故だ?!)
(何て言えば良いのか…。
お父様を呼んでも良いのですけれど。
イタズラしないで下さいね?)
自分でも理解出来なかったが、何となくノアシェランはレオナードを呼ぶのが嫌だと感じて渋い顔をする。
(イタズラって何をだ?!)
(ヤッパリ、先にデュオニュソス様を呼びます。それでお父様が何か変な事をしそうになったら、止めて下さい。)
(ノアシェラン?!)
(…分かった。約束しよう。)
(陛下は早くも日頃の行いの悪さを姫君に見抜かれていますね。)
レオナードの悲鳴染みた思念を感じ、ノアシェランが自分でも良く分からなかった抵抗感を、エマルジョンが淡々と分析した。
(それでは呼びますね?良いですか?
でおにそす様。)
(…私も前から感じていたのだが。
私の名前はデュオニュソスだ。
ちゃんと呼んでみろ。)
(え?ですから、でおにそす様ですよね?)
(分かった。デュオと呼んでみろ。)
(えーと…でお様?)
(何故それすらマトモに呼べぬ!)
(えぇー?!)
ノアシェランからすれば自分は心の中でデュオとちゃんと呼んでいたのだ。
けれどもどうやら発音が悪く。
思念でも上手く伝わってないらしい。
(そんな事はどうでも良いだろう!
早くお前が行かないと私が入れないんだぞ!)
(全然良くは無いのだが…。
まぁ、良い。
呼んでみろ、ノアシェラン。)
(はい…で…でお?にそす様。)
(何故余計に呼び方がぎこちなくなるのだ?!)
段々と彼をこの場所に招きたく無くなって来たノアシェランだったが、渋い気持ちで窓に願った。
(………………なるほど。)
(他に何か感想は無いのかデュオニュソス!)
長い沈黙の果てに、それだけを呟いたデュオニュソスに、レオナードの切れた突っ込みが炸裂した。
(嫌。エマルジョンの言う通りだ。
床も壁も天井も無い。
果てしなく暗い空間が延々と続いているが、不思議と居心地が悪くは無いな。
不可解だ。
普通なら恐怖を感じても可笑しくは無い空間だろうに…)
(そうなのですよ!
不思議です。
姫様の能力か何かでしょうか?)
(いいえ、それは私も感じてました。
暗くても不思議と怖くは無いんです。
ただ1人きりだと寂しいんです。
此処には音が有りませんから。)
((あー、なるほど。))
(私も中に入れてくれ!)
足りないのはそれか、と。言わんばかりにエマルジョンとデュオニュソスがのんびりと納得していると、ジレたレオナードが切れ気味に思念を送って来た。
(はいはい。
お父様、呼びますよー。)
駄々っ子を相手にしている感覚で、ノアシェランはレオナードを中に呼び込む。
(おおおお!!!)
(陛下!どうですか!?)
(すごい!凄いぞウィンス!
本当に壁も天井も地面も無い!)
(それはいい加減聞き飽きました!
問題が無いのなら私も呼んで下さいっ!)
延々と続く同じ状況の説明に、興奮が堪えきれないウィンスも思念を張り上げた。
(…えー…ウィンスさんも呼ぶのですか?)
(早く!私も早くお願いします!!)
(…先にアトムさん?を呼んでも良いですか?)
(ん?それは俺の事か?)
(な、何故ですか?!)
(日頃の行いの差じゃね?
因みに俺はアトスタニアだ。)
(すみませんでした。
アトスタニア様、お呼びしますね?)
(おお、良いぞ。好きに呼べ。)
(ぬおー!私が先に言ったのにぃぃ!!!)
悔し泣きをするウィンスを尻目に、今度はアトスタニアが空間の中に入って行く。
(ハハ!こりゃ面白い。)
(おい。ハシャぐなアトスタニア。
広い筈の空間が一気に狭く感じるぞ。)
飛んだり、一回転したりと。
クルクル忙しなく動き始めたアトスタニアに、デュオニュソスが渋い顔で注意する。
(不思議だよなー。
果てなんか無い様に見えて、こっから先には行けないみたいだぜ?)
(む、本当だ。
この辺りに見えない壁が有るみたいだね。
と…、この辺りに置いて有るのがノアシェランが持ち込んだ代物か。)
アトスタニアと同じように空間の中を探検していたレオナードが不意に立ち止まると、進めない先に存在している様々な物に視線を向けた。
(凄いな。
この先に生きている者が進めない場所が有るよ。)
(倉庫の様な感じと言うべきか?)
(うん。何らかの法則が有るんだろうね。)
(ぬおー!私も!私も中に入れて下さいぃぃ。)
本気で泣きそうになっているウィンスの気配を感じて、ノアシェランも罪悪感に苛まれてしまう。
(可笑しいですねー。
別に意地悪している訳では無いんですよ?
ただ侍女さん達なら呼べると思うんですねど、ウィンスさんを呼ぼうと思うととても難しいんです。
何故でしょう?)
(取りあえず呼べる人間を全て呼んでみろ。
呼べない者が残れば、理由が分かるやも知れんぞ?)
デュオニュソスのアドバイスに従って、ノアシェランは自分の侍女を招き入れる。
(おおお!私も呼んで頂けるのですね!)
(ぬお?!宰相が何故此処に?!)
(貴殿は参加を見合わせる筈だったろう?!)
(そんな約束はしておりません。
そもそもこの部屋に入る時に、誰も何も言わなかったでは無いですか。)
(((しまった…忘れていた…)))
国王と宰相は共に国を動かせるトップな為、有事の際には同じ場所に立たない事が基本的なルールであった。
けれども様々な衝撃から、その事を失念していたらしく。
ちゃっかりと会議室からこの部屋まで、宰相も同行していたのだった。
(姫様あぁぁ…)
(ウーン…ウーーーン…、それじゃあ特別ですよ?ホントに悪さはしないで下さいね?)
(はい!お約束致します!!!)
悩んで悩んで悩んだ末に、罪悪感に耐えかねたノアシェランがウィンスを窓の中に呼び込んだ。
(すみません。どうやら今はこれが限界みたいです。
人数的な問題では無いと思うのですが…何故でしょう?どうしても中に人を入れる気分になれません。)
(((ええええーーー?!)))
(やたー!やたー!!)
(煩い。黙れウィンス。)
(わぁぁ、これが姫様の言う窓ですか。
確かに中から外が見れます。
確かにこれはまるで窓の様ですね。
ムフフ…悔しそうな顔で皆さんが此方を見上げていますよ。)
(おまえなぁ…、自分が中にギリギリで入れたからって、それは無いだろう。)
残された面々の落胆に満ちた声が溢れる中で、ウィンスが踊りながらクルクルと空間の中を漂っている。
それを青筋を浮かべたデュオニュソスが咎めたが、彼は夢中になって窓の状態を調べ始めた。
そして完全に外のメンバーを煽っている無礼さに、アトスタニアも思わず彼を窘める。
(中に入れた者と入れなかった者の違いは何なのでしょうな。)
(姫様と接した時間の差と言う辺りでしょうか?)
(それですと初期から側でついていた護衛の者が入れていませんし、逆にグランレスタート様が入れている説明がつきませんぞ。)
(となると、三番目に入れたとは言え、陛下もウィンス殿と同じ様に渋られていましたので、時間と言うよりも信頼度の差なのやも知れませんな。)
(ふむふむ。)
けれども外の知識人達はメゲずに分析を始め出す。
(そもそもその黒円は姫様を守る為に存在している可能性が有ります。
ですから姫様を害する危険性の低い者が入れる。もしくは姫様がそう認識している者でしか入れないと言った所でしょうか。)
ダンバルが纏めた推理に、レオナードとウィンスが同時に渋い顔付きになった。
(私はノアシェランを害したりなどしないぞ?)
(私だって同感ですよ!)
(それはそうなんですけど…、何となく怖くて…)
((何故だ?!(ですか?!)))
(すみません、私でも良く分かりません。
でも他の人達と違って気をつけなくてはと感じてしまうんです。)
(何でだろなー。俺には姫様の警戒心が良く分かるんだが…)
(私も同感だな。
ノアシェランは何も間違ってなど無い。)
困って身を縮こめているノアシェランの姿に、アトスタニアとデュオニュソスが腕を組んでウンウンと頷いていた。
(どういう意味さ。)
(お前たちの共通点は、ノアシェランよりも自分の好奇心を優先させる所だ。)
(2人とも自分がやりたい事は譲らねーからなー。)
(私達は自重を知っているが、お前たちにはそれが足りない。だから出逢って間もない呑気な気質のノアシェランですら、お前たちが無闇に突っ走らないか警戒しているのだろう。)
((ぐぬぬぬ…))
呆れ顔のデュオニュソスとは対照的に、アトスタニアはクスクスと笑いながら指摘する。
レオナードとウィンスは悔しそうにしながらも、思い当たる節が有るのか反論はしなかった。
(あ、そうでした!
私が食べた果物も、この中なら割れても大丈夫だと思うので見てみますか?
今はこの中の人を入れるので、ウッカリ触れられない様に、遠くに離れておく様にお願いしているのですが…。)
(待て。)
(お願いします!是非見せて下さい!)
(馬鹿者!だからそう焦るな!
此処には侍女達が居るのだぞ。
割れようとも一度外に出してダンバル公にも確認して貰った方が良いだろ。)
デュオニュソスの制止とウィンスの同意が同時に起こったが、ノアシェランは勿論デュオニュソスの意見を採用した。
(それでは先程のテーブルの上に私が食べた物を置きます。宜しいですか?)
外に残った者達からも同意が上がった事で、自然と隔てられていたエリアから、真っ青の果実を一つ出る様に願う。
(お!コレですか!)
(まぁ、こうなるわな。)
(迂闊に触るなよ。)
奥からフヨフヨと浮いている青色の果実の出現に、ウィンスは喜びアトタニアは苦笑を浮かべ。デュオニュソスは軽快の思念を挙げて周囲の者達に注意を促す。
(まぁ…綺麗な果実ですわね。)
(本当に…宝石の様です。)
(初めて見る姿だな。)
(ふむ。)
窓の外に出る前は飛ぶスピードが早くなかった為、至近距離で観察した者達からの感想が漏れる。
そして窓から一瞬でテーブルの上に果実が姿を表すと、外の者達も一定の距離を置きながら。
しげしげと観察した。
(私は何となくコレを文献で見た覚えが有るのですが、良く分かりません。
ダンバル公と学園長は如何てしょう。)
(ふむ。それはそうでしょう。
本来のこの形のまま、世に出る果実では有りませんからの。)
(と、言う事はダンバル公はコレが何かをお分かりなのですね?)
(如何にも。)
(ウーム…。私もウィンス君と同様に、文献でこれと似た物を見た気がするのだが…。
ダンバル公。もしやこれは凍った形で世に出る物では?)
(フフフ、正解じゃよ。ニコラス。
如何にもこれは冬と春の狭間の僅かな期間で、凍りついた姿でしか採取不可能な果実なのです。
北の国の山岳地帯で取れる稀少なブルーベリーですな。)
(コレがあの噂の!)
(え?そんなに有名なのですか?)
(へー。)
(流石、ダンバル公。見識が深い。)
口々に皆が感想を語って興奮する中で、ダンバルはブルーベリーを懐かしそうに見てウンウンと頷く。
(今やか北の国は中央の地域に移動した為に、わざわざ金を出してこの実を取り寄せる事も難しくなったので、見知っている者は少ないでしょうな。
しかも凍ってない状態ともなれば、最早奇跡でしか無い。
これは皮が非常に薄く。
僅かな衝撃でも割れて爆ぜてしまうので、凍った状態でなければ通常は採集すら出来ぬのですよ。
それ故に中身は非常に甘くて美味なる果実なれど、私も大昔に現地に赴いて実物を見た以外は、これの姿を見た事は有りませんの。)
(ですから文献に乗っている物と、少し形が違っていたのですね。)
(そうですの。表面が凍るとこれほど滑らかな球体では無く。硬質感の有る宝石の様な姿となりますからの。
これは食せる素材ですが、凍らさねば触れる事も不可能です。
魔力の回復に非常に優れているので、短時間で複数個口にすれば魔力過多となる危険は有りますが、人には害の少ない希少な果物ですの。
産地は標高の高い険しい山奥で、立ち入れるのは春を目前とした一時のもの。
しかも氷が溶ければ中身も同様に溶け出す為に、この温暖な国におれば口に入れる所か、お目にかかるのも不可能な果実ですじゃ。)
(((おおおおーーー!)))
(ダンバル公、これを凍らせれば良いのですか?)
(錬金には溶かして使う物ですので、せっかく凍ってない状態で有るのです。
食すつもりで無ければ、このまま器の中で爆ぜさせてしまえば良いですぞ?)
(姫様!これを私達に頂いて宜しいでしょうか?!実験で使ってみたいです!)
(まぁ!姫様の安全を確かめる為の検分ですのに、食せると分かっている物を姫様から取り上げるおつもりですか?!)
ウィンスの懇願を聞いたエマルジョンが、ノアシェランが応える前にそれを叱責する。
(マール、良いのですよ。
これは私が他に食べられる物が無かったので集めた物なんですから。
今は他に食べれる物が有るから、これに拘らなくて良いのです。
まだ沢山残っているので、あれはウィンス様に差し上げますよ。
他のは凍らせられたら外で食べられるのでしたら、皆さんで分けて食べましょうか。)
(なんとまぁ…お優しいことで。
けれども本当に宜しいのですか?
この国では希少な果実ですのよ?)
(欲しければまた取りに行けますから。)
(それについては迂闊に賛同は出来んが、ノアシェランでなければ容易に手に入れられぬのなら、確かに乱獲されずに数が残っては居るだろうな。
そう言う意味で言えば、惜しむ必要は無いとは思うが…)
(そうです。嬉しい事は皆で分かち合った方が、もっと嬉しいでしょう?
食べ過ぎは危ないと聞いたけど、毒は無かったみたいでホッとしました。
私も皆さんに喜んで欲しいです。
とっても美味しかったですよ?)
(……陛下。どうしますか?
レオナード?)
国王の判断を仰ごうと呼び掛けたが反応が無い。
ハッとしてレオナードの姿を見て見ると、彼は立ったままの姿勢でいつの間にか寝ていた。
(おい、レオナード!)
(ぬあ?)
(何を寝ている!シッカリしろ!)
(むり…、もうちょっとだけ寝させて…)
(コラ!こんな場所で寝るんじゃ無い!)
(むーりー…)
慌てて彼の元へ一歩踏み出せば、それだけで近くまで飛んで行けたデュオニュソスは、その移動の楽さに内心で驚きながらも。
レオナードの肩を掴んで揺さぶり起こす。
が、レオナードは立ったまま横を向いて身体を丸め込んでしまった。
彼の足元が浮いている様にも見えるが、見方を変えればレオナードが始めから横になっていた様にも見える不思議に、デュオニュソスは覆いに戸惑う。
(そういや俺も何だか妙に眠いな。
ひょっとして精神感応的なヤツが有るのか?)
(いいえ、私は何も魔力的なものを感じていません。
単に疲れているのと、この場所の居心地がとても良いだけでは無いでしょうか。)
アトスタニアも流石に渋い顔で目元を押さえているが、ウィンスはそれを即座に否定した。
(確かに暗いし、静かだし。
何だか温いから眠くもなるよなぁ…、俺も少しだけ寝ていいか?)
(駄目に決まっているだろう!
ふざけるなよアトスタニア。)
(分かってるよ。
でもコレは辛いな。ヤベェ、クッソ眠い。)
流石に護衛の立場で寝る無様さは、職業意識でギリギリ耐えている様だが。
もう目が閉じている所を見れば時間の問題と言える。
そう思って周囲を見渡して見れば、半数以上の人たちがコクリコクリと船をこいでいる状態となっていた。
(皆さん、とてもお疲れですね。
私のせいです。
睡眠時間が足りてないんですよ。
宜しかったら少し休憩にしませんか?)
(まだ大物が乗ってますよ姫様!
一番美味しい果実を早く見せて下さい!)
(ウィンスさんもお疲れでしょうに、とてもお元気ですねー…。)
(こんな希少な検分で寝られる訳が有りません!勿体ない事をする阿呆は放っておいて、ドンドン検分して行きましょう!)
(国王を真っ向から阿呆呼ばわりするな、このど阿呆が!)
寝不足のハイテンションで完全に壊れているウィンスに青筋を浮かべながら、デュオニュソスは宰相へと視線を向ける。
(ふむ。寝たい者はこのまま休憩させておいて良かろう。
この中は安全だと、外からの検証はされておりますからな。
全員が休む愚は犯せぬが、下手に移動させるより時間の無駄が無い。)
(うむ。私も宰相の意見に同意する。
陛下が安全に休めるので有れば、それに越した事は無い。
この場で何か起これば、起きている者で対応可能で有ろう。)
宰相に続いて祖父のグランレスタートもそれを支持した事で、デュオニュソスはレオナードから肩を放し。
頼り無さそうなアトスタニアの代わりに、彼の側に付き従った。
ノアシェランの側に居るエマルジョンに目配せすれば、彼女もコクリと1つ頷き。
ノアシェランの側に今以上にピッタリと寄り添った。
それを確認して限界を迎えたアトスタニアも、直立不動の姿勢で瞳を閉じる。
流石に熟睡する気になれなかったのか、半覚醒の状態だろう。
そしてそれはノアシェランの侍女達も同じ状態となった。
つまりしっかり起きれているのは、宰相のエクスタード、祖父のグランレスタート、エマルジョンにデュオニュソス。
そして異様なテンションのウィンスに、この場の主であるノアシェランだけで有った。
つまり10人中の半分が寝てしまった事になる。
もうお前ら此処に何をしに来たんだ?状態で有った。
表に居れば叱責では済まない怠慢な態度だが、残っている全員も心底眠かった。
つまりそれだけノアシェランの能力で保たれている空間が、異様な居心地の良さを発揮しているので有る。
ここ最近の警戒で、いざという時に代われる様にエクスタードとグランレスタートは王城を離れ。
レオナードとデュオニュソスと違って、短いとは言えシッカリと休憩を取っていた。
だがデュオニュソスは一度仮眠をしていた為に、まだ辛うじて耐えられるのだ。
エマルジョンもかなり危うい状態だったが、彼女は使命感で燃え盛っている。
子育ての経験から忍耐力も、他のボンボンよりも上だった事が功を奏していた。
つまりコレは寝ても仕方が無いよね、と。
半分以上諦めの気持ちで現状に納得したのだ。
(えーと…、それでは出しますか?)
(ええ、バン!と出しちゃって下さい!)
(それでは行きますよー?)
(((はい!)))
外からもテンションの高い返事を受けたノアシェランが、今度は堅くて手が付けられ無かった果実を出現させた。
(こ、これは…)
それを見て息を呑んだダンバルに、一同の視線が一斉に集まる。
(すみません、私にはこれが何か判りかねます。皆さんはお分かりでしょうか。)
(ウィンス君もかね。
私にもこれは皆目見当もつかぬ。
ダンバル公には心当たりが有りそうなご様子ですが…如何か。)
(ふぅ…。
よもやこの姿をこの大陸で目にする事になろうとは…。
お前達が知らぬのも無理は無い。
コレはこの地には存在せぬ植物の果実だからの。)
「「「 !!!! 」」」
ウィンスと知識人達。
そしてそれを見学している者達の興奮が一気に高まる。
(この大陸に…、と言う事でしたら。
これはもしや…)
(そうだ。
私が遥か昔。
もう100年近くは昔になるかの。
海を渡ってこの地に訪れる前に居た、魔大陸と呼ばれる地に存在していた物だよ。)
「「「おおおおっっっ…」」」
伝説的な大陸からの出土品に、一同に衝撃が走る。
(これはドラゴンイーターと呼ばれておった植物の実よ。
その殻は堅く強固で、ドラゴンが噛んでも砕ける事は無く。
胃の腑に落ちて胃液で殻が溶けると、今度はその体内で発芽して食した獲物に寄生するのだ。
向こうの冒険者達がドラゴンや人の手に余る巨大な魔物を討伐する際。
使用しておった素材なのだ。
この地は魔大陸と比べると大型の魔物は少なく、またドラゴンも存在しておらん。
それ故にこの地では繁殖が出来ぬ植物なのだ。)
(なんと!ドラゴンですか!
ドラゴンはまだ存在しているのですか?!)
(寄生するとなると、人に害は有るのでしょうか?!)
(これはまたロマンの有る果実ですな。
この殻を使って防具には利用出来ぬのでしょうか?!)
興奮し過ぎて色んな方向からダンバルに向かって質問が飛び交う。
(魔大陸で有れば、未だにドラゴンが存在しておっても可笑しくは無かろう。
この地は向こうと比べて魔素が薄い。
その為にこの地までやって来る価値が無いのだと私は推測している。
人に寄生する事は無い。
殻ごと飲み込める猛者がおれば、それは定かでは無いが。
現実的に考えれば不可能で有ろう。
一応人が食せる安全な素材では有る。
ただ向こうでは利用価値が高い為に、勿体なくて食べる物は居らぬで有ろうがの。
仕入れるには巨大な魔物の死骸に繁殖した物を採取せねばならん。
だが寄生されて直ぐに死ぬ訳では無いので、それを探しに行くのが非常に困難なのだ。
それ故に見つければ高額な資金で取り引きされておったよ。
持ち運びに関して言えば、頑丈な素材なので密閉出来る容器が有れば、そう難しくなかったのでね。
殻は固過ぎて並みの刃物では傷すらつけられぬ。
だが湯に非常に弱く、湯がけば中の実が簡単に手に入るのだ。
湯に弱いが為に、装備には利用出来ぬな。
鈍器で有れば使えぬ事も無いが、敢えて武器をそれにする理由は全く無いの。
むしろ匂いで大型の魔物を呼び込むので、露出させたまま移動するのは非常に危険で有る。
味わいは甘くて美味で有ったな。
種が大きく、食せる量は少なかったが悪くは無い食感であったよ。
まぁ、私も食したのは自分が手に入れた物1つきりであったのだがの。)
(良かったです。
それでは食べられるのですね?)
(食したいのなら可能かと。
ですがこれも魔力が高い素材なので、食べ過ぎには注意が必要となりますがの。)
(食べてみたいです!)
(ホホホ。姫様や。
これを1つ魔大陸に持って行けば、もっと良いものが沢山買えますぞ?)
(そうなのですか?
でも、これも美味しいのですよね?)
(確かに美味で有りましたが、いやはや姫様は勇敢ですの。
これは大型の魔物から育つ植物の実ですぞ?)
(あー、そう言う意味での忌避感ですか。
多分大き過ぎて私は死骸と気付かなかったんです。
山に沢山木が生えてるなーと、思ってたぐらいで。
でもその説明を聞けば、確かに気持ちの良い実とは言えませんね。)
(え?私なら食べますよ!
どんな味か気になりませんか?
世界で一番美味しい物として探した実なんですよね?)
(そうなんですー。
実は私もそれが気になってたんですぅ。
沢山有るので味見だけでもしてみたいですよね?)
ノアシェランの言葉を聞いたダンバルが思わず頭を抱え込んだ。
(それはまた恐ろしい事を聞きましたの。
コレを複数個携帯しておられましたか。)
(はい!世界で一番美味しいと思って探したので、沢山集めて来ました。)
(つまり姫様を現代の王が害しておった場合、この地に沢山のドラゴンイーターの実がバラまかれていた事になりますの。
そうなればこの実を知らぬ者が多い地です。
さぞかし魔大陸から大量の魔物が集まって来た事でしょうの。)
(え?!)
「「「!!!」」」
(つまりそれが神々の罰となった危険性を孕んでおったと言う事です。
現代の国王が聡明なお方で誠に行幸でしたの。)
アブねー…と。
誰もが胆を冷やした瞬間だった。
(つまりノアシェランを魔物として扱い、更に討伐していた暁には、この大陸が滅亡していた危険性が有ったと言う事か…)
(お誂え向きにトゲモモやブルーベリーも所有しておりましたからの。
トゲモモでその場に居た者が壊滅的な打撃を受け、ブルーベリーの実が弾けて大量の魔力が拡散している所に、ドラゴンイーターが強大な魔物を呼び込むのです。
それだけ条件が整えば、流石にドラゴンも興味を惹かれた事でしょうの。)
(うぐ…)
(つまり陛下が養女として保護すると強気で乗り切って無ければ、非常に危うい所だった訳ですね。
私たちは当初、陛下以外の全員が後宮に侵入した不審者として、彼女を殺す気満々でしたから。)
デュオニュソスが痛恨のダメージを受けて唸っていると、ウィンソスが当時の事を分析してウンウンと頷く。
(えーと…すみません。
私は食べられる物を集めたつもりだったのですが…)
(神々の試練とは得てしてそう言う物ですよ。
姫様に悪意が微塵も無い事は、我々も疑っておりません。
陛下はちゃんとその配慮をして試練を乗り越えられた。
ですからこうして我々が、神々がもたらした恩恵に預かれると言う算段です。)
(何だか良く分かりませんが、もう危なくないって事ですか?)
(さて。
危険と平和はいつも隣り合わせです。
最初の大きな試練を乗り越えた事は確かだとは思いますが、果たして神々は其処まで甘くは有りませんでしょう。
これからも試練は新たな形で現れるでしょうが…何、不安になる必要は有りませんよ。
その為に陛下も私達も力と知恵を合わせるのです。
上手く試練を乗り越えた暁には、ご褒美として大いなる繁栄が約束されていると思えば、励みになると言うべきでしょう。)
(((……………)))
緊張と興奮、そして期待と不安で満ちた雰囲気が、ダンバルの預言に近い宣告を聞いて、黒円の内と外で静かに深く広がって行く。
(えぇ…えぇ、そうですよ。
ダンバル公の仰る通りです。
我々は間違えなければ良いのです。
それは今まで行って来ている事と、何ら変わる事の無い日常ですよね。)
(己の首が飛ぶか、大陸の人類が飛ぶかの違いは有るけど、確かに同じだねー。)
(余計な事を言うな!サルバドス!)
外に居るサルバドスをグランレスタートがギリギリと歯軋りをして睨み付けた。
外に居れば頭を鷲掴みにしている所だ。
(…あの、ヤッパリ私…此処に居ない方が…)
(大丈夫ですよ姫様。
どうか私達や陛下の事を信用して下さいませ。
貴方様が幸福にお過ごしなられる様に、私達が気をつければ良いだけなのです。
これはこの世に貴方を招いた神々からの、加護と言うべきものなのですから。)
案の定不安に駆られたノアシェランに、エマルジョンが後ろから抱き締めて優しく諭した。
(本当に皆さんは不幸になりませんか?)
それでも弱気になったノアシェランが、潤んだ瞳でエマルジョンを振り仰いだ。
(えぇ、えぇ。
こうして姫様が居て下さるだけで、私達はとても幸福ですよ。)
(マールさん…。
私も…私も、マールさんやお父様達と出逢えてとても嬉しいです。
でも怖くて。
私が思ってもみない事で皆さんを危険な目に遭わせてしまうかと思うと、とても恐ろしいのです。)
そしてギュッとすがりついて来るノアシェランを、エマルジョンもしっかりと抱き締め返す。
(だからと言って逃げた所で何も変わらぬ。
何度も言うが、重ねて言うぞ。
お前は此処で知識を学べ。
そして我々の指示に従って、大人しく過ごしていれば良いんだ。
どんな試練が有ろうとも、私達は決して負けぬ。
お前はそれを信じて側で笑っておれば良い。)
ぶっきらぼうで全く優しさの欠片も無い。
けれどもデュオニュソスから告げられた強気な励ましに、ようやく不安が落ち着いて来たノアシェランが、彼に向けてフッと苦笑を浮かべる。
「フン!」
彼は照れてしまったのか。
直ぐに視線をズラされてしまったけれど。
ノアシェランはエマルジョンを仰ぎ見て、2人で目配せするとクスリと肩を竦めて笑みを零し合う。
(ではいい感じに纏まった所で、姫様!
あの石みたいな物は何でしょう!
他にも沢山有りますよね??)
ウィンスはブレる事も無く。
早くも離れた場所に有る物に興味を移し。
見えない壁にかじりついて、ノアシェランに催促する。
(えーと、その石みたいな物は塩だと思います。削る機械が無かったので使えませんでしたが、その隣りに浮かんでいるのが胡椒の筈です。)
(うわー、ついに来ましたか。
でも本当にそうなのかは調べて見なければ分かりませんよね?!)
(では出しますか?)
(是非ともお願い致します!!!)
輸入品の粉状の物か、キノコの姿でしか塩を見た事の無い者達だったが、岩塩の存在は知識にあった。
表向きには平静を装っていたが、事の重大さを思えば興奮度はウィンスと大差無い。
食い入る様な視線で近くを通り過ぎて行く、ピンク色の石を宰相達は無言で見送った。
(おお、これは私にも分かりますな。
見事な岩塩ですぞ。
姫様はこれを何処で見つけられたのですか?)
興奮と喜びに満ちた学園長ニコラスの思念を受けて、宰相達が無言で唸る。
恩恵の度合いが木の実を遥かに越えていたのだ。
塩は麦と同等以上に政治的に外せない存在だったからだ。
人が生きて行く為には、塩は重要な素材であった。
けれどもこの国で天然の塩と言えば、キノコに含まれている物しか存在していない。
その為に海に面した国との貿易で、手に入れるしか手段が無かったのだ。
つまり塩は生活に欠かせない存在で有るのに対して、効果な値段で取引せざる負えなかったので有る。
雨に弱い素材な為に、輸送には手間暇がかかってしまう。
しかも遠方から仕入れるとなれば、関わる商人の数も通り抜ける関所の数も多く。
どうしても高値になってしまう。
その為に、庶民では塩キノコを代用して使っているが、家庭での栽培が難しく。
冒険者達か樹海の近隣に済む村民達が、森から持ち帰るしか手段が無かった。
そこに岩塩の登場となれば、政治家の目の色が変わっても何ら不思議では無い。
(何処…と、言われても。
確認してみましょうか?
私には地理の知識が無いので応えられませんが、今なら分かる方々がいますから。
一緒に行けば分かりますよね?)
(…行けてしまえるのですか?)
(是非ともお願い致します!)
目を閉じて呻く宰相の呟きを押しのけて、ウィンスが嬉しそうに最速する。
(戻るのは直ぐですから、ちょっと行って来ます。)
それだけをノアシェランが告げると、いきなり窓の外の景色が暗くなった。
(おお?!これは一体…)
(夜なので外が見えませんねー。
でも私が塩を手に入れた場所になりますよ。)
(ふむ。これでは周りの風景が分かりませんな。しかしこれが王宮で無いことは分かりますね。)
(姫様、外に出られますか?)
(良いですよ。
ウィンスさんお一人だけですか?)
(ええ、私だけで良いので宜しくお願いします。)
ウィンスが窓から外に降り立つと、声も無く歓喜に身を震わせた。
残った者もそれを神妙な表情でジッと慎重に観察している。
(では先ずは照明をば。)
ウィンスが慣れた仕草で手を振ると、辺り一面が真昼の様に明るく輝く。
ウィンスの頭上に浮かんだ光玉からの光が、ゴツゴツとした岩場から闇を取り除いたのだ。
(おお!正しくこれは先程の物と同じに思えます!)
岩場に向かって一歩歩いただけで、身を屈めたウィンスが落ちている岩塩を拾い上げて黒円に見える様に突き出した。
(それでは姫様、私だけを戻して下さい。)
(はい。)
ウィンスの指示に従って移動させると、光玉だけが見事に無人の当たりを煌々と照らし続けている。
それにゴクリとウィンスは唾を飲み込んで、素早くデュオニュソスと視線を合わせた。
(戻っても魔法が継続しているな。)
(そうですね。
これは僥倖です。どうやら中からも操作が出来るみたいですね。
本当に素晴らしい…)
ウィンスが敢えて左右に指を揺らすと、それに光玉が従って左右へと動く。
それを確認したウィンスの表情がギラリと物騒な色を浮かべる。
(でもこれでは此処が何処なのかまでは、分かりませんなぁ。)
(岩場、と言うだけでは。
姫様。すみませんが高さは上げられますか?
出来れば周りの景色を我々に見せて頂きたい。)
(はい。では動きますね。)
岩場から半分回ると茂った黒い森の姿が目に入った。
そしてドンドンと高度を上げて行けば、それが延々と続いている樹海である所まで見えた所で、全員が落胆の溜め息を零す。
(ウィンス。)
(はい。もう灯りは消します。
肉眼で観察した方が良いでしょう。
今夜は雲も少なく月が明るいですからね。)
半ば諦め切れない気持ちから、広範囲を眺めるには邪魔な光玉をウィンスが消す。
(!待てよ!!
皆の者、あれが見えるか?!)
(えぇ、えぇ!見えます宰相殿!!)
高度が上がるに連れて、ハッと何かに気づいたエクスタードに、ウィンスが興奮した思念を飛ばした。
(あれは…民家の灯りなのか?)
(姫様!あの灯りの側に向かって下さい!)
(えーとこのまま進みます?
一気に飛びますか?)
(どうする!?)
(待って下さい!もう一度灯りをこの場に残します。
それが終わったら、向こうの灯りに向かって飛んで下さい。)
目印の代わりにウィンスが窓の外に向けて魔法を放つ。
(使える!使えますよ魔法が!!)
(まさか本当にこんな真似が許されるのか…)
それは一切外からの攻撃を受けずに、中からは攻撃がし放題な事を表していた。
その反則的な法則に、男達が全員で息を呑んだ。
(えと…移動しても良いのでしょうか?)
ノアシェランは男達が何を思って興奮しているのか、いまいち分かって無い様子だが。
デュオニュソスは直感的に閃きが走った。
(そうか…ノアシェラン。
お前がレオナードとウィンスを渋っていたのは、これが理由だったのか…)
(え?)
デュオニュソスが消えそうな思念をポツリと漏らせば、男達にはそれで事が足りて頷く。
(なるほど。これでは確かに悪さは可能だな。)
(えぇ、つまり。そう言った方面での悪用は許されないと考えるべきでしょうね。)
エクスタードの呟きに、ウィンスも表情を険しくさせて小さく頷き返す。
イタズラと、随分と可愛らしい表現では有ったが。
あれはノアシェランが無自覚のまま発した警告なのだ、と。
こんな反則的な法則を目の当たりにした面々が、ようやく合点が行ったと腑に落ちた。
当初は自分達の命を理由に、ノアシェランの逃亡を防いだ事が頭を過る。
それは話を聞かされていた、当時はその場に居なかった2人も同様だった。
この中から攻撃魔法を使って外に居る者を害するなど、ノアシェランは絶対に許さないだろう。
つまりあの時は其処まで考えての発言では無かったのだろうが、レオナードとウィンスの持っている魔力量の多さが、ノアシェランの警戒心を刺激していたのだと。
男たちはそう解釈したのだ。
(あの…?)
(いえ、すみません姫様。
向こうの明かりに向かって飛んで下さい。)
(はい。???)
神妙な雰囲気を醸し出している男たちに不思議そうな表情を向けながらも、ノアシェランは窓を遠方に有る灯りに向かって移動させる。
(これは村か!)
(あぁ、この灯りは松明の明かりだった様だ。)
(姫様!私が残した明かりを見せて下さい!)
(はい。向きを変えますねー。)
そして180℃反転した所で、夜空を明るく照らしている明かりを確認した一同がグッと拳を握り締めた。
(問題はこの村がどこの場所に有るのか、と言う事だな。)
(ふむ。
それはこの村の者に確認すれば良いのだが…)
(間違い無く攻撃されて仕舞いそうですよね。
なので私が少し門番と話をして来ます。
姫様、また私を外に出して頂けますか?)
(はい。)
まだ日が落ちたばかりの時間帯だったので、ウィンスはアッサリと情報収集を遂げると、歓喜に満ちた表情で走って戻って来た。
(素晴らしいです!
信じられません!!
ここはちゃんと我が王国の領土です!
ナーゲルン男爵領内でした!!!)
(な、なに?!それは誠か?!)
(本当ですよ宰相!
こんなに都合が良くて信じられませんが!!)
(ナーゲルン男爵って…確かお父様のお一人がその様なお名前では有りませんでした?)
(そうです姫様!
ルルベウス・ナーゲルン男爵です!
姫様の養父となられたお一人の領地だったのです!!!)
テンションの高いウィンスからの報告に、エマルジョンが興奮の余りにノアシェランをギュッと強く掻き抱く。
(都合が良すぎて逆に恐ろしいが。
つまり使い方を誤るな、と言う神々からの警告なのだろうな…)
(それ以外には想像がつかぬわ!)
デュオニュソスが途方に暮れた思いで呟けば、祖父が拳を突き上げてそう断言する。
(これはルルベウス様にお伝えしたら倒れませんか?)
(うむ。しかし伝えねばなるまい。
穏便に済む様に慎重にせねばな。
頓死でもされた日には、姫様が悲しむ。)
(大丈夫ですよ、姫様。
お父様のお一人が幸福になられるのです。
姫様がその様に不安に顔を曇らせる必要は全く御座いません。)
喜び過ぎて不穏な台詞を吐きまくりな男たちを咎める様に、エマルジョンは先手を打ってノアシェランが発言する前に宥めに掛かった。
こうして大きな収穫を得た者達は、喜びと不安を胸に王城の仮研究室へと戻ったのである。
登場人物
レオナード・フォン・ペルセウス
ペルセウス王国の国王
ディオニュソス・ダルフォント
国王の侍従 ダルフォント男爵
ダルフォント公爵家直系の嫡男。
アトスタニア・レガフォート
近衛騎士団長
レガフォート子爵
ウィンス・ベッケンヘルン
宮廷魔導師長官
ベッケンヘルン伯爵
ノアシェラン・ペルセウス
主人公
リリスティア・ベルモット・ペルセウス
ペルセウス王国の正妃
ルクテンブルフ皇国第43女
ベルトラント・レスターナ・ペルセウス
ペルセウス王国の皇太子
ペルセウス第一王子
リブロ・スゥェード
国王付き執事長
スゥェード準男爵
エマルジョン・バーゲンヘイム
ハーゲンヘイム伯爵夫人。
レオナードの元乳母。
国王付き侍女長
エクスタード・ボルカノン
ペルセウス王国の宰相
マーヴェラス・ダルフォント
ダルフォント公爵夫人
デュオニュソスの祖母
ダンバル・デュッセルドルフ
デュッセルドルフ男爵
教育の父の称号を持つ魔導師兼錬金術師
ニコラス・シャトルブルグ
シャトルブルグ侯爵家次男
ペルセウス学園の学園長
サルバドス・ダルフォント
ダルフォント伯爵 デュオニュソスの実父
グランレスタート・ダルフォント
ダルフォント公爵 サルバドスの父 デュオニュソスの祖父
元ペルセウス王子
ルルベウス・ナーゲルン
ナーゲルン男爵
ノアシェランの養父
マイヤーズ・アプリコット
アプリコット伯爵
ノアシェランの養父の1人
ランバルダ・ガクトバイエルン
ガクトバイエルン侯爵
ノアシェランの養父の1人