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ノアシェランの不思議な窓  作者: ゆずりお
2/9

お腹が空きました。

異世界転移で若返るのはお約束ですか?



コロリと寝っ転返ってボンヤリと気付いた。


(あれ?身体が痛く無い…)


そして突然の尿意に、あれだけ水を飲めば自然だよね。と、ムクりと起き上がった。


寝ぼけ眼で細くしか目が開かなかったけれど、見開いた所で真っ暗な世界。


そして肩からパジャマ代わりの黒いワンピースがズルリと落ちて、お腹の辺りでだぶついた。


「え…?」


私しか居ない空間な上に真っ暗だから、慌てて服を直す必要は無いけれど。

ボンヤリとした頭の中でクエスチョンが渦巻く。


(私って痩せたのかな?)


思春期の頃からポッチャリ体型だった私は、人生の中で一番痩せた時期ですら、標準体重を下回った事も無く。


けれども長い間食べる事の出来なかった記憶に、腑に落ちないながらもボンヤリと納得する。


それより今は尿意の方が切実な問題だった。

流石に身動きが取れなかった時に垂れ流した経緯はあったけれど、動けるものならトイレに行きたい。


それは物心がつく前の幼い頃からの躾の賜物だったろうか。


私はトイレに行きたいと切実に願った。


すると30センチ程の丸い窓が開いて、この場所よりは少しだけ明るい室内を映し出す。


そして昔に嗅いだ記憶の有る、いや、それ以上のとてつもないアンモニア臭に襲われて、思わず鼻を両手で覆った。


(…ボットン便所?)


丸い窓から身を乗り出して下を見れば、板の間の割れ目の下に暗い穴が開いて有るのが辛うじて見えた。


目に染みて痛い程にキツい匂いが、板の割れ目から立ち上って来る。


私の子供の頃に、母の実家がボットン便所だった経験から、何となくこの場所がトイレなのは分かったけれど。

便器すらついてない板の割れ目のトイレは、生まれて初めての経験。


それでも緊急時には場所を選んでいる余裕なんて無い。


頭を出せばそれだけで埋まってしまう小さな穴から、足を出して冷たい床に裸足で降り立つと、パサリと下着が落ちた。


目にするのも嫌なぐらいに汚れたパンツを慌てて拾いながら、四苦八苦してワンピースを持ち上げた所で、板の割れ目が予想よりも広い事に、ちょっと恐怖を抱く。


だって下には絶対に落ちたくないんだもの。


普段なら膝丈のワンピースが、何故だか地面を引きずる程伸びている事にも辟易したけれど。

肩から直ぐにずり落ちて、しかも両手よりも袖が長くなっている事も、とても不便だった。


けれども時間は待ってくれない。

粗相をしてしまいそうな危機感に急かされながら、ヨチヨチとフラつく足に叱咤して、何とか板の割れ目を跨いだ。


けれども跨ぐのが精一杯で、掴まる所の無い不安定さと、両手が布で塞がっている状態から、座る姿勢すらとれずに用を足す。


あーあ、と。

温い水が太物を伝う不快感に泣きそうな気分になりながら、キョロキョロとトイレットペーパーを探し。


目の前の床にうず高くまれた藁を見つけて、クエスチョンマークが頭の中を埋め尽くした。


匂いからトイレかと思ったけれど。

この場所がひょっとしたらトイレで無い可能性に気付いて青ざめた私は、吸い込まれる様にして丸い窓の中に吸い込まれて行った。


穴が有ったら入りたい。


恥ずかしい体験した時につかうことわざを、まさか体現する事になるとは夢にも思ってみなかった。

中から見れば丸い窓でも、外から見れば黒い穴。


そんな穴の中の安心出来る空間で、ひたすら身悶えていた私だったけれど、時間が経つにつれてやらかした粗相の恥ずかしさが落ち着いてくると、今度は身体の不快感に思い至る。


何しろ体感的には3日以上も身動き一つとれなかったせいで、有り得ないぐらいに汚い自覚は有るし、何よりもスースーとしている股下が気持ち悪かった。


だから次は洗濯が出来るお風呂に行きたいと、心から希望する。


お腹は空きすぎて痛いぐらいだけど。

先ほどお腹いっぱいお水を飲めたお陰で、先に恥ずかしい粗相をどうにかしたい気持ちで一杯だったのだ。


けれども次に変わった丸い窓の景色は、何処かの川原だった。

確か2月で肌寒い筈だった季節が、まるで嘘の様に暖かい。


そもそも私はマンションの中でコンクリートの下敷きになっていた筈だから、臭いトイレ擬きやサラサラと流れて行く川と川向こうで覆い茂っている木々を見る事も何かが可笑しいと、この時ふと気がつく。


(あー…、そっか。

これは夢か…)


そう思えば全てが説明出来た。


「え?あっつ?!」


その事にホッとしながらも、それにしては丸い窓から踏み出した時に踏んだ石の暑さに驚きながら、私は跳ねる様に必死に川に辿り着き。

全裸になって服と下着を川の中に入れて洗おうとして、またビックリした。


「なにこれ…」


太陽に炙られた川原の石の熱さもリアルで驚いたけれど、明るい場所で見る私の両手が紅葉の様な形でぷくぷくとしている事に衝撃を受けた。


丸くて短い指は、まるで娘が赤ちゃんだった頃にとても似ている。


指だけじゃ無い。

見下ろした私の身体の全てが、丸くてぷにぷにしている。


痩せてワンピースが大きくなったのでは無く。

私の身体が子供の様に幼くなっていた。


子供と言ってもこの関節周りの肉の付き方は、2~3歳ぐらいの幼児だ。


「えええぇ?!」


自分が子供だった頃の夢を見た覚えが無いとは言わないけれど、焼けた石の熱さも、川の水の冷たさもリアルで、とても不思議な心地になった。


「まぁいっか。」


それより今の私にとってみれば、身体と服を洗う事の方が重大で、小さな身体に苦労しながら四苦八苦してワンピースとパンツを洗う。

そして乾かす目的で大きめな熱い石の上に2つの洗濯物を広げた。


次は自分だと、グラグラする足元を踏ん張りながら、冷たい川の中に入って全身を水洗いする。


(川の中に裸で入っていても、人に見られた時に子供だからと言い訳出来るし、この方が都合が良いよね。)


夢なら必要の無い心配な事には気付かずに、ウンウンとそう納得しながら、キシキシする髪に引っかかる指に幼い眉を顰めていた時。


シャンプーリンス所かバスタオルが無い事にハッと気づいた。


「うーん、シャンプーとリンス出ろ!」


何も無い空間に両手を突き出してみたけれど、辺りにはサラサラと水が流れる音しかしない。


(融通の効かない夢だなぁ…)


何となく恥ずかしい気持ちになって、頬を染めながら唇を尖らせたけれど。

願いが叶った時は、いつもあの暗い空間の中に居た事を思い出した。



急いで穴の中に戻ろうと思った瞬間には、ヒュンと身体が吸い込まれて行く。


(あ!しまった。身体がびしょびしょだったんだ。)


そして飲み残した水玉が有るにも関わらず、濡れている身体でこの空間を濡らす事を嫌った瞬間。

ビチャビチャと丸い窓の向こうに水が落ちて行った。

ふと頭を触れば、キシキシしている髪の毛が、ちゃんと乾いている。


頭の中にクェスチョンマークが浮かんだけれど、この空間が私の気持ちに敏感に反応している事に思い至ると。

丸い窓から手を伸ばして、干したばかりの洗濯物を2つ取り込んだ。


石の熱を吸って温くなっているが、まだビシャビシャの洗濯物。


(えーと…服の水分だけ外にポイ、と)


「わぁ!」


あっという間にカラカラに乾いて行く服と、丸い窓から飛び出して行く水に思わず笑みが浮かぶ。


そして肩や袖や裾のあちこちを結んで黒いワンピースを着込み、流石に大き過ぎて履けないパンツを畳んでポケットに入れた私は、お腹が空いたからご飯が食べたいと。

パンを頭の中でイメージする。


(わぁ…本当にパンだぁ…)


次の瞬間には小麦粉の焼けるパン屋さん特有のいい匂いがする場所へと、丸い窓の外が変化した。


(あ…でも、お金が無いや)


手を延ばさなくても、望めば窓の外に有る黒っぽいパンが入って来るのは予想出来たけれど、お店のパンを盗むことになるのが気になった。


(えーと、先ずはお金!私のお財布!


うーん…代わらないか。困ったな。


でも人から盗むのは良くないから、誰も使ってない忘れられた様なお金って、何処かに無いかしら?)


最初に頭に浮かんだのは、見慣れた自分のお財布だったけれど。

窓の外に変化が無い為に、考えた末でその条件を窓に望んだ。


すると部屋の中が真っ暗に代わった。


(ウーン…暗い場所に置いて有るって事かな?

まぁいいや。

お金だけ頂戴します。)


そう願うと、チャリチャリと音を立てて窓から部屋の中にコインらしき物が入って来る。


真っ暗で見えないので、ある程度入って来た所で明るい場所を望んだ。

すると窓から日の光が差し込んで来る。


それでも床も天井も延々と黒い空間の中で、私は足元に山となっているコインを拾い上げた。


お日様の光で金色に輝くそれは、見慣れた日本の貨幣では無く。

外国人の横顔と初めて見る文字が小さく刻まれている。


(これってお金なのかなぁ…?

でもお金が欲しいと思ってコレが入って来たんだから、お金なんだよね?)


玩具に比べるとちゃんと金属で出来ているし、一枚一枚にしっかりと重みが有る。

価値が全く分からないけれど、取り敢えずお腹が空いたので、さっき見たパンの場所を願った。


そして再び窓の外に網かごの中に積まれたパンの山が映り、いい匂いが窓から入って来る。


それでも直ぐにソレには手を出さず。

私はこの場所を見る為に全体が眺められる場所を願う。


(パン屋さん…じゃない?)


天井付近に移動したのか、テーブルの上に乗せられた籠の中に積んであるパンが少し小さくなって見えた。


棚に陳列している日本のパン屋さんの風景を想像していたけれど、それとは全く違う風変わりな光景に戸惑いながら、窓に近づいて部屋の中に視線を巡らせる。


すると体格の良いお兄さんがレンガ造りの窯らしい場所から棒つきの鉄板を取り出し、焼き立てのパンの乗ったソレを石っぽい台の上に置く姿が見えた。


見たことの無い服装だけど、何となく外国のパン屋さんで見る様な光景だろうか。

熱々のそれを布ごしに掴んで籠の中に入れると、他のパンが入った籠の隣りに置いて行く。

かなり扱い方が手慣れいるので、若い割に熟練の職人の様な気配がする。


初めて見る舞台裏の風景にワクワクドキドキしたけれど、それよりお腹が減って食欲が我慢出来なくなって来た。


でも明らかに厨房の様な光景の部屋なので、お金の置いてあるレジの様な機械は1つも見当たらない。

せめてこの手にあるお金の価値が分かれば良いのにと思いながらも、罪悪感を感じながらそろそろと手だけを窓から出して、金色のコインをテーブルに置き。

籠から1つだけパンを吸い込む様にして頂く。


「あち!」


窓から入って来たパンを喜んで手に取ると、思ったよりも冷めてなくて、思わず悲鳴を上げた。

すると私の声が聞こえたのか、額の汗を二の腕で拭ってお兄さんが不意にテーブルを振り返り。

怪訝そうな顔でキョロリと辺りを眺める姿に、私は慌てて安全な明るい場所への移動を願った。



「あー、ドキドキした。」


イタズラが見つかる時の様な、こんな緊張感なんていつぶりだろうか。

まぁ置いて来たメダルに価値が無ければ立派な泥棒だから、イタズラだなんて可愛いものでは済まないのだけれど。


それでもペコペコ過ぎてもう痛いぐらいのお腹に、ホカホカと暖かいパンを手にしてニンマリと笑みがこぼれる。



「イタダキマース!」


アーンと大きく口を開けてパンの端っこを噛んだ途端に、カチンと有り得ない感覚がした。


「ん?んんん???」


しっかりかぶりついているのにちっとも歯が立たない。

高級なパン屋さんに置いて有るフランスパンだって、もう少し柔らかかった様な気がするのに。


「ふぬぬぬ!」


歯でかぶりつくのを諦めた私は、両手と上半身を使ってパンを千切ろうと頑張ってみた。


「ハァハァ…パンなのに、なんでこんな堅いの?」


けれども半分に割ることすら出来なくて、悲しさに涙が目に浮かぶ。

幼くなったせいで顎の力も、手の力も弱くなっているのだろうか?

それにしても、私が知っているどのパンよりも、このパンは堅い気もするけれど。

何なら釘を打てちゃう勢いで堅い。



「そ、そうだ!果物なら食べられるかも!」


加工せずに今すぐに食べれそうな物として、この世界で一番甘くて美味しい果実を下さいと願う。


「……えーと、コレって果物…なの?」


すると茶色い10センチぐらいのサイズで、皮がアルマジロみたいな木の実が窓に映った。


見るからに堅そうな皮に嫌な予感しかしないけれど、コレはこの世界のパイナップルみたいな物なのだろうか。

手に取って見たけれど、案の定堅くて手に負えず。

それでも何かの交換に使えるかもと、数個だけ仕入れて今すぐ食べるのは諦めた。


「えーと、じゃあ…皮が柔らかくて甘くて美味しい果物を下さい!」


先ほどの失敗を生かして、条件を変えて願うと、キラキラと光りを反射しているピンク色のバナナみたいな木の実が窓に現れる。



「おお?!ちゃんとした果物だよね?やったぁ!」


喜び勇んで手に取った瞬間。


「イタッ!?」


チクリと針に刺された痛みを感じて、慌てて果実を放り投げた。

桃に産毛が有る様に、どうやらこの果物には鋭く細かいトゲがビッシリと生えているらしく。


「こんなの食べられないじゃん!

ヒドいよ。こんなに甘い匂いがしてるのに。

普通は誰かに食べて貰って、種を運んで貰うんじゃ無いの?!」


チクチクして触れられ無い皮にキレながら半泣きで罵倒する。


「もう、攻撃して来ない普通の柔らかい皮で、甘くて美味しい果物は無いの?!」


すると今度は水色の丸い木の実が窓に映る。



「うう…チクチクしたりしないよね?」


恐る恐ると指先を伸ばして、ツンツンとつついてみたけれど、水色の皮はツルツルとしたリンゴみたいで、攻撃して来る様な感じは無く。


恐る恐ると唇を寄せてカリッと齧った瞬間に、パシュッと水風船が割れる様に乳白色の果汁が飛び散る。


顔から髪からポタポタと果汁を滴らせてしばらくビックリし過ぎて固まっていたけれど。


「なんで普通の果物が無いのかなぁ?!」


口の中に入った物より、周りに飛び散った量の方が多いとは言え、まるでサラサラとした練乳の様な味は割と好みだった。

渋い気持ちで恐る恐ると青い果実にまた手を伸ばして、パシュッ!とさせながらガッカリする。


「零れる方が多いよ…」


それでも飛び散った果実に集まる様に願うと、最初に飲んだ水の様にフワフワと丸く漂わせる事に成功した。


「こうすれば食べれないことも無いけど…固形物が食べたいなぁ…」


それでも空腹感が少し落ち着くまで、パクパクと果汁を口に含んでミルク風味の甘い味わいを堪能しておく。



「ウーン…手がペタペタする。

コレって外にポイッと…あ、出来た。」


また川に行かないとダメかな?と、思ったけれど。

どうやら不要な物は望めば簡単に外に出てくれる仕様らしい。


甘いカロリーを摂取出来たお陰で、少しだけ元気を取り戻すと、今度は温かいスープが欲しくなった。


液体ばかりなチョイスになるが、スープを手に入れる事が出来たら、パンを浸して食べられるかも知れない。


「そうだよ。堅いパンならスープに浸けて食べれば良かったんだ。最初から思い付けば良かった。」


まさか果物一つ食べるのにこんなに苦労するとは思ってもみなくて、空腹の余りにムキになっていたけれど。

とても良いアイデアを思い付いたとばかりに、喜び勇んでスープの美味しい食べ物屋さんに行きたいと願った。



すると突然ガヤガヤと騒がしい音が聞こえて、慌てて天井付近に窓を張り付かせる。


(そっか…、美味しいお店なら繁盛してるよね…)


恐る恐る窓から下を覗いて見ると、カラフルな頭が目に入ってまたまたビックリ。


(うわぁ…外国人さんばっかり。

そう言えばコレって外国語だよね?)


とても日本人とは思えない身体付きの男性が多い中で、ヒラヒラとトレイに料理を乗せて歩いている女性も見事な赤毛や金髪だった事に半ば呆然とする。


(ウーン…それにしてもみんな着てる服が変。

しかもあれって武器だよね?)


腰に剣をぶら下げている人が多い中で、チラホラと槍を持った人までテーブルに立てかけて有るのを見て、嫌な予感がフツフツと沸き起こって来た。


(まさかと思うけど。

ひょっとして、コレって夢じゃ無い…とか?)


温かいスープは欲しいけれど。

取り敢えず心の動揺が激しくてそれ所でなくなり、思わず人の居ない場所への移動を願った。


そして延々と広がっている草原が見える場所で、どうにも日本でない風情に慌ててマンションのリビングを思い浮かべた。


マンションがダメなら職場。

それがダメなら遠く離れている実家の家までの移動を願ったけれど、見渡す限り草原の風景は変わらない。


「なんでぇ…?夢なら覚めてようぅぅ。」


ポロポロと涙を零しながらベタにほっぺたをつねってみたけれど、痛いだけで草原の光景はちっとも変わらなかった。


「はああぁ…。やっぱり私って死んじゃったのかな?」


それが一番納得出来る気もしたけれど。

生まれ変わったにしては前世の記憶が残っている事も、願った通りの場所に移動出来る事も不思議で仕方が無い。


「神様になんて会った記憶は無いけど。

コレって異世界転移のスキルって考えるといいのかな?」


思わず呟いてみたものの、地震でコンクリートに潰された自分が、朦朧とした意識の中で夢を見えるかトチ狂ってしまったと考えた方がよっぽど納得出来て仕舞う。


「…まぁ、いっか。

夢だろうとお腹は空くんだし。

現実に戻った所で身動き取れないんだもんね。

でもどうせなら前世の記憶なんか忘れて、ちゃんと生まれ代わりたかったよ…」


誰もいない広大な草原を見ていると、世界で一人ぼっちの自分がとても寂しくなって来た。


見る人見る人外国人ばかりで、話ている言葉もサッパリ分からない。

この分ならどうせ文字も読めなさそうだと思えば、ちゃんと親の居る赤ちゃんからやり直したかったと思うけれど。 

願った所で仕方が無いのだ。


ふぅ…と、憂鬱なため息をこぼした所で、パチンと両手で頬をサンドイッチしながら叩く。


「何がどーなったかは分からないけど。

先ずは温かいご飯を食べよう!」


段々と太陽が沈んで空が赤く染まって行くのを見ながら、前向きに食料調達に勤しむ。


ぼやぼやしたままだとお店が閉まってしまえば、温かいスープですらありつけなくなるからだ。


日本のあのマンションに戻れるので有れば、この能力を駆使して夫や娘達を助けるけれど。

どうやらどんなに願った所で日本には戻れない仕様みたいだから。


「全く融通の効かない夢だよね。」


可笑しくも無いのにハハハと笑いながら、滲んで来る涙をゴシゴシと拭う。


そしてぷくぷくとした小さな手のひらをギュッと握り締めると、キリリと強い視線で窓に移動を願った。


またガヤガヤと騒がしい食堂に戻ると、今度は客席から厨房の方へと天井添いに向かって行く。


どれだけ温かいスープが欲しくても、お客さんが食べているのを横取りする訳には行かないし。

注文したくても言葉が分からないのだから。


その時テーブルに銀色のコインと茶色のコインを置いて、ウエイトレスの女性とやり取りしている姿を上からコッソリ眺めておく。


コインの絵柄までは見えないけれど、もし空想の小説と同じ様な法則が有るのなら、金色のコインの方が価値は高い筈。


まあ国が違えば同じ色のコインでもレートに違いは有るだろうけれど、銀色や茶色のコインよりかはマシだろう。

頑張って換金しておくれ。


そんな風に盗みを働く罪悪感と心の帳尻を合わせると、これまたガタイの良い強面のおじさんが忙しそうに働いている厨房の天井に張り付いた。


(えーと…先ずは食器だよね。)


大量の木製のお皿を洗って干している場所から、スープ様の深皿と木製のスプーン、コップを1つづつ拝借。

それから大鍋の前からオジサンが離れた隙を狙って、水を手に入れた要領で深皿を目掛けてスープを吸い込んだ。


(やった!)


ちゃんと具が入っている事に上手く行ったとホクホクしながら、今度は金色のコインを中央の机の上にチャリ…と、置いて上へ上へと移動して行く。


お店の屋根の上まで待避してから、今度は子供にも扱えそうなナイフやまな板の有るお店を巡り。

金色のコインと引き換えにして、一つづつ集めて回った。


「いっただきまーす!」


とっぷりと日が暮れて夜になった頃には、まな板の上で不器用ながらもスライスされたパンと、木のカップの中には青い実のミルク風味果汁。

そして深皿にホカホカのスープと、簡単ながらもちゃんとしたっぽい夕食にありつけた。


「んー!いい匂い…。」


まずは深皿を両手に持ってスプーンを使わずに一口啜った。

野菜や肉がゴロゴロと入っている具沢山なスープは、一口啜るとじんわりと胃袋を温めてくれる。


(…ウーン……美味しい…のかな?)


見た目は抜群に美味しそうだったけれど、何となく薄味で優しいと言うよりは物足りなかった。


「ウーン…ポトフみたいかと思ってたんだけど、色んな調味料が足りない感じ?」


とは言っても此処は日本とは似ても似つかない外国。

薄い塩味のコクの無い洋風のスープにはかなり不満を感じたけれど、だからと言って今更どうする事も出来ない。


「塩か胡椒は何処かに無いかな?」


ダメ元で願って見れば、何処かの岸壁が窓の外に現れた。


「ハハハ…コレって岩塩ってヤツだよね?」


せっかくだからと呼び込んで見たけれど、石と殆ど同じだった。

因みに胡椒の方は完全に木の実だ。


削る道具探しや殻を外す所から始める億劫さに、味変は早々に諦めてパンを浸すとスープを貪った。



「ウーン…少しだけ柔らかくなったけど、こっちのパンって重いよね。」


しかもカリカリとした香ばしい殻も入っている。

咬めば噛む程味が出ると言えば聞こえは良いけれど。 

もさもさしているせいで、一切れ食べただけで顎が疲れてしまった。


「うん、でも野菜と肉はちゃんと煮えてるね。

臭みが微妙だけど…このキノコは味がシッカリしてて美味しいかも。」


肉は一つ食べただけで羊の様な独特な風味が苦手で残してしまった。野菜の方はこれまた少し苦味が残っていたけれど、食べられない程では無い。

でも椎茸みたいな茸だけは、妙に塩味がシッカリとついてて美味しかったのは不思議だった。


「はぁ…美味しいお店のリクエストでこの出来映えかぁ…」


青い果汁のミルクジュースが一番美味しかったと言う残念な結果にかなりガッカリしたけれど。

温かい物を食べてお腹がくちくなったお陰で眠気がやって来る。


こうして色んな所を周りながら、数日は足りない物を集めて何とか食いつなぐ生活をしばらく続けていたけれど。

そのうち段々とこのままじゃいけないと思う様になって来た。


「言葉をちゃんと覚えたいし、それにヤッパリ子供には保護者が必要だよね。」


この頃にはブカブカの黒いワンピースを卒業して、お店でゲットした少しゴワつくクリーム色のシャツを、帯っぽい紐で無理やりワンピースにして着ていた。


けれども下着はどこを探しても手に入らない。

それを不思議に思った所で、人とコミュニケーションが取れない以上、疑問を解決出来る方法が無いのだ。



「えーと…私と意思の疎通が出来て、優しくてなるべくいい人で、それなりに経済力が有って社会的に自立している人に会いたいです。」


これまでの色んな失敗を糧に、細かく注文を付けた途端。

窓の外に現れた人の姿に大きく目を見張った。


「嘘?!ホントに私と意思の疎通が出来る人なんていたの?!」


注文したのは自分だけど、まさかそんなに都合の良い人が居るとは思わず。思わずビックリして声を挙げた。


『?!ーーーーーー!』


「え?え?外国語のまんまじゃん?!」


そして同じように驚いた様な顔をした金髪の男性が、ギュッと眉間に皺を寄せると警戒心も露わに外国語で叫んだ。


てっきり会話出来ると思っていただけに、慌てて場所を移動する。

そしてバクバクと走る心臓を服の上から抑えると、呆然としながらそのまましばらく固まっていた。



「……意思の疎通が出来る人って、私言ったよねー!?」


理不尽な想いで叫んだけれど。

それに答えてくれる声は、今の所何処にも無かった。




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